騎士団狂想曲





  【8】



 初恋の人は? ――なんて質問は、酒の席での与太話の一つで、この歳になれば笑って懐かしむ程度の甘酸っぱい思い出である。
 そう、彼の場合は少し変わっていたものの、それでもやがてはそうなる筈のものだと彼自身信じていたのだ、つい数日前までは。

「なんだよ、何落ち込んでるんだ、ロウ。例の人に振られてきたのか?」

 友人の心ない言葉に心を抉られながら、ロウはきっと顔をあげて、団では同室で一番の親友であるアルセットの顔を睨んだ。

「うるせー、まだ振られた訳じゃねぇっ」

 そのあまりの大声にアルセットは耳を押さえつつ、それだけでなく一歩後ろへ引いてため息をつく。

「じゃ、何落ち込んでるんだよ」

 それにはぼそりと。

「……強いんだ」
「は?」

 小さすぎた声にアルセットが聞き返せば、ぎょろりと目だけで彼を見上げて、ロウは今度はやけくそのように大きい声で言った。

「だーかーらっ、強いんだよっ、あいつがっ。そらもー俺じゃ全っ然、全く、歯が立たないっていうか、練習相手にもならねーくらいっ」

 言うロウの顔は真っ赤で、目など涙が滲んでいるくらいの悲壮感丸だしで、そんな顔を近付けて、アルセットの肩をがっしりと掴むと前後に揺さぶりだした。
 アルセットの方は揺さぶられながらも、なんだか面倒になってきていた。

「貴族の騎士様っていったら、剣なんかただのお飾りってのが普通だろっ」
「……いや、本来それが普通じゃまずいんだけどな」

 一応反論したアルセットだったが、ロウは全く聞いていない。

「あの細さだぞっ、おまけにあんな美人で強いとかおかしいだろっ」
「……それは偏見すぎるだろお前」

 やはりロウは聞いていないのだが、アルセット的はそれでもつっこまずにはいられなかったらしい。

「あいつの前でみっともなくぶっ倒れるとことか見せちまったんだぞ、俺はぁっ」

 がくがくとすごい勢いで揺さぶられて、アルセットはもうつっこむ以前に声が出せない状態だった。というよりも彼の方も我慢の限界というやつで、さすがにロウを突き飛ばすと同時に、大騒ぎする相手より更に大きな声で怒鳴り散らした。

「いい加減にしろっ。うじうじうじうじ、お前ってそんなに湿っぽく落ち込むような奴だったのか?! ぶったおれた姿より、今のお前の姿見られた方が絶対幻滅されるぞ、賭けてもいいっ」

 それにはロウも言葉を詰まらす。
 なにせ、指摘されればアルセットの言う事はどこまでも正しい。ロウは自分が今、相当に煮えきらないだめな人間だという自覚がしっかりあったりするのだ。

「だってさー……どうすりゃいいか分かんねーんだよ……」

 ロウだって、こんなの自分じゃない、と何度も思ってはいるのだ。けれども、初めて恋を覚えた乙女よろしく、好きな相手にどうすればいいのか分からない状態なのだ。

 ただこの場合、初めての恋……というのはある意味あっていた。

 ロウの出身地は首都よりもずっと南にある田舎のエーヴィス村というところで、代々狩人の家に彼は長男として生まれた。
 ロウは一言で言えばガキ大将で、当時その辺りの子供達が遊ぶ時のリーダー的存在だった。
 ある日、彼が村の近くの森にある子供達の秘密基地――といっても拾ってきた枝を集めて木の下に屋根をつけただけのものであるが――を見回りにいくと、じっと基地の前で立っている子供の姿を見かけた。
 村の人間は、皆が皆、茶色か黒の髪と瞳をしている。
 けれども子供は見たこともない銀色の髪の毛をしていて、振り返ったその瞳は深い湖のように真っ青だった。
 田舎者の村の子供達とはまるで違った整った顔立ちは、御伽話に出てくる妖精とかに違いないとロウは思った。

 ――そしてそれが、ロウの初恋だった。

 そうして暫く何も言えずただ見とれていたロウに子供が言った言葉は、『おいおまえ、えーびすむらはどっちだ』だった。
 どうやら子供は迷子だったらしい。
 しかも口調は女の子にしては結構乱暴で、更にやけに負けず嫌いというか意地っぱりで、ロウが『迷子なのか?』と聞いても『迷子じゃない、探検中だ』と言い張った。
 結局、その時は上手くなだめて本人の家まで送り届ける事が出来たのだが、後で母親に聞けば、その子供は最近首都から村へやってきた若い夫婦の子供だという事が分かった。

