エピローグ<約束の日>




  【5】



「よし、これでお前も普段の生活がかなり楽になる筈だ」

 言われて渡された腕輪を手に取って、アルタリアはじっとそれを見つめた。まだ慣れない所為もあるのか言葉の少ない彼女に、クノームはあまり構い過ぎないようにしてそのまま自分の作業に入る。

「とりあえずそれつけとけば魔力が溢れる事はなくなる。溢れた分は勝手にそれが吸い込んでくれるからな。ゆくゆくは俺みたく自分で作れるようになってもらうとして、まずは使用感に慣れてくれ」
「……はい」

 ギルドの記録によれば、大体百〜2百年おきに一人くらいの割合で魔力が強すぎる者が生まれるものらしい。ただその中でもクノームは近年になく魔力があり過ぎて、赤子の内から魔力を放出し続けた所為で親からも見放されてギルドに預けられたという経緯がある。しかもギルドでももてあましてずっと魔力を封印されて人間扱いさえされなかった。ただある程度の歳からある魔法使いに預けられて、そこからまともに人間教育をされたおかげで今こうしていられている。もし彼に会えなかったら、ギルドでも手に負えなくて処分するしかないところだったらしい。

 その魔法使いがクノームが日常生活を送れるようにと考えてくれたのが魔法加工した装備に余分な魔力を吸い取らせることで、クノームがいつも被っている仮面がそれにあたる。制御し難い程の溢れた魔力はこの仮面が吸い取ってくれるから、クノームは自分の魔力に振り回されずに日常生活を送れていた。
 ついでに言えば、こうして身に着けた装備に魔力を吸い取らせた後、その装備は魔力の篭った魔法アイテムとして他の者が使う事が出来る。だから主にギルド内での彼の役職名は『細工師』で、自分の余った魔力を込めた魔法の細工品を作るのが彼の仕事だった。
 シーグルがレイリース・リッパーであるために身に付けている腕輪やネックレスも実はクノームが昔つけていた仮面を素材としていて、篭っていた魔力で彼の偽装の制御をさせていた。

 アルタリアに腕輪だけを渡して書き物をしていたクノームは、彼女がそっと腕輪をつけているのを見て軽く微笑んだ。

 アルタリアはクノーム程ではないが次の世代の『魔力が強すぎる者』である。自分はもう百年くらいは生きているから、順調に黒の剣の魔力が減っていったとしても最後の開放まで生きていられるかはかなり怪しい。だが彼女には可能性がある、だから自分の知識と技能を彼女に出来るだけ教えておこうとこうして弟子にしたのだ。彼女の育ての親であるロスクァールもかなりの高齢になったというのも理由として言えば、本人もすんなり納得してくれた。

 ただ本音を言えば、クノームは黒の剣の中にいるだろう大魔法使いギネルセラに会ってみたかった。ギルドの言い伝えからすれば、彼は自分と同じ『魔力が強すぎる者』として生まれてきた人間であるのは確実だ。当時はその魔力を抑えるのは難しくなかったから普通に育つところまでは問題なかったが、魔力が強すぎるせいで日常的な軽い魔法を使う事が逆に難しくて、魔力がたりない人間に魔力を渡して補助するのが仕事だったというあたりは境遇も似ているだろう。
 ただ決定的に違うのはきっと……愛する、愛してくれる者がいたかどうかだろうとクノームは思っている。
 あるいはギネルセラも愛する者がいたのかもしれない。たとえば彼を裏切った王……だからこそ彼は全てに絶望して全てを憎んだのかもしれない。
 真実は分からない、だからこそ……話してみたかった。うまく自分が生きている間に剣の魔力がある程度以下まで減れば、もしかしたら話すことが出来るかもしれない。

「私からすれば羨ましいことですね。溢れる程魔力がある、というのは」

 聞こえたその声に、クノームは書面から目を離して顔を上げた。
 部屋の隅で薬草の整理をしている男に肩を竦めると、頬杖をついて聞いてみる。

「あり過ぎるのは良いことばかりじゃない、むしろ厄介事ばかり……というのはお前も多少俺の傍で見て来て分かったと思ったんだがな」

 言えば外見的にかなりの老齢になった魔法使いは、苦笑してその場に座り込んだ。

「それでも、魔法使いを目指して……その魔力では魔法使いになるのは無理といわれた私としては羨ましいですよ」

 彼は魔法使いリトラート。かつての過激派のリーダーとして、シーグルを殺して黒の剣の主であるセイネリアを暴走させることで剣の力を開放させようと考えた男は、杖を持つ事もこの導師の塔から出る事も許されず、今はただクノームの手伝いをして暮らしている。
 皮肉な話として、彼の魔力が低かったからこそ封印まではしなくていい事になったし、クノームが彼を管理するといって引き受けることも割合すんなり許可された。

