謀略と絶たれた未来




  【6】



 久しぶりに見るのどかな昼下がりの風景に、シーグルは目を細めた。季節にしては暖かな日差しがある小春日和のせいか、昼の休みに入った騎士団の中庭には木陰で居眠りをしている者達の姿を何人も見る事ができる。

 祭りが終わってもすぐに暇になるという事もなく事後の片づけでやはりいろいろ忙しかったせいか、やっと平常通りに戻った今日は普段以上にだらけている空気がそこには漂っていた。とはいえそれに厳しく叱咤するような気はシーグルにはまったくない。前のように訓練時間に寝てるようなら注意もするが、休憩時間にまでとやかく言うのは可哀想というものだろう。なにせ彼らも今は祭疲れであるだろうし。
 そんな事を思いながら訓練場ぞいの外の廊下を歩いていたシーグルは、廊下の先に王の親衛隊の恰好をした二人の男が立っているのに目を止めた。彼らは訓練場を眺めながらくすくすと笑っていて、それだけでも印象はあまり良くないのに、シーグルとすれ違う時にも姿勢を正す事もなければ礼をしてくる事もなかった。それどころか、二人してシーグルに向けて嫌な視線を投げてきたかと思えば、過ぎ去った後ろではこそこそと話してまた笑っていた。

「まったく、失礼極まりない連中ですね」

 ナレドが彼らに聞こえないくらいの声で呟いて、それに、そうだな、と気のない返事を返してからシーグルも思う。本当に、王直属の親衛隊、なんて肩書の割には中身のレベルが低すぎる連中ばかりだ、と。
 聞いた話では王は、首都では王の直下にある警備隊の中から、腕のいい者を推薦させてそれを親衛隊員にしているらしい。マトモな訓練期間もなく腕さえ認められれば親衛隊の肩書を貰えるという事で、その人数がどんどん増える理由とその中身の酷さも納得できるというものだった。
 シーグルは役職的にはそこまでの地位ではないといえ、貴族としての格の所為もあって、騎士団の者なら余程の地位の者でない限りは廊下ですれ違う場合には必ず礼を返される。上層部の者であっても、シーグルが道を空けて礼を取れば、礼を返してくる者も多い。
 今の者達は騎士でさえないのは、彼らの胸に騎士団のマークが入っていない事で確定していた。親衛隊という肩書だけでシーグルに対して同等かそれ以上の立場のつもりでいるというなら、彼らがどのように言われてここにいるのかも想像出来た。王が国を私物化し、自分に従わない者を排除しようとする――セイネリアに言われていた事を実行しようとしているのが実感として理解出来る。

 ――やはり、俺は選ばなくてはならなくなるのだろうか。

 それでも王に従うか、それとも王と敵対するか。
 あくまで王の臣下という今の立場で地位を上げ、ゆくゆくは王を諌められる立場になれればいい……最初にシーグルの望みとして考えた未来図はそうではあった。王の傍に現時点である程度抑える立場の人間がいて、王が多少は人の話を聞くだけの度量と、国全体を考えてくれていればそれは可能な筈だとシーグルは考えた。
 けれども警備隊の者の態度を見たところ、それを王に期待するのは厳しそうだとの思いが日々強くなる。そうなればセイネリアの言う通り、王は自分をどうにかしようと手を打ってくる可能性が高いだろう。
 その時、自分はどうするべきか。
 どんな選択肢を選んだところで、部下達は無条件で従ってくれるだろうことをシーグルは確信している。それこそシーグルが王に反旗を翻したとすれば、反逆者扱いをされても命を懸けて自分と共に戦ってくれるだろう。

 自分が反乱を起こして王を打ち倒す――そんな突拍子もない未来など、シーグルにはどうしても想像出来なかった。それが自分に可能かと考えただけで、不安に押しつぶされそうになる事を知っていた。

「シーグル様、ほら、見て下さい」

 ナレドの声で思考の中から帰ってきたシーグルは、彼の指さす方を見て足を止めた。
 訓練場の端の方に、騎士団員達が集まっている。
 よくみれば自分の隊の者達もいて、彼らが集まって楽しそうに騒いでいるのが見てとれた。

「多分、遊び試合ですよ。最初はウチの隊と第三隊の皆さんだけでやってたんですけど、最近は更に他の隊の人達も加わって、こうして昼休みに剣を合せてですね、その後負けた方が後で勝った者に食事か酒をおごるそうです」
「成程な」

 最近昼休みに部屋の外に出る事がなかった所為で知らなかったが、こういう事をしているのならもっと早く知りたかったとシーグルは思う。だからナレドが「見に行ってみましょうか?」と聞いてきた時には既にシーグルの足はその人だかりに向かって歩き出していて、焦った従者の少年が急いで追いかけて来る事になった。

「っしゃ、今夜もただ酒だぜっ」

 シーグルがその人山にたどり着いた時には丁度一試合が終わったところらしく、勝ったらしいロウが勝利の雄たけびを上げているところだった。

「くっそ、強くなったよなぁ……今日もお前が一番勝ちかよ」
「6連勝はムカつくなぁ、最後に勝ったのはシェルサか、んじゃお前いけ」
「分かった、今日こそは勝つ」
「おうっ、3連敗で止めろよっ」

