騎士団狂想曲





  【7】



 次の日のシーグルは、午前中一杯を事務仕事で過ごし、午後は最後まで隊の方に出ている事が出来た。
 しかもその日は厳密には訓練ではなく、遠出ではないものの首都南の森を抜けたところにある、シールの村とエジネルの村へ行き、そこの周囲で最近異常がないかを聞いて調べてくるという、周辺村の巡回でもあった。
 ちなみにこの様な首都付近地域の見廻りは、予備隊には訓練も兼ねてよく回ってくる仕事であり、大きく2つに分ける事が出来る。
 一つは、数日間の日数を掛けて、実践の装備をつけて決められたルートを歩きでいく遠征訓練。これは主に森や山など、人が訪れそうではあるが訪れる事が少ない場所の見廻りを兼ねて、キャンプ等の訓練も含めた実際の行軍の訓練である。
 そしてもう一つは、今回のように首都近くや街道沿いの村や町へ行き、異常がないか調べたり、対処出来るようなら対処してくるという、訓練というよりも殆ど仕事といえるものであった。ちなみにこちらは訓練が主体ではないので、全員馬に乗っていく事が出来、大抵は日帰りでいってこれる場所に限られる。遠い場所の場合は、訓練という名目ではなくはっきりと仕事となり、しかも何か異常があったからいけと最初から対処が前提で行く事になる。また、場所は日帰りできるところであっても、手間のかかるトラブルの対処には、後日改めて仕事として命令が下されていく事になる。

 今回は後者であるから全員馬に乗って行ったのだが、ただ村人の話を聞いて終わるだけでなく、多少の仕事をしてきた為、帰りはそれなりに遅くなってしまった。
 とはいえ、それはあくまでも帰りの予定時刻を越したというだけで、いつもの訓練終了時間からすればそこまで大幅に遅れたという程でもない。
 だから皆、そこまで早く帰ろうと焦った風でもなく、解散のあいさつが終わってからもシーグルの周りで何人か話しているところで――その人物がやってきた。

「シーグル、やっと帰ってきたのか、お疲れさんー」

 それを見たシーグルの部下、隊の連中が彼に投げかけた視線は、『なんだこいつ、隊長に向かってなれなれしく話しかけて失礼すぎる』というものだったのだが、それに返されたシーグルの返事で、周りには不満そうなどよめきが広がった。

「あぁ、ロウ、そっちは先に終わっていたろう、まだ帰っていなかったのか」

 次に向けられたロウへの隊員達の視線には、明らかに嫉妬が混ざっていた。

「なんであいつがあんな軽々しく隊長に話しかけてくるんですか?」
「あいつと何かあったんですか?」
「奴とはどーゆー関係なんですか?」

 という質問責めにシーグルが合う姿を、苦笑しながら古参連中は見ていた。

 ちなみに、ロウはシーグルにはかなわないものの、団の中ではそこそこに名前は知られている。というのも、一年に一回行われる団内での練習試合にて、去年の個人の剣技での優勝が彼だったからだ。
 ただ、この試合での優勝とはいっても、試合には全員出る義務はなく出たい者だけが出るエントリー制なので、優勝したから団内最強という訳でもない。だが主に出るのは若手ばかりの為、現状では剣の腕では若手で一番、というくらいの認識をロウはされていた。

「ロウは、子供の頃の知り合いだ」

 詰め寄ってくる部下達にシーグルがそういえば。

「つまり、幼なじみって奴ですか?」

 と言われて、シーグルは少し考える。

「……そういうことになる、のか?」

 それを嬉しそうにフォローしたのは当のロウだった。

「そ、俺とこいつはガキん時の遊び仲間でな。十ン年ぶりに再会した昔からの友人って奴だ」

 胸を張って鼻高々に言う彼の顔はにやけていて、それが周りの連中への優越感も込みだろうというのは見てすぐわかる。だから余計に嫉妬というか反感の目で見られているのだが、それさえもが更にロウを優越感に浸らせてしまうのだからどうしようもない。
 そしてシーグルといえばこういう事にはトコトン鈍感なのか、自然にロウとは友人口調で話していて、周りの反感が更に燃え上がっているのに気づいていない、らしい。

