戦いと犠牲が生むモノ




  【4】



 それから2日後、反リオロッツ同盟軍はシシア地方へ向けてアッシセグの街を出た。この時点での兵数はおよそ五百、これは主にファサン地方の領主から集めた兵力で、北部方面からの兵はバン家領地のヴネービクデの街に直接集結する事となっていた。更には途中で合流予定の兵も数に入れれば最終的にはアッシセグを出た数の倍程度になる計算で、対して王側はその更に倍近くは集めてくると予想されていた。当然これはクリュース建国以来、内戦としては最大規模の戦いになる。

「というよりも、同じ戦い方をする相手とマトモに軍隊同士でぶつかり合う、というのが兵にとっては初めてだからな」

 それをまるで他人事のように気楽に言ったセイネリアに、シーグルは思わず苦笑する。
 今は夜。現在、反現王軍は目的地であるヴネービクデまで2日程の距離にある渓谷でキャンプを張っていた。セイネリアは先ほどまで中央の天幕で会議に出ていて、つい今しがた自分の天幕に帰ってきたところだった。ここに入ってくるのは傭兵団の中でも幹部連中だけに限られるのもあって、シーグルは兜も鎧も外した格好なのだが……兜はともかく、装備を全部外す事になったのには理由があった。

「魔法ギルドがこちらにつくと言っても、今回は相手側につく魔法使いもまだ多い。基本的な戦闘方法は同じになるだろう」

 他国や蛮族との戦いの場合、魔法という切り札があるクリュース軍は、人数では敵より圧倒的に劣っていてもそれを補って余りあるだけの優位性を保てるのが常だった。なにせ飛び道具での戦いにおいて、こちらだけが一方的に攻撃出来るというのは大きい。そして内乱としても今まであった小規模な内乱の場合、魔法ギルドが王側につく前提では反乱軍側の魔法使いはいないも同然で、当然ながら矢を防ぐ事が出来ない為、同じ戦い方同士の戦いとはならなかったというのがある。
 それが今回はどちらも魔法使いがいる前提で、最初の弓による撃ち合いでいつものような一方的な優位性はない事になる。

「相手がこちらと同じ手が使えると考えれば……数がそのまま勝敗を分けるのではないか?」

 数なら確実に現王軍の方が多い。だからシーグルが思わずそう呟いてしまえば、セイネリアは笑ってまるで安心させるようにシーグルの頬に唇で触れてきた。

「どれだけ数が多くても勝つのは問題ない、勝敗は決まってる、そこは気にする必要はないさ」

 その自信のあり過ぎる様に呆れてシーグルは口を閉ざす。と同時に、セイネリアが耳朶を甘噛みしたままちゅっと音を立ててまで吸ってくれて、シーグルはぞくぞくと駆け上がる感覚に体を震わせた。

「やめろっ……」

 やっとの事でそう返せば、セイネリアの笑い声が耳のすぐ後ろから聞こえてくる。
 というのも、今セイネリアの顔はシーグルのすぐ後ろにある訳で、ついでに言えばそれはシーグルがセイネリアの膝の上に座って、後ろから緩く抱きしめられているからである。

 つまるところこの天幕に帰ってきた途端セイネリアは、出迎えたシーグルに装備を脱ぐように言うと、座っている自分の膝の上に座れと命令してきたのであった。

 勿論、そんな恥ずかしい事が出来るかと最初は抗議したシーグルだったが、『会議で苛つき過ぎてこのままだと何に当たるか分からん』と脅しのように言われれば従うしか選択肢がなかった。とりあえず最後までやらないと約束しているものの、セイネリアがどこまでそれを守るつもりなのかは不安になところだ。

「触れてるだけだろ、少しくらいは許せ」
「お前の触れているだけ、は基準がおかしいぞ」

 こんな場所と状況でヤル気じゃないだろうな――と聞いた時、セイネリアは確かに、触れるだけだ、とは言った。苛立ちをどうにかする為にお前を感じられるだけでいい、とも言っていた。だから仕方なく彼のいう通りにしたのだが……考えてみれば、セイネリアの『触れるだけ』はシーグルの認識とかなり違うような気がする。

「挿れなければいいだろ」

 ぼそりと楽しそうに呟かれた台詞に、シーグルはまたがっくりと肩を落とした。その反応も彼の予想の内だったらしく、彼の笑う吐息が耳の辺りをくすぐってくる。

「それ以外なら何をしてもいいと思ってるのか?」
「それ以外なら支障は出ないだろ?」

 言いながらセイネリアの手が意図を持ってシーグルの体をまさぐりだす。服の上からとはいえ、胸を撫で、そこから腰、太股を撫でてくる。時折手が止まってその場を軽く揉みながら耳の後ろを舐められたりすれば、体がびくりと反応するのは抑えられない。シーグルはすぐに立ち上がって逃げようとしたのだが、体を撫でていない方の彼の腕でがっちりとかかえられているためそれはかなわなかった。

「離せセイネリア、こんなところでヘタな事をされてたまるか」
「大丈夫だ、急用があっても入ってくるのはカリンくらいだ」
「ふざけるな、俺は見られる気はない」
「あいつは気にしないと思うぞ」

 尚もシーグルは逃げようとしているのだが、楽しそうに受け答えしてくるセイネリアの方は片手だけでシーグルの体を完全に押さえ込んでいる。しまいには両腕毎押さえ込まれて、首筋やこめかみあたりをキスやら舐められたりして、シーグルはヘンな声を出さないように口を閉じるしかなくなってしまった。
 しかも、彼から逃げるように屈んでみせれば、また再び体を撫で出した手が股間にふれてくる。

