勝利と歓喜の影




  【10】



 王宮では連日会議が開かれていた。
 とはいえそれはなんら建設的な意見も出なければ結論が出る訳もなく、毎回毎回、状況の報告と、それについて王の怒りと嫌味の発言が延々垂れ流されるだけの場と化していたが。ともかく出席する者達にとってはヘタな事を言って王の怒りを買わない事が最優先な為、案や意見など出せる筈もなく、王が一人で話してそれを他が肯定して相槌を打つだけ、というやり取りが繰り返されていた。
 もっとも、王リオロッツにとってはそれで会議の目的は十分果たせていたのだが。
 もとから、無能面を並べている会議の席の面々に期待するものなど何もなかったので、彼らが逃げていないかどうかを見張る為の確認の場とでも言えるようなものであったからだ。なにせ、ここの無能者どもの存在価値など、もう一つしかないのだから。

 そんな、末期的に馬鹿げた会議の最中に、西区の暴動は伝えられた。

 聞いて、リオロッツはすぐに指示を出し、警備隊局長がある意味ほっとした顔をして現場指揮の為に会議の場をあとにした。リオロッツとしても暴動が起こる事自体は想定内だったし、それがまず西区からというのも予想していたので、それだけであれば焦る程の事ではなかった。
 だが、暫くして。
 一度退席した筈の警備隊局長が青い顔をして部屋に帰ってきた事で、会議の場は騒然となる。

「陛下、リパの大神殿でも、その……暴動が起きまして……神官達がすべて暴動側についたという事で……その、向うにつけば神官達が守ると言って大通りまで歩き出した結果……兵の大半が……言う事を聞かず……」

 しどろもどろになりながら汗を掻いて話す警備隊局長の顔は真っ青だった。どう考えても王の怒りを買うだろうこの報告をしに彼が来ただけでも賞賛していい程なのだが、その報告が全て終わる前に、王は傍に従えていた親衛隊達に命じた、殺せ、と。

 騒然としていた場は、元警備隊局長の死体が転がったと同時に沈黙に包まれる。
 絶望と恐怖に震える者達を見回して、リオロッツは椅子から立ち上がると口元に笑みさえ浮かべて宣言した。

「こうなればもうここは捨てるしかあるまい。だが案ずるな、逃げる場所も手段も用意してある。それに人質もだ。何のために首都にある神殿の最高責任者達を集めてあったと思うのだ」

 言われて表情を幾分か和らげた者達の顔を見ながら、リオロッツは心で呟く。

――そう、貴様らのような無能を何の為にずっと飼っていたと思う、大神官達だけではない、お前等も人質だ、首都外にいるお前達の親類に対する人質として、我が盾にする為だ。

 だが勿論、王の真意など分かる筈のない宮廷貴族達は、自分達を見捨てる気はないという王のその言葉に素直に喜び、王の指示に従った。親衛隊達に守られながら会議の場を出て、魔法によって迷路のようになっている順路を辿って転送部屋へと向かう。
 そうして転送前の待機用の大部屋に入れば、先に連れて来られていた各神殿の大神官達と顔を合わせる事になる。

「流石にここに残っている者は『使える』者ばかりだな、実に手際がいい」

 大神官達を囲む親衛隊の者達を見て、リオロッツは満足そうにまずはそう言った。
 その後ろにいる貴族達は、出来るだけ神官達と顔を合わせないように目を逸らしていた。いくら自分達が無事逃げる為とはいえ、人質として神官達を使う事は信心深いとは到底思えないような彼らであっても良心を抉るものがある。何かバチが当たるのではとびくびくし、王の所為であって自分達の所為ではないと思いこむくらいしかこの状況を正当化する手段はなかった。

「ここからお逃げになるのですか、王よ」

 そこで、大神官達の先頭にいた、リパの主席大神官が前に出て発言する。

「一体、この状況で何処へ行くというのですかな」

 この状況でも動揺を微塵も見せない初老の大神官は、背筋を伸ばし、王以上の威厳をもって王に尋ねた。
 それに一瞬、気圧されそうになった王リオロッツは、すぐに胸を張って言い返した。

「ふん、逃げれば手はまだある。たかが傭兵出のごろつきなど、一度でも負ければ簡単に潰せるであろうしな」
「成る程、そうお考えですか。ならば一体どの戦力をもって戦うおつもりでしょうか?」

 リパ大神官の声は威厳と落ち着きに満ちていて、言い方によっては馬鹿にしているように聞こえるだろうその台詞も王の気には障らずに済んだらしい。王は最初よりも少し落ち着いた様子で得意そうに答えた。

「ふむ、そうだな……多少なら教えてやらぬこともない。例えば、既にアウグには使者を送ってある。かの国なら、国境のウィズロンをくれてやるというだけでいくらでも利用できる。まぁそれだけではなく他にも手は打っているがな」

 それを聞いても大神官の表情は少しも動く事はなかった。
 だが王の後ろで聞いていた貴族達は、一部では顔を顰める者もいたが、王がそこまで手を回していたという事に感心する声も上がっていた。確かにそれはただ闇雲に逃げるだけではなく、王は先をまだ考えているのだろうと思わせるだけの意味はある発言だと言えた。

