愚かさと間違いの代わりに




  【11】



「俺は酷い状態だった。部屋に一人でいるだけで、とにかく不安で、怖くて。死んだリオロッツやヴィド卿のまぼろしを見ては怯えていた。お前さえいなければ良かったのにと、その言葉に追い詰められていた。幻覚だ、幻聴だと分っていても怖くて怖くて眠れなかった。何も食べられなかった」
「何故それを黙っていた」

 舌うちと怒りを含んだ声、それにこちらの背に回された手に力が入る。だがその腕からはすぐに力が抜けて、彼は苦し気に呟いた。

「……いや、俺が気づけなかったのが悪い。お前を見ていればおかしいのはすぐに分かった筈だ」

 どうやら本気で彼は後悔しているらしいと、そう考えれば怒る気がなくなってしまうのだから自分も大概彼に甘いなとシーグルは思う。

「なのにな、お前にこうして抱かれているだけでその症状がまったくなくなるんだ。こうしてお前を感じているだけであれだけ怖いと感じていたのが嘘みたいに感じない。その意味をお前は分かるか?」
「シーグル、それは……」

 けれど言いかけた彼の言葉は最後まで言わせてやらない。その答えをわざわざ口で教えてなんかやらない。シーグルは少し体を離して、驚いてどうすればいいのか分らないという彼の顔を見ると、目と目をしっかり合わせて言ってやった。

「なぁセイネリア、お前が俺がいないと一人になるように、俺はお前がいないと一人になるんだ。その状態でお前から離れる訳がないだろ……本当にお前は、ここまで俺をお前しか選べないようにしといて不安だと言うのだから腹が立つ」

 面食らったように何も言えず目を見開いた彼の顔は、誰がどう見ても『あの』セイネリア・クロッセスには見えなくて。どうにか作った怒った顔を保ちきれなくてシーグルは笑ってしまった。
 すぐに、彼の顔も笑みに変わる。

「すまなかった」

 小さな呟きと共に、目元に彼の唇が触れてくる。

「すまない……すまなかった」

 それから、額に、頬に、耳元に、首筋に。何度も謝りながら、彼は顔中にキスをしてくる。そうして最後に少し戸惑いながら唇に触れてきて、けれど深く合わせる事はせずに顔を離してこちらをじっと見つめてくる。

「許せ、とは言わない。すまない……俺が悪かった」

 この男がこれだけ人に謝った事なんてきっとないのだろう……そんな事を考えてしまえばやはり笑う事を止められない。

「本当に許さなくてもいいのか?」

 そこで少し意地の悪い気持ちになって聞いてみれば、彼はいつもの『らしい』顔でにっと笑った。

「構わんさ、お前はいくら俺も責めてもいい。俺はいくらでも謝ってやる。なに、先は長いんだ、何年でも掛けて謝るさ」

 そうして彼は唐突に起き上がると、上掛けをこちらの分まで完全に剥いだ。

「セイネリア?」

 彼の行動が分らなくてシーグルは困惑する。そうすれば彼は憎らしい程得意げな笑みを浮かべてシーグルの右足首を掴んだ。反射的にシーグルはそれを取り返そうとするが、当たり前だが彼に力で適う訳がない。
 セイネリアはまるで両手で捧げ持つようにシーグルの足を自分の顔の前にまで持ち上げると、そのつま先にキスをして、それから軽く指を舐めた。

「――っ、何をやってるんだっ」

 勿論シーグルは足を引く、だが当然びくともしない。
 その状況でセイネリアはわざと余裕を見せつけるようにゆっくりと、シーグルの足のあちこちにキスをして、それから一本づつ丁寧に指を舐めていく。シーグルといえばそれがやたらと恥ずかしくて、見ているだけで顔が真っ赤になるのを止められなかった。

「お前に、最大限に謝ってやろうと思ってな」
「意味が分からないっ、なぜそれが謝ってる事になるんだっ」
「……謝っているだろ。その証拠に足を舐めろというのはお約束じゃないか」
「お前……本気でそれを言っているのか?」

 セイネリアは笑っている、こちらを揶揄っているのは間違いない。

「まぁそれは口実でもある……俺がどれだけお前が必要なのか、この際お前の体にしっかり教えてやろうと思っただけだ」
「ドクターから禁止されてるんじゃないのか?」
「ようはお前の体の負担になるような事がだめなだけだろ」

 いかにも『分っている』という顔で彼がそんな事を言ってくるから、シーグルとしては嫌な予感がして仕方ない。だから、そうでなければいい、と思いつつも、そうなんだろうな、と思いながら聞いてみた。

「まさか……入れなければいいという解釈か」
「近いな」

 惜しそうに彼が言うに至って、シーグルは無言で足を引っ張った。……それが無駄な努力だというのは直後に理解したが。
 セイネリアは再びシーグルの足を顔の前に持ち上げると、そのつま先に愛し気にキスをする。それからその周りにキスをして、そうして優しい声で呟いた。

「お前がいなければ良かったと言う声になど耳を貸すな。人は生きている限り人に迷惑を掛けずにいる事は出来ない。そんな言葉を他人に対して言うのはただのエゴだ。特にお前にそんな言葉を吐く連中はどう見ても自業自得の者ばかりだろ」

 言いながら彼は足と足首に何度もキスを落す。それだけでは終わらず、寝間着を捲り上げ、脛に、脹脛に、膝にとどんどん彼の唇は上へと上がってくる。

「お前の所為で不幸になった人間ばかりではなく、お前の所為で救われた者も多い。……少なくともお前がいなければ俺には絶望しかなかった、最強という名を持つ心の死んだ化け物だ」

 そこで言葉を切るとセイネリアは一度顔を上げた。その顔に笑みはなく、誰もよりも強い、琥珀の瞳が真っ直ぐシーグルの顔を見つめていた。

「だから、お前を責める者の声が聞こえなくなるまで俺は言ってやる。お前が必要だと、お前が生きてここにいることに感謝していると。お前が忘れる事がないように、お前の体全てに教えてやる」

 その彼の顔に呆けたように見惚れてしまったシーグルだったが、次に彼の手が腰に掛かって正気に戻る。

「おいっ、セイネリアっ」

 彼の意図が分かった時には既に遅い。セイネリアの手はシーグルの服を掴んで、文字通り剥ぎ取るようにあっさりと脱がしてしまった。貴族時代と同じ、上から被って着るだけの長けの長い寝間着は下に何も着ていなくて、脱がされてしまえば即裸になる。

「覚悟して、後は黙って寝ていろ。別に、お前を嬲って遊ぶつもりじゃない」
「嘘だっ、お前絶対楽しんでるだろ」
「それは楽しいに決まってるだろ」
「離せっ、付き合ってられるかっ」

 空いている左足で蹴ろうとすれば、その足も掴まれてしまって結局両足の自由を失う事になる。しかも両足を掴まれれば当然、彼の体がその間に入ってきて足を広げられてしまう事になる。

「暴れないで大人しくしていろ、お前の体に負担は掛けたくない」
「なら離せ、お前こそ大人しく寝ていろ」
「……どうしてもお前に触れたくなった。……本当に、絶対に嫌か?」

 それを少し寂しそうに聞いて来るから、シーグルは即答できなくなる。まったくこの男は狡いと思いつつ、彼に触れられて求められる事自体が嫌ではないからこちらも観念してしまう。

「触れるだけか?」
「あぁ、触れるだけだ」



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 絶対触れるだけで済むはずがない……そこまでがお約束です。
 っていうか、セイネリアの場合『触れるだけ』の範囲が広すぎだから。



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