噂好き共の末路




  【4】



 今日は午前中の内に城から帰ってきたため、その後にすぐベッドへ……というのは当然シーグルが許す筈はなく、昼食の時間を長く取ってシーグルに構う時間を増やした程度でセイネリアもいい事とした。
 流石にシーグルが怒り出す前には仕事を始める事にしたが、昨日かなりの書類を片づけた事に加え将軍の仕事を減らすようにしてきただけあって今日の急ぎの書類は多くない。やっと仕事の準備が出来て書類に向かったところで、セイネリアは彼に言ってみた。

「例の噂話だが、そろそろ馬鹿どもを黙らせるために、少し脅しておくかと思ってる」

 シーグルは顔を上げると、不審そうに顔を顰めてこちらを見て来た。

「どうする気だ?」
「まぁ、黙らせるだけなら難しい事ではないんだが……少しくらい、痛い目を見てもらうか、肝が冷えるくらいの目に合わせておこうと思ってな」

 シーグルの目がますます不審げに細められる。

「黙らせられるのならそれだけでいいだろ」
「どうせなら、へたに馬鹿な噂を流すとえらい目にあう、と思わせるくらいはしたいだろ?」
「お前がいうところの『黙らせる』ための手段で、そう思わせられるんじゃないのか?」
「まぁ奴らが馬鹿じゃなければそう思うだろうが、馬鹿だからな」

 シーグルは黙って冷たい目をこちらに向けてくる。

「楽しそうだな」
「今は時間があるからな」
「暇つぶしか」
「そうだな、お前がもっと構ってくれれば、こんな暇つぶしも必要ないんだが」
「これ以上どう構えというんだっ」

 こういう流れはいつもの事だから、シーグルが怒っていてもセイネリアとしては困る事ではない。きっと彼も『またか』と思って怒っているに違いないからだ。

「……まぁここにいる間はこれくらいで我慢しておいてやる」
「お前にとっては現状で我慢なのか?」
「正直な話をするとだ……きっと、どれだけお前が俺を構ってくれたとしても、俺にとっては足りないだろうからな」

 シーグルは頭を抱えた。セイネリアは笑った。
 きっと2人だけで旅に出て、彼が常に自分と一緒にいるようになっても、自分は足りなさを感じるのだろうとセイネリアは思っている。なにせシーグルには愛するモノが他にもたくさんあってセイネリアのためにそれらを全て捨てられないのに対し、セイネリアは彼以外を全て捨てられるからだ。
 ただ……今言ったセリフには『お前がお前である限り』という前提条件がつく。彼が彼でなくなったなら、それは彼を失ったのと同じ事になる。シーグルがシーグルであるためにはセイネリア以外を大切に思うその気持ちは必要なのだ。だから、足りないと感じているくらいで丁度いいとも思っている。

「お前はどれだけ強欲なんだ」
「お前に関してだけはな」

 それにシーグルはじろりとこちらを睨んでから溜息をついた。

「……知ってるさ。俺以外に関してだと、お前は見た目に反して欲がない」

 セイネリアは喉を鳴らす。

「俺が地位や権力、贅沢なんてモノに欲を持っていたら、とんでもない事になってたぞ」
「確かに、全部お前の元に集まっただろうな」
「それだけじゃない。きっと、どれだけ何を手に入れても『足りない』と思っていたに違いない」
「迷惑な男だな」
「だから今くらいがちょうどいいのさ。迷惑なのはお前だけだからな」

