希望と罪悪感の契約




  【5】



「双子、なのか?」

 だから挨拶よりなによりまずそう聞いてしまって、シーグルは我ながらなんて間抜けな質問をしてしまったのだと思う。

「うん、僕達は双子だよ。えーと、僕がラストでこっちがレスト」

 と紹介を受けても、同じ顔で同じ服装をしている二人の見分け方がシーグルに分かる訳がない。

「アルワナの司祭長はね、双子が選ばれるんだ」
「……二人共、アルワナ神官……て、司祭長、なのか?」
「うん、二人ともアルワナ神官。それで元司祭長、かな」

 にっこりと無邪気に笑った彼らはまだ少年と言える歳だろうが、それでも前に見た時に比べれば大きくなったと思う。恐らくは多分、自分が騎士になった歳と同じくらいだろうか。

「元司祭長、か……何故また……」

 このクリュースにおいて、司祭という言葉は殆ど使われる事はないが、神殿所属の正神官にも役目がいろいろとあるらしいアルワナ神殿では、神殿から全く出る事がない神官達の事を司祭と呼ぶらしいとシーグルは聞いた事がある。主に能力が高い者、もしくはアルワナ神殿が外に漏らしたくない能力を持っている者がそう呼ばれる、という事だが、その長というならどれだけの能力を持っているのだろうと思うのは当然だろう。そしてそれだけの重要人物を、よく神殿が外に出す事を了承したものだとも。

「うん、元だよ。僕達司祭長なんか嫌で逃げてきたから」
「それでマスターに拾って貰ってここにいるんだ」

 流石に双子というだけあって会話を繋ぐタイミングがぴったりで、深刻に考え込みそうになっていたシーグルの顔も思わずほころんだ。

「『僕達兄弟が一緒にいられる場所が欲しい』それがマスターとの契約なんだ」
「君たちもセイネリアと契約しているのか」

 呟くように言えば、少年神官二人はシーグルの前に詰め寄るようにやってくる。

「そう、神殿から逃げたところでマスターに会ってね、ワケを話したら『俺の下で働くなら居場所をやる』って言われたんだ」
「そもそも僕達が神殿から逃げたのは、僕達を別々の神殿に連れて行くって言われたからなんだよ」
「だからマスターと契約をしたらね、マスターが神殿と交渉してくれてもう向うに戻らないでここにいていいって事になったんだ」
「だから僕達マスターにはすっごい感謝してるんだ」

 相談もせずに交互に話を続けて、それでちゃんと繋がっているのだから本当に意識が通じ合っているようだ。思わず彼らの勢いに身を引いてしまったシーグルだったが、彼ら二人の息の合いようにはなんだか微笑ましくて笑みが湧いてしまう。

「だから……前の時、セイネリアの為に俺を引きとめようとしたのか」

 司祭長の双子の身を神殿から引き取る――その為にセイネリアがどんな交渉をしたのかは想像も出来ないが、あの男だからこそ出来た事ではあるのだろうとシーグルは思う。あの男以外では出来ない……だから双子達がセイネリアに感謝するのも当然なのだろう。
 シーグルの言葉を受けて、少年達は今度はすまなそうに顔を俯かせた。

「あの時はごめんなさい。でも僕達はただ……貴方にマスターと会って欲しかっただけなんだ」
「だからねっ、貴方がこれからはずっと傭兵団にいるって聞いて、僕達とても嬉しかったんだ」
「貴方が遠くにいても……マスターはいつでも貴方の事を考えてた、貴方の心配ばかりしてたんだ。だけどもう、貴方はずっとマスターの傍にいるんだよね?」

 そう言われれば胸が痛くて、シーグルは苦笑しか返せない。
 あの誰よりも強い男が、こんな子供達が気に病む程……自分を心配している事を表に出していたのだろうか。そんな彼の姿が思い浮かばないのに、彼が自分を想っていた事は真実だと確信出来てしまって、シーグルの胸は深い部分でちくちくと痛む。自分がどれだけ愚かな行動で彼を苦しめてきたかを考えれば、自分で自分を責める事しか出来ない。

