仮面と嘘と踊る人々




  【10】



 夜も遅い帰還……という事で、当たり前のようにセイネリアも執務室へと寄らずシーグルの部屋へと直でやってきた。そして入った途端抱き上げられてベッドに運ばれるまでがお約束だ。

「待てっ、まずは鎧を脱がせろっ、直にベッドはやめろ」

 言ってもセイネリアは楽しそうに笑ってこちらの髪やら首元に顔を埋めてはキスしてくるだけで、上から圧し掛かられている段階でシーグルは逃げられない。相手がセイネリアであるからシーグルも遠慮なく本気で蹴ったり叩いて引き離そうとしているが、この男の頑丈さと馬鹿力ではそれでもまったく効果がない。……まぁ、最初からそれを分かっていてるから本気で容赦なく抵抗している訳だが。

 ただセイネリアも、そのままコトに及べば後で相当こちらがへそを曲げる事を分かっているから途中でやめる。
 ある程度こちらの顔を好きにキスして楽しんでから、体を離して開放はしてくれる。おそらく、この部屋へ入った直後の傍若無人ぶりはずっと抑えていた分だから許せというところだろう。

 はぁ、とため息をついて、離れて行く黒い男を見ながらシーグルもどうにか起き上がる。本当は暫くぐったりしていたいくらいの気持ちがあるが、寝たままでいるとセイネリアがまた圧し掛かってくるおそれがある。

「お前はまるで、飼い主が帰ってきた途端とびかかってくる犬だな、こらえ性がなさすぎる。犬と違って可愛げはまったくないが」
「生憎、尻尾が振れないからな」

 嫌味のつもりをそう返されてしまったため、シーグルはちょっと想像して顔を顰めた。この男にはシーグルが思いつく程度の嫌味はまったく通じないからむかつくのだ。
 そんなやりとりをしながらも、セイネリアはさっさと鎧を脱いでいるから、シーグルも立ち上がって装備を外しだした。とりあえず今日は脱いだらそのまま放置するしかないかと思っていれば、途中からさっさと装備を外し終わったセイネリアがこちらの手伝いをしてくる。立場的にはシーグルの方が主を手伝わなくてはならないのだが、朝はまだしも、夜は彼の方がシーグルの脱ぐ手伝いをするのがいつもの事だ。

「流石に今日は風呂はいいか」

 装備を外し終わればセイネリアがそういってきたから、シーグルもそれに了承を返す。いくら湯を沸かすのは魔法粉を使えばすぐ出来るとしても、これから風呂に入るとなれば寝るのが遅くなりすぎる。
 ただそうなればなったで、セイネリアはさっさと服を脱いだと思ったらこちらを抱き上げようとしてきた。

「自分で脱ぐ、少し待ってろ」

 睨めば彼は楽しそうに笑いながら肩を竦めてみせる。
 ただそれで手を離してくれたから、シーグルは言った通り自分で服を脱いだ。
 待っていた彼は脱いだ途端にこちらの体を引き寄せる。そうして、まずはキスだ……彼の場合はこれが長いのだが……ただ、今日はそこまで長くならず、意識がはっきりしている内に離してくれたからシーグルは少し驚いた。

「どうしたんだ?」

 思わず聞いてみれば、セイネリアはベッドに向かう。

「何、今日は疲れたろ。それに……するよりまず話を聞きたいんだろ? お前は」

 さっさとベッドに乗って手招きしてくるから、シーグルはなんだか毒気を抜かれたような顔をして大人しくセイネリアの隣に寝転がった。すぐ引き寄せられて抱きしめられて、そうして額にキスをしてから、彼はこちらを緩く抱いた体勢のまま話を始めた。

「お前なら知ってるだろ、騎士団の英雄と呼ばれた前ナスロウ卿を。彼は俺の師だ。あのジジイの従者をして、俺は騎士試験の許可証を貰った」
「そうだったのか?」

 驚いて彼の顔を見れば、彼はまたこちらの目元にキスをしてくる。

「そして、あのジジイを殺したのも俺だ」

 それは苦笑と共に。シーグルは驚いたが、それにいきなり何故と聞き返しはしなかった。セイネリアは意味もなく人を殺すような人間ではない、だから大人しく彼の話を待った。

「まぁ、半分自殺の手伝いみたいなモノだ。ジジイは愛する人間を生かすためには自分が死ぬしかないと思ってた、そして死ぬなら戦って死にたいと思ってた」

 さすがに彼も前ナスロウ卿の詳しい事情までは話さない。だがおそらく死を覚悟してセイネリアと戦い、半ば自殺のようにその戦いで命を落としたとそれくらいは予想出来る。

「ジジイはその前から俺に養子になってナスロウの家を継げと言っていた。だが俺は断っていた。そうしたら死に際に、なら代理後継者になれといってきた」
「なら……それでお前が現ナスロウ卿を指名した、という事か?」
「そういう事だ」

 代理後継者というのは手っ取り早くいえば、当主に後継者を決める権限を任された者の事を言う。貴族の当主が騎士であるクリュースでは、戦場で当主が死ぬことが多かったため生まれた制度だ。
 ぼうっと彼の顔を眺めていれば、そこでセイネリアはにっと笑ってこちらの顔を抱き込んできた。

「だから現ナスロウ卿は俺にいろいろ借りがある。立場がまずくなるような頼みでなければ、大抵は聞いて貰えるという訳だ」
「おいっ、苦しいぞっ」

 唐突に顔を彼の体に押し付けられてシーグルが藻掻けば、唐突に彼の腕の力が緩む。シーグルはため息をついてセイネリアから少しだけ体を離した。そうしてまた改めて彼の顔を見れば、彼は薄く笑ってこちらを優しく眺めているだけだった。ただその笑みには少しだけ自嘲じみたものがある。

