ある日の夜の物語
将軍と側近での二人。単に夜のいちゃいちゃ話。



  【4】



 セイネリアの今日の仕事は王城で行われた周辺諸国を招いた会議で、彼らに対して脅しをかける意味でも噂で恐れられる将軍としては出席しなくてはならなかった。問題はそのあとの歓迎の宴の席で、これは話しやすさを重視して晩餐会形式にせず舞踏会に近い形式で行われる事になっていたためシーグルを連れていかなかったのだ。

 シーグルが見えるところにいないのは久しぶりだったのもあって、セイネリアは今日は終始不機嫌だったという自覚がある。それでも他国の特使達は上から命令されてきているのかセイネリアに話しかけてきて、そうなると自然と人に囲まれてロージェンティやシーグルの元部下達もやってくる事になる。その点からすればシーグルを連れてこなくて正解だとは思ったが、早く帰りたくて仕方なかった、というかセイネリアは特に宴の間は帰る事ばかり考えていた。今日の自分に話しかけてきた奴らは相当に運が悪かったなと、我ながら思うくらいだ。

 セイネリアだってわかっている、自分はシーグルに依存しすぎているなと。
 前の自分ならそれに気づいた途端、そんな自分が許せなくて彼から離れようとしただろう。依存は弱点になる、彼を失う事を恐れて弱くなる、それをマズイと判断した筈だ。

 ただ今は、それも構わないと思っている。
 それはきっと、ずっと求めてきた『心を満たすもの』はその弱さを受け入れないと手に入らないというのが分かったからだ。考えれば当たり前ではある、『心を満たすもの』を手に入れたらそれを失いたくないと誰しも思うものだ。だから怖くなる、大切なものを失ったらと不安になる。それは人として当たり前の感情であって、仕方のない事だ。絶対などというものがあり得ないのだから、その不安は誰しも持っていて当然のものなのだ。
 けれどおそらくその『心を満たすもの』を手に入れた状態を、人は『幸せ』と呼ぶのだろう。

――だからこそ、以前の俺は心を満たせる事がなかった。

 まったく、自分から『幸せ』を拒絶していたようなものだな、とそう思って笑ってしまえばシーグルが不機嫌そうに言ってくる。

「楽しそうだな」
「あぁ、楽しくてたまらないな」
「何浮かれてるんだ、お前は」
「それはな、久しぶりにお前と長く離れていたから、こうしてやっとお前に触れられたら浮かれもするだろ」

 本当にたった半日が数年の月日にも感じた。眠っている彼を見た時は、自分を抑える為に暫く彼を見るだけにして自分を落ち着かせていたくらいだ。

「……一日も離れてないぞ」
「半日も離れてたろ」

 シーグルはため息をつく。セイネリアは彼の頭に鼻を押し付けたまま笑う。
 さすがに事後であるから億劫なのか彼は逃げようとしたりはしてこないが、これ以上調子に乗り過ぎると本気でヘソを曲げられるので揶揄うのはここまでだ。
 ただ、大人しくしているのをいいことに、抱きしめた彼の感触やその体温、匂いを存分に満喫させてもらうくらいはいいだろう。

 そうしているのが、今の自分にとってはなにより『幸せ』だった。

 かつて自分の心がいつでも飢えていたのは、そもそも他人に対してあまり興味がなかったというのもあったから、自分の問題だったのだろうと今は分かる。ただそれに関してはセイネリアが自分で自分を分析してみたところ――母親の事が大きかったのだとは思っている。

 今のセイネリアは母親の事を思い出す事が出来る。
 子供の自分がどれほど母親が大好きで母親のためになんでもしようと思っていたのを思い出す事が出来る。力仕事を率先してやらせてもらって強くなろうとしたのだって母親を守りたかったから。他の子どもに笑われたって女の恰好をしていたのも母親が喜ぶから。あの頃の自分は母親がすべてだった。だからこそその母親にとって自分など『いない人間』だったという事実が、他人に対する感情を全て凍らせてしまった。自分の内側に他人を入れる事を拒絶してしまった。

 ただ拒絶はしていても望みもしていた。
 だからこそ、信用出来る、もしくは好ましいと思えた人間には、感情は何も感じなくてもその人間にとって良いように動いてやったりした。もしかしたら自分が母親に裏切られたからこそ、自分に期待してくる人間を裏切りたくなかったというのもあるのかもしれない。
 捻くれて、すべての人間を見下して拒絶する可能性もあったとは思うが……そうならなかったのは単純に運が良かったのだろう。運よく、その後にあった人間が良い人間ばかりだった、そのせいですべてを捨てる事なく踏みとどまれたのだろうと今は分かる。

