気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【3】



――貴方にとってのセイネリア・クロッセスか……。

 訓練場に向かいながら、ウルダの言葉を思い出してシーグルは考えていた。正直なところを言えば自分でもはっきり言えない、セイネリアに関しては明示的な答えはまだ出せていない。だから言えたのは確実な事だけで――。

『すまないが、あいつと俺がどういう関係かとはっきりは言えない。俺自身が分からないから。ただ……これだけはハッキリしている、もし俺に何かあった時はあいつを頼ってくれ。俺の事であれば無条件であいつは信用していい。どんな状況であっても……あいつは最優先で俺を助けようとする筈だ』

 あいつは俺を愛しているから……とはさすがに言えなかったが、ウルダはそれだけで察してくれたと思う。だから彼は『分かりました』とだけ答えて笑った。

――それにしても、どんな状況であっても、か。

 我ながらすごい自信だなと思うが、それは事実だと分かっているからそれしか言い様がない。あの男が心変わりなどする筈はない、それを疑うことは彼を信じていない事になる。

――あぁそうか、俺はあいつを信じてるのか。

 そんな事に今更気付いてシーグルは思わず足を止めた。
 彼に対する感情はいろいろありすぎて結論が出せないのに、彼だけは絶対に自分を裏切らない……いや、裏切ってでも自分を救おうとするだろうとそれを自分は少しも疑っていない。どんな状況でも、どんな相手と敵対する事になろうとも、セイネリアはシーグルのためならばできうる限りの手を尽くしてくれる。そしてあの男が出来うる限りといえば――どんな無茶な状況でもどうにかする、彼はそれだけの人間だとシーグルは分かっている。

――分かっている、か。やはり俺はあいつなら何でも出来ると思っているらしい。

 それを考えれば思い出してしまう言葉がある。

『……言った筈だ、俺も人間だ。お前が思うよりもずっと弱いと』
『お前の中の俺は、心のない化け物なのか? 何を言っても俺が傷つかないと思っているのか?』

 シーグルは彼の弱さも知っている。どんな時に彼が苦しんで傷つくかを知っている。それが全て自分のためで……それくらい、あの最強の男が自分を愛しているのだと分かっている。

 けれど、シーグルはそれに返す本心からの言葉をまだ自分の中で見つけられていない。

 ただ分かっているのは、彼を嫌いではなく、彼を頼りたい気持ちが自分の中にある事で……けれど彼の想い自体は受け入れられないとそれだけだ。好きか嫌いならまだしも愛しているという言葉は重すぎて、正直シーグルは考えれば考える程分からなくなる。

 考えながらまたシーグルは歩きだす。
 そろそろ今日の作業が終わるだろう皆の元へ顔を出しに行くだけだが、セイネリアの事を考えてしまえばもやもやしたものが残ってしまってどうにも気分が晴れない。それは別にウルダのせいという訳ではなく、たまにふと考える度の事ではあるが……自分はいつかちゃんと答えを見出せるのかと考えれば更に気が重くなる。彼にはちゃんと、謝罪と共に言いにいかねばならないのに……。

「ってか本気で一人でのんびり歩いてるんですね」

 声に気付いてシーグルは足を止めると顔を上げた。

「リーメリ」

 長い金髪の青年なんてここには他にまず見ないから離れていてもすぐに分かる。彼はこちらが足を止めると近づいてきて、こちらの顔を見るとため息をついた。

「いくら団の中だからって貴方は一人でふらふら歩いていい立場じゃないでしょう、隊の中で誰か一人指名して護衛させればいいじゃないですか。しかも警戒せずぼうっとのんびり歩いていて……誰かにいきなり抑え込まれて小部屋に連れ込まれたらどうするんです、貴方は本当に危機感が足りなすぎます」

 いつでも不機嫌そうな顔の彼がやはり不機嫌そうにそう言ってくる。実際、団内でぼうっと歩いていて小部屋に連れ込まれて無理矢理犯されたことがあるため、それに反論の言葉も出なくてシーグルは顔を引き攣らせるしかない。

「あ、あぁ、それはキールにも言われているん、だが」
「だったらさっさと指名しとけばいいじゃないですか。誰に言っても喜びますよ。まぁ、腕的に半数くらいは除外した方がいいでしょうけど」

 彼は基本的に態度も声も不機嫌そうで、シーグルと話す事になるとまず文句から始まるのだが、話す内容はいつでもこちらを心配してくれているのだから面白い。
 それに自然と笑ってしまえば、彼は更に顔を顰める。

「何か起こってからじゃシャレにならないんですからっ、貴方はもっとご自分の身を守る事に神経質になるべきですっ」

 完全に怒った声でそう言われても、それがこちらを心配しての事だと思えば笑いが出てしまう。しかも内心――もう何か起こっているんだ――なんて思えば苦笑というか言い返しようがなくて結局笑うしかない。……まぁ、その何か起こった事が悪い結果にならなかったから笑えているというのもあるのだが。

