気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【5】



 リーメリが見ているところで、急にウルダの姿が消えた。
 彼は確かに部屋に入って行っただけなのに……消えた途端、思わず確認のためにドアの前に出て行って中を覗き込んだリーメリだったが、部屋の中に入りはしなかった。中に入れば自分もウルダと同じ事になる可能性は高いと分かっていたからだ。
 勿論ウルダの身は心配だが、ここで自分まで同じ目にあってしまえばウルダを助けられなくなる可能性が高い。だからリーメリは舌打ちをして、周囲を見て部屋の位置を確認すると人を呼びに向かった。

 とりあえずは隊長室へ――シーグルがまだいるのなら上司への報告は当然だし、この手の事はまず魔法使いのキールにどうするべきか聞くべきだ。
 そう判断したリーメリだが、それはいつもであれば正しかったが今回ばかりは間違っていた。なにせ今回の首謀者はそのキールである、そんな事態はそもそも想定外でリーメリの頭の中にある訳がなかった。

 隊長室の明かりがついているのを見て少なくともキールはいるだろうと思ったリーメリは内心少し安堵した。そのせいで警戒が少し足りなかったとも言える、が……リーメリが隊長室のドアノブを掴んだ途端、掴んでいたものがなくなった。それからまるで落下するかのような感覚があって、気付けば知らない部屋に立っていた。

「……どういう事だ?」

 まずは周囲の気配を探ったリーメリだが、今のところ人の気配はない。
 おそらく転送でどこかへ飛ばされたのだとは思うがどこかは分からない。ただ自分がこうして飛ばされたというならウルダもどこかへ飛ばされた可能性が高いと見ていいだろう。もしかしたら彼も近くにいるかもしれない。
 部屋にはドアが一つだけあって、鍵が掛かっていないのを見せる為にかご丁寧に少し開いている。いかにこここから出て言ってください、と誘っているようだ。

「慎重過ぎるに越したことはないか」

 リーメリはすぐにそのドアへと向かわず、ドアのない他の壁の方へと向かった。






 投げられたナイフを避ければ、その隙に大きく距離が離される。
 影に隠れられれば完全に気配を殺されて、そいつの姿は見えなくなった。

――くそ、遊ばれてるな。

 ウルダは影から距離をとって、敵が姿を現すのを待つ。

 唐突に知らない部屋に飛ばされたかと思ったら、突然影から出てきた人間から攻撃された。窓から差す月明かりしか明かりのない部屋は薄暗く、ただでさえ周囲が見難い上に影に隠れられると完全に見えなくなる。

 ただ相手はこちらを殺す気はないようで殺気は感じられなかった。いや殺気どころか気配からして完璧に殺せるようだから殺気も消しているだけかもしれないが、こちらが対応しきれなくて体勢を崩してもトドメをさしにこないのだから少なくとも殺す気はない……とは思う。

――何の目的だ? こういう時の定番としては足止めだが……。

 また影から急激に現れた相手に向けてけん制のように剣を軽く振れば、向うはそれを短剣で受けて流し、うまく刃の軌道を変えてくれる。それが分かっているから大振りはしなかったのだがそれでも向うが上手すぎて、ウルダは思った以上に剣の勢いにひっぱられて体勢を崩しそうになった。

――でもさすがに3度目なんでねっ。

 こちらが体勢を崩したのを見てまた嘲笑うように後ろへ下がった相手だが、その姿が影に消える前にウルダは先程腰の袋からだしていた石を投げた。
 石が地面にぶつかる、と同時にそこからオレンジ色の光が辺りを照らす。これは火の神レイぺの神官が作れる光石で、リパの光石と比べると光量が弱くてその分長く光る。目つぶしに使えないから持っている者は滅多にいないが、暗いところを一時だけ照らして周囲の把握をするのにはいい。レイぺ神官が知人にいるからこそ常備しているものだが、こういう時には使える。

 まばゆい光――ではないから目を開けていられる。けれどその程度の光でも影を消すだけなら十分だ

 思った通り、影に向けて引いた敵はそのまま影に隠れる事は出来ず姿が見えたままだった。姿を隠すのがヴィンサンロアの術だったなら、隠れる影をなくせば姿を消す事は出来ない筈だった。
 顔は仮面のようなものを被っているせいで見えないが、全身黒い服装の男は割合軽装でヴィンサンロア信徒らしく暗殺者あたりかもしれない。
 ただ姿が消えなくても相手は別段焦った様子もなく、見せつけるように両手にナイフをもってそれをこちらに投げてくる。

