エピローグ<約束の日>




  【1】



 冬が近づく首都セニエティは、外に出るならもう厚い上着が必須の寒さになっている。
 それでも今日は晴れていたから人々の服装は割合軽めで、外套を受け取る使用人達も一度にいくつか持てるくらいではあったのだが。

「しかし……今日は俺たちも客人でいいって、どういう集まりなのかと思ったら……こりゃ隊長の知人関係なんだろうな」

 慣れない立場に戸惑いながらマニクがそう呟けば、真面目なシェルサが明らかに緊張した面持ちで答える。

「だろうな、やっと摂政殿下も亡き夫の事を笑って話せるようになったから、というところで知人だけを招いてあの方を偲ぶための会を開いたのではないだろうか」
「確かに隊長の死が一番つらかったのは殿下なのは間違いないだろうしな……それでもずっと国を引っ張ってがんばっていらしたからなぁ……」

 思わず涙ぐむセリスクに、つられてシェルサもマニクも涙ぐむ。これだけ経ってもまだ自分たちがシーグルの死を受け止めきれないことに苦笑して、グスは辺りの面々の顔を見回した。

 今年も昨日、鎮魂祭が行われ無事終了した。
 けれどその前に一部の者達にはその翌日――つまり今夜行われる夜会への招待状が届いていた。夜会といえば呼ばれるのは貴族に決まっている……のだが、なぜか元・現役も含めて護衛官全員に届いていて、しかも当日は役職を忘れて客人として参加してほしいとわざわざ追加のメッセージがついていた。最初は胡散臭いと思った彼らもその差出人の署名が間違いなくロージェンティであることが分かれば疑うなんて気は流石になくなったものの、どうしてそんなものに呼ばれたのかという疑問は結局まだ晴れていない。
 だがそれも、こうして呼ばれた面々の顔を見れば大体分かるとグスは思った。

「お、お前らここにいたのかよ。よかったぜ、なんか気楽に話しかけていいのか分からねぇ連中多くてどうしようかと思ってたからさー」

 ばんばん、と背中を叩かれてシェルサはその人物をぎろりと見つめる。未だに根に持ってる真面目すぎる同僚……さすがにもう若手とは言えない彼の様子に苦笑しつつも、グスはそのお返し代わりにちょっと失礼な男の背中を逆に叩いた。

「よぅ、久しぶりだなロウ、なんだ田舎に引きこもってたんじゃないのかお前」
「おうグス、やっぱさすがに本当の爺さんになったなぁあんたも」
「ぬかせ、お前だって立派なおっさんだろ」
「まぁそりゃな、だがあんたみたく俺ァ寂しい老後は送る予定はないぜ」

 それには温厚なグスでさえもぶん殴ってやろうと思ったが、この手の席で暴力沙汰はまずいと思いとどまった。
 彼がここに呼ばれたのも、呼ばれた理由がシーグル絡みなら納得出来る。それに彼が今首都にいる理由も実はグスは知っていたりする、騎士養成学校の講師として呼ばれたのだ。実は臨時講師としてたまにその剣技を生徒に見せていたレイリースが辞めて以降、あまり講師陣に名のある騎士がいなかったのもあって、田舎で剣を教えていてそれなりに名が通るようになっていたロウにはずっと講師になって欲しいと声を掛けていた。流石に今の弟子を全部放り投げる訳にはいかないという事で三年待ち、来季からやっと来てくれる事になった、という訳だ。
 ちなみに何故それをグスが知っているかといえば……現在グスは護衛官を辞めてその騎士養成学校の校長だからである。

「……いや、寂しい老後でも良かったんだ俺は……」

 そこでガクリと肩を落とした元相方のクソジジイ、もとい不良老人のテスタを見れば、元同僚の連中は顔を強張らせてグスにそっと聞いてくる。

「なぁグス、テスタの爺さんどうかしたのか?」
「あぁただの自業自得だ、去年いきなり若い娘に言い寄られたって浮かれてたと思ってたらよ、その娘にある日『お父さん』って言われたそうでな」
「お父さん???」
「そそ、いわゆる隠し子だな。まぁ母親の名前聞いて心当たりあるって奴も白状してたし、その娘もテスタにちと似てるし間違いねぇ」

 それにぷっと吹き出したのを急いで手で押えたマニクとセリスクは、にやにや笑いながら不良老人の元同僚に目をやる。

「成人して首都に冒険者になりにきたって娘は今テスタんとこに住んでてな、朝から晩まで怒られっぱなしだし女遊びは出来ないしといろいろ大変らしい」
「まー……あのおっさんならいつかはありそうだとは思ったけどな」
「そら確かに自業自得ですね」

 笑っていればテスタがこちらを睨んでくる。

「おいグス、てめぇ教えたな」
「あぁ教えたぞ、不良老人」
「チッ……おいマニク、お前だって笑ってられねぇからな」
「え、いや俺は大丈夫だって……」
「言わせねぇぞ、お前もあちこちに女作りまくった所為で結婚出来てねぇくせによ」
「あちこちってジィさん程じゃねぇぞ、俺は4人しか手出してねぇ」
「……マニク、俺は2人って聞いたんだが4人も手を出してたのか……」
「そりゃ結婚出来ない、って思うよねやっぱり」

