気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【2】



 個人的に相談したい事があるとウルダに言われ、そのために時間を空けておいたシーグルだが、その相談内容に対して思い浮かぶことがないから気になっていた。

「最近、ウルダかリーメリの様子がおかしかったり、何かトラブルがあった様子があっただろうか?」

 だから執務室内に唯一いる自分以外の人間であるキールに聞いてみれば、彼は書類を眺めたまま返してきた。

「そりゃぁ今後どうするかって話だと思いますよぉ〜、あの二人はもうすぐ義務期間が終わりますからねぇ」
「そうなのか!」
「はぁい、そぉうですよぉ〜」

 それならそうともう少し早く教えてくれれば……と思ったものの、自分が彼らの任期を確認しなかったのだから文句をいうべきではないとすぐシーグルは思いなおす。

「シーグル様はあの二人の事をどぉう思っていますかぁ?」
「どう、というと?」

 唐突な質問に眉を寄せれば、魔法使いは楽しそうに笑った。

「信用出来ると思ってますかぁ?」
「勿論だ」
「腕はいいと思いますかぁ?」
「あぁ、騎士として恥ずかしくないだけの腕はあると思う。特にウルダは応用力がある、イレギュラーな事に対してもかなり対応できるし焦らない。リーメリは少し動きが単純だが速さがある。二人合わせての話ならば、リーメリが先に前に出てウルダがフォローをするカタチでの連携はかなり上手いと思う。さすが二人で長く組んでいるだけある」

 言ってからにやにやと笑みを浮かべてこちらを見ているキールに気付いてシーグルは気まずそうに口を閉じた。どうにも剣の話になると熱が入るのは仕方ない。彼ら二人の剣は特徴が分かりやすくてある意味反対の性質を持っている。それが二人一組になると上手く噛みあって1人+1人の戦力が2人分ではなく3人以上の戦力になるといつも感心していた。二人の連携を見るのが面白いから、たまに2対2での手合わせをやったりしているくらいだ。

「……それで、だからどうだと言うんだ?」

 ちょっと間を置いてから聞き返せば、キールはまだにやにやとした顔のまま言ってきた。

「つまぁり、部下として優秀で頼りになると思っている、とぉ言うことでぇすねぇ」
「あぁ」

 それを聞きたいだけなら最初からそう聞けばいいではないかと思いつつ、なんだか妙に居心地が悪くてシーグルは書類を手に取った。

「なら簡単です、騎士団を辞めたら次期シルバスピナ卿としての貴方の個人的な部下にならないかと、聞いて見れば良いではないですかぁ〜」

 それには見ていた書類を一度机に置いて、キールの顔を見てしまう。

「あぁ……そういう事か」
「そぉうでぇすよぉ〜♪ 直前まで冒険者をしていたのもありますがぁ、貴方の立場なら本来お付きの部下の一人や二人いつでも連れているのが普通でしょぉ」

 シーグルは考える。確かにそれなりの水準以上の貴族の息子、特に跡取りであるなら普通は子供の頃からお付きの側近的な部下を数人従えていて当然である。ただシーグルはそれらの、偉そうなだけで自分では何もできなくて取り巻き頼りの馬鹿息子に嫌悪感を抱いていたから、ことさら何でも一人でやれる事に拘ったというのがあった。
 祖父もシーグルを甘やかさないためにか、友達にもなれるようなそういう部下を付ける事はしなかったから不自然だとも思わなかった。冒険者時代はいい仲間にめぐり合えて気にならなかったし、騎士団に入ったら入ったで部下が一気に出来て彼らは率先してシーグルの身を案じていろいろしてくれたし……だから結局、必要を感じなかったというのが正直なところだ。

「今はぁまぁ〜いいでしょう。ですがぁ正式にシルバスピナ卿になられてぇ結婚をしてご家族が出来たりなんかした日にはぁでぇすねぇ〜、貴方のプライベート事情を把握していてそういう仕事を頼める部下がいないとぉこーぉまりますよー」

