お・ね・が・い




  【2】



 レイリースが騎士団やら冒険者やら、クリュース国内で武器を持って戦う者達の間では実は相当の人気がある……というのは勿論セイネリアは知っていた。レイリースを大好きなシグネットは勿論、周囲の人間の反応で分かっていたし、国内情報に常に気を配っている将軍府の面々も当然分かっている。

――分かっていないのは本人だけというところだ。

 シーグルはなんというか、シルバスピナ時代から自分が褒められていたり評価されている部分に関しては鈍感だ。自己評価が低いというより、常に上を目指しているから賞賛の言葉を真に受けない感じだろうか。
 前に宮廷内で自分を待っている間、兵士達に取り囲まれて憧れのまなざしを向けられて質問攻めにあった時も、彼はえらく疲れた様子でこう言っていた。

『参った……。貴族だった時ならまだしも、今の立場でもあんな風に持ち上げられまくるとは思わなかった』

 貴族時代にさんざんおべっかにうんざりしていたせいなのかもしれないが、褒められまくるのはシーグルは苦手らしい。

『俺に勝ったんだ、兵共からしたら無条件で尊敬の対象だろ』
『そう言ってもやっとお前に一回勝てただけだぞ、お前より強い訳でもない』
『その一回でも勝てる人間、お前以外いないだろ』
『ならなんでお前は恐れられるばかりであぁいう目で見てくる奴が少ないんだ』
『それはな……俺もただの冒険者時代だった時はあの手の質問攻めにあった事もある。だが今はとにかく怖い将軍様だからな』

 シーグルは納得いかないという顔をしていたが、それでも彼も実際は分かっているのか、溜息をついてこう呟いた。

『お前は別格過ぎるからな』

 セイネリアの強さは『人の手の届くものではない』レベルだと思われている。だがシーグルの強さは『人が届く範囲』内の強さだと皆分かっている。だから教えを請いたいのはシーグルの方になるという訳だ。
 実際自分の強さの中にインチキが入っているのを分かっているセイネリアとしては当たり前だろうなと思うところだ。

『あとはお前が俺より礼儀がちゃんとしてるからだろ。俺の事を影であれこれいってる連中もお前の事は褒めてるぞ』
『それは単にお前を貶めるためにだろ』
『まぁお前は平民設定の割には行儀の良さがにじみ出てるからな』
『……バレないように必要以上に話さないようにしているんだが……』

 そこで考え込むシーグルを揶揄うのはいつもの流れだが、実際身分だけではなく持っている空気感からして、セイネリア自身に話しかけるよりレイリース・リッパーの方が話しかけやすいのだ。例え全身黒い甲冑姿で顔を隠していても、今のシーグルは人を寄せ付けない感じがない。

「ま、人気者だけどあんたの傍にいっからレイリース自身ファンに付きまとわれなくて済んで助かってるってとこなんだろーけどさ」

 いい歳のくせに相変わらず言動がガキ臭い神官のその言葉を聞いて、セイネリアはその顔を見てみた。にやにやといかにも『俺は分かってる』という顔をしているのに呆れはするが、言っている事は確かに間違っていない。

――頭でなく感覚で答えを出して、しかもそれが当たっている、というタイプだな。

 言動的に似ているのもあるがエルと同類だ。エルより能天気で楽天的でガキではあるが。

「そうだな。レイリースもそう言っていた」
「真面目で堅物だしな、武勇伝を得意気に話すタイプじゃないからファンに囲まれると困るんだろ」
「お前は逆に得意気に武勇伝を話すタイプだろ」
「おう! そりゃもう褒められたら心置きなく天狗になるぜ!」

 ここまで素直なお調子者には呆れを通り越して清々しい――セイネリアは思わず喉を鳴らして笑った。

「聞く方も話す方も楽しいんだからいいだろ」
「それで気持ち良くなれるタイプならそうだろうな」

 それでもセイネリアが笑っていると、ガキ神官はガキらしく頬を膨らませて抗議してきた。

「ンな真面目に考えないで褒められてる時はいい気になっときゃいーじゃん。どうせ聞いてる側だってただの娯楽なんだしさ。向うを楽しませてやって、そのお礼として褒めてもらう。問題ないだろ」
「……お前の場合、楽しませるために話を盛るんだろうな」
「そらな、ギャラリーの期待を裏切る訳にはいかないからな。いーんだよ、どうせ向うだって全部本当と思って聞いてねーんだし」
「本気にされたらどうする?」