「まぁだが、これ以上今ここでお前達の時間稼ぎに付き合ってやる気はない。……どうだ? 分っているのだぞ、こんなところでくだらぬ問答を始めたのはその為であろう?」

 そうしてすぐに王は転送部屋への扉へ開け、まずは大神官達を先に入らせた。彼らは抵抗せず、大人しくそれに従って転送部屋へ入ったのだが、王がそれを確認して転送を開始しろと命令をしたその直後、部屋の四隅に立っているクーア神官達に向かって、それを止めるやはり威厳ある声が響いた。

「クーアに選ばれし我が同胞達よ、転送はなりません」

 その声は首都のクーア神殿を任されているクーアの大神官で、それが分かれば、転送のために待機していた部屋のクーア神官達は術の発動を躊躇する。

「何をしているっ、さっさとそやつらを送らぬか」

 当然王は怒って怒鳴るが、クーア神官達はお互いに顔を見合わせて、それから彼らの神殿の上位者に向かって頭を下げた。それを受けて、クーアの大神官は笑顔で他の大神官達の前に出てくる。

「だめですよ、今は術を使ってはなりません。……それに大丈夫です、恐れる事はありませんよ。この部屋は城の中でも確実に魔法が使えますからね、ここにいる皆さま方がいくらでも我々を守ってくれます」

 クーアの大神官の言葉で、やっと王は自分のミスを理解した。
 クリュース城内はあちこちに断魔石が埋め込んであって、たとえ大神官や優秀な魔法使いであっても魔法を自由に使う訳にはいかない。いくら使える場所を探しあてたところで全く影響を受けない訳ではなく、大規模な魔法はどうあっても使えないようになっていた。
 だが例外がある。それが転送部屋だった。
 ある程度の人数の長距離転送さえ可能にする為、転送部屋だけは断魔石の死角になるように影響を全く受けない場所として設計されていた。そこに各神殿の中でも最高の術者達が集まれば……王は、ここで初めて頭が真っ白になった。自分が次に取るべき手が思い浮かばずに、その場で声も出せずに立ちすくんだ。

「そういう事でな、ざっと見て兵士が2、30人てとこなら……まぁ、これだけ豪華な援護付きなら儂だけでもどうにか出来るかな」

 地位の割に薄いローブ一枚を羽織っただけの、しかも片袖を抜いて上半身を半分露わにしてその筋肉を見せつけているのはアッテラの大神官だろう。彼が両手を勢いをつけて合わせれば、起こったその高い音を聞いて親衛隊の兵達がびくりと震え、一歩後ずさる。

 そうしてすっかり沈黙した王側に向かって最後に一人、顔を隠すようにフードを被り、灰色と黒の布を纏った神官が前に出た。

「王よ、人質として私をここに連れてきたのは間違いでしたね」

 手に持った金色の錫杖で床を叩いて音を鳴らせば、その場の視線が全て彼に集まる。見た者ならすぐに分かる、普段なら目立つ場所に現れる筈がない、フードの額に当たる部分に大きく描かれたそのマークはアルワナ神のモノであった。

「実は、アルワナ神殿の秘密の一つに、アルワナの神殿を任される司祭長は双子がなる、という決まりがあるのですよ。それは双子の持つ同調力を利用すれば離れていても意志の疎通が出来るからで……つまり、ここの状況は別の神殿にいる双子の兄に私から筒抜けという訳です」

 兵達、そして宮廷貴族達は、今度は一斉に王を見る。
 その視線を感じて、思考力がなくなっていた王はやっと自失状態から我に返って、アルワナ大神官を見返した。

「ふん……だからどうしたというのだ、今ここの状態を向うが知ったとして……」
「えぇ、知ったからといっても、今となってはこの場所が分かる程度の事でしかありませんね。ですが外と意志の疎通が出来るという事は、向うからの言葉をここに伝える事も出来る訳です」

 口元だけに不気味に笑みを浮かべる顔の見えない神官に、王はごくりとつばを飲み込む。アルワナは眠りの神であり、永遠の眠りについた死者の神でもある。神官とは言え、得体の知れない不気味さを纏うその空気に、声も出せずに王はただその後の言葉を待つ事しか出来なかった。

「兄は現在反現王軍のところにいるそうです。その兄から私は、セイネリア・クロッセスから貴方がたへの伝言を預かっています」

 そうしてまたアルワナの大神官は、手に持った錫杖で音を鳴らした。
 自然と注意が彼に集まる中、わざと低く落された声が部屋に響いた。

「『一般兵についてはこちらにつくと宣言した時点で無条件で受け入れる。だが兵の中でも地位あるもの、王の側近であったもの、王を支持していた貴族達については投降しても無駄だ、それ相応の目にあってもらおう』」

 貴族や兵達がざわつく。顔を蒼白にして、絶望に嘆く彼らに向かって、再び神官の錫杖が音を鳴らす。

「『……ただし例外として、諸悪の根源たる王を殺し、証拠としてその体の一部を持って来た者に関しては王についたその罪は問わない事とする』」

 言葉が終ると同時に、貴族や、親衛隊の者達の目が先ほどとは違う意味を持ってゆっくりと王を見る。
 血走った瞳のその視線の理由を王はそこで理解して、そうして今度こそ自らの終わりを悟った。




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 そんな訳で王リオロッツの最期でした。次回は戦勝に湧くセニエティの街でアノ人物が……。



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