望みと悪意の計画




  【6】



 首都なら昼間は主要道路は人でごったがえすのが普通だが、ここアッシセグの場合はまったく逆で昼間に人があまりいない。何故なら夏の暑い日差しの中、わざわざ外へ出て活動をするなんて馬鹿がすることだというのがここの常識で、だからまだ涼しい早朝や、陽が落ちた直後くらいが一番人通りが多く、忙しそうに歩く人々をよく見かける。

「とは言っても予定があっからな、昼に外出ないでのんびりって訳にもいかねーし」

 とエルが呟けば、馬でエルの後ろに乗っていたレストが答える。

「だよねっ。でもここの昼は皆外に出ないってのは分かるかなー……あっつー」

 ちなみに彼らは朝のまだ涼しい時間から港に行って、傭兵団の荷物を運ぶ船の船長と打ち合わせをしてきた帰りであった。レストは首都のセイネリアとの連絡役で、その為にレストがこちらにいて、ラストが首都に残っているのだ。
 だが、暑いと言いながら背中に顔をべたっと押し付けてくるレストにはエルが怒鳴る。

「おいっ、俺の背中で汗拭くなっ」
「はぁ〜い」

 いくら肌を見せる恰好が多いアッテラ神官のエルでも、今は頭からフードつきのマントで体を覆っている。それで汗を拭かれたら、そこだけシミみたいに模様がつくからみっともないというのがある。
 そのやりとりを笑って見ていたネデも暑そうに額の汗を拭うと、馬を軽く寄せてきた。

「まぁこーゆー天気がいい日はな、さっさと帰って昼寝に限るさ」
「なんつーぐーたら領主さまだ」
「いーんだよ、この辺りの人間は皆今昼寝中だ」
「そらーのどかなこって……」

 そんな言い合いの後、ふと視線の先に歩く人を見つけてエルは思わず言う。

「皆、って訳でもなさそうだぜ」

 その歩く人物を顎で指せばネデもそちらを向いて、それでその人物が歩いて行く方向を確認して大きくため息をついた。

「あー多分ありゃ、レジーナ先生のとこに行く奴だな」
「レジーナ先生?」
「最近人気の医者のセンセ。魔法使いらしいんだが……なんていったかな、ちょっと変わった治し方するんだとさ。体の悪いとこに絵みたいなの描いてくれて、んで暫くすると結構よくなるらしいんだ。治療費も高くなくて、肩や腰の痛みくらいはすぐ直るってんで大人気さ。……で、朝や夕方は皆忙しいからって事で基本は昼間にやってるそうだ」
「へーそりゃまた、随分人気みたいだなぁ」

 新たに表れた人影がやはり同じ方向に歩いていくのを見て、エルはあまり興味がなさそうに答えた。確かに患部に絵を描く、という治し方は初めて聞いたが、神官と違って魔法使いならどういうタイプの術を使っても不思議ではないからそういうものもあるのだと納得してしまったというのが大きい。
 ともかく、そこでそれを『おかしい』と思わなかった事を、エルは後に後悔する事になる――。







「で、あいつの弟は本当にもう問題はないんだな?」

 抑揚がない、だからこそ僅かに怒りが読み取れる声でセイネリアが聞けば、金髪に仮面をした魔法使いクノームも不機嫌そうに口を曲げた。ちなみに現在、セイネリアの方といえば平時はいつも被っている仮面をつけてはいなかった。仮面の目的を考えれば、単純に魔法使い相手には必要がないからだ。

「あぁ、それは間違いない、ちゃんとこっちで処置した。ただ……今回の件はこっちとしても頭が痛くてな、なにせこれならお手軽に『信者』が増やせちまう」

 ラークが操られた件で彼を調べて分かった事。彼の手の甲には普通に目では見えない絵が描かれていた。本人に聞いたところ、酒場で出会った魔法使いに考えすぎて眠れない時のおまじないだと言ってそこに絵を描かれたという事で、次の日によく手を洗ったら消えてしまったから何も気にしていなかったという話であった。
 そうしてその見えない絵は、いわゆる『信者』――主となる魔法使いと繋がる魔力供給の為の下僕――が持つ魔法使いと繋がる接点となる入れ墨と同じ効果がある事が分かったのだ。つまり、目に見えないが簡単にはとれない魔力を込めた材料と普通の絵墨をまぜたもので絵を体に描くだけで、簡単に信者が作れてしまうという訳である。描くだけだから契約も必要なく騙して信者を増やす事も可能で、洗えば見た目では消えてしまうから信者となった本人達もなにもおかしいと思わない。

「まったく厄介なものを作り出してくれたもんだ」
「それもこれも、お前達が例の過激派の首謀者を逃がしたのが悪い」
「あー、まったくその通りだがなっ。こんなモン作るなんざいかにも奴らしい。ただ思った以上にこっちの上の方にまで協力者がいたってのがそもそも想定外だったんだ……ったく、なんで折角魔法使いの居場所を確保出来たクリュースを潰すのが前提みたいな計画に乗るんだかな……」

