希望と陰謀は災いの元




  【17】



 リシェの領主が婚約を発表するのは、そこから半年近く……冬を越して春になってからの事だった。それから間もなく行われた結婚式はそれほど盛大にはしない予定だったのが結局、国王が出席するという事で規模を大きくせざる得なくなり、まるで国の行事かと思われるくらいの人が詰めかける大イベントとなってしまった。
 公の席にはめっきり顔を出さなくなっていた将軍セイネリアもその式には珍しく出席し、その隣には当然のように側近のレイリースがついていた。将軍がやけにレイリースに触れて親し気に話しかけるのを貴族達は見ないようにし、将軍の席自体も王族の場所から少し離された場所に用意された。理由としては『今日の主役である領主の親族ではないから』という事になっていたがその意図は明白で、ただあまり目立たない席にしてくれた事は逆にセイネリアは喜ばせることになった。なにせその所為で、遠慮なくシーグルにちょっかいを掛けることが出来たのだから。

 少し調子に乗り過ぎているセイネリアには困ったものの、それでもシーグルは兜の中、終始笑みを浮かべて弟の幸せそうな姿を見ていた。大切な人たちが笑顔でいる姿を見て、その幸せを満喫することが出来た。
 けれども……。

「ありがとう、礼を言う、セイネリア」

 呼び寄せられた時に小声でそう言えば、彼はとぼけたように、なんのことだ、と返してきたから、シーグルはそれには笑って、さぁな、と返した。
 実はこれにはちょっとした理由があって、本当はラークの結婚は貴族院の一部で快く思っていない者達がいて、彼らは結婚自体の反対こそしなかったものの王とロージェンティの出席には反対していたのだ。領主が平民と結婚する場合はあまり大っぴらにやらずひっそり行うのが通例である、というのがその理由だが、それにセイネリアが言った言葉で彼らも黙らざるえなかった。

『別に盛大になぞしなくてもいいぞ。俺が出るから陛下も俺の傍にいれば大仰な警備の人間もいらんだろう』

 相当無茶な話だがセイネリアに正面から文句を言える者もいる筈がなく、そんな馬鹿な事態になるくらいならまだ正式に王出席の公式行事扱いの方がマシだと彼らも以後何も言わなくなったのである。

「……だがまぁ、礼をしたいのならいくらでもしてくれていいぞ。なんなら今夜ベッドの中ででもな」

 それには一瞬、笑みが引きつるものの、ふと思い立ってシーグルは聞き返してみた。

「いいぞ、何をしてほしい?」

 最強と恐れられる将軍セイネリアがすぐに反応出来ずに固まる。それからゆっくり振り向いた彼の驚きに見開かれた瞳を見て、シーグルは軽い勝利の気分を味わう事が出来た。
 ……もっとも、さて今夜は覚悟しないとならないな、と直後に少し後悔もしたが。
 更にその後、シーグルは頭をセイネリアに引き寄せられ体毎彼に倒れ掛かりそうになってしまった。







「あ〜あぁ〜しかたありませんねぇ、いっくら目立たない場所に隔離されてるからぁって、人前でぇ堂々といちゃついてまぁ……」

 言いながらキールがクスクスと笑えば、隣でやはり見ている筈の金髪の魔法使いもため息をついた。
 なにせ現在、リシェの領主といえば魔法使い達の間でも有名で、祝いを理由に噂の温室を見てみたいと今回は相当数の魔法使い達もこの街にやってきていた。そうなればギルド側も警備に協力しない訳にはいかず、クノームが責任者として駆り出されたという訳である。キールやアリエラ、サーフェスも勿論、リシェや領主周りに縁のある者は率先して警備に協力するように言われていて、温室は見学連中のチェックを含めてラークの魔法使いとしての師匠連中が仕切っている筈だった。

「ま、どんだけ冷たい視線を向けられようがあの男にとっちゃ知ったことじゃないんだろ。どうせもう『レイリース』は将軍の最愛の人間の代わり――愛人ってのは貴族共が認識するとこになった訳だし。おかげで王様に見せないように奴ら涙ぐましい努力までしてるじゃないか」

 確かに、セイネリアがシーグルを構いまくっているのを見ては、貴族達は王に見えないように体で隠したり話しかけたりと忙しそうだった。

「一般見学者からは見えない席でぇほんっとぉに良かったぁですねぇ」
「は、見えてても気にしないだろうよ。どうせ元傭兵団の連中もそういう相手ってのは分かってて隠してないしな。酒場の噂でも結構流れてる」
「あぁ〜噂といえばぁレイリースの契約破棄、というのは何だったんだぁといろいろ面白い噂が流れていましたぁねぇ」

