ゆくべき道と残す想い




  【2】



 そこは、ある意味慣れた彼の部屋だった。
 ただし、それには2年前まで使っていた、という前提がつく訳だが。
 元黒の剣傭兵団の建物の中、自分の執務室の自分の椅子に、今、セイネリアは座っていた。

「俺も、アンタとは一度あのジジイ共なしで話したいとは思っていたからな、丁度いいといえば良かったさ」

 セイネリアの椅子と向かい合うように座っているのは、仮面をつけた金髪の魔法使い。言動も見た目もまだ若く見えるものの、その地位にいるのだから見た目通りの年齢ではないのは確実だろう、とセイネリアは思う。

「とりあえず、アンタが真っ先に知りたいだろう事は教えておこうか。まず、シルバスピナ卿は魔法ギルドの方で預かってる。現在治療中で、まだ家に帰せるような状態じゃないがまぁ大丈夫だ、正気も戻ってる」
「そうか」

 返す言葉に感情はないものの、僅かに吐き出した息に安堵が篭る。
 セイネリアは前もって、キールという魔法使いから、シーグルに関しては後々まで問題が残るような事はされていないから大丈夫だと言われてはいた。薬の一部も送りつけられていたから、サーフェスが調べてその言葉通りかの確認もしてはあった。
 それでも、実際に今の彼が本当に大丈夫なのだと聞くまではそれを信用しきれていなかったらしい、とセイネリアは自分で自分に関して思う。

「今はまだ薬が残ってて体が疼いたりするから、その度に一緒にいる部下が相手してやってるらしいが、じきにそれも収まるだろうよ」

 それを聞いて、だらりと落としていたセイネリアの手が思わず握りしめられる。

「ついている部下というのは、アウド・ローシェという男か」
「あぁ、そんな名だったな。なんだ、悔しいのか? そりゃそうだよな、アンタはこっぴどく拒絶されたそうだしな」

 わざとらしく馬鹿にした笑いを返す魔法使いの顔に、セイネリアはただ感情のない瞳を向けた。
 反応を伺っていたらしい魔法使いは挑発するつもりでこちらを見ていたものの、すぐにそれは諦めたのか、息を吐くと同時にそれを苦笑に変え、椅子に深く背を預けた。

「まぁ、こっちとしては、正直アンタに引き取ってもらった方が良かったんだがな。なにせ満月の時なんかに来たモンだからな、いくらギルドの本部とはいえ、周りの連中は涎垂らしてあの坊や見てる状態で相当気をつけなきゃならなかった」

 セイネリアの目が魔法使いを睨む。
 魔法使いは腕を組んだまま肩を竦めてみせた。

「大丈夫だ、手は出させなかった。ギルドとしてはあの坊やとはぜひ友好的な関係を保ちたいと思ってるからな。あの坊やの相手してたのは部下のその男だけだ」
「そうか」

 確かに魔法ギルドとしては、シーグルを今後どうするにしても、少なくとも行動を起こすその時までは彼から敵視されたくはないだろう。魔法使い自体を警戒されてもギルドとしては味方であると、そう示す為に彼の側にギルドの者を置いているとも考えられる。
 セイネリアが自分から話をしようとしないのに苛立ったのか、金髪の魔法使いは仮面に隠されていない口元を不機嫌そうにへの字に曲げたまま、しびれを切らしたように身を乗り出してから口を開いた。

「なぁ、セイネリア・クロッセス。アンタは分かってるんだろ? 何故魔法使い達があの坊やを欲しがるのか。どうしてあの坊やがそんな状態になってるのか、どうして、アンタの中にある黒の剣の力があの坊やに流れているのか」

 セイネリアは外していた視線を相手に向ける。魔法使いは仮面の下からも分かる灰青色の瞳でじっと睨んでくる。

「黒の剣の主であるアンタには当然剣の力が流れてる。剣を手に入れた当時、アンタは全てが自分自身の中だけで完結していた。だからアンタの中に流れる黒の剣の力もまた、アンタの中だけで閉じていた」

 セイネリアは何も言わず相手をただ見つめる。
 魔法使いの声は、益々低くなる。

「ところがアンタは、自分だけで完結していた中に一人の人物を入れてしまった。そのせいで閉じていたアンタの中に穴が開いた、その穴ってのは当然あの坊やで、アンタの心があの坊やに注がれるように、剣の力もあの坊やに流れて行った」

 黙って聞いていたセイネリアがそれを軽く鼻で笑った。
 だが、乗り出してこちらをじっと見つめてくる魔法使いの表情は変わらなかった。

「随分と断定的に話すな」
「間違ってはいないと思うんだが」
「さぁ、どうだろうな」

 魔法使いはそれには力が抜けたようにまた肩をすくめてから、体を引いて腕を組んで椅子に深くよりかかった。

「まったくおもしろいことになったもんさ。魔法使い達はずっとその剣の力が欲しかった。けれども剣に直接触れる事は叶わず、遠回りにみている事しか出来なかった。そこへアンタが現れた。だがアンタは魔法使いに協力してくれるどころか付け入る隙がなくて、やはり魔法使い達は歯噛みする事しか出来なかった」

