気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【6】



 痛む目を押さえながら、ウルダは考えていた。この敵の目的はなんなのだろうと。
 なにせ相手はこちらを殺す気がない。こうして戦ってみて冷静に判断すれば、向うの腕はこちらより上で殺そうと思えばいつでもこちらを殺せると分かる。けれどこちらがあきらかにマズイと思ったところで向うはトドメをさしには来ない。まるで遊んでいるか、こちらの腕を見ているようだと思う。
 そもそものところ、ウルダとリーメリの立場として狙われるとしたら親関係での誘拐……は一応あり得る。だがそんなケチな理由にしてはこのやり方は少々大がかり過ぎた。

 体に触れずに転送なんてマネは魔法使いしか出来ない。
 ウルダとリーメリ二人がかりでも勝てないような腕の人間なら雇うとすれば相当に高い筈だ。
 魔法使いと凄腕の暗殺者なんて組み合わせ、相当の大きな組織か余程の金持ちでないと使えない。しかも暗殺者の方は殺す気はないとくれば……確信はないが、ウルダには少しばかり思うところがあった。

「いい加減目は使えるか?」

 リーメリに言われてウルダは目を薄く開けてみる。まだ残像が残って酷いが、この暗がりではいっそ目にはさほど頼らないという手もありだろう。

「フォロー程度ならどうにか」

 それには不機嫌そうな溜息が返って思わずウルダは続けて、すまん、と付け足した。
 片目だけを薄く開けた視界の中、リーメリが動く。投げられたナイフを落して前に出る彼の向かう先には敵がいる。敵は簡単にリーメリの剣を受けて流し、足を踏んで動けないところを蹴り飛ばした。リーメリが倒れてすぐ後ろへ逃げる。それを庇うようにウルダは前に出た。
 相手の剣を受ける、が向うは受けられた時点で刀身を滑らせると鍔をあてて弾いてくれた。更にもう片手の剣を前にだしてくるからそれは避けるしかなく、崩れたふりをして蹴りを入れようとしたら上げたその足を蹴られた。

――やっぱり勝てる相手じゃないなぁ。

 とは思ったが、予想通りそれに追撃を仕掛けてくる様子は見えない。いや、それより先にリーメリが横から攻撃に入ったから向うも下がるしかなくなっただけか。
 リーメリはムキになったのか速い攻撃を連続で仕掛けているが、それらは簡単に受け流されるか避けられていた。向うにはどう見ても余裕がある。

――そろそろいいんじゃないかな。

 ウルダは起き上がると、一応いつでもリーメリのフォローに入れるように構えながらも大声を上げた。

「文官殿っ、そろそろ止めていただけませんか、もう十分だと思うんですけどっ」

 直後、リーメリの突っ込みが入る。

「はぁ? 何言ってるんだお前はっ」

 そして同時に、リーメリの剣を弾いた反動を利用して『敵』は姿を消した。
 リーメリはそれに気付いて舌打ちしたが、すぐにこちらに向かってくる。まだ敵を警戒しているが、彼も向うの気配が完全に消えた事は分かっているのだろう。ウルダはまた大声をだした。

「俺らを狙うような連中だったら魔法使いとこんな上級者の両方雇うなんてあり得ないんですよ、文官殿の仕業でしょう?」

 なにせこれが全部キールの所為だとすればすべて説明がつく。そもそも魔法使いを使える人間なんていうのは本当にごく限られている、企んだのが魔法使い本人と考えた方が自然だ。

「おい、ウルダ、文官殿って、何故文官殿がそんな事する必要あるんだ?」

 リーメリはいつも通り文句を言ってきているが、その状態で『敵』が攻撃してこないのだからこれは確定だろう。
 そうして暫くすれば、部屋の中に一つしかない出口に人影が現れる。
 杖とローブのシルエットはどう見ても思った通りの人物で……彼は部屋の中に入るといつも通りの間の抜けた声を上げてくれた。

