エピローグ<約束の日>




  【6】



 吟遊詩人が口を閉じ、続いて指が止まって音が止む。
 それから彼が大仰にお辞儀をすれば、それまで沈黙を保っていた人々から多くの拍手と喝采が沸き起こる。
 詩人が退場すれば、誰ともなく傍の者と笑って言葉を交わし合い、またある者は抱き合って喜びの言葉を交わした。ただそうして抑えきれない喜びに声を上げる者達の頬はもれなく涙にぬれていたが。

「やっぱり隊長生きてたんですね……良かった、良かった……」

 マニクがセリスクに抱き着いて叩き合いながら泣けば、その横でシェルサが声も出せずに大泣きしている。最後にシーグルと本気の勝負を出来た事は、きっと彼にとって最高の宝になるだろう――そう思えば腕がない自分でも羨ましくなるとグスは思う。いつも斜に構えた発言をする相方のテスタさえ泣きながら笑っていて、神様ってのは本当にいるもんだなんて言っている。

 そして自分といえば……何も言葉が出ない上に、涙で風景がゆがんで見える。

 グスは腕でゆがむ視界をごしごしを拭いてまた顔を上げる。だがちゃんと見えるようになったのは一瞬で、すぐに涙が滲んで視界はぼやけてしまった。







 詩人の歌が終われば、わっと人々の声と拍手が鳴り響く。その様を下に見ながらテレイズは大きく息をついた。
 この部屋には実は二階席として壁沿いにいくつか隠し部屋のような個室が作られていて、下からこちらは見えないもののこちらから下を見る事は出来るようになっていた。今日の詩人の歌はあの青年の真実を伝える歌というだけあって、それぞれの個室には魔法使いの代表達が座っている。目的は歌に魔法使いの秘密に関する部分がないか確認する為ではあるが――まぁどうにかこれくらいなら問題ないんじゃないか、とテレイズは一息ついた。

 そうして、立ち上がって下の様子を食い入るように見つめていた付き添いの神官に目をやる。

「テレイズ様……テレイズ様は知ってらしたから今日私を連れてきてくださったのですね」

 ぽろぽろと大粒の涙を流す小柄な神官がそれでも笑顔でそう言ってきたのを見て、テレイズは返事の代わりに笑って見せた。

「クルス、君は彼の事を怒るかい?」

 聞いてみれば、シーグルの古い冒険者仲間であった神官は、笑顔のまま顔を左右に振った。

「いいえ、いいえ、彼はきっと黙っていた事に苦しんでいた筈です。それを責める気なんてありえません、ただ彼が無事だっただけでいいのです、私はそれだけがただ嬉しいんです」

 優しいこの神官があの青年の死でどれだけの苦しみを味わったかテレイズは知っている。それでも少しも恨むことがないのは、あの青年の日ごろの行いというか人徳とでもいうところだろうか。
 泣く神官に手招きをしてやれば、彼はこちらの胸に抱き着いてくる。
 その頭を撫でながら、テレイズはちらと下の様子を見た。

――さて、あいつはどうしたかな。

 良くも悪くも正直者の弟の事を考えて、彼がこの歌を聞いてどう思ったか考える。それからテレイズは苦笑とともに、下の大騒ぎの中から可愛い弟の姿を探した。






 歌が終わって、ウィアは恐る恐るともとれるくらいこっそりと、大切な恋人であるフェゼントの顔を見た。
 そうすれば彼はただ穏やかに笑って拍手をしているだけで――だからウィアはピンときてしまった、フェゼントは実は気付いていたのだと。

「なぁ、フェズ」
「なんですか?」

 にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべる彼は見飽きる事なくウィアにはとびきりのご褒美状態で思わず見とれてしまいそうになる……が、そこは気を引き締めて、ウィアは真剣な顔と声で彼に聞いてみた。