 椅子に座って腕を組んだその体勢のまま、魔法使いの口元が意味ありげな笑みに歪む。瞳はじっとセイネリアに固定されたまま、声は低く、伺うような視線がこちらの目をのぞき込んでくる。

「ところが、だ。剣の力を手に入れる方法がもう一つ出来た。アンタを通して力が流れ込んでいるシルバスピナ卿は、流れ込む力はほんの一部程度だが、アンタに比べれば手を出しやすい。しかもあの坊やはアンタと違って『閉じて』ない上に、性格的にも扱い易いときてる」

 最後の言葉に、セイネリアの眉間が僅かに不快そうに顰められる。
 それを見た魔法使いは苦笑する。

「扱い易いさ、善良過ぎてな。我々とは正反対に、真っ直ぐ過ぎて、正直過ぎる。俺個人的にはあーゆーのは苦手なんだがな。……ま、ギルドの連中にゃ扱い易いと思われるだろうな」

 苦笑するその瞳がどこか遠くを見て眩しそうに細められるのを見て、セイネリアはこの魔法使いに対しての認識を改める事にした。
 セイネリアの見たところ、魔法使いとしてのこの男は圧倒的に誰よりも魔力がある。だが、言動から考え方、何より持っている空気が誰よりも魔法使いらしくない。
 いろいろ警戒すべきところはあっても、少なくともこちらが騙そうとしなければ、向うも嘘は言わないというタイプだろうとセイネリアは判断する。
 魔法使いは一瞬浮かんだ瞳の影をすぐに追い払うと、『偉い魔法使い』というには行儀悪く歯をにぃと見せて笑った。

「まぁ、アンタの目があるから上の連中もあからさまに手を出したりはしないが、どんな目的にしても利用価値がありすぎて、あの坊やをどうするかって話はギルドでも意見が分れて方針が決まってないってのが正直な話だ」

 だからこの男自身に少し興味が湧いて、セイネリアは聞いてみた。

「それで、そういうお前はあいつをどうするべきだと意見しているんだ?」
「さぁな、それを言う気はない」

 それにはセイネリアも苦笑を返す。
 成程、双方に利点があれば協力もするが、あくまでも味方ではない、という姿勢だろうとセイネリアは理解した。こういう人間は計算で話をしやすから付き合い易い。
 セイネリアが、そうか、とだけで特にそれに不満を表す事もなく返せば、魔法使いは暫くそのセイネリアの様子を見た後、膝を叩いてまた身を乗り出した。

「さて、と。セイネリア・クロッセス、こっちはかなりアンタに情報を提供してやったと思うんだがな、今度はこっちの質問に答えてもらえないか?」
「何が聞きたい?」

 魔法使いの青灰色の瞳はじっとセイネリアの琥珀の瞳を見つめる。口元に浮かぶ笑みは、先ほどまでとは違う意味を持っていた。

「なぁに、ちょっとした好奇心からの答え合わせだ。黒の剣を作った魔法使いと、作らせた王と、そしてその忠臣だった騎士の話の真実をな。アンタなら分かるんだろ? 何せ魔剣ってのは元々魔法使いの魂を封じ込めて出来るものだ。あの剣に封じられた剣を作った大魔法使いの記憶……アンタは見た筈だ」







 本当に、これが旧貴族の現当主の部屋だというのだから――。

 シーグルの部屋に通されたロージェンティは、予想していたとはいえ、その部屋のあまりの飾り気のなさにまずは呆れて、それからあまりに『彼らしい』と思って微笑んでしまった。
 いくら首都にある別宅だと言っても、ロージェンティの常識では、広さは辛うじてまだいいとしても、内装や家具に至っては執事の部屋くらじゃないかと言いたくなる。

「本当に、机とベッドしかない……どこまで貴族らしくないんでしょうね、あの人は」

 恐らく、寝る為だけの部屋なのだろうという事は、机の傍に殆ど物がない事で分かる。そもそも、ここで仕事をする気なら寝室と執務室は別れている筈だから、そうでない時点で歴代シルバスピナもこの屋敷は殆ど寝に帰る程度にしか使っていなかったのだろうと予想出来る。だがそれにしても、ここまで本当に何もない部屋では、現在ここを使っているシーグルがどれだけここで何もしていないかというのが分かりすぎてしまうというものだ。
 シーグルからは何度も、シルバスピナの家は貴族というよりも騎士の家であるから、貴族らしい華やかさや贅沢さは望めないと聞かされてきていたし、使用人も必要以上にいないから不便を掛けると言われていた。実際、嫁いでみればそれはすぐに実感できたものの、シルバスピナ家で暫く生活してみれば、本当に必要ないものを排除して合理化されているだけだというのも分かった。権力を誇示する意味もあって無駄に贅を凝らした中で生きてきた彼女にとっては、最初こそ落ち着かなさを感じたものの今はでは慣れてしまったし、今までがどれだけ無駄だらけだったかという事に気付いてこの家の在り方に感心するくらいでもあったのだ。

