仮面と嘘と踊る人々
※この文中には性的表現が一応あります……が、そこまでちゃんと書いてはいません。




  【12】



「あっ、うぁ、う、う、あ、ぁ」

 動き出した瞬間は声を上げたものの、すぐにシーグルはきゅっと口を閉じて声を抑える。
 意地っ張りめ――そう思いつつも、その意地を張る彼が好きなのだからしようがない、とセイネリアは彼を抱く時にいつも思うのだ。

 シーグルは自制心があり過ぎるから、余程の事情があるか、意識が飛びかける等正気でない状況にでもならないとそうそう素直に喘いでくれたりはしない。ただそうやってあくまで意地を張る彼が愛しくて堪らないから、セイネリアも普段はあえてその意地をぎりぎり通せるくらいに加減をしていた。……まぁたまにセイネリアの方が抑えが利かなくなってやりすぎる事もあるが、そういう時も謝れば基本的にはシーグルに暫く拗ねられるくらいで済む。勿論、何かどうしても嫌な事情が彼にある時はこちらも自制する、というのは絶対だが。
 流石にセイネリアもここまでに何度か失敗を犯しているから、彼が許せないと思うような事だけは絶対にしないよう自分を抑えている。

 とはいえ、今日は自分を抑えるのが少しきつい。

 油断をすると乱暴に彼の中を突き上げてしまいそうになるから、セイネリアはシーグルの固く閉じた瞼にキスをした。

 シーグルの顔や体のあちこちに触れるだけのようなキスを何度もするのは、勿論彼が愛しく堪らなくて感情が抑えきれないというのがあるのだが、実はそうやって彼に触れる事でセイネリア自身で自分の感情をどうにか抑えているというのがある。
 彼が欲しすぎて、彼が愛しすぎて、このまま彼を貪ったらマズイ事になるとそう思った時に、自分を落ち着かせるために優しく何度も彼に触れる。それで自分に言い聞かせるのだ、何故彼をこんなにも欲しいと思うのかを忘れるな、どれだけ彼が大切で愛しいのかそれだけを考えろと。
 彼を抱く時は絶対に自分を手放して暴走する訳にはいかない。彼を壊すようなことは絶対にあってはならない。サーフェスの予想通りであるなら『愛しい』という思いだけで彼を抱くのなら問題ない筈ではあるが、それでも欲が先行して剣に付け入られるような隙を作る訳にはいかなかった。

――こいつはまた、しつこい、とでも思っているんだろうがな。

 ただそれでいい、彼が自分に少しでも恐怖を感じるような事があってはならない。だからセイネリアは感情が高ぶりすぎた時は彼にしつこいくらい触れるだけのキスをする。……勿論、彼が嫌がったり照れたりするやりとり自体を楽しんでいるのも確かではあるが。

 そうして彼に触れて自分を落ち着かせ、彼を愛しいのだとそれだけを自分に言い聞かせてから自分の欲を追う。彼の中を楽しんで、苦しそうなその顔を愛し気に見つめながら熱を求める。

「う、あ、ぁ、ぁ……」

 耐えていた唇が開いていき、その開いたままの唇から動く度に声が漏れるようになってくる。
 目を固く瞑って耐える顔を見て、その目じりからこぼれる涙を舐めとって、額にキスして、ずっと彼の顔を見つめたまま欲を追うのは欲に夢中になりすぎないためでもある。荒い息と、小さな彼の喘ぎと、肉と肉がぶつかる音だけが響く中で、彼の顔を眺めながら心と体の両方が満たされるのを感じて熱を開放する。

 その瞬間は幸福以外の何物でもなかった。

 とはいえやはり、今日は感情が高ぶり過ぎていた。終わった後ぐったりとして暫く動かない彼を見下ろして、セイネリアは正直やり過ぎたなと後悔した。

「シーグル?」

 意識までは飛ばしていない筈だがとそう思って呼んでみたら、閉ざされていたシーグルの瞼が薄く開いた。細く現れた彼の深すぎる青い瞳がちらとこちらを見る……が、それはまたすぐに瞼の中に消えた。
 セイネリアはそれに少しほっとして、彼の額に口づけて言った。

「すまない、今日は少し……やり過ぎた」

 そうすればシーグルは目をつぶったまま軽くため息を付いた。セイネリアもこういう状況が初めてでもないから分かっている、これは『意識はあるが、疲れ切って文句をいう気力もない』という反応だ。
 とはいえ彼が怒っているのも疲れているのも行為のせいだけではないだろうから、ここで謝っても優しくしても丸く収まる問題ではないともセイネリアには分かっていた。明日、時間がある時にでも改めてきちんと全部の内訳を話して謝る必要がある。

 ただセイネリアにとって問題なのは、シーグルの疲れぶりから見るに今夜はこれ以上付き合ってはくれないだろうという事だ。そしてセイネリアとしては今日はこれで終わりとなるとかなりツライ。だがもしここで調子に乗って続きをすれば、シーグルが拗ねるどころではなく本気で怒るのは確定だった。

