旅の事情
最終話とエピローグの間の話。アウグで旅している最中あたりの二人。



  【1】



 全てを捨てて2人してアウグへと旅立ってからもう一年以上が経つ。シーグルとしては気楽ではあるがいろいろ大変な事もあるだろう……と覚悟していたのだが、旅立ってみれば実はやたらとイージーモードの旅であるというのが分かってしまったという事情があった。

 まず第一に、旅となれば野宿が続く事は仕方ないのだが、普通なら2人なんだから交代で夜は火の番をするのが当然で、実際昔セイネリアと仕事をしたときはそうしていたのだが……本当はその必要がなかったというのが旅を始めて割と早くに判明した。
 理由は単純に、黒の剣のせいである。
 
『剣を恐れて危険動物も魔物も普通は寄ってきたりはしない。絶対とは言わんが、近づいてくるとしても余程の高等魔物か逆に低級の無害な奴らのどちらかだ』

 黒の剣は魔剣とはいえ誰でも抜く事が出来るらしく、だが抜けばその人間は魔剣の狂気にのまれるらしい。だからこそ誰かが触れられる場所に置く訳にもいかないと旅に出てからセイネリアがずっと持って歩いているのだが、そのせいで剣の気配を感じて動物は基本寄り付かないとの事だ。
 だからそもそも寝る時に動物除けの結界も、焚火もなくても問題ない、とセイネリアは言ってくれた。
 さすがに魔力に鈍感な人間などには効かないとはいえ、『どんな相手であれ、寝ていたとしても俺が負けると思うのか』と言われればシーグルは何も言えなかった。まぁいざとなれば一人で一国の軍隊に勝てるような不老不死の男がそばにいるのであるから、未開の地での危険というのはほとんどないと言い切れる状態だ。

 そして第二に……便利な都市での生活に慣れていれば旅先では不便であるのは当然で、食料や水も自分で調達しなければならないし、消耗品は限られている……筈なのだが、その心配も実はなかったのだ。
 セイネリアは魔法ギルドと物品のやりとりを出来る空間魔法で出来た倉庫の鍵を持っていて、それは旅先のどこからでも開けられて、魔法ギルド側でも開けられるから、欲しい物は伝えておけばそこに入れておいてくれるし、いらないものは入れておけば処分してくれるらしい。シーグルはセイネリアが野宿でミルクを当たり前のように使った時に、初めておかしいと気づいて彼から教えてもらった。
 ……という事で、食材だろうと調味料だろうと衣類だろうと、生活必需品はどこでも手に入る状態だ。

『魔法ギルドの連中は俺達と常に連絡を保っておきたいし、国外での転送のポイント作りにも協力ししてやってるんだ、この程度はしてもらって当然だな』

 確かに魔法使いが国外に転送ポイントを記録するのを手伝っているとはいえ、もうそこまでくると少なくとも『冒険』ではないと思う。知らない場所へ二人で冒険にいこう――という彼からの最初の誘いからすると、なんという優雅な旅だと思う訳だ。

 ここまでくると不便と言えるのは好きな時に風呂に入れない事とベッドで眠れない事くらいで、その程度なら冒険者時代に慣れているシーグルとしては不便を感じる程ではない。……まぁ、風呂は入りたいが、いざとなれば水も倉庫から手に入るので体を拭くくらいは出来るし。

「……なんだか本当に、あまり将軍府にいたころと変わってない気がするんだが」

 火の番が必要ないという事で、野宿とはいえ二人一緒に寝るのがいつもの事になっている。だから将軍府の時と同じように、セイネリアはいつもシーグルをがっちり抱きかかえるとこちらの頭に顔を埋めて寝るのだ。勿論朝は将軍府時代と同じように、シーグルが起きて藻掻いてもなかなか離してくれずに起きられない。

「何を言ってる、大違いだろ」
「ベッドか外かの差くらいだろ、大した違いじゃない」
「さすが外じゃ裸という訳にいかないだろ」

 あぁ、この男的にはそこが重要なのか――ちょっと呆れてシーグルは唇をひきつらせた。

「野宿続きだとやれないし、お前の肌の感触さえ楽しめないし……俺としは不満が溜まるな」
「お前はそれくらい我慢したほうがいい」
「俺の人生で一番我慢してるんだが」
「今までが我慢してなさすぎなだけだお前は」