 マニクとシェルサのやり取りを聞いて、そうしてシェルサが立ち上がろうとしたところで、シーグルは彼らに近づいていった。

「シェルサ、今回は俺と変わってくれないか?」
「え、隊長っ?!」

 立ち上がろうとした勢いから飛び上がったシェルサは、その場で急いで背を伸ばすと礼を取る。回りの者達も焦って姿勢を正して固まる中、一応は皆がいるからと遅れて礼を取ったロウに向けてシーグルは言った。

「ロウ、相手をしてくれないか。お前がどれくらい強くなったのか知りたい」
「え、あ……おうっ……じゃねぇ、はい、喜んでお願い致しますっ」

 回りにいるのがシーグルの隊の者や知り合いだけならまだしも、さすがのロウもそれ以外の隊の者達がいる事で友人的振舞はまずいと思ったらしい。

「えーと、魔法は無し、普通の3本勝負……でいいでしょうか?」
「あぁ、ここのルールに従う」

 審判兼進行役らしいセリスクに聞かれて、シーグルはすぐにそう返した。わざわざ彼が『普通の』とつけたのは、隊で手合せをする時の3本勝負はシーグルに対しては1本でも取れれば勝ちという事になっている所為で、先に2本とっても3回目がある所為だからだろう。

「ただ、勝ったとしても酒も食事もいらないな」
「……でしょうね」

 そのやりとりには緊張していた周りの者達からも笑いが起こって、場の空気が僅かに緩む。
 そうして、シーグルがロウと向き合って、互いに剣を合せてから下がった後、構えを取って試合が始まった。







「はじめッ」

 いつも通り、先に動いたのはロウだった。
 彼が走り込んでくると、それはシーグルの記憶にあったよりも速くて、シーグルは少し驚いてその一撃をマトモに受け止めてしまった。
 純粋に腕力勝負になれば、ロウ相手でもシーグルは劣る。
 それを分かっているから、剣による押し合いには持っていかずに、剣を合せた後すぐに押された勢いを使って一歩引き、剣を離す。それから、改めて意識を集中して構えを取った。
 今の一撃だけでもロウが相当に強くなった事は分かる。前のように油断をしても勝てるような相手でないと自分に言い聞かせる。特に今のシーグルは、未だに体の動きが前と同じまで戻っていないという自覚があった。全力でも勝てないかもしれないとさえ思う。
 ロウが吼えて、その分の気合が入った剣が真っ直ぐこちらに向かってくる。
 今度はシーグルはぎりぎりまでその剣を待ち、タイミングを見計らって剣で払いながら躱した。そうすればロウはシーグルの横を通りすぎ、すぐ振り返ったシーグルに背中を見せる事になる。
 だがそこで、ロウは剣を勢いのまま横に振り回すと、その反動を使ってくるりとこちらに体を向かせた。
 その動作に、思わずシーグルは目を丸くする。
 しかも彼は、振り回した剣を左手だけで受け止めてそれ以上体が回るのを止め、シーグルの正面ですぐ構えをとった。それはまるきり……レザ男爵がシーグルと戦った時取った行動と同じだった。

――成程、これは強敵だな。

 シーグルはそこでまた一歩引いて、剣を構えて相手の動きに集中する。
 レザ男爵とロウに繋がるモノなどある筈がなく、あの動きはロウ自身が考えたものだろう。つまるところ、ロウは相当に力に自信がある。左腕だけで剣の勢いをあれほど綺麗に止めるのは、相当下半身の踏ん張りと左腕の力が必要な筈だった。

――つまり、思った以上にマトモに受けたらマズイ訳か。

 ならレザ男爵の時と同じく、出来るだけ剣をマトモに合せないようにするしかない。だがあの時と違うのは、単に時間稼ぎをすればいいというのではなく今回はちゃんと勝たなくてはならないということだ。
 シーグルは大きく息を吸い、ゆっくりと吐くに合わせて腰を落とす。それだけでシーグルの気迫が変わった事は、対峙しているロウには分かった筈だった。
 次に短く息を吸い、それと同時に走る。
 ロウも同時に踏み込んできたが、スピードならシーグルの方が速い。
 力で適わないなら、速さで剣の重さを追加すればいい。
 それはまぎれもなく本気の突進で、シーグルはロウの先手を楽に取れる筈だった。

 けれども、確かにシーグルの方が彼より早く攻撃点に届いても、予想よりもそれはあまりにもぎりぎりで、とてもではないが『速さでは勝てる』といえる程のものではなかった。それでも、先手を取れればロウの力が入り切る前に彼の剣を止めてそのまま押しきる事は出来た。そこは実戦経験の差というものだろうが、力では自信がある分力任せに押し返そうとしてきた彼の剣を、一度力を抜いて引いてから刀身を倒して左手を添え、全力で押したのだ。その状態で足を掛ければ、ロウは見事に倒れて負けを認めた。

「はは……やっぱ強いなぁ」

 笑いながらも悔しそうに言って座り込んだ彼を、シーグルは肩で息をしながら見下ろした。

「言われる程強くはない。お前の方が強くなったろ」

 手を伸ばして彼を立ち上がらせて、そうしてまた距離を取る。
 構えて、セリスクの掛け声を聞いて、2本目の戦いが始まった。




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 ここで軽くお遊びですが戦いのシーン。ロウさん強くなったなぁって事で。



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