神官は剣に触れられず
※この文中には性的表現が含まれています。読む場合は了解の上でお願いいたします。





  【9】



 やはり、自分はまた間違ったのか、と。

 セイネリアの心には冷たい絶望だけが広がって行く。
 本当は分かっていた。けれども、耐えられなかった。
 目の前で壊れて行くシーグルを、何も出来ずに見ていられなかった。

 だから、賭けに出た。

 セイネリアの心は、望みを見出したいと願っていた。
 自分のこの想いこそが、彼の心を救えるのではないかという、あるかどうかも分からないような希望。それに縋りたいと、まだ諦めたくないと、叫ぶ心が。

「愛してる……」

 耳元で囁いて、掌で彼の体をなぞる。
 ひくり、と震える肌は彼が反応している事を告げるが、彼の瞳は何もない空間を見つめたまま動かない。
 暗闇にぼんやりと浮かぶような白い肌は現実離れして見えて、心だけでなく彼の体さえもが遠くにいる錯覚を起こさせる。
 それを否定する為に、セイネリアはその肌を吸い、白い中に赤い鬱血の後を残していこうとする。痛みを感じる度にその肌が震える事だけが、彼が生きて動いている存在だという事を知らせてくれる。
 けれども、こうして肌に触れていてさえ、彼を抱いているのだという実感が湧かない。
 どうすれば、彼を確実に手にしたという感覚が手にはいるのか。それが分からなくてもどかしくて、心の中にはどうにも出来ない焦燥ばかりが募る。

「シーグル」

 名を呼んでさえ、彼はセイネリアの顔を見ようとしなかった。その瞳は遠く、彼の心は更に遠く、これだけ傍にいてもセイネリアの声さえ届かない。
 それでも、強く、強く願えば。
 愛しいのだと、愛したいのだと、それを彼が分かってくれさえすれば、彼の心を現実に引き留める事が出来るのではないかと、薄い望みをセイネリアは抱いた。彼が欲しがっていた家族の温もりに変わるものを、自分が与えてやれるのではないかと望みを掛けた。

「愛してる……」

 耳元に囁けば、彼の表情が強張る。

「愛してる」

 言って口付ければ、キスは受け入れられる。
 柔らかい粘膜を舐め取って、蕩けるように熱い彼の口腔内を味わう。動かない舌に自分の舌を絡めれば、応えるように触れ合わせて来るその感触に安堵する。もっと深く、もっと確かに繋がりたいと、口を更に開けて舌を深く差し入れれば、苦しさに彼の喉が小さく呻く、その反応が嬉しかった。
 宙を彷徨う彼の手を取り、その掌を広げさせて、指と指を絡ませるように掌同士を組む。もう片方の腕は倒れ込みそうに力の入っていない彼の腰を支え、更に深く唇で繋がる。壁に彼を押しつけながら、まるで貴族達のダンスでも踊っているような体勢で、セイネリアは只管シーグルの唇を貪った。

「愛してる」

 唇が離れる合間に呟いて、ぴくりと揺れるその瞳を確認して、また唇を合わせ直す。
 何度も、何度も、彼の心に声が届くように。
 彼に、否定などさせない為に。

「や……めろ」

 何止めかのキスの後、呟いたシーグルの言葉に、セイネリアは閉じていた瞳を開く。
 彼の顔を見れば、青い瞳を大きく見開いて宙を見つめたまま震えていた。泣きそうに見えるその顔から、涙を流していないのが不思議な程、彼の唇はわななき、眉はきつく寄せられていた。

「やめろ……黙れ」

 セイネリアの口元が微かな笑みを刻む。

「だめだ。やめてなどやらない」

 セイネリアは、そっと彼の体を片手で抱き締めると、自らのマントを外して床に投げ、その上にシーグルの体を横たえた。

「抱くなら……いつものように、犯せばいい……何故……」

 未だ瞳はセイネリアを見ようとしないものの、言われた言葉にセイネリアは苦笑する。

「何故だと? ……さっきから何度も言っているだろ、愛してると。本当はこうして、お前をゆっくりと感じたかった。お前に痛みを与えずに感じさせてやりたかった。俺はお前を犯しているつもりはない、抱いてるんだ、その違いを理解しろ」