「おい、やめろっ、セイネリアっ」

 さすがに焦って、シーグルはセイネリアの腕を掴んで離そうとするが、当然ながら両手で掴んでも彼の腕はびくともしない。そちらに気が行っていれば首やら耳朶やらをまた舐められて、今度は首を竦めるしかなくなる。

「セイネリアっ……」

 頼むから、と呟けば、途端セイネリアの手が股間から離れる。それからまた彼は両腕でしっかりと後ろから抱きしめてくると、シーグルの耳元に顔を埋めて言った。

「シーグル、俺は今回、黒の剣を使うつもりでいる」

 その声の固い響きに、シーグルもまた動きが止まる。
 そうして瞬時に先ほどまでの話に頭が戻って、シーグルは理解した……勝つ事は問題がないと言い切ったセイネリアのその自信の根拠を。そして理解すると同時に、かつて彼が自分を助ける為に一角海獣傭兵団に乗り込んできた時の惨状を思い出す。それだけではなく、今のシーグルは魔剣から聞いて黒の剣がどうやってできたのかも知っている。あの剣が暴走した結果が、あの広大な樹海なのだと分かっている。

「だから勝つだけなら問題はない。問題は、剣の力をどのタイミングでどこまで使うかだ。……そして、それによってどれだけ相手を殺すかだ」

 シーグルはごくりと喉を鳴らした。
 クリュースの軍隊は、どんな戦いでも他国に比べて戦死者の数が極めて少ない。前提として、いつでも圧倒的優位なまま勝利を収めてきたというのがまずあるが、治癒魔法のお蔭で生きて味方に回収して貰えればまず大抵助かる、というのも大きい。
 ただだからこそ、他国に比べ、兵に死ぬ覚悟が出来ていないともいえる。
 ノウムネズの戦いで崩れたのもそもそも兵の根本にあるその感覚の所為であるとも言えるし、だからこそ黒の剣の圧倒的な力で成す術もなく殺されるしかない光景を見せつければ、それは絶大な効果があるだろう事は予想出来た。

「敵とはいえ同国軍だ。出来るだけ殺したくないだろう、お前は」

 彼の声が自嘲と共に少し苦しそうに聞こえた事で、シーグルには分ってしまった。彼がこの戦いで危惧しているのは、彼が相手を大量に殺した時、それを見た自分が苦しむ事なのだろうと。

「だから出来る限りは殺さないで済むようにはする。だが、手加減をしすぎればここで戦が終わりにならない、結果として余計に人が死ぬ事になる、分かるな?」

 セイネリアがやろうとしている事は、圧倒的な力を見せつけて兵を震え上がらせ戦意をなくさせる事。その恐ろしさを広める事で、一気に様子見の者達にこちらにつく決心をさせ、王の味方を剥ぎ取る事。そうすれば戦いはそこで終わる、いや、そこで終わりにする為に、この戦いに参加した者達全てに彼の持つ力の恐ろしさを見せつける必要があるのだ。
 彼がこれから大量に人を殺すのも、それを躊躇うのも、全て自分の所為――それを覚悟としてシーグルは自分に言い聞かせる。
 だから、いつの間にかゆるんでいたセイネリア腕を軽く押し退けて、後ろにいる彼の方にシーグルは向き直ると目を彼に合わせる。

「分っている。俺も騎士だ、戦とはそういうものだというくらいは理解している」

 言って笑えば、セイネリアはそれに僅かに口元を緩ませる。それと同時に、彼は静かに顔を近づけてくると唇を重ねてきた。

「ン……ふ……」

 最初は静かに、触れるように浅く始まった口づけが、深く互いの口腔内を探りだすまでさほど時間はかからない。一度粘膜で舌と舌が交われば、それはすぐに激しさを増し、互いを求めあう行為へと変わる。唇だけであきたらず、互いに相手の体に腕を伸ばし、愛おしげに頬や髪を撫で、体を抱きしめ、引き寄せあう。

「――っ、おいっ」

 キスの途中で唐突に浮遊感を感じたと思えば、唇が離れた時にはシーグルはセイネリアに持ち上げられていた。
 しかも彼は立ち上がってすぐに歩きだし、シーグルは抗議の言葉を考えている間に寝台の上に下ろされてしまった。

「……本当に、触るだけ、だな?」

 一応無駄なあがきだと分かっていてもそれだけを聞くと、彼は少しだけ困ったように笑って答える。

「あぁ、触るだけだ」

 その言葉を信じない訳ではなかったが、自分が思っている程度の『触るだけ』では済まない事は感じつつ、シーグルは上から被さってきた男の頭を抱きしめた。最悪、最後まで付き合う事になっても仕方ないかと思ってしまうのだから自分も大概だと思う。
 なにせ、あんな彼の顔を見て拒絶できる訳がない。
 最強の男が自分だけに見せる弱さを含んだ表情を、多分、自分はとても愛しいと感じている。セイネリア・クロッセスにあんな顔をされて頼まれたら拒絶などもう出来ない。それくらいには、自分は彼を愛している。それを自覚出来る事が驚きでもあったが、今のシーグルはそれを自ら認めていた。




---------------------------------------------


 はい、次回エロではあります、が……今回はセイネリア曰く『触るだけ』までです。



Back   Next


Menu   Top