「くそっ」

 それを剣で叩き落とせば、向うはまるで逃げ出すように走り出した。
 ただ相手の強さが分かっている分、逃げてみせているのはわざとでこちらに追わせるためだろうというのは分かる。だからすぐに追わなかったのだが……敵が走っていく先に出口が見えてウルダは考える。どうやら今までは影になる場所だったから見えなかったらしい。
 だがその直後、光石の効果が消えて辺りは再び暗くなり、敵の気配も姿も見えなくなる。とはいえ普通に考えれば敵はあの出口から出ていったと見るところだろう。

「さて、どうするかな」

 部屋の中に相手の気配はない……が、本当にいないかどうかは分からない。出口の場所は覚えているから出ていくことは出来る。
 ウルダは考えながら暫く待った。先程までのタイミングなら、また敵が現れて仕掛けてこないとおかしい。こうなればどちらにしろ行くしかないかと結論を出すしかなかった。




 部屋を一周してみたが、あるかと思った『仕掛け』はなかった。
 となるとやはりあのドアから部屋を出るしかない。さてどうしようか――とリーメリは考えた。けれどすぐに何かを感じて振り返った。




「誰かいるのか?」

――成程、こっちの方が気配には敏感という訳スかね。

 すぐに剣を構えてこちらを見てくるところからして、これはちゃんとこちらの気配に気付いたとみて間違いはないだろう。フユは袖のナイフを二本抜いて相手に投げる。勿論相手はそれを避ける、そこは問題ない。

――腕はなかなかいいスけど、どちらかと言えばトータルではあっちの方が上ってとこスか。

 別に直接剣を合わせなくても、ナイフを避ける動作一つだけでもフユには相手の腕がどれくらいなのかだいたい分かる。反応速度は勿論、剣の速さ、その時の構え、あとは弾いたナイフの角度や位置からほぼ正確に相手の能力を測れる。なにせフユの仕事では接近したら一回で仕留めなくてはならない。だから『仕事』前に相手の能力を把握しておく必要がある。

 ただ『仕事』なら次に彼を殺せば終わりだが、今回は仕事ではない。
 だからわざわざ今度は腰から両手に短剣を抜いて相手に向かう――まぁ一度は剣も合わせておいた方がいいスからねなんて考えながら。

 この程度の距離ならフユは足音など立てない、向うからはすぅっと滑るように近づいてくるように見えるだろう。ただ面白かったのは向うは迎え撃つだけではなく、自分からこちらに踏み込んできたという事だ。
 だから剣と剣がぶつかった位置は当初想定していたよりも近い。
 そのせいでフユは剣を当てた反動を利用して必要以上に大きく後ろに下がる必要があった。

――思いきりがいいスね。

 パワー寄りのタイプでないのに積極的なのは少しばかり珍しい。けれど下がったフユはしゃがむと同時に片足で大きく背後を払う。

「うわっ」

 声はウルダのものだ。彼が追いついて部屋に入ってきたのは知っていたが、この二人はどちらも相手に向けて声を掛けなかった。視線でもそれを悟らせなかった。
 けれどリーメリはウルダが来たからこそ積極的に前に出た。ウルダは敵が下がるだろう場所へ向かった。フユは彼らの思惑通り、背後に回られてしまったという訳だ。

――確かに、いい連携っスね。

 そこでフユはまた影に入る。が、その時またウルダが先程と同じ光石を投げた。周囲がオレンジ色に染まるがその直後、それより更に強い光が辺りを覆う。

――同じ手は通用しないっスよ。

 向うがレイぺの光石を使った直後、フユはリパの光石を投げていた。明るくしてこちらを見ようとしたのなら、おそらくまともに光を見てしまった筈だ。

 ところがそこで想定外の事が起こる。光が収まった直後、金髪の青年の方がフユに向けて剣を前にして突っ込んできたのだ。ちらと見れば、もう一人は目を押さえてうずくまっている。フユはその剣を弾いて横に飛ぶ、と同時にナイフを投げて向うから距離を取った。

「この馬鹿っ」
「悪ィ」

 すかさず向うは合流する。ただウルダの方はまだ目を押さえたままで、リーメリが彼を守るようにウルダとフユの間に立った。

――あとは、もう少し連携ぶりを確認しときまスかね。

 フユはそこで一度また影へと移動する。けれど今度はすぐに出ていく。最初からトップスピードで向うに向かった。



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 趣味に走ってすみません、戦闘系シーンは次回頭にちらっとある程度で終わりになりますので。
 



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