 表情のなくなっていた顔を苦しげに歪ませているシーグルを見て、セイネリアは瞳を細める。
 身じろぎさえしない彼を見下ろしながら、自らも服を脱いで行く。
 そうして、上に着ているものを全て脱いで、上半身を外気に曝すと、ゆっくりとシーグルの体に覆い被さる。
 出来るだけ、丁寧に。
 出来るだけ優しく。
 セイネリアは、シーグルの肌をなぞる。
 肌の上を滑る指は、羽毛で撫でる程柔らかく、彼が感じたと思われる場所にはまずキスをして、それからちろりと舌で唾液の跡を付けて行く。
 僅かに声を漏らした彼に気づけば、少し体を伸ばして、彼の目元にまたキスをする。そうしながら、また、左手を彼の投げ出された右手に重ね、指を絡めて掌を組む。自然と体勢の所為で胸と胸が素肌で触れて、互いの体温と心臓の鼓動を伝え合う。左手で手を組んだまま、右手で彼の前髪を掻き揚げ、再び唇を重ねて体を擦り合わせる。

「あ……」

 離した唇の合間に、シーグルの吐息のような喘ぎが聞こえた。

「愛してる」

 呟いて、唇をまた合わせて。そうしながら、下肢の昂ぶりを彼に分かるように押しつけ、服ごしに彼のものと擦り合わせる。

「やめ……」

 宙を見つめるシーグルが、逃げようとして体を引きかけたのを引き寄せ、彼の頭を抱くように自分の肩口へと押しつける。
 それから、体を浮かせ、自分とシーグルの下肢の衣服をずらして互いの欲望同士が直に触れあえるようにする。
 シーグルの体が強ばって、息を飲んだのが分かる。
 セイネリアは、両方の性器を握って、互いを擦り合わせながら手で擦り出した。

「ん……」

 流石に、直接性器に触れられればシーグルも強い刺激に息を漏らす。逃げようとしているのか、彼の腰が淫らにうねる。片足がだんだんと膝を立てて行く。
 セイネリアは手の中のモノをまとめて扱き、互いの欲望で膨れたその先端を強く擦る。どちらのものとも知れない先走りのぬめりの所為で、手の動きはより速くなって行く。

「は、ぁ……」

 シーグルが喉を反らす。
 体毛が薄い白い足が、暗闇の中でくっと膝を高く上げる。
 同時に、セイネリアの手の中には、暖かい液体が溢れていた。
 セイネリアは、曝された白い喉に軽くキスを落とし、シーグルの足の間に体を入れて開かせて行く。それから、つい今さっきまで互いの性器を掴んでいた手で、シーグルの更に奥の窄まりを撫でる。
 それだけで、そこはひくりと動き、彼の体がその先の行為を期待している事が分かる。
 それが分かったセイネリアは、すぐに指をその中へと押し込んでいった。

「うぅっ……」

 いくら快楽に慣れて来たとは言っても、やはり最初は慣れないのか、小さく漏れる彼の声は苦しげだった。
 それでもセイネリアは指を止める事なく、喜んで指を締め付けようとする媚肉をかき分けて奥を探り、内部にある僅かに指に当たる位置を擦り上げた。

「ッ……」

 瞬間、シーグルが歯を噛み締める。
 その場所を執拗に擦ってやれば、だんだんとシーグルの足が閉じられていき、まるでセイネリアの体を足で挟むようになって行く。
 セイネリアはそんな彼に僅かに笑うと、指を増やして、より強く彼の中の快感を生むその箇所を擦り上げた。

「う、うぅ……」

 熱い息を吐いているものの、まだシーグルは声を抑えようとしている。それに安堵して更に強く擦れば、消え入りそうな小さな喘ぎを漏らしながら、シーグルの腹が、びくん、びくんと大きく波打った。
 セイネリアは彼の中から指を抜く。
 安堵の息を吐いたシーグルの耳元に唇を落とし、くちゅりと水音をわざとさせて耳たぶを舐め、そうして囁く。

