希望と陰謀は災いの元




  【9】



 リシェに来た時の国王一行のスケジュールと言えば、一日目はまずシルバスピナ家の霊廟を尋ねた後領主の屋敷へ行って祖母であるサディーアに会い、夕飯はリシェの有力者達を集めた晩餐会に参加し、そのまま領主の館に泊まる事となる。そして二日目の午前中はシルバスピナ卿であるラークやサディーアと朝食を取った後に昼まで過ごし、昼食をリシェの議員達と取ってから首都へ帰るというのがいつもの事になっていた。
 だからシグネットがゆっくり祖母に構ってもらえる時間となると二日目の午前中しかなく、大抵は祖母自慢の別館庭園で遊ぶ事になる。

「陛下、陛下、どこにいらっしゃいます?」

 サディーアとシグネットはかくれんぼをしているのだが、勿論護衛官はちゃんとシグネットが隠れている場所を少し離れて見張っている。だから居場所はバレバレなのだが彼女はわざと探してみせて、暫くするとシグネットが自分から出てくるので大仰に驚く。
 きゃっきゃっと楽しそうな子供の声が響く中、老夫人の顔もずっと笑顔で、それを木陰にある椅子で見ているロージェンティの顔も幸せそうに微笑んでいた。常に公務に追われる彼女もこの時ばかりはのんびりとくつろいでいて、母親と息子の楽しそうな姿を飽きる事なく目で追っていた。いつもならシグネットについて回っているメルセン達も今は見ているだけで、折角の祖母とシグネットの時間を邪魔したりはしない。

 そうして――そんなのどかな光景を見ながら、一応筆頭家庭教師としてついてきていたウィアは妙にぼうっとしている義弟(おとうと)の姿に気づいた。

「何ぼーっとしてんだよ、ラーク?」

 だが彼は、まったく、これっぽっちも、全然声に反応しない。無視というより聞こえていないと言った方がよく、試しに目の前で手を振ってみても微動だにしなかった。最近の彼らしく大人になったから反応しないというのではなくまったく前が見えていないという感じで、だからこれは確実におかしいとウィアは思った。

「おい、ラーーークっ、またなんかへんな術にかかったか? それとも誰かに一目ぼれか?」

 最後の一言は勿論冗談だったのだが、言われた途端、ラークは急に顔を顰めてウィアを睨んで来た。

「煩いなっ、ホントウィアってデリカシーないねっ」

 その反応を見れば、桃色思考には定評のある(?)ウィアにはすぐに分かる。にたりと口元を歪めて、ウィアはラークに耳打ちした。

「なんだよ本気で一目ぼれかぁ? おにーちゃんに相談してみていいんだぞっ、少なくとも俺はそっち方面はエキスパートだぜっ」
「だってウィアの相手って女性じゃないじゃない」
「何を言うかっ、フェズに会う前は女の子狙いだぞ、それに実際ちゃんと付き合った事もあるっ」

 ……まぁその、年上のおねーさんにひたすら可愛いがられてただけだけど――というのは言わなかったが、ウィアが女性にモテたくていろいろ研究したり聞いたりしていたのは確かだった。

「……ならさ、とりあえず女性と近づくにはどう話しかけるのがいいと思う? 出来れば好意的にみられるようにさ」

 疑わしい目を向けてきたもののラークがちゃんと聞いてきたことで、ウィアは満足そうに腕を組んで考えた。

「んー……まぁ最初は無難に世間話、そっからその女性ががんばってるトコをさりげなーく褒めたりとかさ」
「さりげなく、か……それ程度が難しいよね」
「まぁな。……だが驚け、実はシーグルの奴はそれが天然で上手かった」

 それにはラークの顔が本気で驚く。あのどうみても恋愛事は苦手というのが分かり過ぎる彼を思えば当然だろうとウィアは頷いた。

「え? そーなの? だってどう見ても真面目すぎて奥手なのミエミエじゃない」
「だから天然なんだよ、意識せずに相手がピンポイントでコレってのを褒めるんだ、あの顔で」

