ある北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【14】



 その翌日は勿論シーグルはセイネリアに一日付き合う事になった。

 ただし、大丈夫だと思うがちょっと危惧していた一日中ヤりまくるという事はやはりなく、一日ほぼ裸で過ごしたのと、セイネリアが常にくっついていたのと、ほとんどベッドの中だった(裸だし寒かったのもあるから仕方ない)のと、文句を言おうとするとすぐキスで黙らされたくらい(いつもの事ではあるが)では済んだ。……まぁ完全にそれだけというと弊害があるが、あれから最後までヤる事はなかったもののその手前……悪戯に体のあちこちを触られる事は当然あった。

 なにせ食事をしようと言ってこっちを抱き上げたと思ったら、セイネリアは裸のまま椅子に座ってその膝の上にこちらを座らせて、勿論食事中も耳元やうなじをキスしたり吸ったり、脇腹を撫でてきたり乳首を弾いてくれたりされた。股間も触ってきたときにはさすがに足を蹴ってやったが、セイネリアは楽しそうに笑うだけで痛がる様子は全くなかった。……自分で自分の腕を斬り落とせるレベルの痛み耐性がある男ならこの程度痛がらないのは当然だろうが。

 起きて何かしようとすれば、後ろからぴったりくっついてその調子だからシーグルもヘタに何かしようとするのは辞めた。どうせべたべたされるならベッドにいるほうがマシ……と思ったのもほとんどベッドの住人となったという理由ではある。

 ただこれだけ一日怠惰な生活をするとシーグルには反動が出る。

 翌日、日が昇る前に起きたシーグルは、さっさとベッドを出てさっさと服を着ると、剣をもって外へ出かけた。

「せめて明るくなってからにすればいいだろ」

 当然セイネリアも付いてきていたが、不満そうなのは起きた時からずっとだ。この男は起きようと思えば即起きて行動できるくせに、シーグルと一緒だとだらだらといつまでもベッドに入っていたがる。ただこうして前日一日付き合ったあとだと早起きを無理やり引き留めてくるまでの事はしない。本人も満足しているのか、それとも一日拘束したから仕方がないと思ってくれているのか……どちらにしろ、それが分かっているからシーグルは一日彼に付き合った翌日は冒険者時代くらいの早起きをして剣を振りにいく事にしていた。

「剣を振るだけなら別に暗くても問題ないだろ」

 剣を振るとなると厚着のままという訳にはいかないから上着を脱いでそこらに置く。流石に寒くてぶるりと震えるがすぐに温まるだろう。ほとんど明かりのない暗闇の中、シーグルは軽く体をほぐしてから剣を振り始めた。

 将軍府にいる時まではずっとやっていた朝の鍛錬だが、セイネリアと旅をするようになってからはやる方が少なくないくらいになってしまった。とはいえずっとサボっていたというのとは違って、特に急ぐ予定もないから野宿の時は朝はゆっくり食事をして、その後腹ごなしも兼ねて剣を振ったりセイネリアと手合わせしたりと好きなだけ体を動かすからだ。やらなくてはならない事がある訳ではないから鍛錬も好きな時にやればいい……という状態になったからだが、シーグル本人としては早朝にまず一汗掻きたいというのが正直なところで、宿に泊まった時には――その後街で買い物やらをする予定があるからもあるが――朝の鍛錬をわざわざする事が多かった。勿論、セイネリアが絶対許してくれない時は出られないが。

 と、そんな事を考えながら剣を振るのに集中していたシーグルだったが、空が明るくなってきている事に気づいて一度手を止めた。

「やっと夜明けか」

 呟いて一度剣を収めれば、セイネリアから布が渡されてシーグルは受け取る。汗を拭きながら彼の近くの積み上げてある木の上に座れば、彼も上着を脱いでいたからシーグルは聞き返した。

「お前も剣を振っていたのか?」
「あぁ、体をあっためる程度にな。明るくなったらやるんだろ?」
「そうだな、頼む」

 こうして夜明け前から二人で外に出た場合は、暗いうちは剣を振るだけで、明るくなったらセイネリアと剣を合わせるのがお約束ではあった。
 だが、そうして休憩後にやるかと、軽く喉を潤したあと――予定外の声がやってきた。

「おぉっ、朝の鍛錬か。そういう事なら俺も誘えっ」

 楽しそうに駆けてくるレザを見れば無下に断れはしないだろう。
 セイネリアを見ればやはり顔を顰めていたが、それでも彼は諦めたようにため息をつくと脱いでいた上着を羽織った。

「いいのか?」
「俺とお前ならいつでも出来る。お前がやりたいんだろ?」

 シーグルとしてみれば笑って、すまないな、と答える事しか出来ない。実際体を動かしたいのはシーグルの方だし、正直レザとの手合わせはしたい。歳をとったレザは出会った当初に比べれば腕力や体力面で落ちるのは確かだが、更に巧くはなっていてやはり相当に強い。『吼える男爵』は健在だと言われるだけの事はある。

「レザ男爵、俺と手合わせ願えますか?」

 シーグルが頭を下げるとレザは喜んで上着を脱ぎすて、体を温めるから少し待て、といって剣を振り出した。シーグルはそのまま暫く待って、レザの体から湯気が立ち始めてから剣を抜いた。





