気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【7】



 リーメリはすぐ怒る、というのはウルダにとって今では当然の認識だが、実はこれも彼が自分に慣れた後になってからの事である。また向うがこちらを警戒している段階の時は、不機嫌そうな顔はしていても(っていうかいつでも不機嫌そうな顔だったが)、文句を言ってきたりする事は稀だったし、怒鳴ってくるなんて事はまずなかった。
 それでも本当に嫌な時は逆に黙っていかにも興味がないという態度を取るんだなとか、逆に彼もよかったと思ってる場合はへーとかふーんとか反応を返して顔を見てくるんだなとか、彼の反応を分析して彼に『自分の傍は居心地がいい』と認識させるのにいろいろやった。この辺りが出来たのは商売人として親から人を見る術をいろいろ見てきた自分だからこそだとウルダは思っている。

 そこまでウルダが頑張った理由だが……別にリーメリに一目ぼれして彼に本気になったとかいうモノではない。
 最初は家の繋がり的な打算もあったし、顔が好みだったしという単純な理由もあったのだが、決定的にリーメリをどうにかしてやりたいと思ってしまったのは彼が思った以上に苦労していて努力家だというのが分かったからだ。

 ウルダは母親が死んで塞ぎこんでいた頃、シーグルの境遇を父から聞いて立ち直った過去がある。自分より幼い彼が親から引き離されたまま厳しい訓練を受けている事に、嘆いていてるだけはみっともないと訓練も勉強もがんばるようになったのだ。

 まぁその後、一度とんでもなく酷い負け方をしてちょっとやさぐれて遊んでいた時期があったりしたのだが……それでも親から言われて初心を思い出し、騎士になるかとなって……そこでウルダはリーメリと会った。
 シーグルの話を聞いた時からの事だが……なんというか、ウルダは苦労して頑張ってる人間に弱いのだ。そういう人間には報われて欲しいと思ってしまう。
 リーメリがただの金持ちのボンボンではなく、親に頼らない為にずっと冒険者をしていたとか、その容姿のせいでかなり酷い目にあってきたこととか、それでも親に頼りたくなくて自分で自分を守るために鍛錬をしてるだとか、そういうのが少しづつ分かってきたら自分が彼の『居心地のいい場所』になってやりたいなんて思ってしまった。

 だからちょっと慣れてきた野良猫みたいに『くれるエサは食ってやるけど気は許してやらない』的な彼がこちらに慣れてくれるようにウルダはいろいろ頑張った。そうしていたらいつの間にか『彼が居心地のいい場所』だけではなく、彼と一緒にいることが自分にとっても『居心地のいい場所』になってしまっていたという訳だ。

 ……問題はそのせいでずっとこのままでもいいかななんて思ってしまった事で、ちょっと自分の将来の展望がいろいろ変わってしまった。リーメリの事を恋愛的な感覚で好きというつもりではなかった筈なのだが、最近ではちょっと道を踏み外した気がしていたりして、自分の本心というのが分からなくなってきたりしていた。

「まったく、一体文官殿は何したかったんだ?」

 ずっと不機嫌そうだったリーメリが、部屋に帰ってきた途端予想通りにそう吐き出すように言い出した。
 さてわがまま姫様のご機嫌取りかな――とウルダは笑顔で彼を見る。

「そもそも魔法使いの考えてる事なんて分からないってのは常識だしな。ま、隊長を案じての事ってのは嘘じゃなさそうだし、こちらに対して悪いとは思ってる分いいかと割り切った方がいいぞ」

 言ってウルダはキールから別れ際に渡された『お土産』をテーブルに置いた。今回の件で兵舎での夕食を食いっぱぐれたろう二人へのお詫びの差し入れという事らしい。実際腹が減ったのは確かだから、ウルダは椅子に座るとそれを開いてサンドウィッチを一つ貰った。

「食うのか? 何か入ってるんじゃないか?」

 すかさずリーメリが嫌そうに言ってくる。ウルダは構わず口に入れた。

「大丈夫だろ、そんな事してもなんの得もないだろし」
「お前、あのあっやしい文官殿を信用するのか?」

 どうやらリーメリにとってキールは余程怪しい人物に見えるらしい。

「怪しいのは確かだけど、隊長を守りたいって立場ってのが信じられそうなら問題ないさ。お前だって今回俺たちを襲ってきた奴がこっちを殺す気がなかったってのは分かってただろ。ありゃ単に俺らの腕見てただけだ、殺そうと思えばいつでも殺せるような奴だったろ」
「……それは……確かにそうだった、けどさ」
「ま、俺はあれが敵じゃなくて味方だったって分かってほっとしたさ」
「敵じゃなくてもそれで味方って事にはならないだろ?」
「いや、隊長を守ろうって文官様がこっちの腕を見るために使った人物ってことは、隊長の事情を知ってて隊長を守る側の人間って事だろ? なら味方と思っていいだろ、あれだけの腕が味方側ってのは心強くないか?」
「それはそう……かもしれないけど、お前のその考え方はちょっと楽天的過ぎないか?」
「そらいい方に考えたほうがいいだろ、お前みたく悪く考えるとムカつくだけだし」
「う……」