「あぁ、俺はもうセイネリアのものだ。あいつが望む限りはあいつの傍にいる」

 白い髪に赤い瞳の少年達の表情が、同時にぱぁっと明るい笑みを浮かべる。
 良かったね、と向き合って同時に言い合う二人の姿に、シーグルも笑みを浮かべた。

 だが。

「ところでシーグルさん、貴方に会ったら僕達聞きたかった事があるんだ」
「あのね、マスターと寝る場合、どうすれば喜ぶのかな?」

 シーグルは一瞬、その言葉が聞き違いか、もしくは言っている意図がこちらの思ったものと違うのだろうと考えた。

「そろそろ僕達も夜伽くらいは出来る歳だと思うんだ」
「まだ経験が足りない部分は二人でならどうにかなるんじゃないかなって」

 そこまで言われれば、最早勘違いとか聞き間違いとかではないと分かって、シーグルは返事も出来ないままその場で固まるしかなかった。

「マスター的に貴方が一番イイっていうなら、貴方のやり方を聞くのがいいと思ったんだよね」
「マスターが好きな体位とか、喘ぎ方とか……最初はやっぱり口でやってから?」
「マスターの喜ぶ事ってなぁに?」

 返事が出来ない状態で次々と聞かれても、シーグルの頭は余計混乱を起こすだけで思考が止まったまま動かなかった。いやそもそも、まだ子供と言える彼らがセイネリアの夜伽とか止めさせるべきだと思ったのだが、セイネリアの為になりたいという純粋な目で訴えられると頭から否定する言葉も出せなくなる。

「それは……その、セイネリ……マスター自身が君たちに相手をしてほしいと言ったのだろうか」

 考えれば――セイネリア・クロッセスという男の噂としては、その強さについて以上に男でも女でもあちこちで手を出しているという話の方が有名で、傭兵団で部下とそういう関係があってもなんら不思議ではない。というかそもそも今後は自分がその内の一人となる訳で……考え方がどこまでも真面目なシーグルとしては、となればこの少年達にちゃんとそうなった場合の注意点を言っておいてやるべきなんだろうかという事を思ったりもしてしまう。

「んー、言われた事はないかなぁ。でも相手出来る歳になったら、そっちでマスターの役に立てるねって、楽しみにしてたんだ」
「楽しみ……なのか」
「うん、だって直接マスターの役に立てるでしょ!」
「でもやっぱりご奉仕なんだから、寝ててマスターに任せるんじゃ意味ないし」
「だよねぇ、だからシーグルさんのを参考にしたいなって思ったんだけどなっ」

 にこにこと無邪気な笑顔で話す内容はどう考えても子供同士の話ではなく……そもそもシーグル的にはそんな事を聞かれて答えられる訳もなく……嫌な汗が落ちてくると同時に目眩さえ感じながら考え込むしかない。

――そうだ、確かに前に、クリムゾンもセイネリアと寝たことがあると言っていた。

 ならやっぱりあの男は部下に手を出してる訳で、彼らの言っている事は別におかしい事ではないのかもしれない。セイネリアの部下としては皆普通にそういうつもりでいるのかもしれない――とは思っても、シーグルの本心としては『どうして俺にそういう事を聞いてくるんだ』としか言えなくて、純真無垢という顔でとんでもない事を尋ねてくる双子に何か言える訳もない。
 だからシーグルは酷く疲れた声で、彼らにこう言うのが精一杯だった。

「……とりあえず、俺に聞くより、あいつ本人に聞いた方がいいと思うんだが」

 そうすれば双子は一斉に口を尖らせて文句を言ってくる。

「えー、こういうので本人に聞くって一番野暮じゃないの」
「ねー、ムード壊しちゃうよねー」
「……そ、そうか……だが俺も、そういうのは正直よく分からないから……」
「えー、何度もヤってる相手の喜ぶ事分からないなんてだめじゃない」
「うん、セックスはお互いに協力しないとー、シーグルさんってもしかしてただ寝てるだけー?」
「え……あ……それは」

