ある北の祭り見物譚
シーグルとセイネリアのアウグ旅話



  【10】



 アウグの国教はデラ教である――が、ある事件をきっかけにその力は大きく下がった。
 事件自体は単純なもので、魔法を悪魔の仕業と罵ってクリュースを目の敵にしていたデラ教の幹部連中が実はクリュースからこっそり仕入れた各種魔法アイテムを当たり前のように使っていて、そこから関係施設を総調査したら次々と不正が発覚したというものだ。
 よくある話だが、かつてのアウグ王は権力を持ち過ぎたデラ教の連中に手を焼いていた。それを知った上で内乱の準備としてアウグにやってきたセイネリアは、デラ教の連中を王に逆らえないようにしてやるからこちらに協力しろ、と王に持ち掛けたのだ。どちらにしろ、クリュースとアウグで友好条約を結ぶためにはデラ教側を大人しくさせる事は必須であったし――そうしてセイネリアがデラ教の本神殿でクリュースの魔法アイテムを見つけてそれを公にし、後は王側が強硬調査をして数々の不正が見つかったのだ。

 そのせいもあって、アウグ国内にあったデラ教の施設の数は相当に減ったという。デラ教では、神聖神官がいて祭事が執り行える施設を『神殿』、ただの神官しかいない施設を『教会』と呼ぶのだが、どうにか神殿をつぶさないようにするのがやっとで大半の教会はつぶれてしまった。

 小さな村や街に広く教えを広めていた教会がほぼなくなった事で、今でもデラ教は国教ではあるものの一般の人々に対する影響力はかなり落ちたらしい。代わりにあちこちに冒険者事務局の分局が作られて、それが教会の代わりに人々に中央の情報を届けているということだ。

 例によってこの街にある教会もそういう理由でつぶれたものだろうが、最初から怪しいとあたりをつけてもっときちんと調べておくべきだったとセイネリアは思う。一応あの裏街の連中に聞いた後にも怪しいと言われていた場所をざっとまわってはみたが、ウロウロして怪しまれるのもマズイとそこまで細かく建物の中までを調べようとはしなかった。

「……確かに、最近人が出入りしているな」

 だから、後悔する。教会なんていかにもなにかありそうなところだけでも調べてみればよかったと。
 表の扉は開けた気配がなかったものの、中に入ればあちこちに新しい足跡がある。足跡は主に祭壇へ続く部屋から表扉と反対側の奥へと続くものが多かったから、おそらくそちらに裏口があって、連中はそこから出入りしているのだと思われた。

「おい、貴様っここへ……うげっ」

 祭壇の部屋に入ればすぐ見張りらしき男がいて、セイネリアはそいつが武器を構える前に近づいて鞘に入ったままの剣で腹を殴りつけた。そのまま苦悶の表情で倒れた男は傍の柱に縛りつけておく。

――上にいる見張りは一人か。

 他に人がやってくる気配ないからそのまま祭壇に向かう。祭壇の上にはデラ教の神の化身である神獣ゴーラの像があって、周囲に黒い石が並べられていた。祭壇の部屋の床は綺麗に掃除がされていて足跡はないから、一見すると熱心な信者が裏口から入ってここへ祈りにきているようにも見えるだろう。実際は足跡を消すためだろうが。

「ここから地下に下りられる筈だが……」

 床に注意して周囲を歩けば、祭壇自体を横へ引きずったような跡が見つかった。だからセイネリアはそれに合わせて祭壇を押す。そうすればかなりの重さではあるが思った通り祭壇は横にずれ、その下に階段が現れた。

「ありきたりな仕掛けだな」

 だが、地下でならば何かあっても外に声は漏れない。ここらを縄張りにしているあの連中も、ヤバイ奴らがうろついているからこの周囲を詳しく調べられていないと言っていた。ただだからこそこんな都合の良い場所ならおそらく、シーグル以外にも捕まった女達がいる可能性は高い。

――人質を盾にされると面倒だな。

 だから一応、セイネリアは極力音を立てないようにして階段を下りる。幸い、地下は広い部屋がいきなりあるという構造ではなく、下りたその場所は壁に区切られていて人の姿は見えない。ただし、壁の向こうから人の声は聞こえてきた。

「……そろそろ、起きたとこじゃないか?」
「起きたらヤガンが知らせにくるだろ」
「男だけどすげぇ美形なんだろ?」
「らしいぜ。従順になるまで突っ込みまくりだ」
「いいねぇ、女だと価値下がるからそうそうヤらせてもらえねぇしなぁ」
「楽しみだねぇ〜」

 セイネリアの表情は変わらない……が、その言葉だけでここの男達が痛い目を見る事は確定した。声からして5人、どんな連中だろうとセイネリアの敵ではない。
 だから剣を抜いて、セイネリアは堂々とその姿を連中の前に現した。