「心配させてしまってすまない、リーメリ。忠告は聞いておく、確かに俺は少し不用心過ぎるな」
「そうですよ、まったく今でそんな調子じゃシルバスピナ卿になられたらどうする気なんですか……」

 けれどそれにはシーグルは満面の笑みで返してやる。

「そうしたら、リーメリがウルダと共に俺についてくれるんだろ?」

 今度は気まずそうに口を閉じたのはリーメリの方だった。
 彼は暫く顔を顰めて、それから視線を泳がせた後に大きなため息をついた。

「……そうですよっ。ウルダは、もう言いにきましたか?」
「あぁ、リーメリとウルダ、二人とも俺の側近として雇う約束をした」
「そう、ですか」

 彼はそれで少しほっとしたように表情を和らげた。けれど暫くしてからまた顔を顰めて、それからそうっと聞いてくる。

「それで……その、あいつは何か変な事とか言ってませんでしたか?」
「変な事?」
「そう、その……余計な事、というか」
「余計な事?」
「いやその、私の事をどうとかいらない事いってなかったかな……と」

 リーメリの顔はちょっと赤い。シーグルは考えて、それで思った。もしかしたらリーメリがわざわざここで自分を待って声を掛けてきたのは、もとからそれが聞きたかったのではないかと。
 考えれば相談としてシーグルと交渉にきたのはウルダだけだが、リーメリの今後の事でもあるのだからそれがどうなったかは気になって当然だ。

「お前の事を……というと、ウルダとの関係を分かっているか、とかいう確認はされたが」
「まぁ……それくらいならいいですけど」

 やはりリーメリの顔は赤い。

「あとは……あぁ、『実はリーメリは俺以外が傍にいると安心して眠れない』と言っていたか」

 それにはウルダは目を見開いて顔を更に赤くする。
 それから顔を手で覆って、まるで呻くように呟いた。

「あいつは……まったく……」

 その様子を見ていたシーグルは少し考えてから聞いてみた。

「本当に眠れないのか?」
「え?」
「いや、ウルダ以外が傍にいると本当に安心して眠れないのか?」

 リーメリはこちらの顔を見て、暫く何かに耐えるように唇を震わせた。勿論顔は真っ赤だ。

「それは……その、昔、いろいろ寝てる間に嫌な事がありましたから……でもあいつとは長いですし、その分慣れというか、いつもの事で安心……出来るんですよっ」

――安心、か。

 シーグルはそれで考えた。傍に誰かいて眠るといえば冒険者時代の野宿だが、その場合はいつでも緊急時に備えられるために熟睡しないのが普通だった。だから他人の気配を感じて眠るとなれば……幼い子供の頃を抜かせばやはりセイネリアの顔が浮かぶ。そうして、彼に泣きついて抱かれて眠った事を思い出す。それで分かる、おそらく自分は彼の傍でなら安心して眠れるのだと。

「なぁ、リーメリ」
「なんですかっ?」

 どこか喧嘩腰で聞き返してきた彼に、シーグルは聞いてみる。

「その人間の傍でなら安心して眠れるというのは……やはり、その人物の事を特別に思っているからなんだろうか」
「そりゃ……特別だと思います、けど」
「好き、だからか」
「勿論嫌いじゃないでしょう、ただ好きなだけじゃ安心しませんよ」

 自分でも何を聞いているんだろうと思うが、こういう話を自分と似た立場で聞いてくれるのはリーメリしかいない。

「なら、愛してる、からか?」

 そう聞けばリーメリはまた目を見開いて顔を真っ赤にする。シーグルは彼からの答えを待ってじっと彼を見つめる。それが暫く続いてから、金髪の青年は視線を外してまた大きなため息をついた。

「愛してる、なんて分かりませんよ。傍にいて安堵するのは好き嫌いよりも……相手を心から信頼してるって方が正解だと思います」
「そうか……」

 少なくともシーグルはセイネリアを信じている。彼の自分に対する気持ちを、何があってもこちらを守ろうとしてくれるだろうことを。だからその答えはしっくりくるものだ。

「けれど、自分から相手の傍にいたいって思うなら……信頼だけじゃなくて、それ以上もあるんじゃないですか?」
「それ以上?」
「惹かれてるって事ですよっ」

 言ってまた赤い顔のまま、リーメリは怒ったような表情で視線を外した。

――惹かれている、か。

 どういう意味でかは分からない。ただセイネリアに対してはずっと憧れのようなものを抱いていた。それも惹かれているという事になるだろうが、リーメリがいう意味はまた別なのだろうとそれくらいはシーグルにも理解出来た。



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