雪解けの街と静かな不安




  【8】



 春というには雲った空を見つめ、シーグルは城の一角にある小部屋の椅子に座っていた。
 セイネリアは現在レザとロージェンティ、それと一部の部門長を交えた会議中で、そろそろ条約について話が煮詰まってきた段階の今は、いくら側近でもシーグルは会議室の中に入れなくなっていた。だからその間にセイネリアの許可を取って、シーグルは別件の用事を済ませる事にしたのだ。

 別件、とは……魔法使いと会う事である。

 セイネリアには魔法使いに聞きたい事があるとそれだけしか伝えていないが、それでも彼は許可をしてくれたし、黒の剣に関して彼が言った事を話すなとも言ってはこなかった、余計な詮索をするなとも言われていない、ただ許可をくれただけである。
 だからシーグルは、それに関しては自由にしていいと理解していた。セイネリアは魔法使いを嫌っているらしいものの彼らを尊重し、利用もしているという理に叶った対応をしている。セイネリア本人と本気で親しい者でない限りは彼が魔法使いを嫌いなどという事は分らないだろう。
 だから彼らを理解する事、魔法について知る事自体は許可をしてくれるのだろうとシーグルは思う。かつてキールはシーグルが魔法使いの知識を得る事をセイネリアが望んでいないと言っていたが、今はもうある程度までは知ってしまったのだ。それに、シーグルは何も知らずただ彼が苦しんでいるという状況は嫌だった、彼が今いる状況、何に苦しんでいるのかそれをきちんと理解した上で彼の事を支えたかった。

「悪いな、ちょっとばかりこっちもごたごたしていた所為で少し時間に遅れた」

 魔法使いを待っているのだから相手が唐突に現れるのには驚きはしないが、金髪の魔法使いの恰好が服装自体は豪華なのに急いで着てきたようによれて乱れていたので、思わずシーグルは少し驚いた顔でじっと彼を見つめてしまった。
 それで彼も自分の恰好に気づいたらしく口を曲げて……それから、開き直ったように向かいの椅子にどかりと乱暴に座った。

「あーまぁ、なんていうか寝坊したんだ。今朝寝たばっかだったんでな、悪いが」
「あぁいや……それはこちらこそ悪かった」
「いや、あんたの方から話したいって事ならこっちとしては歓迎すべき事だからな、気にしないでくれ」

 魔法ギルドの中でも相当に地位ある人物らしいのだが、こういうところを見ると親しみが湧いてしまってどうにも警戒心が削がれてしまう。だからこそこうして素直に彼になら聞いてみようと思ったというのもある。前ならばキールに聞いたところだろうが、今のシーグルは彼と連絡を取る方法を知らないし、そもそも彼に正体を告げていいかもわからないから選択肢としてない。後は傭兵団の魔法使いといえばサーフェスだが、彼はギルドとはもう関わっていないという事なので望んだ話は出来そうになかった。今回は魔法ギルドが調べているだろう情報が欲しいというのもあるので、となれば後シーグルが知る者では彼以上の適任者は思いつかなかった。

「黒の剣について、いくつか聞きたい事がある」

 言えば、仮面の魔法使いは口元をますますへの字に曲げて、少し考えた後に立ちあがった。

「なら、場所を変えよう」

 そうしてシーグルに向けて伸ばしてきた手を取れば、あっという間に周囲の風景が変わってまったく別の部屋の中になる。あまりにも一瞬で移動が完了した事で、流石に何が起こるか構えていたシーグルでも驚いて周囲を見ながら固まってしまった。

「とりあえず、ここは導師の塔の俺の部屋の中だ。ちゃんと帰りは送るから安心してくれ。なにせあの剣の話はな……万が一でも部外者に聞かれちゃならないからな」

 確かに魔法使いの部屋だというだけあって、薄暗い部屋の中には書物や瓶、見た事もない道具が大量に並んでいた。シーグルがそれに見とれていればクノームが歩き出して、急いでついていけば今度は窓から光が差す明るい部屋につく。そこで促されるまま椅子に座ると金髪の魔法使いも椅子に座り、彼は改めてシーグルに向かうと少し身を乗り出して聞いてきた。

「さて、黒の剣に関して……あんたは何を聞きたいんだ?」

 その地位に相応しく、近くにいるだけで相当の魔力を感じる魔法使いをじっと見つめ、シーグルはごくりと喉を鳴らすと口を開いた。

「まずは、黒の剣がどうやって出来たかだが……それは、知っている、と思っていいだろうか?」
「あぁ勿論、大魔法使いギネルセラが王に裏切られて剣に封じられたって話までな」
「ならば同時に剣に封じられた騎士の話は? 魔法使いの伝承では、ギネルセラを止められず意識を飲まれたのだろうという事になっている……」

