少年王の小さな冒険
少年王シグネットと振り回される面々のお話



  【10】



――まったく、あいつは遊んでるのか?

 考えながら、シーグルは目の前の男の剣を弾き飛ばしてから足を思いきり蹴って転ばせた。悲鳴を上げて男は無様に転がりながらもがくが、怪我は打撲だけだろう。

 いくら人数がいるとはいっても、今回の敵はシーグルが相手をするにはあまりにも雑魚過ぎた。しかももともと分散していたから一気にやってくる事もなかったため、ハッキリ言って苦戦どころか手こずるところもまったくなかった。更には弓役を片づけたセイネリアが適度にこっちの敵も減らしてくれたから本気でこれはただの掃除だ。
 とはいえ余裕があるからこそ、相手を殺さなくて済む。
 出来るだけ軽度となるよう、ただし戦闘続行不能程度の怪我をさせるのは余裕がないと出来ない。敵が弱すぎるからこれだけの人数がいても敵の怪我は最小限に出来る。

 敵を全て地面に転がし終れば、メルセンは呆然とした顔で、シグネットは笑顔で手を振りながら、そしてアルヴァンは敵の一人を上から踏みつけて押さえ込みながらこちらを見ていた。
 シーグルはその場で、シグネットに向けて深く礼を取った。
 そうすればシグネットが走ってきて、すぐ目の前までくると足を止めてこちらを嬉しそうに見上げてくる。

「先生、ありがとうございましたっ」

 シーグルはそれに少しだけ驚いた後に笑った。
 普段シグネットがレイリースと話す時はもっと気楽で子供らしい言葉遣いだ。……勿論、人前では臣下に掛ける言葉遣いになるが。ただもう一つ、剣を教える時は先生と呼ぶ。
 おそらく今、ここでは名前を呼べないからそのもう一つのいつもの言葉遣い――先生と呼ぶ場合――の方を使ったのだろう。

「お怪我はありませんか?」
「はい、かすり傷一つありません」

 そこで急いでやってきたメルセンを見て、少年王はまたにこりと笑って言う。

「メルーとアルが守ってくれました。彼等を褒めてやってください、先生」
「え? いやあの……」

 困惑したメルセンだが、『先生』という言葉でどう返せばいいのか分かったらしく、彼はそこで背筋を伸ばすとこちらに向けて頭を下げた。

「すみません、まだ私は未熟で……先生の手を煩わせてしまいました。ありがとうございます」

 確かにこの生真面目さはランに似ているか、と思わすシーグルは思う。父親の同僚たちから『ちゃんとしゃべるラン』と性格を揶揄われているメルセンは余程責任を感じているのか青い顔をしていた。

「いや、判断は良かった。お前に出来る最大の事は出来ていた。ただ勿論、もっと強くならないとな」
「はいっ」

 いい返事をかえした彼に、だがシーグルは笑って続ける。

「なら連中を縛り上げるのを手伝ってくれ。アルヴァンばかりにさせているのは悪いだろ?」

 そこでやっと彼は気付いて弟の方を振り向くと、敵のマントを剥いで縛っている弟に向けて走っていく。

「悪いっ、アル」
「まったく兄さんはさぁ……」

 2人のやりとりを見てシグネットが笑う。シーグルも笑えば、少年王はこそりとこちらを向いて言ってくる。

「メルセンは真面目過ぎて周りが見えなくなるところがあるから」
「その分、アルヴァンが周りを良く見ている」

 シーグルがそう返せばシグネットが笑う……が、その顔が自分の後ろに向けられたのを見てシーグルは振り向いた。それとほぼ同時にシグネットが走り出す。向かった先には真っ黒なマントに身を包んだ大きな影……それが誰かなんてすぐ分かる、セイネリアだ。いくら身を隠そうと、彼が纏う空気というか威圧感を隠せるものではない。

 シグネットは弾む足取りで向かって行くと、自分の時とは違ってセイネリアに全力で抱き着いていく。セイネリアは慣れた様子でそれを抱き上げて、シグネットはその腕に座っていろいろ話し掛けていた。その姿に……少しだけ寂しさを感じてしまうのは我ながら勝手なものだと思いつつも仕方ない。シグネットにとってセイネリアは無条件に頼っていい父親代わりで、レイリース・リッパ―は先生で憧れの人なのだから。

 シーグルは軽く頭を振って思考を切り替えると、チラとメルセン達の方をみてからセイネリアに向かって行った。周囲を見ればシーグルが倒した連中は既に縛られていて、おそらくソフィアとフユがやったのだろうなと思う。

「貴方が出てきたのなら、隠せるものも隠せなくなるではないですか」

 そうすればセイネリアはしれっとこちらを見て言ってくる

「そうか? それならお前だってそうだろ」
「私だけならまだ……ただの騎士で済みますが、貴方は有名過ぎますから」

 言って、後ろを指させば、そこには怪我も忘れてセイネリアを見て固まっている男がいた。周り全てが拘束された中一人だけ拘束されていない……そもそものこの件の元凶、シグネットを攫った連中の仲間の男だ。
 よく見れば震えて固まっているその男は、どうみてもセイネリアを見て怯えていた。

「別にしらばっくれればいいだけだろ」

 セイネリアはそれでもそう言うが、その腕にいたシグネットがクスクス笑い出した。

「うーん……確かにちょっと難しいかな」

 それからシグネットはセイネリアに耳打ちする。そうすればセイネリアは男の方を向いて――ひ、と悲鳴を上げた男をシーグルは気の毒に思ったが――その腕に収まったままのシグネットが男に笑顔で声を掛けた。