 いくら歳を取って衰えたといっても、体ではシーグルの倍は楽に厚みのあるレザの剣は重い。もとから力では負けていたが、歳を取った今でも単純な力勝負ではまず勝てない。……勿論アッテラの術を使えば対抗は出来るが実践でもない手合わせでは、術ありもルールとしてあるクリュース人相手でなければ使う気はなかった。

「慎重すぎるぞ」
「それは……慎重にもなるっ」

 軽く前に伸ばされた剣を剣で逸らして体で避ける。
 レザ相手に真正面から受け止めたら勢いで押される事は分かっているから、基本は流すか、もしくは出来るだけこちらに優位な体勢で受けなくてはならない。だがそこはレザも更に歳を取って技巧者となっただけあって、前よりも受け流す隙を簡単にはくれない。前の時は受け流すだけなら負ける気はしなかったが今は前より受け流すのは厳しい。
 なにせ……。

「っ、くそっ」

 踏み込んで行った剣を受けられたのはいいのだが、逸らして逃げようとしたそちら側に足を置かれて後ろに引くしかなくなった。後ろに引けば追いかけられるから剣を伸ばして止めようとするのだが、生憎そんな弱い剣はレザに叩き落とされる。
 だからシーグルは再び下がった後にしゃがんで今度はレザの足を蹴った。

「うぉ、っと」

 レザは踏ん張って倒れはしないが、その間にシーグルは彼の後ろに回ることが出来た。流石にそのまま後ろから攻撃する程の暇は与えてくれなくても、今は体勢を整えるくらいの時間が稼げれば十分だった。

「うーむ、やはり速さでは勝てんな」
「その分こちらは力で勝てない」

 レザの呟きにシーグルが返せば『吼える男爵』は豪快に笑う。

「ふん、悔しかったらもっと食えっ」

 言いながら真っすぐ剣を向けて突っ込んでくる勢いはさすがで、シーグルもその剣に合わせて真っすぐ剣を伸ばす。ただし剣身で受けずに受けるのは剣の根本、十字鰐でで、そのままシーグルは剣を押す。単純に腕力では負けていてもより根本で剣を受けた方が力が入るのは当然で、レザが剣を押されて一歩足を引く。シーグルは押した勢いのまま体ごと近づいていくと、近づいた状態から足を引っかけてレザの足を払った。

「う、ぉぉぉっと」

 ここでは完全に体勢を崩したレザだが、それでも尻もちや背中から転がるような事にはならずどうにか剣を地面に立てて片膝だけを付くにとどまった。けれども今度はシーグルも逃げる状況ではないからそのまま剣を彼の喉元に伸ばし……そうして止めた。

「むぅ、やはり若いままの者には勝てんか」

 言いながら降参、というように手を上げた男に、シーグルは剣を引いた。

「だがレザ男爵も流石だ、こちらは怖くてまともに剣を受けられない」
「そうか、あの男より力は俺の方が上か?」
「……そういう訳ではないが」

 言えば、不満そうに唇を尖らせたレザに笑って、シーグルは手を伸ばす。明らかに嬉しそうに笑ったレザが手を掴んできたから、それを引っ張って彼が起き上がるのを助けた。

「……で、あいつは落ち着いたか?」

 起き上がった途端、そうレザが耳打ちしてきたからシーグルは思わず同じくらい小さい声で聞き返した。

「あいつ……セイネリアの事だろうか?」
「そーだ、お前がいないと何するか分からんただの危険物になる。危なくて俺でも止める気にはなれなかったぞ」
「それは……まぁ、今は大丈夫だが、そんなに危なかったのか?」
「あのままお前が見つからなかったら、平然と街一つどころか国を潰されると思ったくらいだ」

 シーグルはこちらを不機嫌そうに睨んでいるセイネリアの顔をちらと見る。予想してはいたがやはりセイネリアは自分がいない間、相当荒れた……というか、危ない事になっていたらしい。

「あれだぞ、お前がいなくなると危険物モードに切り替わった上にカウントダウンが始まって、0になったら周りを破壊し尽くす終末兵器のような男だ」
「そ、そうか……」

 レザの発想もどうかと思うが、言いたい事が分からないことがなくもない。そして誇張はあってもあながち間違っていないと思うからシーグルも笑えない。

「ともかく、お前がしっかり手綱を持ってないとダメな男だというのは分かった。お前も大変だと思うががんばれよ」
「あ、あぁ……」

 がんばれと言われてもセイネリアに対してがんばりすぎるとロクな事にはならなそうで、やっぱりシーグルは顔を引きつらせる事しか出来ない。

「だがどうしても愛想がつきて奴と別れたいとなったら、俺も覚悟して助けてやるから声を掛けてこい」

 そこでそう言ってくる辺りはレザだなぁと思ってしまうが、いかつくてデカイ爺さんにそれでウインクなんてされてしまえばシーグルだって吹き出してしまう。

「何を話してるんだ、終わったならさっさとこい」

 そこでセイネリアがしびれを切らしてそう声を上げたからこの話はそこまでになったが。



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 レザとの内緒話を書くだけのつもりが……。
 



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