将軍府の人々
シーグルとセイネリア以外がメインの将軍府の日常話



  【8】



 まったくこいつは――といつもいつもいつもの事を思いながら、シーグルはセイネリアと荒れ地を馬で走っていた。何故こんなところでこんなことをしているのかいえば……単純な話で、会議場から抜け出してきたからだ。

 今日の予定はほぼ丸一日、自分たちの身代わりで会議に出るアウドやエルクアを遠くから見ている筈……だった。大人しくしてくれれば多少はやむを得ないと、上機嫌でこちらを引き寄せて撫でたり鼻を押し付けたり舐めたり抱きしめたりキスしたりするセイネリアの好きにさせていたのだが、暫くして彼は唐突に立ち上がると言ったのだ。

『そろそろ行くか』

 いや、行くってどこへだ?! と、シーグルが思った時にはずかずかといつも俺様ペースな男はこちらの腕を掴んで歩き出し、止めようとしたら『なら抱き上げて連れていくだけだ』と言われて仕方なく――彼と一緒に会議情から逃出す事になった。
 そもそも二人がいた席は偉い身分の者が隠れて見ている為の席であるから、人目に触れずに建物を抜け出す秘密の通路から秘密の出口まで行けるようになっている。この会議場はリパ大神殿の地下通路を経由して街の外まで行けるようになっていて、出口にはリパ神官の一人が、馬と装備を用意して待っていたという訳だ。

『お前、最初から抜け出すつもりだったのか?』
『当たり前だ、なんのために身代わりを置いてると思ってるんだ』
『今日は仮運用のようなものだろう。いざという時いつでも出ていけるように見ていないとならない』
『大丈夫だ、いざとなんぞ起こらん。何かあっても魔法使いどもが誤魔化してくれる』

 やっぱりこの男は最初から大人しく座ってみているつもりなんかなかったのだと、シーグルはそこで理解した。

『このところ自由時間がなかったんだ、こういう機会に多少はハメを外してもいいだろう』

 いやお前はたまにサボって抜け出すじゃないか――とシーグルは思ったが、考えれば確かにこのところは街を抜け出してまでというのはなかったから、彼にしては我慢をしてのかとも思う。それとやっぱり、それに続く彼の言葉にこちらも同意してしまったのもある。

『お前だって、久しぶりに思いきり馬を走らせてちょっと外まで出かけてみたいだろ?』

――とまぁ、そういう訳で、シーグルはセイネリアと荒れ地で馬を走らせている訳である。ちなみに首都セニエティの東側は暫くリパ大神殿管理の畑が続くのだが、その先は荒れ地が続いている。神殿の地下通路からの出口であるから当然荒れ地に出る事になる。
 ただこちら側はあまり道から外れたところを行く者はいないので、人にまず会わないという安心感はある。

 だから途中から、シーグルもセイネリアも顔に被るものは外していた。人は滅多にいないし……なにせこれだけ見通しがいいから、誰かがいれば顔が見えるくらいの距離まで近づくより先に分かる。

「おいっ、どこまで行く気だっ」

 前を行くセイネリアに声を掛ければ、もう少しだ、という声が返ってきた。街からはもう相当離れている上に日も傾きかけている。このままだと明るいうちに帰れないのでは思いはしたが、セイネリアの事だからそのあたりの計画は立ててきているのだろう。
 どちらにしろ、ここまで来て文句を言っても仕方ない。それに――実際、顔を外気にさらしたまま思いきり馬を走らせて風を感じて――それがシーグルも楽しかったのだ。風を肌に受けて汗が冷やされるその感触が気持ちよい。我知らず自分が笑っている事もシーグルは自覚していた。

 暫くして、セイネリアが馬を走らせるのを止めて歩かせだしたからシーグルもそれに合わせる。馬たちが荒い息を吐いているのをみて申し訳なく思いながらセイネリアが向かう方に目を向ければ、少し近くなった北の山脈と……その下に広がる草原が見えた。