「愛してる、お前を」

 シーグルの体がぴくりと震える。
 それと同時に、セイネリアは念入りに解した彼の中へ、自分の熱を一気に押し込んだ。

「うぁ……ぐ……」

 シーグルがその衝撃にぎゅっと目を瞑って顔を顰める。けれどもセイネリアは加減する事なく、奥まで自分のものを彼の中へ押し込んだ。
 自然と背が浮き上がって上体を起こしかけた彼をなだめて、その体のあちこちにキスを落とし、最後にまた、彼の目元、そして耳元に口付けると、同じ言葉を囁く。

「愛してる」

 その言葉に、最初の衝撃に強ばっていたシーグルの体から力が抜ける。それが分かって、セイネリアはゆっくりと律動を開始する。

「愛してる」

 言葉とともに、指で彼の胸の尖りをいじる。指の腹で丸めるようにころがして、少し強く摘む。その度に、セイネリアの肉を食むその場所が蠢いて、もっと欲しいと強請るように締め付けて来る。

「やめろ、やめろ……嫌だぁっ、黙れっ」

 激しく首を振って、シーグルは抑えた声を上げる。
 声は涙声で、その顔も泣きそうなのに、彼の頬が涙に濡れる事はなかった。きつく閉じられた瞼に光る水滴を見つける事も出来なかった。
 セイネリアはその彼の頬を押さえ、顔を固定して唇を合わせる。そうしながら下肢の動きを速めて、彼の中の深くを感じる。

「い、や……や……だ……」

 首を振って無理矢理唇を外したシーグルが、譫言のように拒絶の言葉を呟く。その彼を宥めるように、彼の顔の至るところにキスを落としながら、セイネリアもまた変わらずに囁く。

「愛してる、シーグル……」

 そうして、否定の言葉さえ出せないくらいに、彼の奥を突き上げる。

「う、あ、ぅっ」

 大きく目を見開いたシーグルが、体を固くしてセイネリアの体に縋りつく。
 組んだままの左手が、強くセイネリアの手を握り締め返して来る。
 肉と肉がぶつかる乾いた音が繰り返され、その音に合わせてシーグルの喉がひきつるような声を漏らし、触れている彼の肌がぴくぴくと震える。
 セイネリアさえも荒い息を吐いて、彼の片足を大きく持ち上げ、より彼の深くを突き上げる。
 限界が近くなるにつれてぬめりが増えている彼の中は、より動く事が容易になって行く代わりに、激しく蠢いて、ひくりひくりと強く締め付けて来る。
 まるで、彼の中で、媚肉がセイネリアの雄に追い縋って来るように。ぬめりによって空気の入り込む余地もなく、ぴったりと合わさった肉と肉の感触は、彼と自分の肉が繋がったまま溶け合わさったかのような錯覚を起こさせた。

「や、あぁっ」

 押し殺した悲鳴のような声をを上げて、縋りついていたシーグルの体がガクリと床に背を落とす。
 セイネリアも彼が達する寸前の締め付けに眉を寄せ、それから然程の間を置かずに動きを止めた。

「ふ……ぅ」

 中に吐き出された感触に、体の力を抜いていたシーグルの顔が顰められる。それにまた触れるだけのキスをしてから、セイネリアは彼の耳元に囁き掛ける。

「愛してる」

 返って来るのは荒い息遣い。
 はぁはぁと、互いの息継ぐ音を聞き、そして少しだけ息を整えたシーグルが口を開く。

「黙れ……」

 セイネリアは返す。

「だめだ……」

 彼の額の汗を拭い、髪の生え際に唇を落とし、尚もセイネリアは彼に伝え続ける。

「愛してる」
「黙れ」
「愛してる」
「違う」
「愛してる」
「違う、違う、違う……」

 大きく見開いた青い瞳が浮かべているのは恐怖と空虚で、今にも壊れそうに揺れている彼の心のように震えるその瞳は、セイネリアを決して見ようとはしなかった。

 セイネリアは、生気を失って行く瞳と共に、より深くへと逃げていこうとする彼の心を知って、その琥珀色の瞳を閉じる事しか出来なかった。



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今までいえなかった分『愛してる』のバーゲンセールになりましたが、書いてる私が一番恥ずかしかったと思いますorz。
この前にあったフェゼントとウィアのHシーンと、ラスト部分がちょっとだけ合わせてあります。
向うのラストと比べると、こっちの二人のラストは痛さ増しになるかと。


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