求めるモノと偽りの腕




  【2】



 クリュース王国における騎士団は、基本的には王命によって動く国の常備兵という扱いになる。その為首都の騎士団本部の建物は城壁の中にあり、動かす為には王の命と貴族院の認可の両方が必要となっている。ちなみに、街の治安を守る警備隊はこの街の主である王命だけで動かす事が出来、更には親衛隊等、王が個人的に持っている兵も別にいる。それに勿論、各王宮貴族達も首都にいる間は数人の私兵を連れて来るのは珍しくない訳で、ここ城壁内では特に、主や命令系統の違う兵士達が顔を見合わせてトラブルを起こす事も少なくなかった。

「だからこちらは謝っているではないか」
「謝るというのはそういう態度ではないだろう。地面に頭を擦り付けて誠意を持って『申し訳ありませんでした』くらいは言ってもらわなくては」
「貴様、何様のつもりだ? 我らを守備隊と知っての事か」
「所詮、守備隊と言ってもただの一般兵、何をわざわざ偉そうに言っているんだ」

 どうやら、守備隊の連中にちょっかいを掛けているのは王の親衛隊の一人らしい、とアウドは遠目で見て思う。親衛隊など騎士団に用はないだろうに、何の為なのか、最近はたまに彼らの姿を見かけるようになった。それどころか、新王はどうにも用心深い人物のようで、親衛隊の人数を増やして、自分の身の回りには護衛の兵をかなり置いていると聞く。

「貴様っ、我らを侮辱するかっ」

 守備隊の男が剣に手を掛けるのを見て、アウドは呆れるように息を吐いた。
 まったく、守備隊の連中は無駄にプライドばかりが高い。
 どう見ても向こうは先に剣を抜かせようとして挑発しているだけなのに、それにあっさり引っ掛かるとは本当に単純過ぎる、と思って、さてどうしようかとアウドが悩んだ瞬間、彼らの間にすっと入り込む影があった。

「はいはいっ、団内で殺傷ざたを起こしたら厳罰だ、決闘なら正式に手続きを済ませてからにしてもらえますかっ」

 思わずアウドの口から軽く口笛が出る。守備隊と親衛隊の男の間に割って入った人物は、双方が剣を抜いた丁度その時に間に入って、構える前に両手それぞれに持った剣で両方の剣を止めたのだ。
 元が守備隊であるアウドは剣を止められた守備隊の男のことを知っているから、そいつがそれなりには剣の腕がある事を知っている。それに、挑発を仕掛けた親衛隊の男の方も、剣を抜くまでの動きを見れば偉そうにするだけはある実力の持ち主だと判断出来た。それを同時に止めているのだから相当なものである。

「ふん、こんな者とわざわざ決闘までしていられるか。まぁいい、今回は見逃してやる」

 言葉と同時にあっさりと剣を引いた親衛隊の男の態度からすると、止めた相手の実力を十分に計れるだけの腕はあるらしい。対する守備隊の男がまだ腹の虫が治まらないらしく騒いでいるのを見れば、もし剣を合わせていたならどちらが勝つかははっきり見えるとアウドは思った。
 それでも、やっと守備隊の男も宥めて去らせた後こちらに向かってきた男に、アウドは手を振ってその名前を読んだ。

「ロウ、見てたぞ、お前、相当腕上げたんだな」

 ちらとアウドを見たロウは、顔を向けて軽く手を上げたものの、嫌そうに、あぁ、とだけ声を返してきた。

「最近、人に見えないとこでこっそりやってると思ったが、もしかして二刀の練習だったのか」
「まぁな。……だが言っとくけどな、別に二刀なんて曲芸みたいな戦い方を習得するためじゃなく、ただの訓練の一つで両手にそれぞれ剣を持ってみてるだけだからな」
「……まぁ、確かに本気で二刀流にするっていうなら俺も止めるところだ」

 短剣ならまだしも、片手剣を両手に持つメリットは薄い。
 なにせ盾の代わりに剣を持つスタイルだから、相手が両手の重武器を使ってくればそれだけで受ける手段がなくなる。かといって相手が片手武器と盾なら、左右同時に攻撃出来る利点の意味はなく、片手剣の間合いでは盾の押しに負ける。
 だからそれでも使いものになるとすれば、片手でも重武器を受けられる程の腕力があって両腕ともが利き腕並に動かせるか、体捌きに相当の自信があって攻撃は全て避けきって懐に入れるというタイプくらいだ。そして後者なら、そもそも最初から短剣の方がいい。