 そんな風に自分を分析出来るようになったのも、今が満たされているからだろうとは思うが。

 黙っていればシーグルの呼吸音やそれに混じる溜息、不機嫌そうに呟く声が聞こえて自然とセイネリアは笑ってしまう。というか、口元はずっと笑ったままだ。まったく締まりのない腑抜けになったものだと思っても、それを咎めて許さない心は今はない。この幸せはいつかなくなるかもしれない、だからこそ今を存分に感じていればいい。

「……そんなに、俺と離れていたのが嫌だったのか」

 シーグルが今度は聞こえるようにそうつぶやいたから、セイネリアは彼の髪を手で梳きながら返す。銀色の彼の髪は月明かりを受けると青白く輝く、それを見るのも好きだった。

「あぁ、禁断症状が出そうだったぞ」
「俺は危険な薬かなにかか」
「似たようなものだ」
「それはちょっと……嫌だぞ」

 そこでまたセイネリアが喉を揺らして笑えば今度はシーグルも笑ったらしく、体に振動が伝わってくる。だから頭をずらして彼の耳元や目元にキスをすれば、くすぐったがって彼は肩を上げた。それが楽しくて届く位置を見つけてはキスをするのだが、しつこすぎるとまた怒られるためそれは適度に止める。代わりに彼の体を包むように抱きしめ直して、目を閉じて彼を感じる事にした。
 暫くそうして黙っていれば、シーグルがまた呟いた。

「俺も……お前が傍にいるのに慣れ過ぎて、お前がいないとちょっと落ち着かないというか……なにかいつもと違う感がして困った」

 それにセイネリアはまた喉を鳴らして笑った。勿論これは単純に嬉しくてだ。
 シーグルは自分とはまったく違った境遇だが、やはり同じく子供の頃に失われた愛情に飢えていた。ただ自分と違ってその自覚があっても拒絶していなかった、それを取り戻すために強くなろうとした。自分の弱さを自覚していて強くあろうとしたから弱い自分を許せない、勿論今でも。ただセイネリアの場合とは違って自覚なく拒絶している訳ではないからその心はどこまでも真っすぐだ。彼がこちらを受け入れ切って頼らず、こうして強気で言い返してくるのは彼が彼でいるのに必要な事だと分かっている。だから彼にはこちらに対して優しい言葉など期待していないのだが――たまにこうして、少しこちらを喜ばせるような事を言ってくれるから困る。いや、困るというか……嬉しすぎて抑えが利かなくなって困るのだ。
 だからセイネリアはそこで怒られる事を覚悟の上で、彼の股間に手を伸ばし、腰を彼に押し当てた。

「……お前、もしかして……」

 本当に嫌そうに彼がため息をついて言ってきたから、セイネリアは甘えるように彼の頭に顔を擦りつけた。

「だめか?」
「だめだ」
「どうしても、でもか?」
「どうしてもって状況でもないだろ今はっ」

 こういう時は宥めて訴えるしかない。
 だから出来るだけ優しく髪を撫でて、こめかみの辺りにキスをする。

「出来るだけお前の負担にならないようにする。体も拭いてやる。今日が遅かったから明日は遅く起きるとカリンにも言ってある」

 こういう時に強引にするとあとあとまで拗ねられるからここは下手に出るしかないのは長い付き合いで分かっている。そして本気でだめな時は、ここで彼が怒鳴り返してくるか蹴ってくるかベッドから出ていくか……とにかく、即行動に起こしてくるというのも分かっている。

「明日は午前中に予定が入っていない、ドクターとエルに診て貰った後、好きなだけ手合わせに付き合ってやる」

 シーグルが少しの間の後、盛大にため息をつく。それで決まりだった。

「今言った事は、全部本当だろうな?」

 本当に彼は自分に甘い。

「あぁ、本当だ、約束する。俺は約束は必ず守るぞ」
「それは知ってる。……分かった、付き合う。その代わり、今度こそ終わったらゆっくり寝かせろ」
「あぁ、分かってる」

 セイネリアがそこで起き上がると、シーグルが仕方なく体勢を仰向けに変えてこちらを見る。その上に覆いかぶさるように顔を下ろしていけば、彼の手が肩に触れる。そうして唇同士が重なる直前、セイネリアは彼に向けて囁いた。

「愛してる」




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 セイネリアのポエム回(==? 次回はこのままセイネリアサイドでのH。
 



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