世界の鼓動と心の希望




  【7】



「ヴィド卿が死んだ事で、宮廷貴族共の勢力図は大幅に変わった。あの男は、良くも悪くも宮廷貴族としては有能過ぎたからな。やり方が強引過ぎた反動で、一気にその立場を失う事になった。
 本来なら、あの男の頭の中では、自分がジジィになるまでに地盤を固めて、地位をゆるぎないところまで持っていく予定だったんだろうが、その志半ばで舞台から退場した訳だからな、まだ経験の浅い跡取息子で引き継げるモノじゃない。実質、宮廷内におけるヴィド派は壊滅したといってもいい」
「あぁ、知ってる」

 彼の平坦な声に合わせて、シーグルもまた、出来るだけ平坦な声で返す。
 ここからは感情とは別の話だ、先ほどまでの思考を引きずってはならないと自分に言い聞かせる。

「そうなれば当然、次期クリュース王は、ヴィド卿が推してしたウォールト王子ではなく、グスターク王子で決着がついた事になる」
「その通りだ。実際、今更ながらグスターク王子に取り入ろうとしている貴族達は多いし、明らかにウォールト王子の話はされなくなった」
「つまり、今まで殆ど宮廷内で力がなかったグスターク王子が、現在着々と支持者を増やし、勢力を伸ばしている最中、というところだな」
「そうだな」
「ではお前は、グスターク王子がどんな人物か知っているか?」

 唐突な質問に、シーグルは言葉を詰まらす。
 実際、式典などで顔を見たことがあっても、グスターク王子と話した事がないのは勿論、彼が発言している言葉を聞いた事も、そもそも近くで見たこともなかったのだ。

「グスターク王子は、立場上、子供の頃から日々命を狙われて生きてきたらしい。その所為で性格が相当歪んでいて……相当に用心深く、疑り深い。だからこそ生き残ったのだろうが……その手の人物が権力を持つとどうなるか、分かるか?」

 シーグルは思わず顔を顰める。貴族としてきちんと教育を受け、自国だけでなく周辺諸国の歴史を学んだシーグルには分からない事ではなかった。

「粛清、か……」

 彼が王になれば、王に逆らう者、その可能性が高い者は悉く粛清される世がくる可能性がある。

「だが、そうそう王の横暴が通りはしないだろ。貴族院が黙ってない」

 クリュースの王は、そこまで絶対的な権力を持っている訳ではない。初代クリュース王は、建国時、当時の直属の部下達に対して、自分と彼らは対等であると、王族と現在旧貴族と呼ばれる直属の部下達の家の王位継承権を同列に定めた。後に、その部下達本人から言われて法は改正され、王の血筋には特別性が付与されたものの、王族の血筋と旧貴族の血筋はほぼ同列に扱われるという原則は残っている。
 そこから更に年代が経った現代、政治分野においては、王の決定権は貴族院の決定権とほぼ同列に扱うという事になっていた。いくら王が勝手にあれこれを決めたところで、貴族院の反発があれば通せない筈だった。

「あぁ、黙ってないだろうな。だがその貴族院の方でも、反対意見の者が始末されていけば恐れた連中は黙るしかなくなる。それでも尚、反発出来るだけの気骨のある貴族は一体どれだけいるだろうな」

 想像して、予想出来る結論に、シーグルは表情を強張らせる。
 背筋に冷たい汗が流れる。

「ここで問題は、グスターク王子が真っ先に始末したいのはウォールト王子だろうという事だ。なにせ今のところ、グスターク王子を引きずり下ろそうという者たちが出てきたら、反対勢力はウォールト王子を担ぎ上げるのが全てにおいて都合がいい」
「なら、ウォールト王子は……」
「いつ殺されてもおかしくないな」
「そう、か……」

 実際、シーグルは直接的にはウォールト王子と話した事はなかった。だが、ヴィド卿から受けた仕事の間、傍にいて守ってやったという過去はあった。それに、聞いただけの彼に関する話はどれも、争い事が嫌いで勉強が好きな大人しい性格だと言う。そんな彼が命を狙われていると言われて、何も感じずにいられる筈もなかった。

「いいか、言っておくが、ウォールト王子を助けようなどとは思うな。グスターク王子が王になると決まった段階で、ウォールト王子が死ぬのは決まったようなものだ。一度二度助ける事が出来たとしても、グスターク王子は諦めないだろう」
「あぁ……」

