ある北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【16】




「まずは、ありがとうございます。本当に、本当に感謝しています。皆からもレジエン様に会えたらお礼を言っておいてほしいと言われています」

 深々と頭を下げた彼女に、シーグルは少し気まずそうながらも笑ってみせた。
 セイネリアは彼女達からすればシーグルの護衛のような扱いだろうから、後ろに控えてヘタに会話に参加する気はなかった。

「君は確かエチェット、だったね?」
「はい、エチェットです、覚えていてくださったんですね」

 シーグルは人の顔と名前を覚えるのには慣れている。娘の方は当然だが感激して瞳を潤ませてまでまた深く頭を下げた。

「元気そうで良かった、皆も体に異常はなく元気にしているだろうか? あの時いなかった娘(こ)も無事家に帰れたかな?」
「はい……はい、皆元気です。レザ様の布の館に行くクロース達も皆から祝福されて嬉しそうにしています」
「そ、そうか、それなら良かった」

 さすがにレザのもとへいく娘たちの話を聞けばシーグルとしてはまだ引っかかるものがあるのだろうが、キズモノになった娘が国の英雄のハーレムに入れるのだから家族も本人も文句の言いようはないのだろう。さっさと買われた娘達だけあって皆かなりの美人という事でレザ自身も喜んでいたから、この国の道徳基準的には皆が納得のハッピーエンドと言っていい。

「そ、それでっ、あのっ、私たちではレジエン様に何もお礼は出来ませんが……せめて、その……これを貰って頂けたら、と……」

 言っているうちにどんどん小さい声になりながらも、娘は小さな袋を取り出す。シーグルは受け取ってその包みを広げた。

「これは……あぁ、願い石、だったかな」
「はいっ。本当に……その、作ったものしか渡せなくて申し訳ないのですが、それと……バルドンケーキという、この街の名物菓子です」

 石を見て綺麗だと笑っていたシーグルももう一つ、包みの中に更にあった包みの内容を知れば一瞬顔が引きつりそうになる。

「すみません、お口に合わなければ捨ててくださっていいので」

 また頭を下げた彼女にシーグルは笑顔を作って礼を言う。……まぁいくら甘いものが苦手でもシーグルがこれを捨てられる訳がない。しかし、包みのサイズを考えてあれが全部そのバルドンケーキだというなら笑えないなとセイネリアは思う。
 ケーキをどうするべきかと悩んでいるシーグルを横目で見て、セイネリアはふと思いついて彼を引き寄せた。

「シーグル」

 そのまま耳に囁きかければ、シーグルが焦って離れようとする、が。

「おい、やめ……」
「それをどうすればいいか、知恵を貸してやろうか?」

 その言葉にピタリと彼の動きが止まる。

「……どうすればいいんだ?」
「何、簡単だ。スリで捕まって助けた子供や、飴をやった子供がいただろ。そいつらを探してその仲間連中と分けて食うように渡せばいい。ただ全部をやるんじゃなく、お前も少し食えば彼女達への義理は立つだろ」
「な、なるほど、確かに……」

 シーグルの表情が安堵に和らぐ。それに思わず悪戯心が沸いてしまって、セイネリアはそのシーグルの耳たぶを咥えて吸った。

「うわっ、お前何をっ」

 勿論シーグルは焦って暴れる。だがセイネリアががっしりと体を押さえているから逃げようはない。それでも必死に逃げようとして……シーグルは目の前の娘が笑っているのに気付いて止まった。

「いや、そのこれはこいつがふざけて、その……」
「大丈夫です。そこの貴方の部下さんは貴方のいい人なのでしょう?」

 当たり前のようにそう返されてシーグルは止まる。

「いい人、というのはつまり……」
「ですから本当は恋人なのでしょう?」

 あまりにもあっけらかんとそう答えた娘に、シーグルの方が焦って聞き返す。

「いやだが俺は言っておくが男だから……」
「勿論存じています。でもシーグル様のような貴族の騎士様でしたら、そうして強い男性を集めて囲うのは普通ではないですか」

 そこでシーグルはようやく合点がいったようにガクリと項垂れて頭を押さえた。早い話彼女(達)は助けられた時からずっと、セイネリアはシーグルの鉄の館の人間で勿論そういう関係の間柄だと思っていたということだ。この軍事国家は昔から偉い貴族は見どころのある平民の男を養子に取り立てて夜の相手をさせてきたという歴史があるから、シーグルが貴族に見えた段階ですんなり彼女は受け入れていたのだろう。まぁ考えれば、シーグルは彼女達を助けた後に靴がないからとか服が薄着だから仕方ないとか言っていたが、セイネリアのマントにくるまれて大事そうに抱えられている姿をみたら『そういう関係』を疑うなというのは無理な話だ。
 ……ちなみに、そういう関係で主側が必ず男役をやるものではない、というのも常識としてある事をシーグルはあとで知る事になる。