 金髪の魔法使いが頭を抱えて唸るのを見て、セイネリアは唇に薄く笑みを引いてから言ってやる。

「それは単純に、その者にとっては現状より過激派の描く未来の方が魅力的だったのだろうさ。後はそいつにとって一般人など、魔法使い達の悲願とやらの為ならいくら死んでも構わない存在だったという事だ」

 それには魔法使いが思い切り嫌そうな顔……仮面の為表情は見えないが気配だけでも分かる程の空気を出して大きくため息をついた。

「確かにそれは否定できない。捕まったこっちの議会メンバーはまさにそういう奴だった。魔法使いの中には人間をやたらと見下す連中も確かに結構いる。そういう連中は過激派の方に思考が寄りやすい」

 そこで珍しくセイネリアが明らかに不機嫌そうに顔を顰めて、どかりと音を立てて足を組むと魔法使いを睨み付ける。

「言い訳はそこまでにしろ。それで現状そっちで取ってる対策は?」

 さすがに魔法使いがそれに怯えたりはしなかったが、彼はまたため息をついてあまり言いたくはなさそうに答えた。

「今のとこ動けるやつ総動員して首都とリシェ、それと周囲の村にも試しに人を派遣してる。見えないっていっても魔法使いなら近くまでいけば分かるからな、それで自覚のない信者がどれくらいいるのか調べてちゃんと消してやって……とにかくどれくらいそれで信者にされてる連中がいるのが調べてるとこだ」

 セイネリアは考える。魔法使い側の対策としては間違ってはいない、ただ事態を考えるとシーグルを自分の傍から離したのが悔やまれた。まさかアッシセグにまでそんな奴らの手が伸びているとは思い難いが、まったく接点のない土地という訳ではないから罠を張っている可能性がないと言い切れない。……彼の事を考えれば、自然と指を唇に当てて指輪の存在を確認してしまうのは仕方ない。

――アリエラが一緒だ、何かおかしい事があれば言ってくる筈だが。

「それで、既にその潜在的な信者とやらは見つかったのか」

 とりあえず現状を把握しないと判断のしようがない。聞けば、やはり歯切れの悪い言葉遣いで魔法使いクノームは答える。

「あぁ……見つかってる」
「どれくらいいた?」
「今のところ首都で18人、リシェで7人、それ以外ではゼロ。その絵を描かれた経緯は人さまざまで、何を注意すればいいのかはわからなかったが」

 セイネリアは顎に手をあてて考えた。多いと言うべきか少ないというべきかは難しいところだが、それくらいの人数なら実験として少しづつ試してみただけ、と考えてもいいだろう。

「まだテスト段階、というところか」
「かもな。奴らが本気なら数百人規模にする事も難しく……ないかもな」
「……描かれた経緯を一人ひとり一々教えろとはいわんが、その中で最初に描かれたと思われる人物は何時描かれたと答えた?」

 つまり、何時からそのテストが行われていたかだが……面倒な事に、それは簡単に分かる類(たぐい)のものではなかった。

「こっちが見つけた連中の中では半年くらい前って答えたのが一番最初にあたる。だがこれも問題があってな……例の絵はな、確かに見えないままそこに残る訳だが、ずっと残るというモノでもないんだ。残ってる部分も大体2月もすれば完全に消える。効果でいえばいいとこ1月ちょいって話だ。半年前って答えた奴は消えた後2度描いて貰ったって話だ」
「なら、2月前以前に描かれたきりの連中は、いくら魔法使いが街で探しても見つけられないという事か」
「そういう事になる」

 確かにそれではそもそもセイネリアがした質問の意味がない。

「ただちょっとおもしろい話としてな。宮廷貴族の一人に例の絵が描かれたものがいたんだ。そいつは別のとある貴族の紹介としてやってきた魔法使いに『治療』として描いてもらったらしい」
「『治療』か」
「あぁ、確かに他にもそう答えてた連中はいた。まじない、とかも合せるとそこそこの数になる」
「いかにも胡散臭いな」
「そうなんだが……1、2日で絵は消えちまうから普通の人間は気にしないんだろ」

 まったく確かに頭の回る奴らしいとセイネリアでさえ感心して、だからいかにも尻尾を掴めそうな手がかりは残しておかないだろうと思いながらも聞いてみる。

「それで、魔法使いを紹介したという『とある貴族』とは誰なんだ?」

 例え罠だとしても、残してくれたヒントをとりあえずは探ってみなくては始まらない。聞けば、やはり金髪の魔法使いは口を苦々しくへの字に曲げて言いたくなさそうに答えた。

「サディーア・メアリ・アードナリト・ヴィド。つまり、ロージェンティ摂政殿下のお母上だ」




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 次回から事件が動き出す……かな。
 



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