 言われればそれはそうではある。まだ実感は湧かないが、確かに結婚をしたらいつでも自分が家族の傍にいられる訳ではないから家族用の護衛は必要ではあるし、シルバスピナ卿としての仕事をサポートしてくれる存在も必要になるだろう。

「そういうものだろうか」
「そういうものです」

 いつでものんびりした口調の魔法使いにきっぱりいわれて、シーグルは溜息をついた。つまり、祖父で言えばレガーのような部下である。そう考えればいれば心強い事は確かだろう。
 尚も考えるシーグルに、そこでキールがびしりと指さしてくる。

「ここでっ、例えばそういう側近を募集してるっなぁんて貴方が言ってごらんなさいっ。名乗り出る連中がわらわら湧いて大変な事になるどころか、貴方の部下たちの間でも自分こそがっと皆で言い出して喧嘩になりますぉ喧嘩にっ」
「そ……それはないと思うが」
「いっいぃぃえぇぇええ! 貴方は自分の人気ぶりを忘れてはいけません、貴方の個人の部下になぁんて言ったら皆必死で自分アピールしてきますよっ」
「そ、そうだろうか……」
「そうですよ!」

 ばん、と机を叩いて立ち上がって熱弁をふるうキールにシーグルは正直引いた……が、ここで話を止めるわけにもいかず困るしかない。

「……さて、ここで少し話を戻しましょう」

 キールが咳払いをして声のトーンを落し、シーグルは少し安堵した。

「ウルダさんとリーメリさんの場合はぁですねぇ、そこでリシェの民、という理由付けが出来る訳です。領主となる貴方の個人的部下ならそりゃぁ領民から選ぶべきでしょうという当然極まりない理由を言えばだれも文句は言えません」
「あぁ……」

 そこを言われると確かにそうではある。特に二人はどちらもリシェの有力商人の息子である。彼らを側近に取り立てたのならリシェの商人組合、つまりリシェの議会との関係的にもいいことしかない。

――確かにキールの言うことは全て理にかなってる。

 と思いつつも考え込んでいたシーグルは、そこでドアのノックの音にびくりと顔を上げた。

「隊長、ウルダーツ・ロメサです。入ってもよろしいでしょうか?」

 そこですかさずキールがシーグルを睨んできた。

「いいですかっ、今言った事を踏まえてちゃんと部下になれと言うんですよっ」

 らしくなく早口でまくし立てると、キールは自分の席に座って何事もなかったかのように書類を手にとる。
 シーグルは一度大きく息を吐いて、ドアの外にいるだろう相手に向かって口を開いた。

「あぁ、入って来ていいぞ」






 部屋に入ったウルダは、微妙に緊張した顔をしているシーグルを見て眉を寄せた。

「どうかしましたか?」

 だから聞けば、彼はぎこちなく、いや……と言って口を閉じた。ウルダは少しだけ疑問に思う。

「それで、相談したいことなのですが」
「それで、相談とはなんだろうか」

 同時に二人で声を出してしまって、シーグルが明らかにしまったという顔をして表情を固まらせた。それにウルダはくすりと笑って、ちょっとおどけたように肩を竦めてみせた。

「何をそんなに緊張してらしてるんですか? いつも通り、気楽に聞いてくださればいいんです。別に深刻な問題を話しに来たのではありませんから」
「そ、そうか……」

 シーグルの視線がそこでちらりとキールに向けられたのをウルダは見逃さなかった。

――これは何か文官殿に焚きつけられたかな。

 ……となれば恐らく。人を見る目には自信があるウルダとしては、キールが何を言ったのかは大体予想が出来た。ならば話が早いとばかりに、さっさと話すことにする。

「俺とリーメリですが、今期限りで騎士団所属の義務期間が終わります」
「あ、あぁ、そうらしいな」
「ただご存じの通り、別に義務期間が終わっても騎士団に残る事は出来ます。俺とリーメリは貴方の部下で居られるのならそれでも構わないかと思っていたのです、が……」

