ある日の夜の物語
将軍と側近での二人。単に夜のいちゃいちゃ話。



  【1】



 夜の将軍府、シーグルの部屋。
 久しぶりに一人でベッドに入ったシーグルは、なんだかやけにほっとして大きく背伸びをした。

 将軍府で生活するようになってから、基本夜はシーグルの部屋にセイネリアがやってきて寝る事になっている。
 一応セイネリアの執務室には立派な寝室もついているのだが、彼があそこを使うのはシーグルが怒って部屋に入れてやらない時か、シーグルが病気等で仕事の時にも傍にいられるようにあっちで寝ている時くらいだった。執務室付きの寝室の方を使った方が便利だろうにと言った事はあるのだが、あそこだといつ人が来るかもしれないとか言ってセイネリアはわざわざこちらの部屋にやってくる。まぁそもそも最初からそのつもりでこの部屋を作らせたから、部屋の広さもベッドの大きさも大の男二人がいて狭いと感じないようにはなっている。ただまったく飲まない自分の部屋に酒の棚があるのはどうなんだとはいつも思うが。

 別にシーグルとしては自分が彼の部屋に行くのでも構わないし、彼も向こうの部屋で寝た方がいろいろ便利だし、そもそもあの男が他人を気にするのかとか考えるとどうして彼が執務室の寝室よりこちらに来るのかよくわからない。

『お前の寝室の方が何かあった時すぐに動けるだろ?』
『別にこの部屋からでもソフィアを呼べばすぐ行ける』

 前にそんなやりとりをした時は、結局その後べたべたされて有耶無耶にされた。

「まったく、あいつの考えてる事は分からないからな……」

 シーグルだってこれでも随分大分彼の事を分かってきたつもりだが、それでもあの男の考えを全部理解するのは無理だ。なにせ彼は自分より頭がいい。勿論、机の上の勉強というかただの知識だけの話ならシーグルの方が知っている事はあるが、知識の応用力や人の行動を読む能力なんかを考えれば彼には敵わない。だから彼の考えを全部読めなくても当然、なのだが。

――だが俺についての事だと、こちらが深読みして悩んでいたら実は単純な理由だったという事も多いからな。

 セイネリアは頭のいい男だが、シーグルに対する行動の理由は実はやたら単純だったりガキっぽかったりすることもある、というのをこの短くない付き合いでシーグルも理解していた。

 ……と、いろいろベッドの上でごろごろしながら考えていたシーグルはそこで大きくため息をついた。
 なにせ男二人が寝るように作られたベッドはやたら広い。しかもデカイ方がいないのだからベッドを広く感じ過ぎて落ち着かない。彼がいればデカイ上にとにかくくっついてくるからベッドを広いなんて思う事はまずないのだが。
 また考え込んでしまって、シーグルは目を閉じたまま不機嫌そうに眉を寄せた。
 いくらどれだけ慣れたとはいえ、彼が傍にいるとやはりある種の緊張感を感じるのは確かだ。ただし、それと同時に安心感も感じる。ここのところずっと彼の気配と一緒に寝ていたから、いないとなんだか落ち着かない。微妙に寝付けない――という事はつまり。

――今の俺は、あいつがいないと眠れないのか。

 それを自覚するのはちょっと、いやかなり嫌だった。寝れない訳じゃない、寝付きが悪いだけだ――なんて自分に言い訳してみても、彼が傍にいない事でなかなか眠れない事実は否定できない。だが絶対に彼にはいう気はない。言ったら喜んでべたべたするのが目に見えるからだ。
 前までは彼がいてもいなくてもシーグルは問題なく眠れていた。さすがに彼がベッドに入ってくると大体わかるが、それでもセイネリアがそこで馬鹿な悪戯をしてこない限りは大抵そのまま眠れた。というか彼以外なら傍に来ただけで起きるが、彼の気配に慣れていたからそのまま眠れたのだ、自分は。

 ちなみにセイネリアがシーグルを連れて行かずに出かけて帰りが遅くなるから先に寝ていろ――という事自体はそこまで珍しい事でもなかった。ただそれがよくあったのは将軍府が出来上がって間もない頃の話で、新政権が安定してくると殆どなくなってここ最近はずっとなかったのだ。
 まぁそもそも、シーグルに来なくていいと彼が言うのは、行先がロージェンティやシーグルを良く知る者が多く出席していてしかも気楽に話しかけやすいような場の時だ。決めなくてはならない事が山積みで連日会議が開かれていた政権発足時と違って、今は彼も公の場にあまり出なくなっているからそういう機会が殆どなくなったのは当たり前ではある。

――あいつとしては、本当は俺を置いていきたくないんだろうが。

 セイネリアは普段から『シーグルとは一時も離れたくない』という態度を分かりやすく取ってくる。それでもシーグルが話しかけられたら対応に困るだろう連中がいる時は、シーグルを気遣って来なくていいと言ってくれる。
 ……なんというか、人前ではいかにも尊大な態度を取っているあの男がシーグルの事だけは細かく気にして気遣ってくれるというのを考えると……やはり自分は相当大切にされているんだな、とか、愛されてるんだな、なんてことを考えてしまう訳で、考えれば考える程誰もいないのに恥ずかしくなってくるから困る。なんだか落ち着いて寝る気分にもなれなくてだだっ広いベッドで意味もなく何度も寝がえりをして、結果ごろごろ転がってしまうというのが続いていた。

