噂好き共の末路




  【2】



 摂政であるロージェンティは、立場に相応しい威厳ある声で目の前の人物達に告げた。

「報告は確かに受け取りました、以上ですね?」

 それで頭を下げた二人は、いつもならそれですぐ退出する筈だが今日は顔を見合わせてからこちらを見て口を開いた。

「時に殿下、将軍とのお話し合いで人払いをするのはどうかと思うのですが」
「はい、よからぬ噂を立てる者がいますので、他にもどなたか同席して頂いた方がよいのではないかと」

――よからぬ噂を立てている本人が良く言う。

 したり顔で言ってくる連中に虫唾が走るが、ロージェンティは表情を変える事なく平然と返す。

「やましいことなど一つもないので問題ありません。言わせたい者には好きに言わせておけばいいのです」

 どうせ彼らの狙いは、セイネリアと自分が貴族達の動向について情報交換するのを阻止する事である。この手の噂を流している連中は、摂政と将軍の間でヘタな取り決めをさせない事、そしてゆくゆくは将軍の失脚を狙っている。それに頭の軽い馬鹿共が踊らされて興味本位で噂を広めているという状況だ。

「そもそも人払いと言ってもあなた方を待たせておける程度の短い時間です、馬鹿な連中が想像するような事などどうやって出来るというのでしょう?」

 そう言われれば、2人は気まずそうにちらちらと互いを見る。

「それは……その、互いの気持ちの確認くらいは出来る訳で……」

 今日の連中は随分食い下がる。こういう馬鹿には、時には同じ下種のレベルまで下げてハッキリ言っておくのもいいかもしれない。

「言っておきますが、特別な行事がない時に将軍が夜に城へ来た事がないのは誰でも知っている事です。つまり私が将軍と2人だけで会う機会は、先ほどのような面会の時だけです。それとも子までいる私が、小娘のおままごとのような気持ちの確認とやらだけでずっと下種共が想像しているような関係を続けていられるとでも?」

 そこまで笑って言ってやると馬鹿共は青い顔をして焦って頭を下げた。

「お、おっしゃる通りです。そんな時間などありませんな」
「えぇ、馬鹿な噂を言う者達には、そう言って怒っておきますゆえ」

 さすがにこの状況でまだ食い下がる程馬鹿ではなかったらしく、2人はそこから逃げるように出て行った。これだけしつこかったという事は、彼らの上に指示した者がいると見ていいだろう。最近は将軍にあからさまな悪評を立てる者も減っていたが、まだ諦めていない者達もいるらしい。

 そろそろそういう連中を思い知らせておく必要があるか、と摂政ロージェンティは考えていた。






 
 この国の国王である少年は、将軍セイネリアの姿が見えると全部を放り出してまっしぐらに駆け寄ってくる。

「しょーぐんっ」

 そうして迷いなくこの国で一番恐ろしい男に全力でぶつかって抱き着いていく。勿論、どれだけ勢いをつけようが、セイネリアならほんの僅かでもよろける事などない。

「母上とのお話は終わったの?」
「あぁ、終わった。お前の顔を見たら帰る」

 言いながらセイネリアはシグネットを片腕で抱き上げた。少年王は慣れたように彼の肩に掴まる。シーグルは一歩引いたところで見ているのだが、シグネットの喜びようは父親に会えた子供のそれだといつも思う。

「えー、すぐ帰っちゃうの?」
「あぁ、こっちでの仕事はないが、将軍府には仕事が残ってる」
「ちぇ、俺の剣見てもらおうと思ったのにっ」
「俺に見てもらうには10年早いな、今は大人しく先生の指導に従ってろ」
「えー」

 いかにも駄々っ子のように頬を膨らませるその顔は歳よりも幼く見える。というか、公の席では基本は年齢以上に見える大人びた態度を取るシグネットだが、時折こういう幼い表情をして大人を上手く操っているところがある。シーグルとしては我が子ながらその要領の良さに感心するくらいだ。勿論セイネリアの前では完全にその幼い顔の方ばかりで全面的に甘えているから、こうしてやたらと子供子供した態度になる。

 教師フェゼントや護衛官達、側近候補のランの息子達としては、当然将軍に何か言える訳もないし、基本はシグネットに甘いのもあるからこの時ばかりは文句を言わない。だからこそ増長しすぎないかシーグルとしては心配なところだが、一応セイネリアもシグネットのずるさを分かっていて適度に叱ってくれていた。

「せめて先生から一本とれるくらいにならないと、俺が見てやる意味もない」

 それにぶーと膨れるシグネットだが、唐突にこちらを見て顔をぱっと明るくさせる。

「じゃ、レイリースは? レイリースなら見てくれるよね」

 そこでセイネリアはシグネットの頭をぐしゃぐしゃと混ぜる。当然シグネットは文句を言って騒いだ。

「レイリースに見てもらうのも、先生から一本取ってからだ」
「えーそれじゃ、将軍と一緒じゃないかっ」
「当然だろ、あいつは俺に勝った事があるんだから。それともレイリースから一本取ったら俺が見てやると言った方がいいか?」