 となればやれる事は限られる。

 セイネリアは静かに顔を落とすとぐったりと寝ているシーグルの右肩にキスをした。そのまま腕にキスをして少しづつ下りて手の甲にまで。5本の指先全てにまでキスをしたら、今度は戻って耳元、首、胸元、胸、左肩。唇に触れる彼の体の感触を愛しむように、時折軽く肌を吸えばその肌がピクリと揺れる。こうして事後のぐったりしている彼の体のあちこちにセイネリアがキスするのは珍しくなく、彼も暫くは文句も言わずされるがままになっている。それでもさすがに体をなぞるように丹念にくまなくキスをしていれば彼が少し苛立ってきているのが気配で分かった。そこで腹筋の辺りまでキスが下りてくれば、シーグルも流石に声を出した。

「お……い、いつまで……」

 怠そうにそれだけを言ってきたから、セイネリアは下腹部の辺りをすっと舌を出して舐めた。そうすれば今度は肌だけではなく足がピクリと揺れたから、セイネリアはすかさず彼の片足を軽く持ち上げた。

「おい、いい加減にしろ」

 頭を少しだけ上げてこちらを見て言ってきた彼の声はかなり本気度合が高い。これで足を胸まで持ち上げたら完全に怒るだろうからそれはやらない。単に軽く持ち上げた足の腿から膝までにキスをして、そこからまた足の指先まで下りて行く。シーグルとしてのこの状況は『本気で怒る程の事ではないが恥ずかしいからいい加減にしてほしい』というくらいの事であるから嫌がっている素振りはするが本気の抵抗まではいかない。

「セイネリア……お前、いつまでやる気だ」

 ちらと目をやると顔を赤くしてこちらを睨む彼が見えた。そういう顔もセイネリアとしては愛しいことこの上ない。だがさすがにそろそろ返事を返さないと彼の機嫌が急降下する可能性がある。

「お前、今日はもう寝たいんだろ?」

 セイネリアが顔を上げてそう言えば、シーグルは驚いたようだが言い辛そうに言ってくる。

「それは……出来れば、そう、したい、が」
「俺はまだ全然足りない」

 途端、シーグルの目が大きく見開かれてちょっと泣きそうな顔になった。

「ばっ……嫌だぞ、今日は疲れてるんだ、お前の無限の体力に付き合う気なんか……」
「だろ? ならキスくらいは好きにさせろ」

 笑って言えばシーグルは口を閉じる。

「触れてるだけだ、そのくらいは許せ」

 今度は少しこちらも辛そうに言えば、シーグルは怒れなくなる。

「……触れるだけ、だぞ」

 セイネリアは笑う。やはり彼は甘い。

「お前が嫌だと言うならそれ以上は絶対にしない」

 そうして、彼の体を愛でる作業を続行する。また足の指先全てにキスをしてから足を下ろし、もう片足を持ち上げる。無駄肉がない筋肉だけの体は、彼が少しでも感じてしまえば僅かな筋肉の動きですぐに分かってしまう。内腿にキスをすれば、足の筋肉に力が入って指先も動く。股間に近いところでわざと息を吹きかければ腹の肉がピクピク動くのを見てセイネリアは笑いたくなる。
 それでも、今日はこの手の悪戯もやり過ぎないようにするつもりだった。
 直接感じるようなところを避けて、触れられてもそこまで敏感に反応しない場所に触れていく。愛しくて大切なこの体に触れて、感じて。彼がそこにいるのだという喜びで心を満たしていく。行き過ぎる欲をそうして抑え込むのは別に辛い事でもない。少なくとも、彼に何かある心配をするよりは数百倍楽だ。

 性的な意図で触れるようなところではない箇所ばかりに触れていれば、やがて疲れているシーグルは眠くなっていく。その辺りで顔の辺りにキスしながら髪を撫でていれば、その内彼は眠りに落ちる。後は暫く彼の寝顔を眺めてから、その髪に鼻を埋めて眠りに落ちる。そんな日常があり得ない程幸せだと感じるのだからまったくしようがないと自分でも思う。

 娼館を出た後からはずっと、強くなって自分という人間の価値をつくる事が生きる意味だった。強くなれば手に入ると思っていたモノは手に入らず、最強と呼ばれた時には生きる意味を失った。生きる意味も力を持つ意味もない、ただ無為に、長い時を生きねばならないと思った時の絶望を考えれば、こんなに心が満たされて幸福を感じる時がくるなど想像も出来なかった。
 本当に欲しいものが見つかる日も、それを手に入れられる日も、訪れるなどと思いもしなかった。

 彼の体温を感じて、その寝息を聞いて、彼の匂いの中……やがていつも通りセイネリアは剣の悪夢が届かない程深い眠りに落ちた。




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 一応セイネリアサイドでのエロ、なんですが、書いてたらまったくエロくなりませんでした……すみません。
 



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