エピローグ<約束の日>




  【2】



「えぇっとその……今日はどう見ても隊長関係の集まりですし、その……隊長の弟君でしたらいろいろ我々の知らないあの方の事をしってらっしゃるんじゃないかなーと」

 ずっとタイミングを見計らっていたのか、おそるおそるといった風にグスの後ろからこっそりとマニクが顔を出した。
 そうすれば実年齢からは大分若く見える魔法使いの青年は、得意げに胸を張って答える。

「そーだなぁ、聞きたいならシーグル兄さんのちょっと面白いエピソードとか話しちゃってもいいけどね。……本当にあの人は俺には気を使っててさ、最初とかすごいこわごわ接している感じで……」
「ぜひっ」
「お願いいたします」

 瞳を輝かせて話に食いついた元同僚達に苦笑いをしながらも、シーグルは本当に皆に愛されていたのだなと今更ながらにグスはしみじみ思う。けれどそこでそのままそうやって思い出に浸ることはできなくて、グスは後ろから聞こえた恨めしい男の声で振り向く事になってしまった。

「主ィ……俺忘れてませんか、俺も紹介して仲間に入れてくださいよぉ」

 ただ振り向いて見た顔は一言で言ってまたもや誰だお前状態で、ここにいるのならシーグルの関係者だとは思っても見知らぬ男に身構える。

「あーそうだ忘れてた」
「酷いですよぉ、俺ずっと待ってたんですよ〜」

 知っている顔なら分かる筈なのだと思っても、やはりグスにはその人物の顔に見覚えがなかった。ヴィセントのように髪や髭が伸びて別人のようになった……という顔でもなさそうであるからやはり知らない人物なのだろう。

「えーと、彼もシーグル兄さんの知り合い」
「えー……ジャム・コッカーっていいます。シーグ……前シルバスピナ卿の元部下さん達っスね、あの方とは前にちょっと仕事を一緒にした仲というだけで、本来こんなとこにお呼ばれする程の身分ではないんですが……」

 なんとも説明に困っている風の男を、だがすぐウルダが補足して説明してくれた。

「彼はアルスオード様が幽閉されていた時、そのご家族様方をリシェから脱出させる事を手伝ってくれたんですよ。更にその後も親衛隊に酷い事をされたリシェの民を何度か救ってくれたりした縁で今ではそのままリシェに残って貰っているという訳です」

 それでグスもその名に思い至る。確かにロージェンティやフェゼント、ウィアからその名を聞いた覚えがうっすらある。具体的な状況までは知らないが、ロージェンティ達がリシェを出るのに力を貸してくれた者の名とは認識していた。

「一応今はリシェの警備隊所属って事になっています。まぁその、ただの警備隊員としてはちょっとイレギュラーな仕事が多いですが」
「縛るよりも少し自由に動いてもらったほうが性に合ってそうだったからね、領内を回って見て貰ってるって訳、すごく助かってるって聞いてるよ」
「いやぁ、そんな褒められるような事はしてませんよ。ただまぁ、前領主様にはいろいろ借りがありましたし、俺も……助けたかったですから」

 彼がそのままリシェの方でシルバスピナ家に雇われていたというのは納得出来る話で、こんな話でもシーグルの人望というか、彼を助けたかった人間が多かったのだという事に胸が熱くなる。思わず涙ぐんでしまってから、グスは軽く目じりを拭くとジャムに手を伸ばした。

「あの人の知り合いであの人を助けたかったって人間なら仲間みたいなもんだ、今日はぜひあの人についていろいろ語り合いたいものだな」
「いや俺は語れる程あの人の事は知っちゃいませんけど。でも……だからこそ皆さんの話を聞いてみたいと思ってるんです」

 そうして手を握り合えばどうやら予定の時間になったのか、部屋を照らしていたランプ台の明かりが一段落とされた。
 自然と雑談が減っていき、それぞれが思った通りの椅子に座れば、そこで王の登場を告げる声が上がって全員が起立し礼を取る。やがて完全に声の消えた部屋の中へ、二人の側近イーネス兄弟を引きつれてやってきた王は、まずは立ったまま皆に声を掛けた。

