ゆくべき道と残す想い




  【4】



『俺は見習いだから確実な事は分からないけどさ、まぁ魔法使いが皆狙ってるっていうのにあいつが頻繁に魔法使いから何かされてないって事は、ギルドの方で禁止してはいるんだと考えられるよ』
『成程、だからギルドの意志は信用していい、か』
『うん、それに騎士団の人言ってたじゃないか、一番事情を知っているのは文官だって。あいつ付の文官って魔法使いなんでしょ、だったら魔法ギルドで保護しててギルド内の施設にいるんじゃないの?』
『魔法ギルドの建物っていうと、例えばどんな?』
『ここから近いとこなら城にある導師の塔だろうけど……魔法使いに距離は関係ないから、8割方クストノームかな』

 ――そうして、ウィアとヴィセントが街で会った老人の話をラークにした時の会話はそれで終わりとなった。
 つまるところ、クストノームだとすれば行くのは不可能に近いから、居場所を探そうとしても無理、という結論だったのだが、魔法ギルドが信用出来るというなら待ってれば大丈夫、というラークの言葉で納得する事にはしたのだった。

 それでもどうにももやもやとしたものを抱えていたウィアであったが、とりあえずその翌日にシーグルの奥方が来て、その夜にシーグルからの親書が届いて、屋敷内のピリピリとしていた空気は大分和らいだ。
 シーグルの奥方――ロージェンティというそうだが、偉い貴族の娘だという事でとっつきにくいかと思っていた彼女は、最初はウィアを警戒していたようでどうにも話がかみ合わず気まずかったのだが――シーグルからの親書を聞いた後に何か思い直す事があったらしく、翌日からは嘘のように、ウィアやフェゼントにいろいろ話しかけてくるようになっていた。

「昨日も思ったのですけど……ここの朝食は、随分多いのですね」

 たっぷりとテーブルに乗った料理皿を見て、彼女は呆れたように呟いた。昨日もテーブルについた途端驚いていたようだったのはそのせいだったらしい。

「その理由はたーんじゅんに、ウィアがよく食べるからだね」
「んだよっ、お前だってあれ食べたいこれ食べたいってフェズにねだってたじゃねぇか」
「俺はウィアみたく一度にあれもこれもって言わないよ」
「るっせ、俺はこれから大きくなるからたくさん食べなきゃならないんだよ」
「成長なら俺の方がぐんぐんしてるとこだと思うけどね」
「ふん、俺は人より遅い今が成長期なんだっ」

 ウィアがだんっとテーブルを叩けば、フェゼントが冷たい視線を向ける。それで大人しくなってウィアが黙って食べ始めれば、その様子を面食らったように見ていたロージェンティがくすくすと笑いだした。

「それに……賑やかですのね。皆さん仲がいいというのがよく分かります」
「すいませんその、騒がしくて」

 フェゼントがすまなそうに言うのを、唇の端だけを軽く上げた上品な笑みを浮かべてロージェンティは見つめる。

「いえ、こういうのも悪くはないです。……きっとあの人も、この雰囲気を楽しんでいるのでしょう。あの人、あなた方ご兄弟の話をする時は、とても楽しそうにしていますもの」

 そこで、言葉の最後の方で少しだけ彼女の笑みが曇ったのをウィアは見逃さなかった。

「んだよあいつ、奥さんの前でも普段はむすっとしてるのか? ってか食事の時はちゃんと話してるのか? そもそもフェズがいないからって食べてないんじゃないだろうなぁ」

 今度は明らかに、ロージェンティは寂しそうに下を向いた。

「その……食べてはいるのですが……美味しそうに食べているとは思えなくて……とても話をするような雰囲気ではないのです」
「あぁうん……まぁそこは仕方ない……か。ちゃんと食べてるっていうならあいつもがんばってるんだと思うし、そしたら話す余裕はないかもだな。元々あいつあんましゃべらないしさ」

 うんうんと目を閉じながら頷いて言えば、視線を感じてウィアはロージェンティに顔を向けた。彼女は何故か驚いているようだった。

「あの、ちゃんと食べている、というのはあの人にとってそんな大変な事なんですか?」

 ウィアは少し首を傾げながら、彼女の顔を見返した。

「そりゃシーグル、元々小食っていうか殆ど食えなかったからさ。今は前より普通の料理も大分食えるようになったけど、基本フェズの作ったモノ以外は無理矢理食べてるから……って、あいつから聞いてないのか?」
「はい、小食だから自分に気にせず食べてくれとは聞きましたけど……」
「あー……」

 ウィアはそこでちょっと頭を抱えた、これは失言だったかもしれないと。けれどもすぐに思い直す、いやいやここで言っておいてやらないと、と。

「シーグルはさぁ、小さい頃に食えなくなることがあって……それからつい最近までずっと食事は義務みたいにちょびっとだけを無理矢理食べて、後はケルンの実で終わりって生活してたんだよ」
「小さい頃にあった事というのは……その、家族から離れて、シルバスピナの家に引き取られた事でしょうか? そのせいで食べられなく?」
「あぁそっか、そこは聞いてるんだ。うん、シーグルが言うには、それから食事は味とかそういうのとは関係なく、体が拒否するようになったって。美味しいと思う以前にさ、口の中に入れても体が拒絶して中々飲み込めないんだってさ」