 競技会に出るようになった事で名を上げたシェルサは貴族の令嬢と結婚して今では一応貴族位を持っている。セリスクも結婚をしてる上、シーグルの伝記を本にした事でそこそこの有名人だ。クーディも結婚したし、ロウも田舎で結婚したと聞いた。後期の連中までは知らないが、そちらも何人か結婚したらしくセリスクの本の挿絵を描いていたサッシャンという者は結婚していると聞いた。つまり、昔はシーグルの部下連中で既婚者といえばランだけだったのが、いまでは独り身なのはグスとテスタとマニクだけで、しかもテスタの隠し子騒動やマニクの相手自体はいることを考えれば、本当の独り身はグスだけだったりする。
 そう考えると寂しさも感じるが、今更に結婚したいと思うものでもない。このままシーグルの残したものの為に働ければいいと、そう考えれば後悔はなかった。

「しかし珍しいよな、こういう席って普通結婚してたら奥方もご一緒に、って言うモンじゃないのか? 招待した本人一人で来いってわざわざ書いてあったよな。おかげで俺ァかなりウチのに嫌味言われたんだが」

 ロウがそう言い出せば、やはり既婚者組みになったセリスクもそれに同意する。

「あぁ確かに、ウチもちょっとそれで揉めて……」

 やっぱり女ってのはこういう華やかな席に来たいもんなのかと思っていれば、当然この中ではその手の席が一番好きであろう奥方を持つシェルサが憂鬱そうに呟いた。

「ウチなど直前まで行く気でドレスを選んでいたらしく……それを知らせた時は泣かれまして……」

 真面目なシェルサの事だからそら相当大変だったろうと思いつつ、流石に結婚して長いだけあって黙っているランには少し感心する。(いや単に無口だから言わないだけかもしれないが)とはいえ、それらの妻帯者達の意見を聞けばそれは確かにとグスも思うところではある。だが、そこで。

「えーと、騎士団第七予備隊の同窓会はこちらでしょうか?」

 会話の輪の外からそう声を掛けられて、グスは後ろを振り向いた。

「あぁやっぱお前らも来てたのか……っていや、これは失礼いたしました、シルバスピナ卿」

 声を掛けて来たのがウルダだったからそのまま笑って返そうとしたグスだったが、後ろに現シルバスピナ卿であるラークの姿を見て背筋をただした。

「あーいいよ別に、今日はそういうのに文句言うような人はいない筈だし」

 王の叔父でもある現シルバスピナ卿には、公式の場であれば王族に対する態度で接しなくては罰されても文句が言えない。ただシーグルの弟であるこの人物がそういうのをあまり好きではないというのは知っていたし、今ここにいる人間にそれを気にするものもいないのは確かで、あっさりグスは正した姿勢をすぐに戻した。

「まぁ……そう言って頂けると助かります。というか、そもそもお立場的に我々とは席が違うのではないのですか?」
「だって俺、あまりあの人関係の知り合いいないし。っていうか本当はにーさんとこいこうとしたんだけど、流石に摂政殿下や陛下の傍は面倒だからこっちでいいよ。多少席変わったところで気にしなくてもいいでしょ、顔ぶれ的に」
「はぁ……まぁそうでしょうが」

 魔法使いの領主という前代未聞な存在だけあって、彼が領主らしくないというのはよく聞く話ではあった。ただそれが大抵いい意味で使われていることからして、彼がリシェの領民に受け入れられている事は確実だろう。前領主であるシーグルの評判が良すぎたのもあって普通は比較されやすいところが、かえってタイプが違い過ぎたことで気にされなかったのだと思われる。
 そう考え込えながらあまり似てない……けれど時折印象が重なるシーグルの弟を見ていたグスは、その彼の後ろにまだ人影がいる事に気が付いた。覗き込んでみれば黙って本を読んでいる人物がいて、それですぐ気付かなかった訳かと納得すると同時にさて誰だったかと考える。

「あの……そちらの方、は?」

 聞けば、まだ本を読んでいる人物の代わりにラーク――いや正式には現在はヴァンテア・ラーク・リシェ・シルバスピナが苦笑しつつ答えた。

「彼はヴィセントだよ。ほら、ウィアと一緒に子供部屋によくいた……あー……いても本読んでて顔あんまり見えなかった可能性はあるけど」
「あぁ、それはすみません、随分感じが変わってて……」

 グスがすぐ分からなかったのも無理はない。ヴィセントは髪も髭も伸びて、ラークよりも余程魔法使いのような風貌になっていた。

「んーヴィセントはねぇ……念願の王宮図書館の管理人になってから本好きが悪化しすぎたんだよね。前から酷かったけど今じゃ本を読む以外の事は最小限しかしてないから」

 それで全部伸ばしっぱなしという訳かとグスが苦笑すれば、ラークでさえ苦笑して、それから彼は一つため息をつくと思い切ってヴィセントの本を取り上げた。

「あ……」

 ヴィセントが発した言葉はそれだけ。
 そこから無言でラークの持っている本に手を伸ばしたが、魔法使いの青年(といっても彼もそろそろ中年な筈だが)は上手くさっとそれを避けると、隣にいた自分の側近であるウルダに本を渡した。

「ヴィセント、今日は少なくとも用件が終わるまでは本は我慢してくれないかな。大事な話だし……それに多分、ヴィセントとしても面白い事が分かると思うよ」

 そうすればじとりとラークを見つめた後、本好き過ぎる神官は答えた。

「……分かったよ」

 それでほっとしたラークと共にグスもほっとしてしまって、思わず、やれやれ、なんて我ながらジジイくさく呟いてしまう。



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 皆が集められた理由は……次回。
 



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