春と嵐を告げる来訪者




  【9】



 セイネリアのキスはいつも反則だ、とシーグルは思う。
 なにせ経験値が違うから、彼の本気のキスをされればどうしても流されてしまう。嫌悪感があった頃ならまだ多少は抵抗出来たが、今は慣れてしまって体も頭もすぐ言う事をきかなくなる。

「セイネリアっ……待て、お前、なぁ……ン……」

 必死で抵抗しても嬉しそうに口づけてくる彼を止めるのは困難で、結局は流されるのもいつもの事だ。唇を塞がれて、舌を絡めて互いの感触を確かめあったら、後はもう慣れた彼に愛される感覚に身をゆだねる事しか出来なくなる。
 少しだけ意識が飲まれそうになった段階でシーグルが思ったのは、失敗した、というその言葉だけで。皮肉な事にここにきてやっと寝ぼけていた頭がハッキリして、自分が言った事を思い出して猛烈に恥ずかしくなっていたりしていた。

――不味い、この状況では絶対こいつは止められない。

 とは思っても彼のキスはいつでも巧くて、シーグルがその方面で抵抗出来る筈などない。だから観念して、大人しく彼に抱き着くのにはさほどの時間を必要とはしなかった。流されていればいつの間にかキスだけで時間が過ぎて……気付けばいつの間にか彼とベッドで裸同士になっているのだから、まるで魔法か何かのようだ。

「……お前、どれくらいキスしてたんだ」
「さぁ、知らんな」

 そんな一言さえ彼が浮かれているのが分かって、シーグルはため息をつく。

「浮かれすぎだろ」
「それは当たり前だ」

 そうしてまた、ただし今度は頬と目元にキスしてくる。

「今日の俺に我慢しろは無理だな」
「どうしてもといっても?」
「ならこちらもどうしてもだ、この気分でお前を思いきり感じられないのはきつい」

 言いながら髪を撫ぜてきて、また額とこめかみにキスしてくる。それからまた唇を合わせてくるから、シーグルは反論する機会を失った。

 そういえば、酔っぱらって泣き出したエルクアが言っていた――俺なんかキス強請っても事務的にやって終わりで、ほらやってやったぞって感じでさ。お前にキス一つで喜ぶ俺の気持ちが分かるのかよ――と。
 彼をやたらとキスをしてくるキス魔だと思っていたのだが、自分以外だとそうではないのだろうか、そう思ったシーグルは、だから今度はまだ意識が薄れる前に唇を離して彼の顔を見て聞いてみた。

「なぁ、セイネリア」
「なんだ?」

 セイネリアの機嫌はやたらいい。口元は嬉しそうに笑みを浮かべていて、琥珀の瞳は優しく細められている。ここまで優し気な顔を見せるのはもしかしたら自分だけかもしれないなんて思ってしまえば、正直、うれしい、とシーグルは思ってしまう。

「お前はいつもやたらキスばかりしてくるが……その、他の相手には……あまりキスをしないのか?」

 なんだか言っていて自分で恥ずかしくなってしまったから、ついシーグルは途中から彼の顔から視線を逸らした。

「それはそうだろ、お前以外にはしたくてしているキスではないからな」
「なんだそれは」

 そこで喜んでいいのかよくわからない返事が返ってきて、シーグルは思わず顔を顰めて彼を見た。

「寝る時の手順というか礼儀みたいなものだろ。まぁ好きなやつもいるから強請られたら余分にやるが、お前以外の相手とはその場で楽しんで楽しませる為の手段としてするくらいだ」

 その言葉にさらにシーグルは眉を寄せる。真っ先に思い付いたのは、なんだこの最低男はというその一言で、だがよく考えればそんなことも今更で、この男はそういう男だったと思いなおす。

「……お前、寝た相手から相当恨みを買いまくっているんじゃないか?」
「かもな。だが寝た女から本気で非難されたことはないぞ、最初から遊びだと分かっている相手としか寝ないからな」
「男ならあるのか?」
「そうだな……男の場合は犯してやった奴ならまぁ……ただ、悪態をついたり、抵抗して舌を噛んできたのはお前くらいだ」