 そうすれば悪びれもせずに神官らしくない神官は言うのだ。

「マジでそう思った奴がいたらちゃんと訂正するって、ちゃんとワリィって謝ってな。……ま、その前に周りから俺の言う事なんて全部鵜呑みにするなって突っ込み入っと思うけどさ」

 ははは、とそうして笑い飛ばす神官を見ていて、セイネリアはなんだか妙に納得していた。

 彼の今のセリフには2つの面白い点がある。一つはホラは吹いても本気にされたらすんなり謝るという点だ。そしてもう一つは彼の仲間では彼はその程度のホラは吹くものだと思われている。そして、そう思われているのに嫌われていないという事だ。

 実はセイネリアは、シーグルの中でのこの神官の評価の高さを少し疑問に思っていた事がある。勿論その後の行動力や、冒険者内での人望、そしてなによりシグネットからの慕われぶりを見て評価は変わったが、確かに面白い人間だと思っていた。

 今のシグネットを見ていて思うのだが、こういうタイプも『上に立つべきもの』の一つのカタチなのだろう。
 セイネリアも、そしておそらくシーグルも、上に立つのならそれ相応の実力と頭があって情を廃し、全体を第三者目線で見て判断するべき、と考えている。ところがこのガキ神官はそのどれもが逆で、実力はそこまでなく、頭もそれほどいい訳でもなく、そして情で動く。ただ人を見る目があるのと、人に好かれる性格で人を動かせる。

 おそらくシーグルはこの神官のそんなところを見て凄いと思っているのだろう。シーグルにはこのガキ神官みたいな行動はとれない。褒められて浮かれる事も、ちょっとした悪戯や我が儘を言うのも甘えるのもシーグルにはマネ出来ない。けれどそれがまったく嫌に感じず、本人も、周りも楽しそうでいるのを見て、息子にもこうなって欲しいと思ったのだろう。

 それは正解だったと今、セイネリアは思っている。

 この神官を見て育ったシグネットは、確実に皆から愛される王になる。今の性格と周りにいる人間からして、大人になってもそれが変わらないだろうことが確信出来る。

「自分が悪いと思ったら素直に謝るのはシグネットにも教えたのか?」

 そう聞いてみれば、褒められたら素直に得意げになると自分で言っていた神官は胸を張る。

「おうよ。それだけはガキん時からすっげー言い聞かせたからな。我が儘や悪戯はしてもいいが向うが困ったらちゃんと心から反省して謝るんだぞってな!」
「我が儘や悪戯は多少窘めておいてほしかったがな」
「ぇー、適度な我が儘や悪戯は親愛の表現みたいなもんだろ、シグネットの場合なら普通まず王様相手って事で緊張ガチガチで接する奴ばっかなんだからさ、その王様からかわいー我が儘言われたり悪戯されたら、ぐっと親密度アップ間違いなしだろ」
「……まぁな」

 それは確かに間違っていない。呆れつつも感心していれば、そこで神官は少し人の悪そうな笑みを浮かべた。

「それにシグネットはあのシーグルそっくりの容姿だからな、あれで甘えられたり謝られたりしたらマトモな感性の人間ならころっとほだされるに決まってる。俺の可愛さでもかなりそれで世の中渡れたんだから、シグネットなら無敵だろ」

 ふっふっふ、とおそらくわざとだと思われる『悪い笑み』でいう彼に、セイネリアもまた声を出して笑ってしまった。

「間違いない」

 言えば、神官も、だろだろ〜、と得意気に言ってくる。まぁこの神官の場合、セイネリアに対してこんな言葉遣いで気楽に話しかけてくるようなところからして度胸だけはただものではないのは確かだ。

「でもまぁ今のシグネットを見たら、いい子に育ったってシーグルから礼言われる自信あるぜ、俺はさ」

 それをこちらをちらっと見ながら言ってくる辺り、レイリース=シーグルであることは確かに彼は分かっているのだろうと思う。シーグルから言われていたから驚きではないが、きっと彼の場合は理論や証拠なんて関係なしに直感で分かってしまったのだろう。
 だがそれをこの神官は周りにばらす事はない。それはシーグルの性格を分かっていて、おそらく……あのシーグルが隠すくらいなら事情があるに違いないと思っているのだろう。どうでもいいことには口が軽くなるこの神官だが、大事な事にはちゃんと口が固いし責任感は強いとシーグルも言っていた。

「そうだな。きっとあいつならお前に頭を下げて礼を言うだろうよ」

 そう返せば神官はまた得意気にニカっと笑って、だよな、と言った後にシグネット達の方を見た。




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 次回はシーグルの話、かな。
 



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