「フェズって実は……気づいてたのか? あいつがシーグルだってさ」

 そうすれば彼はまた楽しそうにフフっと笑って、あぁやっぱりそうなんだなとウィアは思った。そして彼は、唐突に歌を歌いだした。

 ねむれ、いとしい子供たち
 ねむれ、ねむれ、よいゆめを
 ゆめのなかでも、たくさんの笑顔と幸せがお前達にあるように

 それからあっけにとられているウィアに向かって、彼はそれはそれは嬉しそうに笑うと、知っていますか、と聞いてきた。

「……あ、あぁ、知ってる、けどさ」

 でもなんだろう、何か違和感がある。ウィアとしては母親に歌ってもらった覚えがあるというのではなく神官学校の奉仕活動で聞いた事がある程度だから、そこまでなじんだ歌でもないというのもある。だから違和感の正体を考えてもやもやした気分でいれば、フェゼントはくすくすと笑いだしてウィアにその答えを教えてくれた。

「おかしいんですよ、普通この歌はわざわざ『子供たち』なんて複数形にはしません。なのに少し歌いにくくなるにも関わらずわざわざ『子供たち』に直してるんです」
「あ……あぁ、そうか」

 違和感はちょっとメロディーからはみ出した感じがしたからか、と思えばフェゼントはやはり楽しそうにくすくすと声を上げる。

「けれどあの将軍閣下はこの歌詞でこの子守歌を歌っていたんです。しかもこの歌はレイリースから聞いた、って言うんですよ」
「……それが、なんで?」

 ウィアには訳が分からなかった。確かにこの歌をそう歌うのはおかしいが、たまたまレイリースがそう聞いただけだと普通は思うだけじゃないだろうか。

「この歌が『子供たち』になっているのはシーグルが母にお願いしたからなんですよ。母がシーグルの顔を見ながら普通に歌った時に私が悲しそうにしていたから、シーグルが『だめだよ、ちがうよ、にーさんもいるから子供たち』って言い出して……それから母はずっと『子供たち』でこの歌を歌ってくれていたんです。あの用心深過ぎる将軍様のちょっとしたミスだった訳ですね」

 あのセイネリアが子守歌を歌っていたというのがそもそも驚きだが、確かに彼にしては間抜けな話だとウィアは思う。

「でもさっ、レイリースはシーグルの弟子って事になってたし、そのレイリースがシーグルに聞いたって考えられるんじゃないか?」

 そうすれば、フェゼントはやっぱり見惚れるくらい綺麗に笑って優しく答える。

「ないでしょうね。レイリースがシーグルに会ったのが子供の頃だったというのならまだしも、あのシーグルがそうそう他人に子守歌を歌ったりしませんよ」
「でも、セイネリアには歌った、って事だよなそれ」
「えぇ、そうですね。ですから……」
「ですから?」

 一度黙ってしまったフェゼントにウィアが首をかしげて聞き返せば、彼は静かに目を瞑って口元だけで微笑んだ。

「シーグルはあの将軍様に子守歌を歌うくらい……彼に心を許しているという事でしょう。先ほどの歌では仕方なく将軍様を助けるために付き合ったような言い方でしたが……ちゃんとシーグルも望んで彼の元にいるのでしょう」

――まぁ確かに子守歌を歌ってやる仲っていったら、察しがつくよな。

 そこまで読めているならウィアとしてはさすがと言うしなくて、こちらも笑うしかない。

「私は、彼が今幸せであるならそれでいいのです。誰の犠牲になるでもなく自分の意志で、彼が彼の幸せのために生きているのならそれでいいのです」

 ウィアは思わずフェゼントに抱き着いた。

「さーすが俺のフェズ、何度目かわかんないけどまた惚れ直したぜ」

 そうすればいつの間にか来ていたのか、ラークがその上から抱き着いてきた。

「あ、僕も僕も。今日はいいよね♪」

 流石に小柄とはいえ大人の男二人に抱き着かれたフェゼントはよろけるが、そこはやはりいつの間にか後ろに来ていたファンレーンに支えられて事なきを得る。彼女も頬を濡らしていたものの顔は笑顔で、よろけた所為で手が離れてしまったウィアを拾うとフェゼントとラークともども抱きしめてくれた。



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 フェゼントはこっそりバレてた、というお話。
 



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