「……お前、貴族になれたのを断ったのか? しかもナスロウ家は元旧貴族だぞ?」
「仕方ないだろ、貴族なんて地位に縛られるのも嫌だったし、人から譲られるものを貰うのも嫌だったからな」

 シーグルは呆れすぎてすぐに何も返せなかった。
 騎士になる前の話なら、彼が黒の剣を手に入れる前だ。つまりまだ『ただの平民の上級冒険者』だった時で、普通なら断るなんて考えられない話の筈だ。本当にこの男は権威や地位なんてモノはどうでもよかったのだというのが分かる。

「ま、だがもしその頃にお前と会っていたら、ジジイの養子に大人しくなっていたかもしれないな」
「……そうなのか?」

 また目を丸くして聞いてしまえば、どこか悪戯じみた笑みを浮かべた男は澄まして答えた。

「あぁ、お前に近づきやすいし、俺が貴族の跡取りだったらお前はもっと素直に俺を頼ってくれたろうしな。なんならお前が結婚した後で子供が2人以上出来たら一人養子に貰ってくればあのジジイは泣いて喜んだろう」

 セイネリアの発想が分からなくて固まったシーグルだったが、分かればやっぱり呆れるしかない。確かに……元旧貴族のナスロウ家当主としてのセイネリアと会っていたら、シーグルは最初の時以上に彼に心を許して頼りにしていた可能性は高い。そして、そのまま良い関係を続けていたなら、子供が二人以上いて一人を養子に欲しいと言われたら了承していた可能性もあるだろう。なにせ、元旧貴族の家は別の旧貴族の血縁者を当主に迎えれば再び旧貴族を名乗れるのだ、とはいえ。

「……俺に近づくまではいいとして、俺の子供の話まで考えるのはどうなんだ?」

 もしもの話でそこまで先を考えられるのはどうにも彼らしくもないとも思う。不審そうに彼を見れば、誰よりも不遜な男はまた先程のような静かな、けれど自嘲を込めた笑みを浮かべた。

「ジジイは蛮族の出身だった。そしてジジイを跡取りとしたことで、ナスロウ家は旧貴族ではなくなったんだ。だからあのジジイは誰よりも立派な騎士になろうとした。養父が旧貴族の名を捨ててまで跡取りにしてくれたのはあのジジイにとっては重い枷でもあった、だから再び旧貴族の称号を取り戻せたら泣いて喜ぶだろうなと思ったのさ。騎士の誇りを取って旧貴族を捨てたジジイの養父も、シルバスピナ家の血筋なら文句のいいようはなかったろうしな」

 ナスロウ家にそんな事情があったのは……シーグルも知らなかった。確かに元旧貴族という事は知っていたが、前ナスロウ卿のその事情は聞いた事がなかった。ただ前ナスロウ卿に関しては、誰よりも強くて立派な騎士だった、とその噂を聞いていて尊敬の念を抱いていただけだ。

 とはいえ、そう言い切ってどこか遠い瞳をするセイネリアを見ていると、シーグルはなんだか笑みが湧いてしまう。これはきっと、嬉しいのだ、と思う。

「お前は、口では他人は俺以外はどうでもいいとか言っているくせに、恩がある人間に対しては義理堅いんだな」
「基本的にお前以外はどうでもいいと思ってるぞ、俺は」

 セイネリアは少しむっとした顔をして即言い返してきたから、思わずシーグルは吹き出してしまった。

「いや、お前はなんだかんだ言って、自分の側にいる人間の事はよく考えてやってるじゃないか」
「それは部下連中のことか?」
「それもある」

 やはりむっとしたままのセイネリアに、シーグルはクスクスと笑いながら答える。

「部下の能力を最大限に使うなら、本人が望む形で仕事をさせた方がいいからだ」
「だがカリンやエルが困っていたら助けられない理由がない限りは助けるだろ」
「それは当然だろ、あいつ等に何かあれば俺のやる事に支障が出る」
「それだけじゃないだろ、彼らが困っているのにそれを相談してこなかったらお前、むかつくだろ?」
「当然だ」
「何故だ?」

 セイネリアは眉を寄せる。

「……俺に話せばさっさと終わるのに、俺に話さないのが分からない」

 シーグルはやっぱり笑ってしまう。

「違うな、彼らが困っているのがお前にとって不快だからだ。お前は彼等を俺とは違う意味で大事に思っている。だから、彼等にも幸せでいて欲しいんだ。勿論彼等だけじゃない、お前は恩がある人間や気に入った人間に対しては、気に掛けて彼等の為にいろいろやってやるじゃないか。それは確かにその方がお前にとって都合がいいというのもあるんだろうが……お前が気分的に、自分が気に掛けた人間には幸福に……良い目にあって欲しいと思っているからだ。お前は、お前が思っている程冷たい人間ではないという事さ」

 自分の息子であるシグネットを喜ばせるために余興をやるのも、カリンと踊るのも、ソフィアがシーグルと踊れるようにするのも……そして、かつての師の事を思い、恩を返せなかったことを悔やむのも、セイネリアが実はちゃんと彼等に情を感じているからだ。彼はシーグルだけにしか自分の情は動かないと思っているが、ちゃんとシーグル以外にも情を感じている。

「そうなのかも……しれないな」

 自嘲じみた呟きと共に、セイネリアの手がシーグルの前髪を指で梳いてくる。

「それでもお前だけは誰とも比べられない、俺にとって特別で唯一なんだ」

 顔を近づけてくるセイネリアに向かって、シーグルも笑顔で呟いた。

「分かってる」




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 次回エロかな。
 



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