復讐者への言葉
将軍様と側近時代の二人の話



  【3】



 将軍府へ帰ってきたセイネリアはすぐに執務室に向かった。そうして部屋に入った途端、待っていたレイリースの姿に思わず唇に笑みを引く。
 セイネリアは足を止める事なくそのまま彼の傍に行くと、主を迎える礼を取ろうとしていたシーグルを問答無用で抱きしめた。

「閣下……て、待て、最低限の形式くらいは守れっ、セイネリアっ」
「黙れ、他に人がいないところで形式なぞ必要ない」

 自分の仮面を取ると、セイネリアはそのまま彼の兜を毟り取って口付けた。

「ば、か……ン」

 それでもここでいきなり本気でやりすぎると後で怒られるから、3度程唇を合わせ直したあたりで止めてやる。

「……俺は逃げないぞ、唐突はやめろと言った筈だ」

 諦めたようにため息をついた彼に笑って、セイネリアは腕の中の彼の両方の目元に唇で触れた。

「ちゃんと来てたな」
「……前に待ってなかったらお前が拗ねたからな、今回はソフィアに予め馬車がきたら連れて来て貰うように言っておいた」
「そうか、これからもそうしろ」
「毎回だとソフィアにも悪いし、こっちも仕事が進まないんだが」
「だめだ、俺を待たせるな」

 それには、まったく、と呟きながら彼がまたため息をして、けれども彼は額やら頬やらにキスされるのを大人しく受けている。こうして抱きしめているのも結局は抵抗らしい抵抗をしたのは最初だけというあたり、慣れたのか諦めたのか……どちらにしろ、こういうところはやはり彼は甘い。

「セイネリアっ……お前、これから仕事する気はあるのか?」

 散々彼の顔中にキスしていたらそう聞かれて、セイネリアは少し意外なその言葉に驚いた。だが、返事は決まっている。

「ないな」

 シーグルがまた眉を寄せてため息をつく。けれど彼はそこで暫く目を閉じて考え込むと、今度はこちらを睨んで言って来た。

「なら選べ、今日このまま仕事をサボるなら明日の午後は俺はキールの仕事を手伝いに行く、お前は俺がいなくてもちゃんと仕事をすること」
「嫌だと言ったら?」
「嫌ならこれから仕事だ、俺はキールのところへいく、お前は大人しく仕事をしてろ」
「……そのどちらかしかないのか」
「そうだ」

 こういう条件を出してきた時のシーグルは譲らない。こちらにどちらかを選ばせない限りは言う事を聞いてくれないし、選んだ後で約束をやぶったら本気で暫く近づかせてくれない。
 とはいえ彼としては、これはかなり譲歩した選択なのだろう。なにせいつもなら二晩続けての相手は絶対に嫌だと言い出す筈だから。

「分かった、明日お前がキールの仕事の手伝いをするのは了承する」

 ともかく今は彼を感じたいからその選択肢しか選びようがない。そうすれば彼はまた呆れたように軽く息をついて、それから今度は少し恨みがましそうにこちらを見上げて言ってくる。

「なら……ここからは俺の『お願い』だ。このままベッドは流石に勘弁してくれ、二日連続で夜の鍛錬なしは嫌だ」

 確かに、鍛錬の虫である彼としてはそれは困るのだろう。セイネリアとしても一度彼をベッドに連れて行ったら、今夜の鍛錬をさせられないようにする自覚はある。
 ただここを『お願い』で言ってくる辺りは彼も大分こちらの扱いに慣れて来たと思うところだ。そしてセイネリアも、彼がこんな『お願い』をしてくる時にしてほしい返事はちゃんと分かっていた。

「なら上で手合わせに付き合う。その代わり後は俺の好きにさせろ」
「汗だくでベッドは嫌だぞ」
「分かってる、その前に水浴びくらいはさせてやる」
「一緒に……か」
「当然だろ」

 それにまたため息で返したシーグルだが、それでも彼は軽く笑うとこちらの首に手を回してキスしてくれる……ただし頬に。唇でないのは少し不満だが、それでも彼にしたらかなりのサービスな事はセイネリアも分かっていた。