「最終的には、一瞬なら片手でもいつもの武器を正確に動かせるように、後は両手同時に別々の動きが出来るように、だ。それで戦い方の幅が広げられる」
「なるほど」

 不貞腐れるようにぶっきらぼうないい方からして、相当に嫌われているらしいとアウドは思う。……それも当然ではあるのだが。なにせアウドは、このシーグルの幼馴染みだという彼に、シーグルの傍にいるのは邪魔だと言ったことがあるのだから。

「あの人に近付かない……気はない訳だな」
「当然だっ」

 思い切り睨んでくる男に、アウドはわざとおどけたように肩を竦めてみせた。

「隊長は結婚したぞ、どう逆立ちしたって、もうお前さんになびいてくれる可能性はないだろ」
「んなんどうでもいいんだよっ。……いや、そりゃさ、今でもあいつと特別な仲になりたいなとかあいつが欲しいとか思うけどさ……そんなんより、あいつが頼るような……までいかなくても、信頼して背中を預けてくれるようなさ、そう、なりたいんだよ。友人として、あいつを支えられる人間になりたいんだ」

 どうやら、ロウの気持ちだけは『本気』だったらしい。
 アウドは思わず苦笑する。『友人』という立場でシーグルよりもずっと劣る腕で傍にいれば、身内に甘いシーグルは必ず彼を庇ってしまう。だから近付くなと、そうアウドは彼に言ったのだが、文句を言わせないくらいに強くなる為ひたすら鍛えて、そうして実際強くなった彼を、さすがにもう認めない訳にはいかないかとも思う。少なくとも先ほどの動きを見て、今の彼に前の時のように勝てる自信がアウドにはなかった。

「お前さんはなんでそんなに隊長を追っかけてるんだ。貴族で男でって……普通、いくら幼馴染みだって言ってもあっさり諦めるだろ。単に友人としての付き合いしかしなきゃ、隊長もお前さんにきつい事言わないだろうしな」
「いーじゃねぇか、分かってんだよそんな事は。でも、ずーーっと昔から片思いしてて今更気持ちを隠す気もなくなったんだ」
「なんだお前、ガキの時から隊長の事好きだったのか」
「うっせぇ。そりゃ……最初はさ、一目惚れだったんだよ、なにせ女の子だと思ったから。男だって分かってからは可愛い弟分くらいに思ってたんだけどさ、ある日別れも言わずに突然会えなくなって、それがすっげー悔しくてさ。絶対会ってやろーって『大きくなったら騎士になる』ってあいつの言葉思い出して俺は騎士になったんだよ」

 話している間、ロウはアウドの顔を見ない。横に座り込んで地面をずっと見て、指で地面に意味のない模様を描いている。

「多分さ、俺はずっとその初恋を引きずってたんだ。だから、大人になったあいつに会って、男らしくなったあいつを見たらこの気持ちもスッキリ諦めがつくと思った」
「成る程、それで会ったのがあの人で、諦めつかなくなった訳だな」

 まぁそれは分かる、とアウドもまた笑う。初恋の人が男と分かっていてもあんな姿で現れたら、確かに未練は断ち切れなくなるだろう。
 ロウは、その笑みが自分を馬鹿にしたものだと思ったのか、そこで顔を上げてアウドを睨んでくる。

「最初はそうだよっ、なんかもう舞い上がっちまって、あいつが欲しくてたまらなくて……だけど、俺なんかがどうこう出来る相手じゃないって分かって……でも諦められなくて、だからせめて友人って立場でもいいからあいつの心の一番近いとこにいる存在になりたいって……それにはあいつが背を任せてくれるくらいの力が必要だって……」

 それでここまで強くなったのだから、大したものじゃないかとアウドは思う。
 だから、自分よりも若いこの青年に期待したくなって、アウドは彼の背を少し強く叩いた。

「まぁ、人相手に剣をあわせたくなったら俺に声掛けろ」

 聞いてこちらの意図を察したロウは、一瞬呆けた後、やっぱり顔を顰める。

「おう、今度こそこっちが勝つからな」

 アウドは笑い声を上げて、彼に手を振って離れた。自分も、あの人を守れるように、もっと強くならなくてはと思いながら。





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ここでちらっとロウさんの状況紹介。



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