――何をやっているんだ、俺は。

 とにかくシーグルとしては、彼が帰って来て部屋に入ってきた時にまだ寝てなかったという事にはしたくなかった。彼がいなかったからのんびり熟睡出来たという事にしておきたい、とそんな事を考えるの自体自分でも馬鹿馬鹿しいとは分かっているのだがここはこちらの意地みたいなものだ。

――へたにあいつの事を考えるからだめなんだ、他の事を考えよう。

 セイネリアの事を考えるとそのままずるずると考え込んで眠れなくなる。もっと自然と考えられてへんに感情が高ぶらないような事――と考えて、思いついたのは剣を振る時の型から相手の剣に対する対処のシミュレーションだった……のだが、当然そんな事を考えれば頭は余計冴える訳で、暫くしてシーグルはそれに気づいてまた落ち込んだ。

――俺は馬鹿なのか。

 そもそも考えるから悪いんだと今度は何も考えず目をつぶったのだが、それでもなんとなく考えてしまってハタと我に返ったりする。あぁいっそこれなら寝る前にもっとぐったり疲れるくらい剣を振っておけば良かったなんて思ったりもして、そこで後悔している辺りで……部屋が開けられる音がした。
 あぁ不味い帰って来てしまった、と思ってから一瞬の躊躇の後、シーグルは仕方なく寝たふりをすることにした。勿論、目を閉じてじっとしていても意識は彼に行ってしまう。静かな部屋の中で聞こえてくる僅かな音で、今彼が何をしているかを自然と想像してしまうのは止めようがない。

――すごい静かに歩いて来てるな。

 セイネリアは森での生活の所為もあって、あのデカイ図体でもいざとなれば気配を消して殆ど音を立てずに歩ける。こちらが最初から彼の気配を追っているから今は小さな音でも拾えるが、本気で寝ていたら気付かないだろうと思う。彼としてはこちらが寝ていると思って気を使ってくれているのだと分かるが、あのセイネリア・クロッセスが部屋の中で物音を立てないようにそっと歩いている姿はあまりイメージが湧かない。
 彼は気配を消したまま歩いてくると寝室に入ってくる。そこから迷いなくベッドの前までくるとそこで足を止めた。

――何じっと見ているんだ。

 今、セイネリアはベッドの前でシーグルを見ている。
 幸いシーグルは彼に背を向けて横向きに寝ていたから良かったが、彼に顔が見える位置で寝ていたら寝たふりを続行出来たかはかなり怪しい。暫くじっとこちらを見て動かなかった彼だが、唐突にカチャカチャと音がしてきたあたり装備と服を脱ぎだしたらしい。シーグルは内心ほっとした。
 鎧を外す音も随分静かで、本気で極力音を立てないようにしているのだなと分かる。これなら確かに自分は気付かず寝ていられたのだろうなと感心してしまうくらいだ。暫くするとベッドが軋んで上掛けがあげられる。彼が入ってくると同時に冷気が入り込んできて、思わずシーグルは軽く震えそうになった。反応しないように我慢しているのだが、セイネリアはやっと寝転がったと思えば後ろから抱き着いてきて、こちらの頭の辺りを鼻でかき分けている……なんというか、くすぐったい。
 彼の体は当然冷えているから冷たいし、もぞもぞ動かれて手でべたべた触られればくすぐったいしとこれを耐えるのはかなり辛かった。
 ようやく動かなくなったと思って安堵したのだがそれもつかの間、また唐突に彼は上体だけを少し起こすと今度はこちらの顔を覗き込んでいるらしかった。

――大丈夫だ、暗くて見える訳がない。

 ランプをつけない限り位置的に覗き込んでも顔は見えない筈だとは分かっていても、見られている視線を感じるからきつい。そうすればふっと笑った気配がして、彼の顔が近づいてくるなと思ったら頬や目元にキスをされた。そっと触れる程度のキスだからこれで起きるのは不自然だろうと我慢したが、そうしたら調子に乗ったのか彼の手が寝間着を脱がしだした。

――こいつは(怒)。

 これは流石に起きて文句をいうべきかと思ったシーグルだが、そういえば彼はいくらこちらが寝間着を着ても寝ている間に脱がせてくれると思い出した。それで毎回気付かず寝ているのだから今回も寝ているべきか。さすがに裸になってからぴたりと肌をつけて抱きかかえられるのは参ったが、セイネリアの体もベッドに入ってきた直後よりはまだ暖かくなっていたからどうにか我慢出来た。

――いい加減、大人しく寝てくれればいいのに。

 そこで一旦抱きかかえて体をぴったりつけてからこちらの頭に顔を押し付けて来て大人しくなったセイネリアだったが、そこからまた唐突に起き上がってくれてシーグルは内心悪態をついた。

――まったく、何がしたいんだこいつは。

 起き上がったまままたこちらをじっと見ているらしいセイネリアには怒りしか湧かない。それでもまだ寝たふりを続けていたシーグルだったが……そこで彼がこちらの体を引っ張って、横向きから仰向けに寝かされた。それだけなら顔が見たかったのかと思う程度だったのだが、そこですぐさま彼が上に乗っかって来てその重みにシーグルは声を上げていた。




---------------------------------------------


 将軍府生活でもかなり後半になってきたあたりの話でしょうか。数年ぶり単位でセイネリアが一人で夜遅くまで出かけていた、というシチュエーションです。
 



   Next

Menu   Top