 次の日から、ロウは他の子供達といつもの遊び場へ向かう前に、その子供の家に行ってその子を誘うのが日課になった。
 その子供は、黙っていれば人形のように可愛いのに、危ないといってもロウ達のやる事を全部マネしようとしたり、馬鹿にされるとすぐ喧嘩を始めたりと、その生傷が絶えない様子にいつもロウは内心ハラハラしっぱなしだった。その子がいつでも一生懸命に自分の後ろをついてくる様に嬉くなりながらも、何かあったら自分が絶対守ってやろうなんて騎士気分だったのだ。

 その子が、『彼女』ではなく『彼』であると分かるまでは、それはそれはロウにとっては幼い初恋に夢見心地の毎日だった。

 とはいえ、男と分かったからといって、ロウがその子供を嫌うという事もなかった。やっぱり彼は綺麗で可愛くて、意地でもついてこようとする小さな姿を見ると、男と分かっていても胸がきゅうっとなった。
 ちなみに、彼の兄だと紹介された一つ上の子供は、彼よりも更に女の子にしか見えなくて、ロウはこの家はどうなっているのだと思ったのだが。
 子供をよく遊びに連れて行ってくれるロウに、彼らの母親はよくおやつをくれたりしたし、神官でもある彼女は子供達が怪我をすると治してくれて、家族は次第に村に打ち解けて幸せに暮らしているように見えたのだ。

 けれどもそんなある日、彼は突然子供達のいつもの遊び場にこなくなった。もう迎えに来なくても自分でいけるからといって、兄を引っ張って毎日やってきていた銀髪の少年は、その日から全くやってこなくなった。
 こなくなって3日目に彼の家に行けば、少年はもういないのだと目を真っ赤にした彼の母親に言われ、それから更に数日後、家族は村から引っ越していってしまった。
 両親に聞いても、彼らには事情があったとしか教えてくれなくて、ロウとしては別れを言う事さえなく、理不尽に彼に会えなくなってしまった事がどうしても納得出来なかった。

 だからロウは、どうしても彼にもう一度会いたいと思った。それが狩人の家に生まれたくせにロウが騎士になった理由である。
 彼は自分の父親が騎士だった事が自慢らしく、だから自分も絶対に騎士になるんだとよく言っていた。あの負けん気の強い彼なら、絶対に言った通り騎士になっている、そう思ったからロウは彼に会う為に騎士になった。
 ただもちろん、別に彼に会ったらおつきあいをしたいとか思っていた訳ではなく、突然会えなくなったせいで胸の中でいつまでもくすぶるように残っているこの悔しさというか未練に、きっかりケリをつけるために会いたいと思っていたのだ。
 彼は父親とそっくりで、その父親も確かにすごい美形だったけれど女顔ではなく、体型もすらりとはしていてもちゃんと戦士らしい体躯の誰が見ても男の人だと分かる外見の人だった。
 だからロウの頭の中で想定された彼の成長した姿もその父親で、あの可愛い少年が立派な青年になっている姿を見れば、微妙に心に残っているこの甘酸っぱい想いを払拭出来ると思っていたのだ。

「それなのに……なんだよあれは反則だろーー」

 アルセットが耳をふさぐ。
 ロウは肩で息をしながらも、行き場のない自分の中の更に悪化した胸の疼きにのたうち回る。
 やっと彼に会えたと思ったら予想通りの男らしい彼ではなく、子供の頃のあの姿をそのまま大きくして更に大きくなった分愛嬌代わりに色気がある、とんでもない美人さんになった彼がいたわけである。
 騎士なんて肉体労働系の職業とは思えない、あの細い体はおかしいだろと叫んでも仕方ないとロウは思う。しかも、貴族様だから体鍛えてなくても騎士にはなれたんだろう……なんて思っていたら、腕には多少自信があったロウでも全く手も足も出ないくらいにちゃんと強い。
 彼の存在自体が反則以外の何者でもない、とロウは叫びたくなる。

「まぁでもさ、お前が前に言ってたその子の話だとさ、そんなに負けず嫌いで気が強かったんなら、鍛えないで貴族だから騎士になれましたーって事は逆にないんじゃないか?」
「う……それは確かに」

 それを言われると納得出来る、などという事を今更実感するあたり、ロウの思考は結局自分に都合のいい方に流れていただけだった。
 とにかく、やっと会えた初恋の少年は、すっかり男らしくなって胸の疼きを収めてくれるどころか、予想以上に綺麗になって胸も、ついでに下半身も疼きが悪化するという事態になってしまった。
 再会してからというもの、頭の中に彼の姿がちらつかない日はないという有様だ。

「くっそぉおお、俺はどうしたらいいんだーーー」

 頭を抱えて叫ぶロウを、アルセットは嫌そうな目で見つめる。
 そして。

「ロウ、お前さ。ぐだぐだ悩んでるだけなんてらしくないぞ。そんな馬鹿やってる暇あるなら、さっさと告白してくればいいだろ」
「こ、告白って……好きだって、男に言うのか?」
「……ま、普通引かれるよな」
「だよな」
「だから、まずは様子見でわざとかるーく言ってみりゃいいって言ったじゃないか。別に男同士でそういう関係ある奴ってのは珍しい話じゃないし、誘ってみて脈があったら押せばいいし、だめだったら冗談だって言えばいい」
「あ、あぁ、そうだな」