「はぁぁあぁ〜ざぁんねんですねぇ、折角これを用意しましたのにぃ〜」

 よく見れば彼の杖を持っていない方の片手には旗が握られていて、彼がそれを振れば『お疲れ様♪』という文字が書かれているのが見えた。
 ウルダもリーメリもちょっとそれにはドン引きして暫く黙る。

「見破られてから出てきては『ドッキリ大成功』とは言えないではなぁいですかぁ〜」

 ウルダはそれに乾いた笑いしか返せなかったが、当然相方の方は怒っていた。

「ぶ〜ん〜か〜んどのぉ〜、どぉいう事かぁ説明して頂けま、せ、ん、かっ」

――あ、これは相当怒ってるなぁ。

 とウルダが即座に思うくらいの低い声で、リーメリがキールに近づいていく。

「そうですねぇ、お二人をちょぉおっと試してみただけなんですよね」

 ね、にアクセントを付けてわざとらしく首を傾げてみせる魔法使いのずぶと過ぎる神経にはある意味感心しつつ、ウルダは溜息を吐きつつ剣を腰に戻した。

「あー文官殿、さっさと説明したほうがいーですよー。リーメリ怒らすと怖いですからー……いやもう怒ってますけど、被害を最小限にとどめたいならさっさとお願いしまーす」

 とそういえば、やっと魔法使いはふざけた旗を下ろしてちょっとだけ真面目な顔をしてみせた。

「えぇ〜と、そうですね。まず、貴方がたがシーグル様の側近になるとなれば、今までのようなただの部下さん達とは違ってぇシーグル様のプライベートにも気を使う必要が出てきます。なぁのでそれらに対処できる人物かどうか、その能力をちょぉぉおっと試させていただいた、とぉいう訳ですよ」
「それならそうと最初から言えばいいじゃないですか。なんでこんな騙すみたいな手を使うんですかっ」

 リーメリはまだ腹の虫が治まらないのか魔法使いに詰め寄っていく。

「それはぁ勿論、緊急時の対処ぶりとか見たかったですからねぇ。それにただの手合わせでは実戦の動きなんて判断できないじゃぁ〜ないですかぁ」

 とりあえず文官殿の話はウルダの想像通りだったので、聞いてしまえばそれ自体に驚きはない。怒るリーメリの気持ちも分かりはするもののここはこちらが折れるところだろうとウルダは思う。

「リーメリ、そんくらいにしとけって、怪我した訳じゃないしさ」
「ウルダ、お前は腹が立たないのか?」
「いいじゃん、どうせ俺ら合格だろうし」

 言って魔法使いを見れば、彼はにこりと笑っていた。

「はぁい、ごうかぁくですよぉ〜おめでとうございます」

 即座に聞こえた『その上から目線がムカつく』というリーメリの呟きは聞いてないふりをして……というか言われた本人の方もまったく気にした様子は見えないので、ウルダは仕方なく二人の間に入って会話を続ける事にした。

「……隊長は、プライべートでそんなに危険なんですか?」

 これ以上はぐらかされると話が有耶無耶にされてしまうためウルダが真顔でそう聞けば、魔法使いは緩い笑みは浮かべたままながらも割合はっきりと答えてきた。

「えぇそうですよ。シーグル様の地位上、その容姿上、危険が多いのは貴方も分かってるとぉ〜は思いますが、あの方は野良魔法使いにも狙われる立場にあるの〜ですよ」
「野良魔法使い?」
「あぁぁーまぁ〜簡単に言うとぉですねぇ、諸事情がありましてぇ〜魔法ギルドとしてはシーグル様を守る立場なぁんですが、ギルドの意図を無視して好き勝手やってるよぉな危険な魔法使いは〜シーグル様を狙っています」

 確かに容姿的にも地位(というか立場)的にも、いろいろ狙われやすい人物というのは分かっていたが、まさかここで魔法使いまで入ってくるというのはウルダとしても知らない話だ。