 それにはシグネットは不満そうながらも黙る。

「陛下、そうなったら一生将軍様に剣を見て貰えなくなりますよ」

 遅れてやってきたメルセンがそういうと、更にシグネットはぷくっと頬を膨らませてから怒鳴る。

「分かってるよっ」
「なので陛下、授業をさぼらずに先生の指示に従ってくださいませ」

 セイネリアが笑って、シグネットを地面におろす。そうして未練たっぷりに将軍を見上げる少年王に、すこし屈んで言ってやる。

「今のお前はその立場に相応しい人間になるために、たくさんの事を詰め込まなくてはならない歳だ。だからまだ上を見上げずに、まずは与えられた事を全部こなしてみせろ」
「はぁい」

 シグネットはまずセイネリアの言う事は聞く。多少抗議する事はあっても、最後は謝るか、はい、しかない。子供心にも、セイネリアは甘えてもいいが逆らってはならない人物だと分かっているのだろう。

 だからその後、城を出て馬車に乗ったところで、思わずシーグルは彼に言ってしまった。

「お前、父親はいなかったんだよな?」
「あぁ、そもそも誰か分からん」
「なのになんで、あんな完璧な父親役が出来るんだ」

 いつも通り、馬車に乗った途端こちらの兜を外して頬を撫ぜてきた男は、そこで手を止めてまじまじと顔を見て来た。

「お前が父親でもいい父親になったろだろ」
「俺だったら多分、厳しくしてばかりで反発されていた」

 実際、自分が父親でいたならここで叱っていた、という場面に何度もあった事がある。だがどの時もセイネリアは静かに言い聞かせるだけでシグネットを反省させていた。
 
「お前のように自分に厳しい人間は、他人には優しいくせに、身内には厳しくなるからな」
「お前だって自分に厳しいだろ」
「なら、人を使い慣れてるかどうかだな」

 と、それを言われるとシーグルは反論できない。シーグルだって部下を連れてそれなりの期間騎士団でやっていたが、セイネリアの部下の使い方の上手さを見ると自分の自信なんてものはなくなる。
 それで内心少々落ち込んでしまった訳だが、そういうのにすぐ気づく男はシーグルの体を抱き上げると自分の膝の上に座らせた。

「ちょ、おいっ、やめろっ、お前なっ」

 それから彼は後ろから抱きしめる体勢でこちらの耳元や頬に何度もキスをしてくると、いつものように頭に鼻を埋めてから言ってくる。

「俺に父親がいた事はなかったが、親父のように接してくれた師は2人いたからな、どちらも師としては最高の人間だったから、そのせいだ」

 セイネリアの師といえば、シーグルにもすぐ思い浮かぶのは森の管理人で樵で狩人だったという人物だ。

「それは、例の森の番人だったという……」
「あぁ、そいつと、あとは俺が従者をした騎士だ」
「あぁ……」

 言われれば、セイネリアが騎士の称号を持っているなら、騎士の従者をしていた時期がある筈だった。話しからすれば、金で許可書を売ったり従者を奴隷扱いするクズではなく、立派な人物であったのだろうと思う。

「そうか、そんなにいい師だったのか」
「おそらく、俺にとってはこれ以上なく……な。今の俺がいるのはその親父共がいたおかげなのは確かだろうさ」

 なんだかいつでも偉そうな彼がそんなに素直に相手を褒めるのが珍しくて、シーグルは思わずクスリと笑ってしまった。

「どうした?」

 当然、そう聞かれたから、シーグルは笑ったままいう。

「お前がそこまで他人を褒めるのは珍しいだろ」
「そうか? いつもお前の事ならいくらでも褒めてるだろ?」
「……俺は別だろ」
「まぁな」

 そうして彼はこちらを押さえつける勢いで抱きしめると、動けない状況にしてしつこく顔のあちこちにキスしてくる。

「おい、やめろ。いい加減に……」

 怒ってみせても彼は笑っていて取り合ってくれない。だから少し本気で抵抗するつもりで、顔を目いっぱい後ろに向けて彼を睨んだ。

「お前絶対、その最高の師達からしたら、生意気で偉そうなクソガキ扱いされてたろ」

 セイネリアは一瞬だけ目を見開いて、それからこちらを拘束する腕を離して声を上げて笑い始めた。

「ああ、確かにその通りだ」

 何がそんなに楽しいのか、笑うセイネリアをシーグルは不審そうに見ている事しか出来なかった。




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 ロージェ側の話+将軍と側近時代の話ではお約束のいちゃいちゃシーンでした。
 



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