 シーグルは頭が痛くなってきた。なにせこの手の事に関しては彼とシーグルの感覚は違い過ぎて最早議論にさえならない。なんだか腹が立ってきてベッドからけり落してやりたくなったが、これも彼が自分に対して嘘を言ったり胡麻化したりしようとしていない『誠実』な返事なだけだと思う事にした。

「お前へのキスは特別だ。お前を感じて、お前に触れたくて、しようと思う前にキスしている。正直自分でもどうにもできない」

 これまでの話で喜ぶどころではなくなっていたシーグルだったが、そうして愛し気に彼が額にキスしてくればやっぱりなんだか嬉しいのだから自分に突っ込みをいれたくなる。

「愛してる、シーグル。この言葉を本気で言うのはお前だけだ。お前は俺の一番でなく、ただ一人の存在だ」

 慣れている男は睦言が上手い、とそう呆れたくなるが、困った事にそれが彼の本心だというのも知っている。だから彼に呆れながらも、それを嬉しいと感じる自分にも呆れてしまう。

「……だがな、セイネリア。俺はそこまでは思っていない、俺はお前の一番でいい。お前はもう少し他の人間を愛してもいいんだ」

 だがそれには返事は返らず、代わりにまた唇が塞がれた。







 まったく女というのは――と、苦笑せずにはいられない。
 タニアの意味深な台詞はこれを予想していたからで、その為にシーグルに煽るような事をわざわざ言ったのだろう。
 ただ逆を言えばこれだけの状況があってやっと彼は自覚してくれた訳で、ちゃんと言葉にして言ってくれたのは半分寝ぼけていた所為かもしれない。おそらく、明日になって恥かしくなって言った事を否定したがる可能性もあるな、とセイネリアは思っているのだが。……それでも、彼がこんなに素直に言ってくれる事などまず滅多にないから、今の内にもっと言葉を引き出したくなる。現状でも十分だが、もっと彼から言葉を欲しくなってしまう。

「シーグル、愛してる」

 言って顔の数か所にキスをすれば、彼は困った顔をしながらも大人しくされるままになっていてるから、前髪をよけて真正面から見下ろして、そうして聞いてみる。

「お前は?」

 彼の青い目は更に険悪そうにこちらを睨んでくるが、目元が赤いのは隠せない。

「愛してる……さ」

 正気が残っている状態では殆ど言ってくれない言葉だから、それだけでセイネリアとしては満足ではある、だが。

「……もう一度言ってくれ」
「何をだ?」

 少し怒った声は、恥ずかしい時の彼のお約束という奴だ。
 だから今度は顔を下して、キスかと思って身構えた彼の耳に唇を寄せて言ってみる。

「俺が結婚するのは嫌だと、俺の一番でないのが嫌だと。なんなら俺を独占したいと言ってくれても構わないんだが」

 言えば彼の顔がカッと耳まで赤く染まって行くのが分かる。それへの返事は望んだものではなかったものの、予想した通りのモノではあった。

「馬鹿かっ、調子に乗るなっ、そんな事何度も言えるかっ」

 喉を震わせて笑ってしまいながらも、そのまま彼の耳たぶにしゃぶりついて、ちゅ、と音をさせて吸ってやる。引きはがそうとしてきた彼の手をベッドに押さえつけて、耳の中に舌を入れて、ちゅく、ちゅく、と水音をさせてやってからまたその中に囁く。

「俺は何度も言ってるぞ。愛してる、愛してる、お前だけだ。俺もお前の一番でいたい、お前に一番愛されたい」

 言われている最中に抵抗を止める彼が楽しくて、セイネリアの喉が揺れる。
 それでも言葉が終わればまたじたばたと暴れ出すから、セイネリアは笑いながら腰を彼に擦りつける。自分のモノはすっかり出来上がってる、そうして彼のモノも反応している。それが分かるからこそ余計笑ってしまって、そのまま下肢同士を擦り合わせて揺らす。途中からシーグルは耐えるように目をぎゅっとつぶってしまったから、その閉じた瞼に何度もキスして、それから唇同士を合わせて、彼の膝裏にそっと手を回して片足だけを持ち上げた。




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 浮かれすぎか。
 



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