 こういう話だとどうしても弱腰になるシーグルとしては、双子の勢いに気圧されるしかない。しかも彼らのいう事が間違っていない分自分でも思うところもあったりして、なら何をすべきかなんてことまで考えたら恥ずかしくて顔まで赤くなってくる。
 だが、そうして本気で困ってどうしようもない状況のシーグルに、そこで救いの一言が降ってきた。

「ラスト、レスト、シーグル様で遊ぶのはやめなさい」

 その声に二人は元気よく声を揃えて『はーい』と答え、それから驚くほどあっさりと即座に部屋をでていってしまった。
 残されたシーグルは、あまりにも急にいなくなった彼らに呆気にとられてその場で放心していたが、笑い声と共に双子を止めた声の主が近くにやってきてやっと、その姿に安堵の息を吐いた。

「許可を得ず勝手に入ってしまって申し訳ありません」

 セイネリアの一番の理解者でもある、一番の忠実な部下の女性が、目が合うと軽く頭を下げてくる。

「いや……助かった、ありがとう、カリン……さん」

 シーグルが本気で安堵した様子だったせいか、カリンは口に手を当ててくすくすと声を漏らした。

「カリンで結構です。あの……許してあげていただけますか、あの子達はボスを慕いすぎて少々暴走する事があるのです」

 シーグルとしては先ほどのやりとりをどこから見られていたのかと思うところだが、この女性に関しては最初から全て見通されている気がするので今更かとも思う。

「あぁ、許すも何も怒ってはいない。俺が子供の扱いにはあまり慣れていないだけだから……その、もう少し上手く躱せれば良かったんだが、あまりにも想定外の質問ばかりで困るしかなかった」
「それは……あれはわざとシーグル様を困らせて楽しんでいるのもあるので、あまり真面目に考えなくてもよろしいかと」

 気の毒そうに言われたその言葉に、シーグルは目を見開いた後、うなだれて溜め息をついた。

「つまり俺は……からかわれたのか」

 カリンはそれに軽く吹きだして、抑えながらも笑っている。

「えぇ、彼らは子供に見えてもアルワナの神官で元司祭長ですから。……それに、特にシーグル様は前にあの子達に意識を読まれた事がありますから……」
「……なるほど」

 それでシーグルも苦笑と共に納得する。つまり、彼らには文字通りすべてお見通しだったという訳かと。
 確かに前、ヴィド卿の館からセイネリアのもとへ行った後気が付いた時に、おまえの意識を読ませた、とは言われていた。それで自分に何が起こったのかセイネリアに知られた訳だが、あの子達が寝ている自分の意識を読んだと言うなら、シーグルがどういう人間かくらい全部知られているのだろう。

「でも、出来るならあまり警戒しないで上げてください。あの子達はボスの大切な人である貴方と、仲良くなりたいと思っているのです」

 気が抜けて少しぐったりしていたシーグルは、カリンに笑みを返した。

「警戒も何も、彼らが俺のことを全てお見通しというならあれこれ考えて構える意味もないだろう。今後は俺もここの一員になるんだ、彼らとも仲良くやりたいと思う。……それに、彼らがここへきた話も聞いたから……セイネリアのことを慕っているという気持ちも分かる」

 子供同士で逃げて行き場のないところであの男に助けられ、安心出来る居場所を与えてもらったというなら、確かに彼を慕って彼のためになりたいと思うその気持ちがシーグルには分かる。
 するとカリンはにっこりと笑みを浮かべて、なんだかやけに嬉しそうに言ってくる。

「やはり貴方は正直で真っ直ぐな方ですね」
「え?」
「いえ、なんでもありません。私はこれで退出しますが、何か困った事や聞く事などありますでしょうか?」
「いや、特にはないが」
「では、暫くは大人しく休まれていてください。明後日になったら、ボスから体を動かせる場所に案内するように言われていますので」

 それでカリンは笑顔のまま部屋を去った。
 やれやれ、ここでは自分という人間は完全に見透かされているらしい――とそう思いながら、それはそれで妙に気が楽になる感覚もあって、シーグルは我ながら不思議に思った。




---------------------------------------------


 双子達との交流回でした。次回はエルとか、ウィアたちの話とか




Back   Next


Menu   Top