弔いの鐘と秘密の欠片




  【6】



 歓声が上がって、地面に倒れたエルが大声で怒鳴る。

「ちっくしょーめ、あーもう、やっぱ勝てねぇなぁ」

 そこで全身甲冑の男が手を貸してエルが起き上がるのを手伝ってやれば、彼らの元に周りで見ていただけのギャラリーが押し寄せてくる。

「レイリース、今日こそは俺とやってくれるんだよな」
「俺もまだ相手して貰ったことねぇんだがな」

 それを少し離れたところから見ている男が一人。
 長旅用のマントを身に付けフードを被って顔が見えない男は、すっかり人気者になっている青年を見て、何時の間に、と呟きながら思わず苦笑する。
 セイネリアから秘密裏の仕事を受けてずっと傭兵団とは別行動をしていた男は、つい今しがた、久しぶりに主のもとへと帰って来たところだった。懐かしいとも思える首都の傭兵団の門をくぐってすぐ、中庭から聞こえてきた歓声に思わず足を止めてしまったという訳だ。

――あの坊やがそこにいるって事は、マスターは今、いないのか。

 昼間は出掛けている事が多いとは聞いていたから、それは確定だろうと彼は思う。となれば真っ先に報告に行かねばならない訳ではないかと思って、男は団の者達が騒いでいる方に向かって歩きだした。

「レイリースっ、次は俺なっ」
「いや俺だろ」
「すまないが今日はあまり時間が……」

 甲冑の騎士に詰め寄っている者達の方に、人垣をかき分けてフードをつけたままの男は向かって行く。それにまわりの者達は一瞬胡散臭そうな顔をするものの、その顔を覗き込めば皆驚きながらも笑って道を開けてくれる。
 男はそこでフードを下すと、甲冑の青年に向けて声を張り上げた。

「割り込みになるのは承知で俺も相手をして貰いたいんだが、いいかな?」

 フードから出た金髪の青年の顔を見て、周りの連中から声が上がる。

「おぉ、ラタか、久しぶりだなぁどうしたんだ?」
「そういや見なかったよな、何処行ってたんだ?」
「――まぁ、ちょっとマスターに言われて遠くにおつかいだ、やっと帰ってこれたって訳さ」

 当然ここで具体的な仕事内容は言える訳がない。『マスターに言われた』と言えば他の者はそれ以上聞いてこない、というのはここでのルールみたいなものだ。

「そんなら疲れてンだろ、また後日の方がいいんじゃねぇか?」

 長棒を肩に背負いながら近づいてきたエルには、大きくため息をついて笑って見せた。

「いや……いろいろ俺も気分的に疲れる事ばかりで……少し思い切り体を動かしたい気分なんだ」
「成程……それは分かる、すっげー分かるわ」

 エルもまたうんざりした顔でため息をつくと、確か今は彼の弟となっているらしい甲冑の青年の方へくるりと向き直った。

「レイリース、そういう事らしいからラタの相手してやってくれや。言っとくが強いぞ」

 そうしてエルが下がれば主の最愛の存在である彼と対面する事になって、ラタは我ながらワザとらしいと思いつつ手を前に出した。

「初めて会うな、ラタだ」

 握手と共にウィンクすれば、察した彼もしっかりと手を握り返しながら言ってくる。

「初めまして、よろしくお願いします」

 それからこちらだけに聞こえる小声で付け足してくる。

『実は貴方とはいつか剣を合せてみたいと思っていた』
『あぁ俺もだ、あんたみたいな奴とやるのは久々でね、楽しみだ』

 小声の会話が終われば、手を離して互いに背を向けて距離を取る。ある程度の距離が離れれば抜刀して、ラタは大きく深呼吸をすると同時に剣を構えた。――まるでシーグルと左右対称になるように、彼と同じ型で。予想通りだが、それにギャラリーがざわつく。

「はじめっ」

 エルの声と共に、二人は同時に駆け出した。
 最初の衝突は僅かにシーグルの剣の方が速く、ラタが受ける側に回った。けれどラタはすぐに剣を絡めとりながら押し返し、互角の合せに持って行く。そこから力任せに押せば僅かにシーグルの腕が下がって、力ではまだこちらが勝てるようだとラタは思う。
 だが、不利を感じたシーグルはすぐに合わせを外して切り返し、またラタが受ける側に回る事になる。今度は絡めとろうとしても上手くいかなかった為それはすぐに諦めて、一度剣を弾いて距離を取る事にした。
 速さは向うで力は此方が上……なのは予想通り。鎧分はかなり不利だとしても、こういう戦いになれば意地でも彼なら鎧に頼ろうとはしないだろう、とラタは考える。
 見ている者達は、今はもう、無駄口を叩かずにじっとこちらを見る事に集中していた。それでも彼らは気づいている。そしてシーグルも気づいている。
 ラタは再び剣を構える。顔の横で柄を持ち、切っ先を前に向けて。シーグルも同じ構えから、再びほぼ同時に踏み込んで剣と剣がぶつかる――。