「皆話してました、とてもお似合いで愛されてらっしゃるのにレジエン様はどうして言い訳などなされるのだろうかと。もしかしてそちらの方が蛮族出身だからと皆に反対をされて二人でお屋敷を出てきたのでしょうか? でしたら絶対に誰にもレジエン様の事は話しません、お二人の幸せを私たちは祈っています」

 どうやら彼女達の間では主と部下(愛人)が本気で愛し合ってしまった故の苦難のストーリーが出来上がっていたらしい。表情からすれば相当の妄想物語が繰り広げられ、盛り上がっていたらしいのは想像できる。こういうのは大人しく肯定しておいてやれば必ず秘密を守ってくれるものだというのをセイネリアは知っている、経験的に。

「頼む、俺はレジエン様と離れたくないんだ」

 だから呆然としているシーグルの代わりにセイネリアがシーグルを抱き寄せながらたどたどしくもアウグの言葉でそういえば、娘は感極まった顔をしてこくこくと何度も頷いた。

「はい、はいっ、はいっっ、分かっております。助けていただいた御恩は一生忘れませんっ、お礼の代わりにお二人の幸せを皆で毎日お祈りいたしますっ」

 瞳を大きく潤ませて訴えてくる娘にセイネリアはさらりと礼を言い、シーグルはそこからかなり遅れて小さな声で礼を言った。

「……あぁ、ありが……とう」

 表情はどうてみても引きつってはいたが、それで娘は喜んで去って行ったし、すべて丸く収まったのだからシーグルもそれを否定する事は何も言えなかった。ただ、彼女が去った後で、シーグルはそっと聞いてきた。

「セイネリア」
「なんだ?」
「もしかして……さっき広場にいた恋人連中には……俺たち以外にも男同士がいたのか?」
「そうだぞ。みな厚着していたから判別しにくかったが、よくみれば分かりやすく髭のある男同士もいた」

 そこでシーグルは今度こそがくりと体から力を抜いたから、セイネリアは人目がないのをいいことに抱き寄せて好きなだけキスをしてやった。






 今年の氷祭り、レザの予定ではシーグルを連れて案内をしてやるのが最大の楽しみの筈だった。セイネリアの方は不機嫌でいるだろうが、あの青年が楽しそうに説明を聞いている段階で無理矢理止めたりは出来ないだろう。ムスっとしてる黒い男を置いてシーグルと楽しく話して見せつける――その予定は全てゴダン伯のおかげで綺麗さっぱり消え失せた。

 まず祭りの初日は、ゴダンを追い詰めてその後の手続きやらで一日が終わった。次の日はその噂を聞いた知り合いの貴族連中からぜひ詳しい話が知りたいと招待ぜめにされて――まぁどうせその日はあの男がシーグルを離さないだろうと割り切って付き合ったからいいのだが、流石に三日目に祭り見物へ出かける彼らを見送って貴族付き合いの方にいかなくてはならなくなったのは大誤算で、更には四日目に王都から役人がきて証人として会わなくてはならなくなったり、布の館に入れる娘達の事を妻に知らせる手紙を書かなくてはならなくなったのは誤算どころの話ではなかった。そうして最終日もゴダンの身柄を引き渡して王都からの役人を見送って――やっと祭り見物だと急いで宿に戻ったら、あの二人は既に宿から出て行っていたという訳だった。

「くそっ、まさか祭りが終わる前に出て行くとはな。昨日一昨日と二人にしてやったんだから、最終日くらい少しはこっちも楽しませてくれてもいいではないか……まったく、あの男のほくそ笑んでいる顔が見えるようだ」

 セイネリアを悔しがらせてやる筈が結局またこっちが悔しがる側というのは癪過ぎるが、そもそもの問題を持ち込んだのはこちらだと思うと怒るまでは出来ない……いや、正確に言うなら元凶は確実にゴダンではあるのだが。

――こっそり何発か殴って置けば良かったか。

 むかついたから役人に引き渡す時に相当脅しをかけてはおいたが、手違いのふりをして殴るくらいはしてやれば良かった、とレザは思う。

「どうします男爵? おそらくまだこの街にはいると思いますが……探しますか?」

 腕を組んで仁王立ちで街を睨んでいるレザに、ラウドゥが聞いて来る。

「いや、今回はいい。どうせまた顔を出しにはくるだろう」

 セイネリアの方は二度とこちらに会いたくないと言うかもしれないが、こうして挨拶もなしに消えたのならシーグルの方は確実にこちらに負い目を感じてくれている、謝るためにその内またレザを訪ねてくれるだろう。というかレザがシーグルにいろいろしてやるのは勿論好意ではあるのだが、あの真面目な青年なら細々と恩を売っておけば必ず近くにくれば礼儀として顔を出してくれるに違いない……という下心もあるからだ。

「今回はあの男の焦った姿も見れたからな、それに免じて思惑通りにさせてやる」

 今のあの男をつつくのは危険だろうし――と考えて、レザは今回は意地でも二人の邪魔をしてやる……というところまではしない事にした。



END.

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 長々とありがとうございました。こんな感じで二人はこれからながーく旅する訳です。
 



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