――どれだけ狙われれやすいんだ、あの人は。

 ウルダはちょっと頭が痛くなった。当然シーグルの側近になると決めた段階では、リシェの領主となる彼の微妙な立場とその容姿によるごたごたについては覚悟していたが、魔法使い相手は完全に想定外だ。勿論、だからといって今更下りる気もないが。

「事情は……俺たちが知らない方がいい事ですか」

 それは一応の確認だった。だめだとは思うが事情を聞けるなら聞きたい事は確かである。

「えぇぇ、知らない方がいーいですねぇ」
「分かりました。それは了解しましたっ」

 思った通りの答えに失望する事はなかったが、溜息が出るのは仕方ない。
 正直魔法使いに深入りするつもりはないからウルダはそこで引き下がる事にしたが、とりあえずそういう事情があるなら、魔法に対する対処をどうするかなども試されたのだろうという事で今回の件も大体納得できる。
 それにシーグルから直に聞いている分、こちらに攻撃してきた人物についてもウルダには心当たりがあった……あれがセイネリア・クロッセスの部下だとすれば、あの強さも、こちらの能力を試すなんて事にも協力してきたろう事も納得できる。

――黒の剣傭兵団はアッシセグに移ったって話だから、あの人物は首都に残って隊長を見ていると思っていいんだろうな。

 アレが味方だと思えば心強いが、それでも魔法使い相手となると気が重い。のんびり笑っている文官殿がどのくらい優秀なのかはウルダでも正直よく分からないのだが、魔法に関しては彼に頼るしかないのだろうというのは分かる。
 だから後ろで苛ついているリーメリの空気を感じつつ、ウルダは文官殿に言った。

「とりあえず、隊長が魔法使いにも狙われてるって事を理解しておいて、俺らは訳が分からない現象は魔法と疑って警戒し、基本は文官殿に相談する、って事で良いですかね?」
「はぁい、それでお願いしますね〜」

 分かっていても満面の笑みの魔法使いにウルダでさえ軽く殺意が湧いたから、リーメリは怒ったままだろうなぁと思いつつそれで無理矢理話を終わりにする。

『おい、ウルダ、それでいいのか?』

 勿論、そこで後ろのリーメリが小声で文句を言ってくるのは想定内だ。

『仕方ないだろ、今更下りますとは言えないんだから覚悟決めるしか』
『ならせめて、そういうのは先に言えっていっとけよ』
『それを誰に言うんだ? 隊長にか?』
『は? そりゃ文官殿だろ、なんであの人にっ』
『俺が申し出た段階でそれを言えたのは隊長本人だけだ、だからその文句をいうなら隊長になるだろ』

 小声のやりとりはそれで終わる。
 なんだかんだ言ってもリーメリはシーグル本人の事は信頼も尊敬もしているというのをウルダは知っている。シーグルに細々文句を言っているのだって、彼を心配しての事だというのを分かっている。このひねくれ者が本心で守りたいと思っている人物だというのが分かっているから、ウルダだって今回の事を決めたのだ。

「では、ウルダさん、リーメリさん、これからもよろしく頼みまぁすね〜」

 今のやり取りに関しては魔法使いにも聞こえている気はしたが、聞こえたからと言ってもそんな事に反応する人物ではない筈だからこちらもあえて無視する。
 にこにことやたら上機嫌の魔法使いにはイラっとするのは仕方ないが、これはこれで慣れるしかないのだろう。とりあえずこの件はこれで終わりだが、これからの苦労を考えてウルダは何度目か分からないため息をついた、それに……。

――まだ起こってないこれからのことより、帰ったらリーメリの機嫌とっとかないとな……。

 ウルダはそれで更に溜息を重ねた。



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 戦闘やらキールとのやりとりが長すぎて部屋帰ったあとの二人までいけませんでした……。
 



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