 魔法使いはある程度の年齢になると、自分の身体の老化を防ぐ事に魔力を注ぐようになる。だが元の魔力の低さを工夫でどうにかしてきた男にはそれをするだけの余分な魔力がない。だから普通の人間と同じく歳を取ってその生を終えるしかない。

 そしてそもそも、だからこそ彼はあんな計画を立てた。誰よりも早く黒の剣の力がシーグルを通して世界に戻って行っているのに気づいていたのに、あの全ての鍵となる青年を殺そうなんて事を考えた。

「そんなに、魔力が関係ない世界、というのを見てみたかったのか?」

 聞いてみれば、リトラートは自嘲気味に笑う。

「えぇ、誰もが世界に溢れる魔力を使って気軽に魔法を使える世界というのを……私は見てみたかったんですよ」

 彼は魔力が低かった。だからこそクノームのように長く生きる事は勿論、魔剣として魂を剣に入れても意識を残すことも無理だろうといわれていた。もしかすると黒の剣の中にいる騎士のように、魔力の強い者と同居する形で剣に入れば意識を残せるのかもしれないが……相手の意識に飲まれる可能性も高いし、そもそもそれが本当に出来るのか、当時の技術を完全再現まで出来ない今は成功する可能性はないにも等しい。
 焦がれた世界がやってくる可能性があるのに、自分はそれを見る事が出来ない――だからこそ、自分が生きている内にその夢を叶えられるもう一つの可能性に彼は賭けたのだ。彼に賛同した者達もほぼ同じ……魔力溢れる世界を夢見て、けれどそこまで生きられないと分かっている者達が殆どだった。
 何世代もかけて研究を重ねてきたギルドの在り方からすればひどく自分勝手な意見ではあるものの、彼らの気持ちも分からないではない。
 手に入るかどうか分からない焦がれた世界の為に働くのなら次の世代に託すことが出来ても、その世界が自分が死んだ後にくるのが分かったのならその悔しさに彼のような考え方になる者はいるだろう。
 ただ、クノームとしては思う事がある。

「いっとくが、確かに世界に魔力が戻る事は魔法使い達の悲願ではあるが……戻れば戻ったで問題は山積みだと思うぞ。新しい世界の常識が出来るまではまた多くの争いと混乱が起こるだろうな」

 元の世界に戻るには魔法が否定される世界が長く続きすぎた。今更誰もが魔法を使える環境になったとしてもすぐ使える事が当たり前になる訳でもない。大抵の国では魔法を使う方法自体が失われているし、魔法を悪魔の力として否定する者はたまたま使い方が分かった者達を変わらず弾圧しようとするだろう。

「そう……でしょうね。それは確かに。ですがこの国があればその混乱は最小限で済むのではないでしょうか?」
「まぁな」

 この男は頭がいい。だから魔法使いの悲願におけるこの国の存在価値を分かっている。
 魔法が普通に認められた国、そこが力を持ったままであれば混乱は比較的少なくて済む可能性は高い。魔法を使おうとすればほぼ誰でも使えるという状況になれば、戸惑いつつも魔法を使いたいと望む者達は皆クリュースを頼るだろう。魔法使いを迫害したがる勢力も、クリュースに敵対出来るだけの力がなければやがてその傘下に下るしかない。

「……まぁだからこそ魔法ギルドの方針は、あの坊やとこの国を何があっても守るって事に決まってるのさ。……まったくあの男の思った通りにな」

 結局何から何まで思う通りにしていったあの黒の剣の主の事を思ってクノームは苦笑する。大嫌いな貴族を思うように操ってみせたように、やはり大嫌いな魔法使いも結局思う通りに動かしてみせた。それを皮肉に思ってもムカつかないのは、こちらの望みを叶えるという前提があるからだろう。
 人は自らの望むように動くものだ、だから相手を動かしたいならこちらがさせたい事を向こうが望んでするように状況を作り上げればいい――まったくその通りにこちらは動かされたとしか言いようがない。

「……いや……そうか、本気でムカ付かないのはあの坊やの所為だな、やっぱ」

 クノームはこっそり独り言ちてまた笑う。あの力も頭もある男にこちらが動かされるしかなくてそれ自体は癪でも、あの男自身は弱点のあの青年の事になれば右往左往するしかないから許せてしまうのだ。

 自分が生きている間に一度くらいはあの二人も喧嘩をすることがあるだろう。そうしたらこっそりあの真面目な坊やに味方して、あの男の狼狽える様を見るのもおもしろいなとクノームは思う。
 ただし、やり過ぎると後始末が大変そうだが。



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 クノームの愛する人はアノ人ですね。そりゃー思い切りラブラブしてる二人にちょっと嫌がらせしたくなる気持ちも……ねぇ。
 



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