 互いに剣を繰り出し、それを受け、切り返し、引いてまた剣を伸ばす。何度かそうして打ち合った後に一度距離を取る。そのやりとりを数度繰り返し、結局、互いに足元に疲れが見えてきたところでシーグルの渾身の一撃が戦いを終了させた。……予想より速い剣に切り返しが間に合わず剣を落したラタは、そこで自ら負けを宣言してシーグルの勝ちが決定した。
 敗因としては、そろそろ握力が怪しくなってきていたというのもあるが、やはり最後の一撃の速さについていけなかったことがある。後は基本がしっかりしてる故の彼の剣の確かさか。最初に押し返せたのは力だけでなく向こうが油断していたせいもあったらしく、以後はどうやってもこちらの優位な体勢に持っていけなかった。まぁ完敗だなとラタは思う。彼もこちらとやる前に既にエルの相手をした後のようだから、疲れを言い訳にもできないだろう。
 ラタが剣を拾って彼に近づいていけば、彼の方も肩で息をしているのがその鎧姿のままでも分かる。思わず兜を脱ぎたいだろうなと同情してしまって、握手をするために再び手を伸ばした。

「やっぱり速いな。まともにやると勝てないか」

 こちらもまだ息が荒い中で言えば、彼も息を継ぐ間があってから手を握り返してくる。

「いや……長旅から帰ったばかりでそちらが疲れていた所為だ。同じ条件なら俺は勝てなかったと思う」
「謙遜しなくていい、あんたは強いよ。ただまぁ10本やれば3本くらいは取れそうだとは思うがね」

 言えば彼の笑った気配がして、ラタも笑う。

「なら次は互いにベストの条件で」
「そうだな、頼む」

 言って背を向けて離れれば今度はラタとシーグルのそれぞれに人が寄って来て、二人共に団員達に囲まれる事になってしまった。

「ラタ、お前あーゆー戦い方も出来たのか? レイリースに合わせて随分行儀のいい剣だったじゃねーか」

 真っ先に言われるだろうと予想された言葉にラタは苦笑する。そう、傭兵稼業が長くなってすっかりいろいろなクセがついてしまったが、基本に帰って久しぶりに昔習った時を思い出しながら剣を振った。彼程完璧には出来ないが、それでも子供の時に目指していた剣を思い出して動いてみた。それは思いの外気持ちが良くて、旅の疲れはともかく、いろいろとあったストレスは大分解消されたらしい。

 だが、そうして気分よくいられたのはほんの僅かの間で、団員のちょっとした一言が不穏な空気を引き寄せる。

「いやー、エルだけじゃなくラタに勝ったとなりゃ、団内じゃマスター除けばそれより強い奴はいねぇじゃないか」

 それ自体は何気ない、本当にたいした発言ではなかった。

「カリンやフユは? 彼らはかなりデキそうだが」
「まーそうなんだが、あっちの連中はこういう遊び試合はやっちゃくれねぇよ。『間違って殺したらマズイ』ってこったとよ」
「なるほど」

 そこで話が終ったならそれはただの雑談で済んだのに、余計な一言を付け足してしまった者がいた所為で事情を知る者の空気が凍る。

「しかし、クリムゾンが生きてりゃ面白い勝負になったろうになぁ。奴はお前と真逆って戦い方だったからな、お前さんでもかなり苦労したと思うぜ」

 ラタはエルと目を合わせて互いに顔を顰めた後、同時に視線をシーグルに向ける。そうすれば予想通りあの生真面目な青年が動揺しているのが分かってしまった。

「クリムゾン、というのは赤い髪に赤い目の……」
「なんだ知ってるのか? まぁフリーの冒険者やってた時は結構悪名高かったらしいからなぁ」
「死んだ、というのは何時の話だ?」
「あぁほら、去年かな、蛮族との大きい戦いがあったじゃないか、あれでな」

 エルが軽く手で顔を押さえる。ラタも苦い顔をして溜め息をつくしかなかった。

――さて、俺達には言う権限はないんだが……バレたからには知らないふりと言う訳にもいかないだろうな。

 あの青年はそういうのには察しがいい。事情にある程度予想がついてしまったとしてもおかしくはない。
 それでも、いつまでも隠していられるものでもないのは最初から分かっていたことだ。いつかは言うべきだったのだからとも思う。ラタはシーグルの視線を感じながらも、彼を見ることなくその場から立ち去った。




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 次回はシーグルがセイネリアにクリムゾンの事を聞くお話。



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