お・ね・が・い
最終話の競技会の暫く後くらいのお話。



  【1】



 ウィアの現在の肩書は王様の筆頭家庭教師で更に王様の伯父の恋人だ。いや、後者の肩書は全く全然公的なモノではないが、ウィアにとってはそちらの方が重要である。だから王様――シグネットに関しては、自分の教え子というより義理の甥っ子を見ているような感覚が強かった。

「ウィア、レジーネさんがまた落ち込んでましたよ」
「え? またかアノヤロ、ったく悪ガキは仕方ねーな」

 反射的にそう言えば、フェゼントが黙って自分の頭を押さえた。ウィアは咄嗟で手を口で塞ぐ。流石に常習犯で毎回の事なのでウィアも自分で今の発言がまずかった事は分かっていた。
 ちなみにレジーネさんというのはシグネットの部屋係の侍女さんである。シシッド卿の次女という育ちのいいお嬢さんなため、人が良すぎてシグネットに軽い悪戯をされてはオロオロする……というのが日常茶飯事になっていた。いやまぁ確かに、その悪戯の発想はウィアそっくりだったりするが勿論ウィアが指示したりはしてない。

「ウィア……陛下の事をアノヤロとか悪ガキとか言うのは貴方くらいです。それに……レジーネさんが落ち込む原因は大抵ウィアが関わってるじゃないですか」
「はは……ついなぁ」

 フェゼントはため息をつく。ウィアは頭を掻く。ここがウィアとフェゼントの二人しかいない自分達の部屋だというのもあってちょっと気が抜け過ぎていたという自覚はある。でもなぁ……とちょっと思いなおして少しだけ反論してみた。

「でもさー、かわいー甥っ子に対する愛ある呼び方なンだからさ、二人の時は許してほしいな、とか」

 ちょっと上目遣いで甘え声で言ってみれば、フェゼントはまたため息をついた。

「確かに二人だけなら私が聞き流せばいいだけですが、普段それを許していると公的な場でポロッと出てしまうものです。ウィアの事をあまりよく思っていない方もいるのですから、そういう方の耳に入るとあとあと摂政殿下が責められる事になります」

 実をいうとウィアが『宮廷にふさわしくない』『陛下の家庭教師としてふさわしくない』という声が上がったのは一度や二度ではなく、ロージェンティに直接抗議が行ったのも一度や二度で済んでいなかった。
 それでもロージェンティは生前のシーグルとの約束だからというので全ての進言を却下して、ウィア自身にその抗議内容を言ってきたことはなかった。

「とにかく、摂政殿下が庇ってくださると言っても調子乗り過ぎはだめですよ」

 と愛する人から言われたたら、ウィアだって素直に謝るしかない。

「分かった。気を付ける」

 自分でも神妙な顔をしてそう答えれば、フェゼントは苦笑したあとまた軽く肩を竦めてこちらに背を向けた。

「ならいいです、お茶にしましょう。ラークからいい匂いのハーブをまた貰ったのでケーキを焼いてみたんですよ」
「おー、さっすがフェズ楽しみ〜」
「美味しかったら、次のお茶会に作っていきましょう」
「新作かぁ、シグネットが喜ぶぞ〜」

 そこでまたフェゼントが足を止めた。

「ウィーアっ」
「……ごめんフェズ、陛下、だよな」

 フェゼントはやれやれと眉を寄せる。それから彼は少し考えてから、迷うようにまた言ってきた。

「それと……ウィア、その、そうやって上目遣いで『お願い』という感じのポーズは、ウィアの歳ではもう止めたほうがいいと思います。あ、勿論私にだけなら問題ありません。ですが……他の方からみると、変な目で見られる事もあるんじゃないかと、思い、ますので」
「あー……」

 それにウィアは笑って誤魔化しつつ顔をひきつらせた。
 いや俺も流石にこの歳じゃ痛いかなーって思ってたんだけどさー……なんて思っていてもついやってしまうクセというか慣れというか、確かにこれはマズイかな、と思ってはいる事だったので。








 王様の筆頭家庭教師、なんて御大層な名がついているが、実をいうとちゃんとした勉強を始めて以後、ウィアの仕事はかなり減った。そりゃ勉強が始まる前はほぼ一日付き合っている子守役だったが、まともな勉強となるとウィアには出来る事がほぼないのだ。剣や帝王学なんかは勿論、語学や、地理学やもろもろ専門分野の勉強は専門家が教えた方がいいのは当然で、かろうじて授業としてウィアが行うのはパ神官としてリパの教えについての勉強くらいだった。神官としては胸を張って不良神官だと言えるウィアだが、これがなかったら授業項目なかったわ、という状態だ。