「運が良かったな、手を出す前で」

 男達が慌てて臨戦態勢を取るが、誰だという声が上がる前に――一人は壁に向かって吹っ飛ばされていた。

「な、おいまてっ、どういう事だっ」

 おそらくはここでのリーダーらしい男が慌ててそう言った時には更に一人、今度は上から頭を殴られて床に伸びていた。そこから更に二人、一人は腹を蹴り飛ばされて、もう一人は顔を剣の柄で殴られて、それぞれ一矢報いるどころか剣を振る余裕もなく意識を失った。

「さて、お前には聞きたいことがある」

 唯一残したリーダーらしき男の前に立つと、セイネリアは言った。

「お前たちが言っていた美形の男はどこにいる?」

 そうして男がシーグルの居場所を言えば、セイネリアは腹を蹴ってその男も床に転がした。






 静かだった部屋の中、小声で女性達と話していたシーグルは、いきなり響いた大きな音に驚きながらもすぐ、彼女達に言った。

「皆、言った通り扉を押さえていてくれ」

 チャンスがあれば、彼女達に扉を押さえて時間を稼いでもらいたという事は言ってあった。だから彼女達がばたばたと扉に向かったのを確認して、シーグルは目の前の蓋を蹴った。

「くそっ、堅いっ」

 大きな音は一つだけではなく何度か聞こえてくる。おまけに叫び声も――おそらくはセイネリアがきたのだろうと思いながらも、ここで大人しく待っていただけという姿も見せたくなくてシーグルは目の前の板の蓋をひたすら蹴った。流石に一蹴りで開くほど簡単ではないが、蹴る度にミシリと音はするから壊せそうではある。鎧を着ている時ならもっと楽に壊せるのだがと思いつつ、思った以上に頑丈な板に舌打ちするしかなかった。

「おい、お前たち、何かやってるのか?」

 いくら向こうでも音がしていると言っても、傍の見張りがこちらの音に気づいたらしい。鍵を開ける音がした後、ガンガンと扉を蹴る音がしてきた。

「何だ? 押さえてるのか? 開けろっ」

 シーグルは板を蹴る。そうしてやっとバキリと音がして、下の板が吹っ飛んで穴が開いた。だがそれとと同時に、外の見張りが扉を蹴る音も止まった。

「……シーグル、俺だ」

 代わりに聞こえてきた不機嫌そうなクリュース語の声にシーグルはため息をつく。そうして開いた穴から這い出そうとしている体勢のままで、扉前にいるだろう女達に急いで言った。……というか、言わないと彼女達が吹っ飛ばされる。

「俺の仲間だ、開けてやってくれ」

 すぐに扉が開いた音がして足音が近づいてくる。シーグルは尚も箱から出ようとしていたが……結局、それより早く蓋それ自体が破壊されて目の前の障害物がなくなった。

「怪我はないか?」
「多分……」

 覗き込んできたセイネリアの顔にシーグルは気まずそうに返した。すると今度は予想通り有無を言わさず抱えあげられてシーグルは箱から出る事になった。

「何かされたのか? 何故こんな恰好をしてる」
「気付いたらこの恰好だったんだ」
「つまり、勝手に脱がされたんだな」
「……多分、だが……」
「お前の裸をみたのも、肌に触れたのも許せんな」
「セイネリアっ」

 抱き上げられて顔を擦り付けながら言われれば、これはもう自分達の関係をごまかしようがないじゃないかとシーグルは思う。ただ会話はクリュース語だったから、ここにいる女性達には通じなかっただろう事だけは幸いか。
 放っておけばいつまでもこちらを抱きしめてそのうちキスしてくるに違いない男に、シーグルは焦って顔を離しながら言った。

「まて、とにかく彼女達を解放しないと。ここにいるといつまた連中の仲間がくるかもしれないっ。それに奴につきつけてやれる証拠も見つけないとっ」

 するとセイネリアはやっと顔をあげて、シーグルに向けてあの琥珀の瞳に怒りを込めて笑って言ってくる。

「大丈夫だ、もう奴を押さえるネタはある」
「ならさっさとここを出るぞ、まずは下ろせっ」

 これ以上人前で何かされてはたまらないとシーグルはセイネリアの腕の中で暴れたが、セイネリアは体勢を少しも崩すことなくこちらを抱いたまま答えてくれた。

「言われなくてもこんなところすぐ出ていく。だがお前は靴を履いてない、つまり俺が運ぶしかない訳だ」
「う……」

 確かに足は感触だけでも靴を履いてないのは分かる。セイネリアの言葉に反論は出来ない。

 おかげでシーグルはみっともなくも、セイネリアに抱きかかえあげられたまま『これは靴がないから仕方なくなんだ』と自分で言いつつ彼女達に状況説明をしなくてはならなくなった。



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 シーグルとセイネリアが女達にはどう見えたのかはまた後で。
 



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