強くなるための日々
シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話



  【13】



 ぐったりと動く気力がない状態でベッドに寝転がっていたシーグルは、今回のある意味元凶の男の声で半眠り状態から起きた。

『シーグ……、いないのか。シーグル』

 自分を呼ぶ彼の声を、シーグルは暫く返事もせずに聞いていた。というか、起き上がって話す程の気力がないというのが正直なところだが、気分的に彼を少々困らせてやりたいという気持ちもあったりする。

『シーグル、おい、約束だぞ、……ないのか』

 きっと今起きて話せばひたすら文句を言ってしまうだけだし、自分も頭を冷やしてから話した方がいい。そう思ったシーグルは、そのまま寝て彼が諦めるかを待ってみた。

『シーグル、本当にいないのか?』

 ……けれど、彼は一度黙っても暫くするとまた名を呼んで、その声が苛立ちよりも不安そうになっていくからなんだか聞いていられなくなる。
 しかも、たまたま廊下でリッパー導師がアウドに何か言った声が響いてきたら、すぐにセイネリアが自分が来たのかと聞き返してきて……。双子草の傍で僅かな音でも聞き逃すまいとじっと耳を澄ましている彼の様子が想像出来て、シーグルは溜息と共に起き上がった。

「セイネリア」
『いたのか、シーグル。らしく……いな、大遅刻だぞ』

 声には安堵が滲み出ていて、この最強の男がどれだけ不安だったのかが余計に分かる。

「……すまない」

 だから反射的に謝ってしまって、けれどそこでハタと自分のこの状態の原因を思い出してシーグルは彼に同情していた表情を引き締めた。

「だが、俺が話す気力もなく起きあげれなかったのはお前が原因だ」
『……何の事だ?』
「お前、アウドとソフィアに……俺の性処理の相手もしろと言ったのか」
『あぁ……ヤってきたのか?』

 さらりと返したその声に、シーグルの怒りが噴き出す。

「ヤってきたのか、じゃないだろ。そんな事を部下に命じるのもオカシイし、そもそもそそんなのに気を回しておく段階でオカシイだろ」
『別におかしくな……ろ。お前が欲求不満で誰か分からない相手に襲わ……事があったらどうする』
「欲求不満はともかく襲われる事はないだろ、俺は顔を隠してるんだぞ。女ならともかく、顔も分からない男を襲いたがる奴がいるかっ」
『それでもお前の場合は分からない』
「お前基準で考えるなっ、普通は男の体だけ見て欲情なんかしないだろっ」
『お前の場合はそうとも言い……ない。お前はそのあたりを甘く考え過ぎだ』

 シーグルの常識として、そもそも男が男を襲いたがるのも普通ではないのだが、そこはさんざん襲われた経験があるからそういう連中が思ったよりも多いというのは理解している。だがそれは顔か地位かセイネリアの情人という立場があっての事だ。あとは魔法使いの場合の体液目的かだが、この山ではまず魔法使いの心配はしなくていい筈で……確かに修行で禁欲してる連中が溜まっている事はあり得るだろうが、それでも顔も分からない男を狙うとは思えなかった。

「ともかく、俺はここでは導師の養子で、傍にはいつもアウドがいる。顔も分からない男をそこまでして襲う奴はいないだろ。お前は余計な心配をしすぎだ」

 つまるところは彼が心配性なだけだと思ってそう言えば、セイネリアは更にシーグルの考えの斜め上の事を言ってくる。

『それにお前が我慢をし過ぎて修行に集中できな……も困る』

 それこそ余計なお世話だといいたかったが、怒鳴り返す代わりにシーグルは彼に嫌味を言ってやる事にした。

「確かに、双子草をこの部屋に置いてるおかげで、俺は自分で処理するのも難しいんだがなっ」
『……気にせずしていいぞ』
「絶対嫌だ」
『そういうと思ったから、相手を用意してや……んだ』

 なんだその理論は……と思わず顔を顰めたシーグルだったが、次にセイネリアが言った言葉で彼の常識がそもそも一般人でないのを理解する。

『相手をする人間がい……に自分でする必要はないからな。アウドもソフィアも言えば喜んで相手をしたがるだろ』

 あぁこの男はそういう奴だった、とシーグルは思い出した。

『俺としても、あいつ……らお前の意に沿わない事は絶対しないのを分かっているしな。誰とも分からない奴にお前を触らせるくらいなら……』
「もういい黙れ」

 セイネリアは言われた通り黙った。
 シーグルは頭を押さえて頭の中を整理した。そういえば前に聞いた事がある――この男の場合は常に相手がいるのが普通だったから自分で処理する事はまずなかったと。そういう方面で不自由がなさ過ぎて普段から溜める前に処理出来ていたから、我慢しようと思えば暫くは持つと。