 とはいえ勿論仕事がない、という事はない。

 授業がない時やその前後時間のシグネットには基本ウィアがついてる(大抵フェゼントも一緒だ)ので、やっぱりなんというかこれは実質は子守役みたいなものだろうと思う。筆頭家庭教師なんて名前のくせに、授業のスケジュール管理なんてしてないし、他の先生とのやりとりとかもほとんどないしと自分の『先生』としての立場にはウィアでさえ最近ちょっと疑問が湧く。

 まぁとりあえず、そういう訳で授業がびっちり入っている昼間はウィアは割と暇なのだった。

 こういう時は大抵マメなフェゼントの傍にいて、手伝いやら彼をただ眺めていたりするのだが、今日の彼は貴族連中の食事会に招待されていないのだ。だから暇を持て余したウィアがロクな事をする訳がなく、自作した城の抜け道マップに新たな道を入れるため城の探検をしていた訳なのだが。

――げ、なんでまたあいつが。

 新しい抜け道だと思ってやってきた塔の屋上に、どーんとありすぎるくらい存在感のある黒い男がいたのだ。

「なんでここにあんたが……」

 呟けば、おそらくこちらが階段を上がってきてる段階で気付いていただろう男は、こちらを振り向きもせず答えた。

「それはこっちのセリフだ。こんなとこでサボってていいのか、センセイ?」
「サボってんのはあんたもだろ」
「俺は用事を済ませた後の自由時間だ」
「俺も今は空いてる時間だよっ」

 そうすれば黒い男――この国の将軍様であるセイネリア・クロッセスは振り向いてこちらを見た。

「確かに、シグネットは剣の勉強中だから、お前の仕事時間じゃないな」
「知ってて言ったのかよ性格わりぃ」
「俺の性格がいいとでも思っていたのか?」
「……いや、だけどよ」

 お調子者でおしゃべりで勢いで押し切るタイプのウィアでも、この男だけはこちらのぺースの持って行くのは無理だ。なんとなく気まずくて、セイネリアが先程までそうしていたように外壁の上から下を眺めると、そこには剣の勉強中のシグネット達の姿が見えた。つまりこの将軍様は、ここから勉強中のシグネットの姿を見ていたという事だろう。

「なんだよ、だからあいつが今剣の授業中だって分かったのかよ」
「まぁな」

 それからすぐにウィアは今、そこにいる面子が少し違う事に気が付いた。今シグネットに剣を教えているのはエギック・レアというファンレーンの部下なのだが、その傍に見慣れた黒い甲冑の人物がいて、その人物がお手本としてなのか剣技を見せているようだった。

「あれ?」

 それが誰か分かった時点でウィアはセイネリアを振り向いた。
 黒い男もその時にはシグネット達をまた見ていたが、彼が見ているのが本当はシグネットではなく黒い甲冑の人物だろうというのにすぐ思いついてちょっと笑ってしまった。

「なぁんであんたの側近さんがあそこにいるんだ?」

 にかっと口元を緩ませて聞けば、皆が怖がる将軍様は淡々とした口調で教えてくれた。

「シグネットとあの先生に頼み込まれて、レイリースが『お手本』を見せる事になった」
「あんたはいかねーの?」
「俺が行ったらシグネットがはしゃいで訓練にならないし、そもそも『先生』が緊張でぶったおれるだろ」
「ははは……違いねー」

 想像したらククク、と含み笑いが出てしまうウィアだったが、そこで唐突にピンと来た――おそらくこの男は拗ねているのだと。
 ウィアはあのレイリースという騎士が本当はシーグルだと分かっている。99,999999パーセント間違いない。とすれば、不本意ながらも彼と離れなければならなくなって――しかもシーグルだったらこの男に彼がさっき言った理由で来るなといいそうだし――仕方なくこんなところからこっそり見るしかないという状況で拗ねている、と考えればすごく納得できるのだ。
 勿論、いくらお調子者のウィアだって、そこでそれを本人に言って揶揄う程命知らずではない。……にやにやはしてしまうが。

「知ってるかー、レイリースは実は無茶苦茶人気者ってか教えを請いたいってファンがいっぱいいるんだぜー」
「知ってる。なにせ俺に勝ったんだからな」

 言っている彼の口元は笑っていた。仮面で顔がちゃんと見えないのが惜しいところだが、ウィアの予想では嬉しそうに笑っている筈だった。
 ……普通なら、自分が負けた勝負の話をしたら不機嫌になるのに、だ。

「そーよ、最強の将軍様に勝った男って事でな。ただいつでもあんたの傍にいるし、あんたの部下だからあんたに許可とらないとならないだろうしって事で、皆へたにレイリースに声掛けられないんだぜ」
「勿論、それも知ってる」

 やっぱりそれも笑みと共に。これは嬉しそう、というより、得意気ってやつなのかなとウィアは分析した。




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 ウィアとセイネリアの交流(?)話。そんなに長くならない予定。
 



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