 言えば彼女は口を押え、明らかに悲しそうに下を向く。
 ウィアは慌てて言葉をつづけた。

「シーグルは心配かけたくなくて言わなかっただけだと思うぞっ、あいつ人に気を使い過ぎるしさ、やさしいのはいいけどいつもそのやさしさで身動き取れなくなって一人で悩んでたりするから」
「……はい、分かっています。あの人が私を心配させないようにと思ってくれている事は……でも、なんだか気を使われすぎて、いつまでも他人行儀で……」

 彼女の声が今にも泣きそうなのが分かってしまって、ウィアは本格的に困ってきた。
 シーグルの性格を考えれば状況が分かりすぎる分、どうフォローをするべきかと次に掛ける言葉に迷う。更には『余計な事を言っちゃった』という顔で、ラークと彼女の侍女にじとりと睨まれれば、ウィアだってそれ以上ヘタな事を言えない。というかまるで自分が彼女を泣かせようとしている犯人のような気分になってくる。
 けれどそこでウィアの元に助け船はやってくる。その時の最愛の人の声は、まるで神様からの癒しの言葉のようにウィアの焦りを消し去ってくれた。

「シーグルは私の料理は美味しいと言ってくれるんです。母さんの味と同じだと言って。きっと、小さな頃に一人でシルバスピナの家で我慢をしていたシーグルは、無意識にずっと親の愛情を求めていたのでしょうね。寂しさを我慢すれば我慢するほど、体が親の温もりを欲しがって違う料理は食べれなくなっていたのだと私は思うのです」

 そうしてフェゼントはにっこりと、ウィアにとっては天使のような笑顔を浮かべると、ロージェンティに向かって優しく尋ねた。

「シルバスピナ夫人、料理を習ってみませんか? 母の味を貴女が作れるようになれば、シーグルは貴女の作るものだけは喜んで食べてくれるようになります。そして私ではなく貴女が、シーグルの食べれない病気を治してあげてください」

 ずっと下を向いていた彼女が、顔を上げてフェゼントの顔を見つめる。
 その顔にはもう辛そうな様子はなくて、僅かに紅潮した頬と口元に浮かんだ笑みが、彼女の気持ちを教えてくれた。






 八日ぶりになる首都の空は晴れ渡っていて、どんな顔をして帰ればいいのかと気が重かったシーグルに少しだけ救いをくれる。とはいえ、陽はもう大分下がって来ていて、あまりのんびりもしていられない時間だとシーグルは思う。
 シーグルが治療の為滞在していた建物だが、それが実はクストノームにあったというのは帰る直前になって聞いた事で、シーグルも少なからず驚いた。なにせ、首都とクストノームでは単純に相当な距離が離れている。クーア神殿の転送は突発で使えるものではないし、病み上がりの体でこれから首都までの陸路は流石ににシーグルでも自信がなかった。
 だがそれは、キールのいつも通りの気楽そうな言葉であっさりと解決した。

「いやぁ、首都までは私が送りますのですぐですよ〜」

 それでシーグルも一応はすぐに思い出した。ここ魔法都市クストノームはそもそも魔法でくる事が前提となっている場所で、門から街に陸路で出入りする者の方が少ないのだと。となれば当然、この街から別の場所へいくのも魔法による簡単な手段があって当然だろう。実際、そうして自分も運ばれてきたのだろうし。
 とはいえ、実際言葉通り一瞬で首都についたシーグルは、そのあまりのあっさりぶりに、直後は少し呆けてしまったのであるが。

「……しかし便利だな、魔法使いというのは」

 ではいきますよの声の後、ほぼ次の瞬間には首都という状況は、予想していてもなんだか驚くより気が抜けてしまう。

「えぇまぁ……ギルドの方で登録してある場所はですねぇ、魔法使いなら一瞬で移動できるようになっているんですよぉ」
「そうか……なら魔法使いはクーア神殿にわざわざ頼る必要もないんだな」
「そうですねぇ」

 そこでシーグルはふと思った事を聞いてみた。

「なら魔法使いも、クーア神殿のように転送を仕事にしているものがいてもいいんじゃないのか? クーアのように複数の神官がいなくても街間転送が可能なら、ずっと効率がいいと思うんだが」

 そもそも、クーア神殿の街間転送がそうそう人に使えないのは、主に食料等の出来るだけ急いで転送する必要があるものの輸送経路になっている所為で、輸送中に劣化しないモノは優先順位が低い為である。魔法使い個人で長距離転送が出来るなら、それだけでもっと皆気軽に転送で長距離移動できるようになる。