「いやー、おっもしれえなぁ♪」

 とのんびり言っているテスタに、グスは大きくため息をつく。

「おもしれぇってなぁ……。まぁ、あの反感が隊長さんの方に向かうこたぁないだろうから、どうでもいいっちゃいいけどな。ったくロウも調子に乗りすぎだ」

 グスが頭を押さえつつ彼らを見ている横で、テスタは楽しそうに鼻歌交じりで自分の剣に油を塗りながら言う。

「乗りすぎたら痛い目に合うだけだな。ま、いいんじゃないか? これでウチの連中は、ロウだけには負けねぇって訓練にも身が入るんじゃねぇか?」

 語尾に笑い声まで入れて気楽に言うテスタに、グスはますます頭痛が酷くなったというように頭を抱えた。

「いい方にとるとそうだがな。ま、将来有望な若者が再起不能にならねぇ為に、まだ根が浅い内に一回ロウをへこませて皆の溜飲を下げといたほうがいいんだがな」

 テスタは剣の手入れをしている手を止めて、グスの顔をにやにや顔のまま見る。

「おー、長老様は流石若いモンの事を考えてますなぁ」

 軽く口笛まで吹いて言うのだから、茶化しているのは確定である。グスはじろりと、友人の、自分と同じおっさん騎士である男を睨んだ。

「なにが長老だ、お前とそこまで年の差ねぇだろ」
「何いってんだ、俺たちン中じゃ最年長だろ、皆こっそりそう呼んでるぜ」
「おっさんはいいが、流石に俺はまだじーさんと言われる歳じゃねぇ」
「まぁ年齢だけの話じゃねぇって、気分だ気分」

 この怒りぶりは割と本気だと悟ったテスタは、笑みを苦笑に変えてグスを押さえるように両手を彼の前で開く。グスは友人の悪ふざけに一度徹底的に灸を据えてやりたい気分に駆られたが、とりあえず今回はやめておく事にした。

「で、どうすんだ?」

 話を変えるためにか、元の話に軌道修正してきたテスタに、グスは大分やる気のなくなった感じで面倒そうに返した。

「あーそうだなぁ」

 実際、グスもすぐにどうこうする事を思いついていた訳でもないので、返事をしながらも考えているという状態だった。
 他の隊員達を差し置いてシーグルの傍まで近づいたロウは、他の者が話し掛ける暇さえない程シーグルにずっと話し掛けていて、また更に周りの空気を悪化させていた。シーグルがそこまで気にした様子がないのがまた問題なのだが、彼自身はどうやら一度自分の内に入れてしまった人間は簡単に信じて気を許してしまうタイプらしく、それが可愛くもあるのだがもうちょっと人を疑っても欲しいとグスは思ってしまう。
 うーん、と腕を組んで考えていたグスは、一応一つだけ、あまり効果には自信がないものの思いついた事をいってみる事にする。

「お、何かやるのか?」
「ま、ちょっとな」

 どっこいしょと言いながらグスが立ち上がれば、テスタはまた、じーさんだな、と言ってカラカラ笑う。
 それに一々反応している暇もないので、グスはシーグルとロウに十分声が聞こえる場所までいくと声を張り上げた。

「よぉロウ、折角お前さんが来たんなら、お前さん一回ウチの隊長に剣を合わせて貰うといい。強いぞぉ、隊長は」

 それを聞いて、シーグルの傍にいた隊の者達が盛り上がる。……勿論、彼らはロウがシーグルに勝てる訳がないと分かっているので盛り上がっているのは言うまでもない。
 シーグルは困惑しているようだが嫌な顔はしていないので、彼にも一押しするために更にグスは言う。

「隊長殿、ロウは去年の騎士団の練習試合で剣部門の優勝者なんですよ。だから、うちの連中よりはずっと手ごたえがあると思います」

 それでシーグルも感心したようにロウを見て、それならぜひ、と彼に言う。

「いやその、まぁ強い人が出なかったから俺が勝っちゃったってだけだからなぁ」
「だが、出ている者はそれなりに自信がある者達なんだろう」
「まぁ、その……そうではあるんだろうけど……」
「なら是非、お前の腕を見てみたいな」