「今日は石の試しをしたいから術ありでいいか?」

 シーグルに聞かれてセイネリアは少し眉を寄せた。

「治療が必要になるような術は使うなよ」
「……分かってる、強化2段階までだ」
「それならいい」

 ジクアット山で修行をしたおかげで今のシーグルはアッテラの神官並の術を使う事が出来る。とはいえアッテラの術を使うにはアッテラの刺青が必要で、修行中やセイネリアとの競技場での戦いの時、シーグルは時間が経てば消える特殊な絵墨を使って印を描いていた。
 理由としては、シーグルがリパの信徒を辞めるつもりはなくアッテラの力は一時的に使うものと考えていたからというのが大きいが、セイネリアがシーグルの体にアッテラの印の刺青させるのを許さなかったというのも大きい。
 ただアッテラの術を使える事自体は便利だし、レイリースはアッテラ信徒という事になっているからいざという時にアッテラの術を使えるようにはした方がいい、その度に例の絵墨で印を描いてもらいに行くのは面倒過ぎる……という事で、魔法使いやアッテラ神殿のトップと話し合ってシーグルには特別措置としてあるものを作る事になった。

 つまり刺青代わりにアッテラ信徒の輪に繋がる為の魔石を作ったのである。
 だからそれをペンダントにして、今のシーグルはリパの聖石のペンダントとそれを付け替えるだけで好きな方の術を使う事が出来る。

 三十月神教の神殿魔法は基本は同じシステムであるから、信徒として繋がるためのモノが刺青であったり石やであったりするのは単に初期の都合でそう決めただけでその形式でないとならないものではないらしい。だから当然、アッテラの刺青代わりにアッテラの大聖石に繋がる聖石を作ればそれで済むという事で、シーグルには特別にその石を作って貰ったという訳だ。

 イレギュラーなものを作るとなれば金も魔力もいろいろ掛かる訳だが――セイネリアが『作れ』と言えばどれも問題ではない。

 シーグルはアッテラ用の石を作る事にそこまでノリ気ではなかったが、セイネリアには作って貰いたい理由があった。なにせ、今は良くても二人で旅に出る事になった時、アッテラの術が必要な時にわざわざ印を描きにジクアット山にいく訳にはいかない。シーグルはアッテラでは神官の能力まで身に着けているから治癒が使える。いざという時に彼が自分で怪我を治せるのは大きい。おそらくセイネリアも黒の剣に願えばシーグルに何かあった時に治す事は出来るとは思うが、力が溢れすぎて願った以上の事が起こる可能性がある。だからそれは手の施しようがないという場合に限った最終手段だ。

「強化を使うなら入れてから始めていいぞ」
「別にそういうハンデはいらないんだが」
「今日は試合じゃない、お前のその石の使い勝手を調べるのも兼ねてると思え。というか強化術を使うのも久しぶりだろ」

 アッテラの石が出来てきたのはつい昨日の事で、シーグルはわざわざ言いはしなかったがその礼もあったから大人しく昨夜付き合ってくれたのだろうとセイネリアには分かっていた。
 彼がアッテラの術を使ったのはジクアット山から帰ってきた直後だけで、その時の印の効果が消えてからはずっと使っていない。感覚を取り戻す為に本当はすぐにでも試したかったのを分かっていて昨夜は諦めたのだから、今日もそれを出来ずに終わったら後で相当恨まれるのは分かっている。

 それに。これは彼に言わないが、彼を抱くのに匹敵するくらいには、彼と剣を合わせるのはセイネリアにとって楽しい事でもある。……言わないのは当然、言ってしまえばベッドより手合わせをしようと彼に言われるからだが。

 距離を取って剣を構えれば、彼はリパの術を使う時のように、胸の石に手を当ててからアッテラの強化術を唱える。それから彼が構えをとるのを待って、セイネリアは彼に向かって行った。