 そこでまたシーグルは溜息と共に頭を抱えた。





 それから数日後の次の登城日、いつも通りシーグルは摂政の執務室前でセイネリアの話が終わるのを待っていた。だがそこに、やはり様子を見に来たらしい馬鹿貴族がまたやってきた。
 さすがに今回は話しかけて来なかったが、それでも何やらこそこそ2人で言っているのは不快な事この上ない。一応建前程度の用件とはいえ、彼らも次にロージェンティと会う約束をしているようなのでいる事自体に文句をつける訳にはいかないが、近いところに彼らがいるのを耐えるのがきつかった。兜をがっちり被って顔が見えない状態でなければ、馬車まで戻って待っていたかもしれない。
 しかも今日はいつもより少しが話が長引いていて、セイネリアはなかなか部屋から出てこなかった。
 そのせいもあるのか、連中が楽しそうに笑いながらこそこそ話すのが目障りでたまらなくて、やっと扉があいた時にはシーグルは安堵したと同時に何故そんなに時間がかかったのかとやってくるセイネリアを睨みつけた。顔は見えないだろうが、彼なら気づいた筈だ。
 案の定、やってくる彼の仮面の下の口元は笑っていて、いつも以上に悠々と歩いてくるとそのままシーグルの前を通り過ぎて廊下に向かう。シーグルはいつも通り彼の後ろについたが、すぐに小声で彼に聞いた。

『今日は随分と話が長かったな』
『ちょっと別に話すことがあったからな』
『そのせいであの連中がまたへんに勘ぐっていたぞ』
『気にするな、どうせもうすぐ何も言わなくなる』

 その言い方からすれば、セイネリアが何か手をまわしたか、それとも何か計画している最中なのだという予想が出来る。

『もしかして今日の話が長かったのは、そのせいか?』

 なんとなくそんな気がしてい聞いてみれば、セイネリアはククっと喉を鳴らした。明らかに何か企んでいる。

『まぁな。……あぁそうだ、久しぶりに来週の夜会には出席するぞ』

 つまり話の流れからして、その夜会で何かするつもりなのか。今日はロージェンティとそれについて話していたから長くなった……という予想はおそらく間違っていないとシーグルは思った。

『今回は招待人数も多く、特に皆、必ずパートナー連れで来るように言ってある』

 聞いた途端、シーグルは思わず顔をこわばらせた。だがシーグルが何を考えたのか察したセイネリアがすぐに言ってくる。

『安心しろ、今回の俺のパートナー役はカリンだ。お前は部下として後ろに控えているだけでいい』

 シーグルは思い切り安堵した。その理由は勿論、パートナーとして女装しろ、と言われなかったからである。前科があるので、今回もまさかと思ったのだ。

『勿論、お前がパートナー役をやってくれても構わんが』
『ふざけるな』
『やってくれるなら帰ってからダンスの練習だな』
『や・ら・な・い』

 小声でも力強く返せば、セイネリアは楽しそうに笑う。
 おそらく今回は本気でやらなくていいのだとは思うが、こちらを揶揄って楽しんでいる男をシーグルは睨んだ。

――そもそもこいつが俺に女装をさせたがるのは、俺が嫌がるのを楽しみたいからじゃないか。

 いくら顔の造形を褒められるといっても自分は女性に見える程ではない。更に言うならいくら細いといっても肩はあるし筋肉はあるし体形は完全に女性と違う。前に無理やりやらされた時は、肌の露出が少ないドレスにして顔は化粧で誤魔化したが、身長のせいもあってやたら悪目立ちしていた。セイネリアは横にいるのが自分だから気にするなと言っていたが、更に目立っていたのは間違いない……忘れたかった事を思い出してシーグルとしては顔がどうしても引きつるのだ。

『冗談だ。実際は残念だが今回の役はカリンじゃないとならなくてな。ちなみにダンスもない。摂政殿下主催で芸術家や貴族向けの職人を呼んで彼らの紹介がメインだ』

 成程、ロージェ主催なら人が多いのも分かる。ただそういう意図の夜会にセイネリアが出るのは不自然に思われるのではないかとシーグルは思った。……まぁセイネリアの事であるから、その辺りもどうにかするとは思うが。

『お前がわざわざ出るような夜会には思えないな』
『まぁ、当日を楽しみにしていろ』

 ともかく、セイネリアは夜会についてそれ以上の詳しい説明をしなかったので、今回シーグルとしては特に何もしなくていいのだろうと判断した。どうやらロージェと結託しての計画らしいし、自分はただの傍観者でいいという事だろう。この2人が計画して失敗する事はあり得ないし、心配する事もない。

『分かった、楽しみにしておく』

 だからそう返して、シーグルは言葉通り当日を楽しみにする事にした。




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 ってことで、やっと次回から馬鹿貴族さん達を痛い目に合わせるお話になっていきます。
 



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