気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【4】



 シーグルがいつも通り訓練終了の挨拶のために部屋を出ていった直後、キールはシーグルに聞こえないくらいのぎりぎりの大声で独り言を呟いた。

「さーてどうしましょうかねぇ、どうしてやりましょうかねぇ〜」

 勿論誰かに聞かせるためで、その『誰か』は素晴らしく耳がいいからその不穏なセリフに反応して思った通りに姿を現す。

「……あんた、また何かたくらんでるんスか」

 音もなく突然そこにいたよう出てきた灰色の髪の男に、まったく今までどこにいたのかと思いながらキールはにっこりと笑いかけた。

「はぁい、えぇまぁそうですねぇ〜でも今回は貴方のお仕事的にもぉアリなんじゃないかなぁっと思う話なんでしてぇ〜早い話が協力してくれませんか?」

 灰色の男は表情こそ変えなかったものの、じっとこちらを見てくるその空気は好意的ではなかった。けれどキールは気にせず話す。

「シーグル様が偉い貴族の若様らしく側近を取るとなぁれば、そりゃぁただの騎士団の部下とは違っていっろいろぉプライぺート的な事の面倒もみて貰わないとならないわけでぇ〜シーグル様の事情を知ってもらう事はもーちろん、シーグル様の普段のあーんな姿やこーんな姿も見せてしまう事になりますからぁ……貴方の主もそりゃぁ側近になる人間に対してはどんな人物か気ィになると思うのですがぁ」

 ね、と語尾と共に首を傾げてみせても、やはり向うは少しも表情を動かさない。その表情が一応は笑顔に類するものであってもそれがわざと作っているものであるのは分かっている。ただ話をちゃんと聞いて理解している事は確かで、暫くしてからその笑みに似合わない平坦な声で向うはこう、返してきた。

「つまり、あの坊やが側近として雇う二人がどんな人間かってぇのを見るために何かする、それに協力しろって事スかね?」

 あの男が最愛の人間を守るために付けているのだから相当に有能な人物というのは当然といえば当然で、だからさくっと話の本筋を理解してくれたのは流石というところではある。……というか、向うとしては分かってるからまだるっこしい言い方を止めてさっさと話を進めろと思っているのだろう。

「そうそう〜、貴方も少なくとも側近になる二人の腕はぁ実際ちぁゃんと見て報告したいと思いまぁせんかぁ? あの二人がシーグル様のサポートをするのに適切なぁ人物かぁどうかをちょぉぉっとテストしてみたいかなぁなんて思う訳なんですよ〜」

 そこでやっと灰色の男が目に見えた反応を返す。それはもう嫌そうに溜息をついて見せる、という事で。
 それでも彼が断わらないだろうことは分かっていたし、キールはいかにも機嫌が良さそうな満面の笑みで今度はウインクをしてみせた。

「私はぁ魔法周りに関するテスト、貴方はぁ二人の腕のテストというこぉとぉでぇ〜どうでしょうか?」

 灰色の男はやはり嫌そうに溜息をついた……ものの、返事は予定通りではあった。

「いいっスよ、それにノリましょう。裏がなければ、ですけどね」
「はぁい、今回は純粋に彼らのテストですから」

 やはり満面の笑みでそう返せば、灰色の男は灰色の瞳を少し開けてこちらを睨んだ。






 今日の訓練(または作業)が終わると、全員兵舎に帰る事になる。ただ別に騎士団に入ったからと言って兵舎に入るのは強制ではないから、首都に住んでいるもので裕福だったり、結婚して家族がいるものは家へと帰って行く。それら以外はほぼ無料で寝床と食事を提供してくれる兵舎住まいにしない手はないから、まず大抵の者が仕事終わりに向かうのは兵舎になる。

 ウルダとリーメリの場合は家が裕福ではあるから本人たちが兵舎に入りたくないと言えばそうしない選択肢もあったが、二人とも自ら希望して兵舎住まいをしていた。理由としてはリーメリがまず親の世話になりたくないからと言うことで、それにウルダがつき合ったという流れだ。その際二人部屋になるためにウルダは親のコネを使って裏工作をしたのだが、それに対してリーメリに詳しい事は話していない。ただ彼も当たり前のように二人部屋になったところでこちらが何かしたのは察してはいるだろう、とウルダも思っている。

 リーメリは神経質なこともあって細かい事によく気が付くが、ウルダがリーメリのためにあれこれしたことには気付いても礼を言ってくることはまずなかった。だがこちらに対する態度……信頼というべきか、こちらに対する壁がなくなっていく過程が実感できるから、ウルダとしては満足していた。

 なにせ最初は本当にただ寝るだけの関係で『ヤらせてやってるんだから俺のためにお前が働くのは当然』という態度が普通で、ベッド以外では傍にいるのさえ嫌々という顔をされていた。それが傍にいるのが当然になって、人前でなければ触っているのも普通になって、向うから自然とこちらの傍にくるようになった。今ではこちらがやる事なら自分にとって悪い事ではない筈だと彼は考えているらしく、こちらの行動や決めた事に文句は言っても止めろとは言わない。最終的には『任す』で終わる。
 憎まれ口自体は実は今の方が多いのだが、それは逆にこちらに甘えている、ともとれるだろう。