「皆、今日は我が母の招待に応じてくれた事、心から感謝する。いつも世話になっている者だけでなく、久しぶりの顔や、話でしか聞いた事がない父の知人達に会えて私も嬉しい」

 そこで皆、王に向けて恭しく頭を下げる、だが。

「……と、堅苦しい話はここまででいいよね、ここにいるのはそういう面々だしさ」

 続いた王の言葉には各自ガクリと体の力が抜けて、それからくすくすと笑い声が上がる。

「実を言えば、俺も今日は何があるのか母上にまだ教えて貰ってないんだ。ただとても大切な話があるとだけ聞いてる。それが何かは……ここに呼ばれた顔を見れば皆もなんとなく分かっていると思う。とにかく今日は特別だ、あの母上も今日だけはシグネットで良いって言って下さったんだからきっと本当に特別だ。だから皆……後で父上の話をたくさん聞かせて欲しい」

 それには拍手が上がって、シグネットは皆に手を振る。後ろで頭を抱えているメルセンに同情しつつも、シーグルとよく似た……けれども表情が全然違う悪ガキのような国王の姿にまたグスは涙が出てくるのを抑えられない。
 それで国王が二人の側近ともども席につくと、今度は摂政ロージェンティが来ることが告げられた。ヴィド家時代からの侍女であるターネイと、護衛兼世話係としてもうずっと仕えているネーヤ・ナ・サラヤ・バンと共に彼女はやってくると、その立場にあった威厳に満ちた姿で皆の視線を受け止めた。

「陛下もおっしゃっていましたが、今日は特別な夜となります。今宵だけは私の事は摂政ではなく、シルバスピナ夫人ロージェンティとして接して下さいませ」

 それは、今日だけは身分を意識しすぎることなく存分にシーグルの事を語り合えるために言った言葉だろうとグスは思った。だが、その次に続いた言葉は辺りにざわめきを引き起こした。

「ただ皆さまには約束をしていただかなくてはなりません。皆さまにはこれからある歌を聞いて頂きますが、終わるまでこの部屋を出て行く事はなりません。そして今宵聞いた事は全て、ここにいる者以外には誰にも話してはなりません。それが約束出来ないという方は、どうぞ今すぐ部屋から退出してくださいませ」

 ざわめきは消えない。ロージェンティはそれ以上の説明をせず、傍にいるネーヤ嬢に何かを耳打ちした。それを受けて彼女が入口に合図を送れば、部屋に残っていた使用人達が次々と外に出て行った。
 最後の使用人が出て行った後に摂政の侍女であるターネイが扉をしめて、それで改めてロージェンティは笑みと共に口を開いた。

「誰も出て行く方がいないのでしたら、そろそろ始めましょうか」

 そうして彼女が席につくと同時に、どこからか竪琴の音が聞こえてくる。それが途切れたと思えば、前面にあった壁のカーテンをくぐって一人の吟遊詩人が現れた。

「本日は私の歌を聴くために集まってくださってまことに恐縮でございます。これから私が歌いまする歌は、皆さまのよく知るある騎士様のお話でございます」

 吟遊詩人らしいつばの広い帽子を胸に抱いてお辞儀をした男は、詩人というには地味すぎる黒を基調とした服に身を固めていてなんだか違和感があった。けれどその服の裾にちらと将軍府の紋章が見えた事で、グスは彼がセイネリアの部下あることを知って納得する。
 シグネットが戴冠してからはすっかり政治的な場から姿を消した将軍は、大きな国の行事以外ではまず滅多に姿を見せる事さえなくなっていた。その男の部下が何をするのだと思っていたグスだったが……そこから始まった竪琴の音と歌を聞いて、すぐに目を細めて歌に聞き入ることになってしまった。



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 やっぱり最後の最後に皆に真実を伝える事に……。
 



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