 そこでキールをちらと見れば、文官の魔法使いはわざとらしく咳払いをして誤魔化した。これは、予想通りと見ていいだろうとウルダは思う。

「俺とリーメリ、このまま後期組で冬の間のおまけ仕事だけをするには腕が勿体ないと思いませんか?」

 にかっと笑ってそう言えば、どこか緊張していたシーグルが目を見開いて……それから笑った。

「あぁ……確かにな」
「えぇ、それにこれから貴方がいろいろ表立った仕事に出るようになるとその部下として前期組の連中がつく姿が見られるようになるでしょう。そうするとですね……きっと親父殿から俺は叱られる事になる訳です、『何故お前はシルバスピナ卿の部下なのにあの方のために働いていないのだ』ってね。なにせ親父は今鼻高々に自分の息子はシ―グル様の部下だって言いまわっている訳なので、面目を潰す気かとそれはもう怒られる事必至なんですよ」

 シーグルがクスクスと笑いだす。流石にここまでくれば彼も何が言いたいかは分かっているだろうから、ウルダもここで本題を言うことにした。

「ですから、騎士団を辞めてシルバスピナ家の警備兵に志願しようかと思いまして。つきましては少々裏取引を願いたいと」
「裏取引?」

 内容は分かっていただろうが、裏取引という不穏な言葉に、真面目な青年は少し不安げに眉を寄せた。

「はい、裏取引です。えー……隊長は俺とリーメリの関係を察していただいていると思うのですが」
「あ、あぁ」

 それにはちょっと気まずそうに答える辺り、正しく理解しているようだとウルダは笑う。

「いきなり二人で警備兵として雇われたとしてです、まず最初は下っ端からスタートですから基本兵舎では大部屋になると思うのですが……そこをどうにか二人部屋にして貰うことが出来ないだろうかと。実はリーメリは俺以外が傍にいると安心して眠れないという問題がありまして、それ以外にも寝室に他人がいるのは都合が悪く……」

 最後はわざと大真面目に言えば、真面目で綺麗な彼らの主となる青年は大きく目を開いてからあっけに取られたように、そうか、と呟いた。

「勿論取引に見合うだけの仕事はするつもりです。二人ともに命を掛けて貴方にお仕えする事は勿論、俺は商人組合や議会役員連中にも顔が利きますし、いざとなったら親父のコネでも金でも使って貴方をお支えします、どうでしょうか?」

 シーグルはまだ目を見開いてあっけに取られた顔をしていたが、最後に大真面目に跪いて臣下の礼をとれば、くすりと破顔した後に笑い出した。

「……分かった。二人部屋を渡すとなれば、一般の警備兵は難しいからな、お前達二人は俺の側近として雇おう。それでいいのだろう?」
「はい、ありがとうございます」

 今度は床に額が付くほど頭を下げれば、そこまで我慢していたらしい文官がぷっと吹き出して笑い出した。

「頭を上げてくれ。……正直を言うと、俺も騎士団を辞めるならお前達二人には俺の個人的な部下になってもらおうと思っていたところだ。今さっき、キールにそれを提案された」
「成程、そうでしたか」

 言いながら笑っている魔法使いを見れば、向うはこちらへ返すように大げさな礼をとって見せる。
 部屋にあった緊張は完全に消えて皆で笑っている中、そこでウルダは少し考えると今度は顔から笑みを消して主となる青年の顔を見る。
 シーグルも気付いて真剣な目をこちらに向けてくる。真面目で純粋でどこまでも綺麗な人間というのは彼の事を言うのだろうと思いながら、ウルダは真っすぐ彼を見て聞いた。

「貴方の部下として、以後は貴方の命令にはこの命さえ掛け、貴方の秘密を絶対に他言しないと誓います。ですからお聞かせください、貴方にとってのセイネリア・クロッセスという男の事を」

 今後この青年を守るためにあの男とどう接するべきか――それは彼の部下として絶対に聞いて置くべきことだとウルダは考えていた。



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あれ……シーグルとキールのシーンで時間掛かりすぎた。



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