 シーグルだってそれくらいは分かっている。彼を助けたいなら、それこそ逆にグスターク王子を殺すか、失墜させてウォールト王子を王位につけるくらいしか方法がない。そして、シーグルにそれが出来る筈がないと分かっているからこそ、そう忠告をしているのだ、セイネリアは。
 すっかり顔を青くして俯くシーグルを見て、セイネリアが小さくため息をつく。

「だが、そんな事は俺にとってはどうでもいい。問題は、グスターク王子にとっては、お前が確実に粛清対象だと言う事だ」

 苛立ちを隠そうともしないセイネリアの強い声で、シーグルは顔を上げる。

「そもそもお前はヴィド派、つまりウォールト王子側の人間の扱いになっている。ヴィド卿が死んだのにお前が関係していると知るものはまずいない。お前はグスターク王子にとってはウォールト王子並に邪魔な存在だ」

 シーグルはぎゅっと唇を噛み締めてから、呟くように返した。

「シルバスピナ家は……政治にかかわらない。俺は、その家の決まりを破る気はない。他の貴族達もそれは知っている筈だ」

 言っていても、勿論そんな簡単に事が行かないことはシーグルも分かっていた。
 それでも、シーグルはあくまでもシルバスピナ家を守る為に、家訓に従って、政治的な権力を出来るだけ放棄し、宮廷から距離を取るように努めるつもりだった。

「そんなもの、グスターク王子が知った事か。いいか、貴族院はお前が名声を上げ、英雄として祭り上げられる事を画策している。お前は騎士団での人望もある、シルバスピナの領地であるリシェでは言うまでもなく、首都でもいい評判しかない。リシェの大商人達はシルバスピナ家の為なら全面的支援を約束するだろう。そして……俺も、お前につくだろうとグスターク王子派は思っている、その意味が分かるか?」
「意味……?」

 忌々しげに眉を寄せるセイネリアは、声だけは平坦なまま、それでも吐き捨てるように言った。

「そうだ。何時自分の地位が脅かされ、殺されるのではないかと怯える権力者にとって、人望と人気のある英雄がどれだけ邪魔かくらいは分かるだろう。しかもその英雄は、申し分ない容姿と地位、後ろ盾も金も戦力もある訳だ」

 シーグルは自分が王に刃向かう事など欠片さえ考えたこともなかった。クリュースの貴族として育てられてきて、国を守る為に働く事を当然の事としか考えてこなかったのであるから、国の意志でもある王に刃を向ける事などあり得ないと思っていた。

「俺は……反逆者になる気はない」
「だろうな。だが、お前の意志など関係ない。グスターク王子にとってはお前は消してしまった方が楽な存在だ」
「なら……どうしろと言うんだ……」

 自分の今の状況を変えられるものではない。だが、大人しく殺される訳にもいかない。
 考え込むシーグルを暫く見つめた後、セイネリアは淡々と言葉を続けた。

「とりあえず、グスターク王子派は元々宮廷内での発言力が弱い、当分はそこまで派手な事はせず、勢力拡大に専念する可能性は高いだろう。だが、お前を潰せるチャンスがあればいつでも手は回してくる。流石に旧貴族直系のお前を何も考えず始末するわけにはいかないだろうからな、暗殺か、戦場での事故死辺りはいつでも狙ってくるだろ。後は、お前が少しでも疑わしいと取れる行動をとれば、そこから罪をでっち上げるか。……付け入られるような行動は慎めというところだな」
「それは、分かっている」

 だが、シーグルのその返事を聞いて、セイネリアは苦笑に口元をゆがめた。

「いや、お前は分かっていない。正々堂々、やましい事がなければいいという話じゃないんだ。例えば、俺に会う事は勿論、俺と連絡を取った事が知られれば、それも不味い」
「何故だ?」

 すぐにそう聞き返して、だが、そこで分からない事こそが自分に危機感が足りないのだと、セイネリアの話の続きを聞いてすぐにシーグルは自覚することになる。

「権力者からしてみれば、俺もまた邪魔者だからだ。少しばかり俺と傭兵団も有名になりすぎたからな、為政者側に属さない戦力が大きくなりすぎればそれだけで脅威だろう。向うは俺とこの傭兵団を潰す機会も伺っている、お前の立場で俺と会ったという話になれば、結託してよからぬ計画を企てていたと疑いを掛けられる」