 ……考えていたら、まるで野良猫を手懐ける過程のようだと思ってウルダは笑ってしまったのだが。

「何笑ってるんだ、お前」

 横にいるリーメリにそう言われて、ウルダは肩を竦める。
 最初の頃はこういう時も、嫌そうに見てくるだけで声を掛けてはこなかった。それが何か、こちらが彼にとって不測の行動や反応をするとその度に聞いてくるのだから、これはこちらに対する興味の度合と話しかけやすさ――つまり親密度がぐっと上がったという事だろう。

「いや何でもないさ、ちょっとした思い出し笑いかな」

 リーメリは嫌そうにこちらを見てくる。この視線はもう慣れて心地よいくらいだ。

「……やめろ、気持ち悪い」
「そう言うなよ、お前の事だぞ」

 楽しそうに言ってやれば、今度は彼が明らかに怒って言ってくる。

「もっと気持ち悪い、絶対やめろ、恥ずかしいヤツめ」

 恥ずかしいのは俺じゃなくてお前じゃないのか――と言いたかった言葉は飲み込んでウルダは、ハイハイ、ととりあえずの返事を返しておいた。リーメリが他人を傍に近づけたがらないから兵舎に帰るのも皆があらかたいなくなってからで、だから多少はこういうやりとりをしていても人に見られることはない。

「まぁ笑ってた理由を聞きたいなら、あとでベッドで聞かせてやるぞ」

 ただそれは調子に乗り過ぎだったらしく、無言で蹴りが飛んできた。

「お前は調子乗り過ぎだっ」
「痛っ、はは……確かにな……あれ?」

 蹴られた勢いついでにリーメリから逃げるようにして廊下を曲がったところでウルダは足を止める。リーメリも追いついてから反射的に足を止めて、ウルダの視線の先を見てから顔を向けてくる。

「何かあったのか?」

 ウルダは少し考えてから小声でリーメリに言った。

「隊長を見た……かもしれない」

 リーメリもウルダに合わせて小声で返してくる。

「隊長? もう帰ってるんじゃないか?」
「いや、この時間でもあの人が帰ってない事は別に珍しくもない……けどな」

 事務仕事が残っているならあの真面目過ぎる青年が残って仕事をしている事自体は珍しくはない。だが通常の仕事時間が終わりになれば、グスかアウドが帰る時までついている筈……というのをウルダは知っていた。

「とりあえず行ってみないか? 慎重にな」

 言えばリーメリもしぶしぶといった顔で了承を返してくる。
 ウルダの見たところではここを曲がった一瞬の事だったが、シーグルが廊下の先にある部屋に入っていった……ように見えた。それが何か用事があって入ったのを見たのなら問題ないのだが、強引に誰かに連れ込まれたように見えたのだ。一瞬だったから分かりにくかったが、背恰好とちらと見えた銀髪からすればシーグルで確定だとは思う。ただ顔は見えなかったから絶対そうだとは言いにくい。

 シーグルが入ったろう部屋の前へくれば部屋の扉はしまっていた。
 ウルダは剣を抜くと、リーメリを手招きして傍に来た彼の耳に囁く。

「まず俺が入る、お前は俺が呼ぶまでは入ってくるな。何かやばそうだったら誰か人を呼びに行ってくれ」

 そうすればリーメリも状況の深刻さに気付いたらしく、彼もまた剣を抜いて真剣な顔でこちらを見て頷くと、ドアを挟んで反対側の壁の方へ行った。それを確認してウルダはドアに手を置く、それからそうっと開けていって中を覗いた。

――誰も……いない、のか?

 部屋の中は暗くてよく見えないが、少なくとも動くものは見えない。気配を探っても感じない。
 ウルダは迷ったが、それでも更にドアを開けていく。だんだんと外のランプ台の明かりが入って部屋の中もよく見えるようになるが、それでもシーグルどころか人の姿はなかった。

――向う側の壁に張り付いて待ち伏せてる、って可能性もあるか。

 ただそれなら自分が殴られた後でリーメリがどうにかするだろう。だから一度リーメリを見て彼を制止するように手のひらを向けると、ウルダは思い切って中に入る事にした。
 ドアを大きく開け、部屋に一歩、足を踏み入れる。
 左右の気配には特に注意したが、入った途端殴られる事態にはならなかった。

――本当に誰もいないっていうのか?

 だからそのまま数歩中に入って行って……だが突然目の前の景色がぐにゃりと歪んでふわっとした感覚があると思えば、次の瞬間、ウルダは明らかに入った筈の部屋とは違う別の場所に立っていた。



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 次回はこの続きでウルダとリーメリさんのテスト(?)。
 



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