 ただ最後の一言に、ラークの顔は思い切り顰められる。その気持ちも当然ウィアには分かった。

「あの顔……はそれだけで卑怯じゃない?」
「あぁ卑怯だ、その上下心なく本気で心から褒めてるから効果は抜群だ!」
「いやその……そういう自分で知らずにたらしやってる人は別にしてよ。なにせあの人だったら、見た目だけで大抵の事は許されそうだし」
「だよなぁ、卑怯過ぎるよなぁ」

 まったくシーグルは何から何までモテる要素を持ってい過ぎる、神様は不公平だーと言いたくはなるが、その分彼に関しては苦労をしているのも分かっているから愚痴だけで許せてもしまうのだが。
 ウィアが一人で頷いていると、ラークのちょっと不貞腐れた声が言ってくる。

「まぁ特別例はおいておいて、ふつーに女性に好感持たれるにはどう接すればいいかな」

 確かにあいつは特別枠だよなぁと思いつつウィアは考える。けれど考えてみても感動出来るようなすごいアドバイスが出来るという訳もなく、結局は無難な事を言うしかない。

「んーそうだなぁまぁ女性に限らずだ、相手の好きそうな事、興味を持つだろうって話題を振って相手に好きに喋って貰ってそれをじっくり聞くってのから始めるのがいいんじゃね。そうすりゃ相手の考え方とか、趣味趣向とかいろいろ分かるし。それに好きな事について語ってるのをきちんと聞いてくれた人ってのは好感度アップ間違いなしだぜ?」
「へー……そっか、それは確かに。流石にやたらと顔が広いだけはあるね」

 生意気な義弟に珍しく感心されたというのもあって、ウィアもそこは気分が良くなる。だから胸を張ってこほりと咳払いなぞして、ちょっと調子に乗って更に続ける。

「あとはまぁ……俺らもそこそこの歳だしさ、へたにかっこつけてあれこれやるよりもだ、ここは正直に思った通りに話してみて、んでもし怒ったら素直に謝る。いわゆる誠実な態度ってのを見せればいいんじゃね」
「誠実な態度、ねぇ……」
「その辺りも本気でシーグルは上手くてさ……」
「いやもうあの人の事はいいからっ」

 小声でそんなやりとりをしていた二人だったが、ふと気づけばシグネットの笑い声が消えていて急いでウィアはその姿を探した。そうすれば椅子に座り込んだ祖母の傍に心配そうに立っているシグネットの姿を見つけて、そこでウィアはほっとする。

「おばあさまっ、つかれたの?」
「えぇ少し」
「ごめんなさい、おれ少し走りすぎたよね?」
「いいえ、陛下の所為ではありません。私が楽しくなってつい走ってしまったからですわ」
「むりしないでね。おばあさまがつらかったら言ってね?」
「はい、ありがとうございます」
「でもおれも楽しかったからちょっと走りすぎちゃった、おばあさま、いつもあそんでくれてありがとう」

 それで涙を浮かべてまた礼を言うサディーアを見て、思わずウィアは言っていた。

「見ろラーク、血筋だな、シグネットも確実に素質がある」
「まぁ陛下も……あの人そっくりで生まれた時から見た目補正ありすぎだし」

 ラークもウィアも、自然となんだかやたらと感情がない棒読み口調になる。

「シルバスピナ家はたらしの血筋説を唱えたい」
「ウィア、俺もシルバスピナの血っていうのを忘れてるよね、ついでに言うとにーさんもだからね」
「フェズもやっぱ『持ってる』と思うぞ。なにせこの俺が『フェズなしじゃ生きられないっ』ってくらいメロメロだっ」

 偉そうにふんぞり返ったウィアへのラークの視線は冷たい。

「で、俺は?」

 そうしてその冷たい目のまま睨んで言ったラークの言葉に、ウィアは視線を空へと飛ばした。




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 ラーク、兄二人に比べて童顔地味顔の眼鏡君なので……。
 



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