 確かに、セイネリアと黒の剣傭兵団を為政者が邪魔に思う理由はシーグルにも理解出来る。だが、会っただけでそこまで疑われるのは納得がいかなかった。

「それこそでっち上げだ、証拠もない」

 だからシーグルも抗議するように声を荒げれば、セイネリアは口元をさらに歪ませて答えた。

「証拠など、会った、という事実だけが証明出来れば十分だ。それにお前は、何の話をしていたのかと聞かれた時、俺との関係を洗いざらい喋るのか?」
「それは……」

 最悪、身の潔白を証明する為には、リパの告白の術を使って全てを話すという手がある。だがそれは、セイネリアとの関係からヴィド卿の事件まで、全てを白日の下に晒す事となるだろう。そうなれば確実に別の問題に発展する、出来ればそれは避けたかった。

「まぁ俺は別にそれでもいいが。ただ、それはそれで、お前はいつでも俺を動かせる立場にあると認識されるだけで、危険人物扱いは出来る。ついでに俺絡みに何か罪をでっち上げれば、お前も連帯で潰せる」

 シーグルは思わず歯を噛み締めてから呟いた。

「そんな理不尽な話が通るか、それこそ言いがかりじゃないか」

 そこまでの事が簡単に出来るとは、シーグルは思いたくなかった。
 実際、過去に暴君に近い王が誕生したことはクリュースにもある。それでも、この国のシステムは、国が乱れる前に王の権力を取り上げ、事なきを得た事があるのだ。
 だが、そんな希望に縋ろうとするシーグルに、セイネリアは告げる。

「権力があれば、どんな理不尽な話も通るんだ。白も黒と言えば黒に出来る。それが権力者の特権というやつだ――勿論、やり過ぎればそれ相応の反動は覚悟しなければならない訳だがな」

 セイネリアの声は相変わらず淡々としてはいたものの、口元には皮肉った笑みが浮かんでいた。恐らく、自分で話している内容について、彼自身でもばかばかしいと思っているのだろう。

「ともかく、今話した内容は、想定した中でも最悪の可能性だ。グスターク王子側につくだろう連中の中身によっては話は多少変わってくる。お前を殺すより、向こう側に引き込む方針で来る可能性もあるしな。……ただ今回、そもそもお前の樹海行きは、グスターク王子に取り入ろうとした騎士団上層部の人間の所為で決った事だ。合流部隊の方には、ほぼ確実に、機会があればお前を殺してこいと言われた人間が混じっていると思っていい。それに、お前をアッシセグ回りで行かせたのは、俺に会わせてお前に後々疑いをかける為だ。……こんな面倒な手でお前に会った理由はそういう事だった訳だな」
「もうそこまで……グスターク王子側は動いているのか……」

 正直、セイネリアの話を聞いた後でさえ、シーグルはまだ、グスターク王子が動き出すまでもう暫くの猶予があると思っていた。それまでに、何か手段を講じられる可能性があるのではないかと思っていた。

「だからな、シーグル、ここまでの話が理解出来たなら――」

 セイネリアの瞳に、剣呑な光が宿る。
 その声の調子が変わったことに敏感に気付いて、半分思考の中にいたシーグルの意識が彼に向く。

「お前は、婚約を取りやめるべきだ。少なくとも相手を変えろ、最悪の選択だ」

 彼は本気で怒っている、それがシーグルには分かった。その怒りが自分を心配してのことだと分かるからこそ、申し訳なくて、けれども、彼の言葉に従う事が出来ないから、苦しい笑みを浮かべる事しか出来なかった。

「流石に……情報が早いな。まだ正式に決ってもいないのに」
「そうだ、まだ正式決定じゃない今なら取り消せる。……まさか、今までの話を聞いて、あの女を選ぶのが何故不味いか分からない訳ではないな?」

 シーグルは一度、固く唇を引き結ぶ。
 セイネリアの瞳は益々怒りの色を濃くし、シーグルをきつく見据えてくる。
 それでもシーグルは、決めた事を覆す気はなかった。だから、軽く息を吸って、今度は真っ直ぐ彼の顔を見る。

「だめだセイネリア。それでももう、決めたんだ」

 セイネリアは視線を外さず、一度歯を噛み締めてから、殊更ゆっくりと重く口を開いた。

「ロージェンティ・ソーレネイア・デアル・ヴィド、よりにもよってヴィド卿の娘と結婚すれば、どれだけ立場が悪くなるか分かっているのか?」




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という事で、プロローグのシーグルに渡された女性の絵の話はここに繋がる訳です。




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