 お調子者でおだてに弱いロウは、その流れに少し照れつつもやる気になる。周りの者達はそんなロウの様子にもおそらくムカついてはいるのだろうが、彼がこの後、シーグルによって徹底的に自信を打ち砕かれる事を分かっているので、今は笑顔で二人の試合を見たいと盛り上がっていた。
 時間は夕暮れも終わり近くで少し手元は暗くなっているが、腕があるもの同士ならこの程度は苦にならないだろう。そもそもシーグルは今日の仕事で疲れてはいると思うが、その分をハンデとしても余りある実力差は間違いない。
 皆の期待の声に、ロウは言う。

「じゃぁ、時間も遅いから一本だけって事で」

 歓声が上がる。
 時間がないのは皆わかっているので、すぐに二人が始められるように隊の者達は二人から離れていく。
 さて何合打ち合えるだろうな、と思いつつ、グスは剣を抜いて距離を取った二人に開始の合図を告げた。

 ロウは走る。
 シーグルも走る。今回は最初からそれなりに腕のある相手とロウを認識しているらしく、珍しく攻撃する気のシーグルの動きに周りのギャラリーが息を飲む。
 カシン、という最初の音は、剣がぶつかるというよりも互いに絡めとろうとして刃同士が重なった音であった。
 だが、それからの動きはロウの予想していたものではない。
 シーグルは即座に剣を押し込んで十字額で相手の剣を止めようとし、それに気付いたロウは慌てて体毎剣を引く。
 今のでシーグルの速さがわかったロウは、今度は慎重に構えたままシーグルの隙を伺うが、勿論、見て分かる隙などシーグルにあるはずがない。
 ロウが警戒して防御に回ったのを見て取ると、今度はシーグルが剣を繰り出す。
 剣の攻撃の基本は、斬るよりも突きである。
 実践で相手を殺す事が目的であれば、殺傷能力を考えて剣は突く事が多くなる。それに突きは防御をし難いという点も優れているし、振り回すよりも重い剣を隙なく効率よく動かせる。重い両手剣は、実はそこまで大振りするものではなく、速さを重視すればするだけ、振る軌道はコンパクトになる。
 慌ててシーグルの剣を受けようとしたロウは、体を捻って避けながら突いた返しの剣で斬られる事を想定して、自分の剣を体の横に立てた。
 シーグルはそれを見て一度剣だけを手元へと引くと、左手を柄から離して刃の中程を持ち、無理な体勢で剣を立てているロウの体を刃で押し出すようにして突き倒した。
 まさかシーグルの細い体でそんな力押しに出ると思わなかったロウは、体勢の半端さもあってか簡単に背から地面へと倒される。戦場ならここで倒れた相手にとどめというところだが、そこでシーグルが立ち上がれば、誰が見ても勝負はついたという事になった。
 わっと沸くギャラリーの面々。
 地面に大の字に倒れたまま、呆然としているロウ。
 シーグルは剣を納めてロウが起き上がるのを待っているが、ロウはなかなか起き上がれない。

「おいロウ、いつまで寝てる」

 言われてやっと、ロウはゆっくりと無言で起き上がった。

 グスとしては、ロウも伊達に若手ナンバー1と言われている訳ではなく、相当に善戦したといっていいと思っている。彼の動きを見ていれば、少なくともシーグルの動き自体はかなり見えていたようだし、シーグルの実力を知っている隊のものなら十分褒めていいくらいの試合だった。……勿論、その前の行いのせいで、誰もロウを褒めなかったし、むしろ負けたロウに皆は思い思いの追い討ち台詞を言っていたが。

――ま、ロウには悪いが、少しは皆のガス抜いといた方がお前の為ってもんだ。

 などとしみじみと思っていたグスを、テスタはにやにやと顎の無精髭をさすりながら見ていた。

「おっさんは人が悪いねぇ」
「そういうお前もな」
「いやまったく」

 とにかくにも、かなり自信を打ち砕かれたらしいロウは、その後はちょっと見ていてかわいそうなくらいおとなしくなって、シーグルに別れを告げて兵舎へと帰っていった。




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思ったよりも長くなったロウさんの話。次回はロウさんサイドの事情をちらっと。
そんな訳でこのエピソードはもう一話お付き合いください。次回でエピソード終了です。




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