「いやぁ、自分で転送する能力がある場合は別ですけどねぇ、ギルドの転送手段を使っての商売は禁止されているんですよ。というかですねぇ、そもそもそんなぽんぽん転送を皆で利用するとぉ〜あっという間に転送路がパンクしますからねぇ、あくまで魔法使い専用の手段なんですよねぇ」
「そうか、それは残念だな」

 弟が魔法使い見習いであるといっても、やはりシーグルはまだ魔法使いというものには疎い。魔法使いとの接触はそこそこあるし、いろいろな魔法を見てきてはいても、魔法使いはまだシーグルにとっては理解出来ない世界の者達だった。

 そういえば、とシーグルは帰る直前、いかにも地位が高いように見える魔法ギルドの者に話しかけられたことを思い出した。
 その人物は見た目こそグスやテスタくらいの年齢には見えるものの、その口調と目つきの老いた故の深さを感じさせる様子には、絶対にもっと長い時を生きていると思わせるものがあった。見られているだけで妙に落ち着かないというか、不気味な感覚を感じたのをシーグルは覚えている。
 その彼はシーグルをじっと見つめて、貴方も魔法使いになりませんか、と言ってきたのだ。勿論それを断ったシーグルに冗談ですと返してきたものの、あのどうにも気味の悪い視線は本気だったのではとシーグルは思う。彼は一応、シーグルに貴族としての敬意を払ってくれたものの、シーグルはどうしても彼にあまり良い印象を持てなかった。とはいえ、エルマや襲ってきた魔法使いのような敵だと感じる物もなかったので、どう判断すればいいかは難しかったのだが。
 ただともかく、相手側としては出来るだけこちらに友好的な態度を示そうとしているようで、今後の注意事項や魔法使いの対処に関するアドバイスなど、かなり参考になる話をしてくれたし、悪意ある魔法使いに会った時使ってくれというアイテムまで渡してくれた。

『シルバスピナ卿、我がギルドは貴方の無事を何より願っているという事を覚えておいてください。貴方は魔法使いに狙われる事が多いと思いますが、それはギルドの意志ではありません。その者達は我々にとって違反者となりますので、もし魔法使いが貴方に迷惑を掛けたときは遠慮なく我々を頼って下さい』

 最後にその人物が言っていた言葉を思い出す。その言葉に嘘はないのだろうとはシーグルも思う。実際、シーグルがこうして無事回復出来たのはギルドで世話になったおかげなのは確かである。廊下を歩く度に魔法使い達の視線をやたら感じはしても、治療の時以外は皆極力シーグルに触れようとはしてこなかったし、どんな時でもアウドが見張っている事を許していた。つまるところ、ギルドとしてはこちらに出来るだけの誠意を示してくれていたのだろう。
 だから魔法ギルドの代表としてシーグルに話しかけてきただろうその人物には、シーグルとしても出来るだけ丁寧に礼を言って別れた。

「魔法使いはずるいなぁなんて思ったりしますかぁ?」

 唐突にキールに聞かれて、シーグルはその意図を読むのに迷い、急いで考えながら答えた。

「いや、ずるいとは思わないさ……彼らの能力の結果ではあるのだし」

 キールはそれにはにこりと笑って、けれどもいつもよりはっきりとした――彼らしい間延びしたような話し方とは違う口調で言ってくる。

「実際、貴方なら、今からでも魔法使いを目指す事も不可能ではないのですよ。貴方が本来持っている魔力は中々ですし……更に今はそれ以上の魔力も入ってきていますからね、目指せば見習いで終らず魔法使いまでになれるのはほぼ確実でしょう」

 いつも何か思わせぶり、というか含みのある言い方をするキールだが、今の台詞には聞き流す訳にはいかない言葉が含まれていた。彼がその答えを知っているなら、シーグルとしては聞けるところまで聞きたかった。

「入ってくるというのは、黒の剣の力なのか」
「えぇそうです」
「一体どういう事なんだ、何故俺に黒の剣の力が流れている、そのせいで魔法使い達が俺を狙うのは何故――」

 だがそこまで言ったシーグルは、笑みさえ消えて、別人のように冷たい目で見つめてくるキールに気付いて声を止めた。

「全てが知りたいのなら、魔法使いになるか、それに準ずる資格を手に入れるしかありません。けれども知ってしまえば二度とは引き返せなくなりますよ」

 そうしてから、キールはまたにこりと笑っていつも通りの飄々とした空気を身に纏う。

「まぁ〜最終的に選ぶのは貴方ですから。ただぁセイネリア・クロッセスは貴方がこちら側に来る事は嫌がるでしょうねぇ。……おや、やっとお迎えが来たようですね、それでは私はまだちょぉっと用事がありますのでぇ、一度向うに戻りますねぇ〜」

 キールの視線の先を見れば、確かに先に帰っていたアウドが馬を連れてやってくるのが見えて、シーグルはそちらに一度気を取られた。そうしている間にキールはさっさと消えてしまって、シーグルは重い息を吐くしかなかった。



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次回やっとこさシーグルとセイネリアが会う……予定。



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