――色事でこいつ相手に常識的な話をしても意味がないな。

 なんだか更に疲れがどっと押し寄せてきたようで、シーグルはまたベッドに倒れ込んだ。

「俺は疲れた、もう寝る」
『シーグル、待たせておいてそれはな……だろ』
「うるさい、これ以上話しても文句以外いう事はないぞ」
『別にそれでも構わんが』
「黙れ、俺は寝る、寝るからなっ」

 そうすれば流石に彼も諦めたのか、暫くすれば言ってくる。

『分かった、おやすみ、シーグル』

 その声が自分を抱きしめて眠りにつく時と同じ、彼のイメージに合わない優しい声だったから、シーグルも仕方なく彼に返した。

「あぁ……おやすみ、セイネリア」







 翌朝起きれば、直後はぼうっとしていたのだが着替えを済ませて顔を洗った頃にはすっきり目が覚めて、なんだか体の調子もいい気がした。

――やっぱり俺は溜まっていたのか。

 思わずそう思ってしまったくらい、今朝のシーグルは調子が良かった。
 なんというか、体以上に頭がすっきりしている。昨日ちょっと苛つきながら寝たのが嘘のようだ。

「おはようございますっ、シーグル様」

 そこで声を掛けてきたのはアウドで、彼もやけにすっきりした……というかあまりにも満面の笑顔すぎて思わずシーグルが引くくらいだった。

「おはよう……」

 そんな彼に元気よく返事を返しにくくて、シーグルの声が弱くなる。
 そうすればアウドはその笑顔を曇らせて心配そうに聞いてくる。

「どこかまだ調子が悪いのでしょうか? もしかしてお疲れですか?」
「いや……」

 彼に悪気はまったくないし、純粋にこちらの心配をしてくれているだけというのも分かっている。けれどなんとなく、彼のセリフの『まだ』というのが妙に引っかかったり、なんというか微妙に気まずい。

「大した事はないが、ちょっと疲れが残ってるくらいだ、問題ない。今日は導師ももう起きてるようだからあいさつしてこよう」

 とりあえずそういう事にしておけば問題はないだろう、と会話を終わりにするためにもシーグルは言ってすぐに歩き出した。

「あ、はいっ」

 元気に後ろをついてくる男にちょっと困りながらも、シーグルはリッパー導師のいる大部屋に向かった。

「おはようございます、リッパー導師」
「おぉ、おはよう」
「おはようございます、シーグル様」

 そこにいたソフィアと目があって、そこでもまたシーグルは一瞬固まる。昨夜のやりとりをソフィアなら見ていてもおかしくないと思えば、とても、とても気まずい。

「おはよう、ソフィア」

 それでも返事をしないのはもっとおかしいから無理矢理笑みを作って言えば、彼女はちょっとだけ言いずらそうに……けれど笑顔で言ってきた。

「あの……その、私の事は気にされないでよいですから」

――それはどういう意味だろうか。

 笑顔の下でシーグルの背に冷たい汗が落ちる。
 気にせずアウドとやってくれていいという事なのか、気にせず相手をしてほしい時は自分に声を掛けてくれと言う事なのか――考えて、シーグルは結論を出す事を放棄した。

「まったく、モテ過ぎるのも困りものだな」

 どこまで知っているのかリッパー導師までもがそんな事を言ってきて、シーグルは更に顔を引きつらせた。

「そういう話ではありません」
「いや、そういう話だろ。違うというなら何が違うのか言ってみせてくれるか?」

 楽しそうにニヤニヤと笑うリッパー導師の意図はこちらを揶揄う事で間違いない。そこでヘタに反論すれば向うの思うつぼなのは確かだから、シーグルは一つ溜息をついて自分を落ち着かせた。

「もう……どう取ってくださってもいいです。水汲みに行ってきます」

 そうだ外へ行こう。冷たい空気に触れて頭を冷やしてくるべきだ。
 シーグルがくるりと踵を返して歩き出せば、慌ててアウドが追いかけてきた。




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 口では偉そうな事言ってても、セイネリアは時間になるとウキウキで双子草の前で待ってます。
 



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