 いくら練習だ、試しだ、遊びだ、と言っても、剣を合わせる時の彼は全力でいつでもこちらに勝つつもりで向かってくる。負けた時も悔しそうで、かといって負けた言い訳は絶対に言わない。そんな彼を見るのが好きでたまらなくて、そうして剣と剣で向き合った時、自分だけを見て自分だけに精神を集中してくれるその喜びは極上過ぎて、触れていなくても呼吸と鼓動が呼応するその感覚に頭が酔う。
 彼を抱く時、彼と剣を合わせる時、確実に今、自分は彼と一つになっていると感じられる――それは確かに幸福以外の何物でもなかった。






 部屋に帰ってくればカリンが気を利かせて水浴びどころか湯浴みの準備をさせておいてくれたらしく、二人で入って昼食にした。今日はこの後があるから風呂では文句を言われるような事をせず、その所為でシーグルが疑いの目を向けてきたくらいだ。
 昼食は軽く。どうせ朝ゆっくり食べているし少し遅くなったからというのもあるが、やはりその後があるから手早く済ませたかった。正直を言えば食べなくてもいいくらいだが、シーグルに三食食べさせる為には仕方ない。

 昼食後にも、終わったからといって即ベッドに運び上げる事はしない。前にそれで何度も拗ねられているから今はしないように気を付けていた。
 ただ、その代わりに。

「シーグル」

 食後の茶を飲んでいる彼に呼びかけて椅子を引いてみせれば、何を催促しているのか分かった彼が顔を顰める。

「俺はまだ茶を飲んでいるんだが」
「なら持って来ればいい」

 言えばシーグルは諦めてため息をついてから立ち上がる。そうしてこちらを一度睨み付けると、嫌そうに……本当に嫌そうにこちらの膝の上に座った。勿論セイネリアはそれから即彼を抱き寄せると、その頬と首筋にキスをする。シーグルもここにきて抵抗はしないが、嫌そうに顔を顰めているのは分かるから思わずセイネリアは笑ってしまう。

「……そんなに嫌か」
「子供みたいじゃないか、恥ずかしいに決まってる」
「誰も見ていない。まぁ見られたとしてもカリンかソフィアくらいだろ」
「それでも嫌だ」

 拗ねているだろう彼の顔が見たくて、セイネリアは彼の顎を手で押さえて無理矢理こちらを向かせた。思った通り彼は睨んできたが、その唇に口付けると彼は大人しく受け入れてくれる。……ただ、まだここでやり過ぎるのは彼の機嫌が悪くなるからすぐに離す。名残惜しくてそのまま彼の顔を唇で辿るが、それくらいは慣れているから彼も怒らない。

 相手に拗ねられないように気を使って自分を抑えて――なんというか、そんな事をしている自分というのがシーグルと会う前だったら想像出来ないに違いない、と我ながらセイネリアは思う。
 ただ、こうして好き勝手にやれないのも悪くはない。
 彼の機嫌を伺って、彼が許してくれるところまで引いて、様子を見てはちょっとハメを外してみる……そうしてまた怒られる訳だが、その駆け引きは心から楽しいと思える。そんな人らしい日常や、やりとりをする自分なんて本当にあり得なかった。

 だから、彼が愛しくて、大切で。彼がいなければそれらが全て消えてしまうからこそ、彼を失う事が怖い。

「セイネリア」

 何も言わず彼の肩に顔を置いていたら名を呼ばれて、顔を上げればやっぱり拗ねた顔の彼がこちらを睨んでいた。

「これだけ俺が譲歩して付き合ってるんだ、これでまだ不安だなんて言ったら怒るからな」

 セイネリアは思わず笑う。シーグルはこちらの感情の揺れに敏感に反応してくれる。それはそれだけ彼がこちらに意識を向けてくれているからという事で、それだけで不安を笑みに変えるくらいの気持ちになれた。

「愛してるぞ、シーグル」

 キスをすれば彼も口を開けてくれたから、そのまま今度は深く彼と口腔内で繋がった。




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 はい、次回はエロです。
 しかしセイネリア、かまいたがり過ぎ。



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