「大丈夫、悪い事をしてなければ将軍は何もしないよ」
「……や、やっぱり、貴方はその……では、あの、貴方様、は……」
「それは内緒、黙っててくれる?」

 子供らしい可愛い笑みを浮かべてシグネットが言えば、男は少し毒気を抜かれたように呆けた顔をして小さく、はい、と呟いた。

「例の剣の事はこちらに任せておいて。絶対悪いようにはしないから。後は約束通り、黙って忘れること、いいかな?」

 男は無言でこくこくと頷いている。シグネットはそれに満足そうに笑ってから、またセイネリアに耳打ちをした。

「あのね、将軍、ちょっと頼みがあるんだ……」








 また、国王陛下の姿が見えない。
 と、青い顔で相談を受けて、ウィアは顔を引きつらせた。

――まったく、あのガキは……。

 なんて悪態を国王に向かって言うのはこの国でもウィアしかいないだろうが、とりあえずシグネットが姿をくらますようになった原因が自分には多大にある、と自覚しているからこういう時に探す役目はウィアの仕事だ。だから身の回りの世話をしている者達は気付き次第ウィアにまず言ってくる。運良く騒ぎになる前に連れ戻せればセーフというところだが、城の外に出ていたらかなり厳しい。……そしてお供を連れて行っている段階で、恐らく城の外に出たんだろーなというのは予想出来ていた。

 ただし今回に関しては行先には思いきり思い当る場所があった。

 冒険者の資格を取ったばかりであるからきっとあのガキンチョならそれを使ってみたくて仕方なかったに違いない。だから行くなら冒険者事務局だ。
 それでフェゼントに、今日は天気がいいから北の塔の上で昼食を取る事にして食事はフェゼントが用意した、と食事係に言って貰う事にしてウィアは外に出てきたという訳だ。
 ところが、事務局につけば事務局員からリパの大神殿へ行ったと聞き、急いでそちらに向かえばそこではもう仕事は終わったと聞いて……早い話が途方に暮れていた。

 ウィアも一応、シグネットには常にセイネリアの部下が影ながらついている事は知っていた。だから恐らく大丈夫だとは思っていたが、このまま連れ返せずに戻れるわけもない。

「陛下はご無事でしょうか」

 護衛で連れてきた護衛官のシェルサの声は固く、表情の方は固いというより青い。

「あー……将軍様の部下が見てっから大丈夫、万が一もねーから安心しろよ。たーだ、どうすっかな」

 シグネット達が冒険者事務局に来た用事は終わっている。さらに追加で受けたというお使いの仕事も完了となれば……何か厄介事に巻き込まれた可能性は高い。ウィアとしては頭の痛いところだ。

――あーもー全部将軍様に任せて帰るかぁ? でもここまで来ててぶらで帰るのもなぁ。

 と思っていたところで、後ろにいたシェルサがさっとウィアの前に出た。ただならない緊張感に驚いたウィアだったが、シェルサの後ろからそっと前を覗いて――それからほっと息をつくと剣に手を掛ける男の腕をぽんぽんと叩いて前に出た。

「あんたが来たって事は王様のとこに連れていって貰えるってことかな」
「えぇ、ご案内にきたっスよ。ここから近いんでちょっと来てもらえまスかね」

 灰色の髪と目を持つ見知った男は、常にシグネットを見ている彼で間違いない。

「あの、ウィア様……」
「将軍様のとこの奴だから心配すんな、んじゃいくぞー」

 ただそこで、灰色の男の傍にもう一人現れた。

「あの、すみません、神官様だけお先に」

 こちらも見覚えがある。最初の出会いはちょっとアレだが、今はセイネリアの下にいるクーア神官の女性だ。転送で自分だけ先に連れて行くと言う事だろう。

「んじゃ俺は先行ってるわ。あんたは後から来てくれ」

 だからシェルサにそれだけ言って、ウィアはすぐに彼女のところへ行く。

「え? ちょっとま……」

 シェルサは何か言っていたがまぁ気にする必要はないだろう。すぐに視界が切り替わって周囲に縛られて怪我してるような連中が転がっているのが見えれば、ウィアは何故自分だけ先に呼ばれたのかを理解した。理解したが……まず周囲を見渡して見つけた人物に声を上げた。

「こーら、まった勝手に城抜け出しやがって。お前ら全員後で反省文なっ」

 そうすればすぐ、将軍の腕の上にいたやんちゃ過ぎる少年王が言ってくる。

「ごめんなさーい」

 まったく仕方ねぇ、なんて思いながらも将軍がいて、さらにその傍にはレイリースだと思われる人影があればウィアも笑うしかない。周囲に転がるごろつき共は結構人数がいるがそれでもメルセンとアルヴァンがいて、あの灰色の男がいればどうにでもなる相手の筈だ。それがわざわざ側近込みで将軍様本人が直々に来るなら、おそらくそれは……レイリース――シーグルに、息子を助ける役をさせてやったのだろうと想像出来た。

「さって、どいつから治癒すりゃいいんだ?」

 ウィアは言ってニカっと笑うと、その場で大きく背伸びをした。




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 あと1,2話で終わる……筈。シーグルの寂しく思ったシーンはあとでセイネリアからフォロー(?)が入る筈。
 



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