 怒って怒鳴ったシーグルだが、セイネリアが笑っているところからして本当に不満ではない(いや不満は不満なのだろうが我慢できない程ではないという意味で)のだろう。こういうやりとりをする事自体を楽しんでいるのだ、彼は。

「そう言ってもな、もう5日もお前を抱いてない」

 今抱いてるだろ、という突っ込みはさすがにシーグルも言わなかったが、彼の不満には思いきり抗議をしたいところがある。

「5日前に、雨宿りで入った洞穴でどうしてもと言って相手したばかりだろ!」
「もう5日だ」
「まだ5日しか経ってない」

 こちらの瞼や額にキスをしてきながら楽しそうに笑ってるところからして、やはりこの男は文句をいいつつもこのやりとりを楽しんでいるだけに違いない。だから甘い顔をして、簡単に許してやってはいけないのだ。

「そもそも外ではやらないという約束だろ。体を洗えないし、誰かくるかもしれないし」

 そう、だからセイネリアも、どうしてもだといって強引にこちらをその気にさせてくるのは水場のそばか、雨宿りしたときにいいスペースがあった時だけだ。そういう時なら、シーグルが仕方ないと折れるのを分かっている。なんというかセイネリアは、シーグルがぎりぎり許すだろう範囲を分かっていて怒らせるのを楽しんでいるようなところがある。

――俺は押しに弱いのだろうか。

 なんて事を思ったりもするが、セイネリア相手に駆け引きで勝てる気はしない。勿論、腕っぷしでも勝てる気はしないし、勝てるところは……いいところアウグ語が出来るとか、クリュースの上級文字が完全に分かるとかそういう……貴族教育的な部分だったりするのが悲しい。

「だからちゃんとお前が嫌だと言えば我慢してやってるだろ、拗ねるな」

 そうしてこちらの機嫌を取るように、また楽しそうに頬やら額に触れるだけのキスをしてくる。

「なんなら明日はしーちゃんの好きなミルク粥を作ってあげようか♪」
「しーちゃんはやめろっ、というかその口調はやめろっ」

 と、怒りはするが、嬉しい事は嬉しいのもまた気に障る。セイネリアと生活するようになってから食事をするのも苦痛ではなくなったシーグルとしては、それなりに好きな食べ物というのも言えるようになっていた。そして彼は自分の食べたい物だけでなく、必ずシーグルが好きだろう品も作ってくれるのだ。

 これじゃ本当に子供の機嫌取りだ、と思っても嬉しい時にそれを否定する言葉を言ったり、相手が何かをしてくれるのに文句をつけるのはシーグルの主義ではないから、それ以上の文句はいわなかった。

 いくら冒険者経験があるとはいえ、貴族育ちのシーグルは生活能力が高くない。料理もそのための火おこしも一応出来はする程度のものだし、獲物は取れても捌くのは得意ではない。薬草や食べられる植物はラークのおかげでかなり詳しくなったが、それをエサにしてどういう動物や鳥がくるかまでの話になると世辞にも詳しいとは言えなくなる。
 一方セイネリアは幼少期は森の番人の弟子だったという事で、動植物の生態に詳しいし、ロックランの術なしでも水場を見つけてくれるし、獲物をしとめるのは勿論、それを捌いて料理するところまで手際よく行える。
 おかげで多少は手伝うが旅に出てから基本、なんでもセイネリアにやってもらっているような状況だった。

 ちなみにだから、『何でもお前にやらせてすまない』とシーグルはたまに言ってしまう訳だが、そのたびに彼はいつもこう返してくる。

『お前にならどれだけ何をしてやっても、俺にとっては十分に見返りがあるから気にするな』

 見返りとはやはり……体、なのだろうか。彼が多少強引に約束外の場所でやろうとするのを結局許してしまうのは……何でもやってもらっている後ろめたさがあるからだろう……という自覚がシーグルにはあった。

「おやすみ、シーグル」

 ただ、彼が幸せそうにそう言って額にキスをしてきて、そのまま互いに目を閉じて彼の気配と体温に包まれて、彼の寝息を聞きながら眠りにつく……それにシーグルも幸せを感じてしまうのが、結局彼を許してしまう一番の理由なのだろうとも分かっていた。




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 旅の中でいちゃこらしてる二人の話といえばそれまでかも。
 



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