 きっとリーメリも理性では理解している。ただ単に彼の場合は騙されたようなやり方が気に入らなくてムカついてるだけだろうとウルダは思う。

「こんなのでいちいちイラついてると多分これから持たないぞ。文官殿とのこれからのつき合いもあるけどさ、なにせ隊長の敵に魔法使いがいるってのが本当なら文官様みたいなので悪意ある敵を俺達はこれから相手する事になるんだぞ。いいか、文官殿は悪意がなくてアレなんだ、アレに悪意があって隊長狙ってる敵って考えてみろよ」

 リーメリの顔がとてつもなく嫌そうに顰められる。それでも彼も諦めがついたのか、はぁ、と大きな溜息をついて椅子に座ると彼もまたサンドウィッチを一つ取った。

「なんであの人はそういう面倒な敵ばかりいるんだ」

 嫌そうに言っても、リーメリはシーグル自身の事を悪くは言わない。リーメリの面白いところとして、彼が好意的に思っている人間は本人にはいろいろ文句をいったりするものの、本人がいないところでは悪口にあたるような発言を決してしないというのがある。

 リーメリも最初はシーグルを敵視していろいろ言っていたが、彼を認めてからはこうして二人だけでの会話さえもシーグルを悪く言う事はなくなった。結局彼も自分が苦労している分、苦労しているだろうシーグルを認めてどうにかしてやりたいと考えているという事だ。

 外見も言動もトゲトゲしているくせに、こういう分かりやすく素直なところも彼のいいところだ、とウルダは思う。

「……何にやにやしてるんだよ」

 それが顔に出ると、すぐこうして嫌そうに反応を返されてしまうが。

「いや、何だかんだいってもやっぱお前も根本は隊長心配してるんだなってさ」
「だーかーらーっ、なんか危なっかしくて放っておけないだろ」
「わあってるって」

 本当はこの後にリーメリに『可愛い』といいそうになったのだが、かろうじて言う前に気付いて止めた。
 いつもの不機嫌そうな冷たい顔とは違ってこういう時の彼は顔をちょっと赤くしてムキになっていて、なんというか子供っぽくてかわいいのだ。

「ホント、ただでさえ隊長は無自覚でいろいろ引き寄せてっからなぁ……」

 だから代わりにそう続ければ、リーメリはまた違う方向に怒り出した。

「本当にっ、隊長は無自覚過ぎるんだっ」

 いやお前も俺の前だと結構無自覚にいろいろあるぞ――と思いつつ、ウルダは楽しそうに怒るリーメリの顔を見ていた。
 そうすれば当然いつも通り彼もそれに気付く訳で。

「ウルダ……なんかお前気色悪いぞ」

 そういう時は、ウルダは蹴られる事覚悟で素直に言う事にしていた。

「そうか……流石にリーメリは鋭いなって事で、嫌じゃなけりゃこれ食ったらさっさと寝てヤりたいですリーメリ様」

 頼み込むよう言えばリーメリの顔が引き攣る。嫌そうに、軽蔑した目でこちらを見てくる。だがこういう目で見られるのも最近慣れてきて楽しめるウルダにとっては問題なかった。
 なにせリーメリのこの反応も、実はNoじゃないという事をウルダは知っているからだ。

「まったく、どこからそうなるんだお前は」

 さぁね、とだけ返せば、リーメリは溜息をつく。そこで『今ちょっとお前を可愛いと思ったから』とか余計な事を言ったら台無しなのくらいはウルダだって理解していた。

「……まぁいいけどさ。明日に影響が出るような事がなきゃだけど」
「分かってるって、やさしーくだろっ」

 それは調子に乗り過ぎだったらしく、そこでそう、満面の笑顔で答えれば。

「その言い方がキモイ」

 その後にウルダは片足の脛を蹴られた。……このくらいは想定内で覚悟済ではあったし、リーメリも加減はしてはいたようだが痛い事は痛い。
 だから脛を押さえてちょっと蹲っていると、急に機嫌がよさそうな彼の声が聞こえてきた。

「懲りないお前が悪い」
「はいはい」

 そこでリーメリが笑い声をあげたからウルダも笑った。というか、ここで笑わないとまた彼が拗ねる事をウルダは知っていた。



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 次エロですが……その前のほかの話が入るかも?
 



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