 シーグルが注意深く相手の様子を伺えば、予想外に魔法使いはあっさりと当たり前のように答えた。

「あぁ、騎士は実はギネルセラに懐柔されてたって話か」

 シーグルはそこで驚いて、開き掛けていた口を閉ざす。シーグルが持つ魔剣の魔法使いによれば、それは魔法使い達が知らない話の筈だからだ。

「んな驚くな、それを知ってるのは魔法使いでも俺だけだ、あの男本人から聞いたんだよ。俺もどうしてもそこに妙にひっかかる事があったからな、ちょっとした情報提供の代わりに聞いたら教えてくれたって訳だ」

 それを聞けばシーグルも緊張を解く。だが同時に疑問が湧く。

「ひっかかること、とは?」
「なぁに、騎士の意識が残ってないなら黒の剣の主なんてモンが生まれる訳はないんだ。半ば狂ってる、いやそもそも世界全てを憎んでいるギネルセラが剣の主を認めてやるなんてあり得ないだろ。……あの男が剣を持った時、剣の中の騎士と意識が通じたそうだ、そこでどうすれば剣を使えるかが分かったらしい。騎士があの男を認めたから、あの男はあの剣を持てたわけだ」

 それは言われれば確かに、と納得出来る話である。シーグルの魔剣から伝えられたイメージでも、黒の剣の主が現れた事自体があり得ない事として認識されていた。それはつまり、剣の意識がギネルセラだけのものであれば剣を持つ主を認める訳がない、という前提だったからだろう。
 金髪の魔法使いはその金髪をぐしゃぐしゃと無造作に掻いて、不機嫌そうに説明を続ける。

「いいか、あの剣はな、件の王様だけじゃなく今までにも何人かが手にしては皆剣に意識を飲まれるか飲まれ掛けて暴走してる。特に魔法使いは触っただけで魔力も意識も吸われちまって、例え無理矢理手を離せたとしても無事じゃ済まない。そんな危ないモノをだ、いくらあの男の精神が飛びぬけて強靭だったっつってもあそこまで平然と持てるってのはおかしすぎる。騎士の意識がちゃんと残っててある程度抑えてやってるって考えるのが自然だろ」
「あぁ……確かにそう、だな」

 騎士がセイネリアを認めたのなら、騎士はセイネリアを助けている筈。シーグルはただ単に、魔剣にある騎士の知識と技能がセイネリアに与えられたのだろうかとそれしか考えていなかったが、確かに騎士がセイネリアを選んだ段階で彼の為にギネルセラの意識を抑えてくれていると考えていい筈だった。それは、剣の影響で彼に何かが起こるのではないかと思っているシーグルとしては僅かに安堵出来る内容の話である。

「それで貴方は、剣がセイネリアにどんな影響を与えているか、どこまで分かる、だろうか?」

 今度は魔法使いは、仮面の下の緑の瞳をこちらに向けてくると、暫く見つめているだけの間の後に聞いてくる。

「剣の魔力があの男に流れてる所為であの男の体にはとんでもない魔力が流れてる。その所為で魔法は一切効かない……まぁ本人が受け入れようとすりゃ効くらしいがな。あの男が魔法の使い方を知ってりゃ多分剣を抜かなくても相当のとんでもない魔法を使える筈だが、そうじゃないから明示的に魔法ってのは使えない。ただ無意識の望みやら強い想いが剣の魔力で具現化される可能性はある。あんたに魔力が流れてるのも、あんたの事ばっか考えてあんたを求めてた所為なんじゃないかと思う」

 その辺りの話は魔剣の魔法使いからも聞いてはいた。彼も一通り剣の魔力とセイネリアの見える範囲での影響を教えてくれた後、ただ自分の知識は剣に入った段階で止まっているからやはり現在魔法使いであるものにきちんと聞いた方がいいと言ってくれたのだ。

 魔法ギルドの始まりも、そして終わりも黒の剣と共にある、と魔法使いは言っていた。

 魔法ギルドというものがそもそも出来た理由は、黒の剣が作られた事によって、魔法を使える者が一部の特殊な人間だけになってしまったから、という事に全て起因する。全ての人々が魔法を使えた世界から殆どの者が魔法を使えない世界になった後、魔法使い達はその力を妬まれ、恐れられ、やがて迫害されるようになった。だから魔法使い達は互いに協力しあい、魔法を使えない人々と共存する道を探そうとした。それが魔法ギルドと呼ばれるようになったのは、クリュースという国家が成立して魔法使いが堂々と人々と関われるようになってからだが、人々との共存を模索していた彼らはずっとその為の研究と共にすべての原因である黒の剣を見張っていた。あの剣に触れる者が出ないように結界の中に隠し、それを代々遠くから見張っていたのだ。
 だから今、その黒の剣の主となったセイネリアについては、おそらく魔法ギルドでは相当に注意を払って観察し、データを取っている筈である。どんな僅かな兆候さえ記録し、議論と分析を重ねている筈だと、そう、魔剣の魔法使いは言っていた。



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 魔法使い側のお話でした。
 魔法ギルドの成り立ちについては、この間魔剣の魔法使いが教えてくれたことです。



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