 だから、そんなにすまなそうにしなくてもいいのに、とロージェンティは思う。
 ちょくちょく家に帰れない事に関しては確かに気にしてほしいと彼女も思うものの、部屋が狭いとか、使用人が少なくて不便とか、ヴィド家でのような贅沢は出来ないとかの部分はどうでもいいのだ。

「あの人は、気づいてくれているのかしら」

 自分の服装を見て彼女は呟く。
 何でも人にやってもらう生活ではなく、自分でもある程度は動けるようにと、ヴィド家にいた時代よりも、今の彼女はシンプルで割合動きやすい服ばかりを着ていた。というかここに嫁ぐ時、煌びやかで装飾の多い動きにくいドレスを持ってくるのは極力抑えて、こうして動きやすい服ばかりを集めて持ってきたのだ。
 彼女としては、それくらいの覚悟はしている、という主張ではあったのだが……。

「そんなに気を使ってくださらなくていいのに」

 気を使ってくれるおかげで、そして大事にされすぎて、まだシーグルは彼女に対して他人行儀なところがある。言葉遣いでさえ気を使っているらしく、どうしてもまだ固い。今は結婚したばかりなのだからむこうも慣れないのだろう……とは思うのだが、やっぱり不満は募ってしまう。
 ロージェンティはシーグルのベッドに座る。
 部屋をぐるりと見回して、確かにこの部屋では自分を呼ぶのは厳しいだろうと思っても、彼女はいつでも言いたかったのだ。

「どれだけ不便でも、首都にいい思い出がなくても、来てくれと言ってくださればいつでも来たのに……」

 まだ焦る事はない、とは思っても、愚痴を言いたくなってしまうのは仕方ない。
 シーグルは確かに、理想的な夫でいようとがんばってくれているのだが、だからこそ優しすぎて距離が開いてしまっている。それが彼女は悲しかった。

「あれ、まだこっちいたんだ」

 ふいに慣れない声が聞こえて、ロージェンティは思わずベッドから立ち上がった。焦って声の方、入口のドア前に目を向ければ、そこにいたのはフェゼントの友人だという神官の青年(少年?)だった。

「シーグルの部屋なぁ、見事になんっにもないだろっ。いや〜あいつ本っ気でここは寝にくるだけだからなぁ。ちょっと前まではさ、武器の手入れとかしてたから、それにつかう布やら油やらが机に並んだりしてたんだけど、今はそういうのはナレドがしてっからなぁ」

 なんなのだろう、この人物は。
 正直なところ、ロージェンティはあっけにとられて返事を忘れる程に驚いていた。シーグルのベッドに座っていたところを見られて焦ったというのも勿論あるが、それよりも彼の言動、つまりあまりの馴れ馴れしさに、彼の立場を読み切れなくて思考がパニックを起こしてしまったのだった。
 見た目ではどうみてもリパの準神官であるから、地位が高いという程ではない。いくら兄の友人であったとしても、旧貴族の当主を『シーグル』と旧名で呼び捨てにするというのは、シーグルにとっても直接の友人であると考えればいいのだろうか。いや、いくら友人でも平民がこの馴れ馴れしさはあり得ない、しかも本人にならまだしもその妻にこの言葉遣いはない筈だ。なら本当は彼もシーグルと同地位くらいなのだろうか……でもこんな人物記憶にない、ならば何者なのだろう――と、彼女の混乱は広がるばかりだった。
 なにせロージェンティは生まれてこの方、こんなにくだけた言葉遣いで話しかけられた事がなかったのだから。
 頭のいい彼女は、頭がいい故に、自分の常識で測れないこの事態に完全に思考が停止してしまった。

「あれ? どーかしたのか? えーと、おーい」

 すぐ近くまで近づかれて、目の前で手をひらひらとされるに至って、彼女は驚いて一歩引いた。

「あの……貴方は、その……我が夫シルバスピナ卿とはどのような関係なのでしょうか?」

 そこでその人物はにかっと笑う。それはもう、満面のいい笑顔を浮かべて、ロージェンティに向かって胸を張る。

「あぁ、自己紹介まだだっけ。俺はウィア・フィラメッツ。シーグルの兄ちゃんであるフェゼントの恋人で、んだからシーグルは俺の義弟みたいなモンだなっ」

 そこでまた、ロージェンティの思考は停止した。というか余計混乱して、本気で彼女は訳が分からなくなってしまった。
 それでも彼女は考えて考えて……そうして一つの結論を出した。
 『彼』と紹介されたが実はこの青年は女性で、しかもまだ年齢が低いから礼儀がよく分かっていない――と。

「……あぁ、申し訳ありません、女性だったのですね。そうですか、フェゼント様とはもうご婚約されているのでしょうか?」

 結婚前提の相手というなら、子供だとしてもこんな時間に婚約者の家にいるのもまだある話だ。

「いや俺男だし。そりゃー婚約も結婚も出来ればしたいけどさぁ」

 その言葉で、彼女のどうにか組み上げた理論は、彼女の常識と共に見事に崩れ去ってしまったのだった。



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シーグルさんが治療してる一方で……の、首都の屋敷関連とセイネリアさんのお話でした。



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