 冒険者間において、男同士でそういう間柄というのはそこまで珍しい事ではない。というか、女性相手の場合はいろいろ罰則が厳しいので、遊びの相手なら同姓と、という風潮がこの国にはある。騎士団でも見目のいい奴は大抵そういう誘いを受け、割と気楽にあちこちで関係を持っている者もそこそこいる。
 しかも確率論で言うならば、貴族の方がその系の趣味がある奴は多い。

「よ、よよよよししししっ、まずは当たってみた方がいいよな!」
「そうそう、頑張ってこい」

 気楽にアルセットはそう言ったが、彼の思惑には続きがあった。
 どうせロウの想いなど通じる筈はないし、ならさっさと玉砕してハッキリ諦めてくれ――という、友達がいの全くない思惑が。
 とにかくそれくらい、ここ数日のロウの相談相手役に彼は疲れていたのだ。








 次の日。
 午前の訓練が始まるよりも早くくるシーグルを待ち伏せして、ロウはじっとシーグルの執務室の近くで待っていた。
 ドキドキドキ、と早鐘を打つ心臓の音を聞きつつ……というか聞けば聞く程余計に緊張してくるもので、ロウは自分の精神が保つ間にシーグルに早く来て欲しいと願っていた。
 そんな時。

「ロウ? どうかしたのか?」

 胸を押さえて大きく深呼吸をしていたところで、丁度やってきたシーグルに声を掛けられた。
 ロウは飛び上がらんばかりに驚いたのだが、どうにか抑え込んで、笑顔でシーグルに手を振った。

「おう、おはようシーグル、早いな」

 右良し左良し、と左右に人がいないことを確認して、立ち止まっているシーグルに近づいていく。
 どきどきどきと収まらない心臓を叱咤して、笑顔を崩さないまま出来るだけ自然体で彼のそばに立って肩を叩く。
 自然に、自然に、まずは様子見につついてみるだけなのだから、ちょっとした冗談ともとれるくらいにさらっと言えばいい。

「いやぁ、今日も美人だなぁシーグルは」
「……唐突に何を言ってるんだ」

 唐突だっただろうか、とちょっと怯みそうになりながらも、笑顔を崩さずにロウは気をとりなおす。

「でもさー、朝から美人なお前の顔みれるとさ、なんか今日も一日、気分よく始められるなーって気がするもんだぜ」
「……そういうものなのか」

 シーグルは不審そうな目を向けてはくるものの、さらりと流してくれたらしい。
 言うなら、ここだ。
 笑顔と声を維持したまま、ロウは再びぽんとシーグルの肩を叩いて言った。

「なぁ、シーグル。俺お前好きだからさ、ちょっと俺と寝てみないか? 今晩どぅがぁあっ」

 ロウは最後まで言う事が出来なかった。
 言葉を言い切る前に、ロウの左頬は無言で飛んできたシーグルの拳で殴られ、彼の目の前は火花が散ったからだ。
 痛いとかヤバイとか、自覚するよりも体の方が先にふっとんでいた。
 ついでに意識の方も、何が起こったのか分からなくて一瞬どこかへ飛んでいた。
 だから、気付いた時に見えたのは天井と、見下ろしてくるシーグルの冷たい……それはそれは凍えるように冷たい軽蔑の瞳で、ロウはあまりの事態の深刻さに冗談だと笑って誤魔化す予定の言葉さえすぐに出せなかった。

「生憎そういう冗談は好きじゃない、本気なら絶交だ」

 シーグルの瞳のように冷たい言葉が投げられて、それでやっとロウは急いで言葉を返す事が出来た。

「す、すまん、いやその、冗談、冗談なんだっ、うんただの冗談、こう言ったらお前がどんな反応するかなーって思っただけのっ」

 それを聞いて、見下ろしてくるシーグルの瞳が幾分か和らぐ。

「そうか、ならいい。だが今後その手の話は冗談でもするな」

 倒れたままロウは、シーグルの気迫に押されてこくこくと何度も頷く事しか出来なかった。

 こうして、彼は記念すべき玉砕人生の最初の一歩を踏みだしてしまう事になる。
 実はその時、丁度やってきていたマニクに一部始終を見られ、その日の内にシーグルの隊の者達には全員、ロウが隊長にふられて殴られたという噂が回ってしまっていた、というのはまた後の話である。



END
 >>>> 次のエピソードへ。

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そんな訳で、騎士団編の登場人物紹介編が終了です。
ロウさんは以後、こういうポジションな人です(=人=)。




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