「そうか……この辺りまで来ると緑があるんだな」

 山からの雪解け水が作る小川があるせいだろう、荒れ地から緑地に切り替わるその境目まで来るとセイネリアが馬を降りたのでシーグルも降りた。

「無理させてすまなかったな」

 乗せてきてくれた馬に言いながら撫でていると、セイネリアが不機嫌そうに振り向いたからシーグルは笑う。

「なんだ、馬に嫉妬か?」
「そうだ」

 それにはぷっと吹き出してしまってシーグルは手で口を押さえて笑う。
 セイネリアはそれでまた馬を引いて歩き出したからシーグルはついていく。小さな小川近くまでくれば辺りにはぽつぽつそこそこの高さの木があって、セイネリアはその中の一つの傍までいくと馬から荷物をおろした。

「今日はここで野宿か?」
「そうだ、嫌か?」
「今更文句を言っても仕方ないだろ」

 どうせ最初からそのつもりで準備万全で来ているのだこの男は。見れば彼は慣れた手つきでてきぱきと火の準備をしていて、シーグルは傍の小川に水を汲みに行く。そうして美味そうに水を飲んでいる馬達を見てから水を汲んで、セイネリアの元へ帰ればもう火がついていた。

「夕飯を軽く獲ってくる……といいたいところだが、さすがにそこまですると時間が勿体ないからな、今日は食いものは持ってきた」

 言いながら彼は次々と食べ物を袋から取り出して並べていく。肉、野菜、芋、パン、果物、酒に、チーズやら肉の燻製やら……冒険者の荷袋に詰められるだけ食べ物を持ってきたという感じでシーグルは呆れる。

「そんなに食うのか?」
「余った分は朝飯だ」

 言いながらセイネリアは肉と野菜を軽く切って、串にさして焼いたり、沸いたお湯に入れてスープを作っていく。こんな事をしているのが天下の将軍様なのだからと思うと笑ってしまうが、彼のこういう手際のよい姿を見ているのをシーグルは嫌いじゃなかった。
 焼いた肉とスープ以外は持ってきたものを並べるだけだから食事の準備は割合すぐに終わって、まもなく二人での夕飯となる。

「随分豪華だな、野宿なのに」
「野宿といっても一晩だからな、食料を何日か分に分ける必要がないから持ってるものを好きに食えるという訳だ」
「確かにそうだが」

 そこで肉の刺さった串を渡されて、シーグルは受け取って食べ始める。いつも通りちびちびと食べる自分とは違って豪快にかみ切って咀嚼するセイネリアの食べっぷりを見て笑いながら、こちらもマネして少し大口で齧ってみて、指の脂を舐めてみる。

「熱いから気をつけろよ」
「あぁ……っチ」

 焼いたイモを渡されて、それが熱くてお手玉のように上に軽く放り投げながらもてば、セイネリアが声を上げて笑った。焦げた部分を取ってイモを食べながらチーズを食べ、セイネリアは酒を飲みだす。今日は少し冷えるからお前も飲むかと聞かれて、シーグルもほんの少しだけもらった。
 食事が終わればハーブ茶を入れて、同じ布を被って体を寄せ合って炎を見つめる。こちらを引き寄せて傍にぴったりくっついているのは彼らしいが、珍しくセイネリアはそれだけで下手に手を出してくることはなく、ただ体をつけた部分だけで互いの体温を感じてぱちぱちとはぜる炎を見る。
 辺りは真っ暗だが、空に浮かんだ月がうっすらと白い山頂を浮かび上がらせて北の山脈のシルエットを浮かび上がらせている。本当に音がない静かな世界で、互いの呼吸音と火の爆ぜる音だけが聞こえる。
 二人だけの静かな世界が心地よくて、シーグルはあえて何かを言おうとは思わなかったし、セイネリアもずっと黙っていた。もし将来二人で旅に出かけたら……やはりこんな時間を過ごすのだろうかと思えば、それはとても楽しいだろうと思えた。
 だがそこで、セイネリアがぽつりと……彼にしてはあまり自信がありそうにない声で聞いてきた。

「シーグル、お前は今……というか今日ここまで、楽しかったか?」

 らしくない言い方にシーグルはセイネリアの顔を見た。揺れる火を映しているせいもあるのか彼の瞳は不安そうに揺れているように見えて、だからシーグルは笑って見せる。

「そうだな、久しぶりに思いきり馬を走らせて風を感じられたから楽しかった。こういう夜も悪くない」
「……そうか」

 それで彼も笑ったから、シーグルは思わずそんな彼を見てクスクス息を漏らして笑ってしまう。セイネリアはこちらの髪の梳いてから額にキスしてくると、そのまま頭をこちらに寄り掛からせた。

「重いぞ」
「少しだけ許せ」

 シーグルが笑って文句を言えば、彼もそう返してくる。それから彼はぽつりと……少し言い難そうに言葉を続けた。

「実はな……このところお前を怒らせてばかりだから、どうすればいいかとカリンやエルに聞いてみたんだ」

 シーグルは軽く目を見開いた。

「もしかして……それが、これなのか?」
「あぁ、好きなだけ手合わせに付き合うとか、一日お前の言う事を何でも聞くとか……一応いろいろ考えた。途中からフユはともかくソフィアやアリエラまで入ってきて、ムード作りがどうこう言いだして相談したのを後悔したが」

 シーグルはまたぷっと吹き出す。あのセイネリア・クロッセスが自分の機嫌を直すために部下にどうしようと相談して悩んだなんてどう考えてもらしくなさすぎて笑ってしまう。

「こっちなら今時期滅多に人はこないし、顔を晒しても問題ないだろうと……お前はもともと外に出て動きたいタイプの人間だから、そういう……冒険者時代のようなのは楽しいだろうと思ったんだ」

 シーグルは聞けば聞くほど口元の笑いが抑えられなくて苦労する。これがあのセイネリア・クロッセスだと思うだけで笑うなというのは無理だ。だがこの笑いはきっと、そんな彼がおかしいだけではなく、嬉しいという自分の気持ちもある事をシーグルは知っていた。

 だから精いっぱい笑って、彼に寄り掛かって、ハッキリ言ってやる。

「確かに、冒険者時代みたいで楽しかった。それと……お前が俺のために皆に聞いてまで何かしようと思ってくれたのは嬉しかった」

 そうすればセイネリアが顔をこちらに近づけてくるから、シーグルは大人しく顔を上げてやった。
 口づけは……いつも通り長くて。
 シーグルは彼に抱き着いてやってこちらからも口付けを返してやったけれど――その先については『今日は最高に気分がいいまま過ごしたい』と言って許してはやらなかった。だから、その夜はそのまま大人しく服のまま抱き合って寝る事にした。








 翌日、予定通り朝帰りをした将軍閣下とその側近は、西館側の隠し通路から将軍府内へ入ってきて二人仲良く一風呂浴びてからその日の仕事につき、一日中将軍の執務室は明るい空気だったという。

「マスターも坊やもご機嫌って感じだったっスねぇ」

 フユがちらと見た二人を思い出して呟く。

「仮面してなかったら終始にやけっぱなしよ、あの男」

 憎々し気に呟いたのはアリエラ。

「私はシーグル様が嬉しそうだったので良かったです」

 とにかくソフィアはシーグルが幸せそうなら全ていいのだろう。

「ま、結果オーライってやつだろ。俺としちゃマスターが俺たちに相談、なんてのに驚いたがよ……っていうか嬉しかったけどさ」

 エルの言う事は尤もで、確かに皆、セイネリアからの相談なんて初めてだから少し気合が入りすぎてしまった。

「まーいいんじゃない? あの二人がにこにこべたべたしてればここは平和だし、ここが平和ならこの国も平和ってことだからね」

 サーフェスのそのセリフには皆で笑って同意する。
 終わった途端ぐったりと部屋に入ってベッドに倒れこんだアウドとエルクアは今日のちょっとした犠牲者かもしれないが、これからの為に慣れなくてはならないのは確かだからそこは仕方ない。
 そうして――カリンは、楽し気に笑う皆の顔を見ながら、あの二人が楽しそうに笑っていればここの皆が笑っていられることを改めて実感する。

「ある意味、ボスとシーグル様の機嫌を保つのは、我々自身の為だからな」

 更に言うなら、彼らが平和である事は、この国どころか世界のためでもあるのだから――とカリンは心の中で呟いた。



END..
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 思ったより長くなりましたが、お疲れ様でした〜。
 最後の二人でいちゃいちゃだけでなくエロ……はやっぱりやめました。



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