 キールは更に楽し気に笑う。
 あの勝負で契約を破棄した筈なのに部下のままでいるレイリース・リッパーを見て、破棄したのはどんな契約だったのだというのはいろいろとあちこちで言われていた。なにせ公表されるでもないし、かといって本人に直接聞ける者もいる訳はない。
 実はレイリースが契約によって将軍府を出て行ったのを契約を破棄する事で戻れたのでは――などというまともな憶測もありはしたが、一番多く出回っているのは二人の関係を前提とした下種話で、ただの痴話喧嘩から愛人契約の破棄、果てはベッドでの上下関係の契約だと酔っ払いの話のタネにされていた。

「まぁでぇもぉですねぇ、国王陛下にはぁ〜あの男も聞かれてちゃぁんと話したそうですよ」
「……なんと言ったんだ?」

 思い切り不審そうな目を向けて来た金髪の魔法使いに、キールはやはり笑ったまま答えた。

「『契約を破棄して、あいつは俺の部下ではなく俺と対等になった。皆の前では今まで通り部下のふりをしてるが、あいつはもう俺と同じくらい偉いという事だ。お前にだけは教えておくが皆には内緒だぞ』だ、そうですよ。なぁにげにわりとぉ真実だったりしますよね」
「ほー嘘を言ってないが知られちゃならないところは上手く隠す辺りがあの男らしい」
「ほんっとぉに頭の回る男ですよねぇ、憎らしぃ程にぃ」
「まったくだ」

 それでもキールとしては『彼』が幸せであるならとりあえず文句をいう気はなかった。魔法使いの悲願も、この世界の平和よりも、あの真っすぐ過ぎる瞳の青年が幸せならどうでも良い気にさえなる。この自分が他人に対してそんな気持ちになれるなんて思いもしなかったが……ある意味あの男のように、キールもまたシーグルによって初めて『愛』というものを知ったと言えた。
 ただしそれは、あの男と違って相手を欲しいと望むようなものではなく、親が子を見るかのよう気持ちでもあり、暗闇で見つけた光を愛おしむような気持でもあったが。

「まぁ〜いいじゃないですかぁ。国王陛下は将来有望、あの男が機嫌がいい間はこの国は安泰というところですしぃ〜あの剣もただ封印しているよりあの男が持っている方が我々にも望みはありますしねぇ……少なくとも当分の間はこの国の情勢を心配する必要はないとぉいうことでぇ我々にとってはいいことづくしじゃぁないですかぁ?」
「あぁ……確かにそれは間違いないな」

 憎々し気にそう呟くクノームを見て笑ったキールは、将軍に引き寄せられて倒れそうになっている側近の騎士を目を細めて見つめた。







 リシェでの結婚式も無事終わり、また平穏で平和な日々が戻ってくる。そんなある日、いつも通りセイネリアについて城に行ったシーグルは少しだけ珍しい場面に出くわした。

「ごめんね、いたい? いたい?」

 中庭に入ってすぐ、心配そうなシグネットの声が聞こえて、前を行くセイネリアが足を止めた。それから彼はこちらを振り返って静かにするように唇に指を立てると、手招きをして自分の横に来るように促した。

「大丈夫です、陛下。それより陛下はお怪我はありませんか?」
「うん、おれはだいじょうぶ。メルセン、ごめんね」
「俺にはもったいないですお言葉です、そもそも俺は陛下を守る為にいるのですからこれくらいは当然と思って下さい」

 血を流して腕を抑えているメルセンの横に、泣きそうな顔のシグネットがいる。
 どうやら状況からして、シグネットをかばったかシグネットが何かをした所為でメルセンに怪我をさせてしまったらしい。
 笑って安心させようとするメルセンに、シグネットは大声で言う。

「とーぜんじゃないっ、だってメルセンいたいでしょ、おれをまもってくれてもメルセンがいたいならおれはいやだっ、おれがわるいんだからおれがあやまるのがとーぜんなんだよっ」

 子供の言葉だから理論が破たんしているといえばいるが、それでも王となる者の言葉としてはあまりにもあり得なくて、けれど人としては大切なその気持ちを幼い子供が持っているという事にシーグルは驚く。

「やっぱりあいつは父親によく似ている」

 呟いたセイネリアの声に兜の下で苦笑してから、シーグルは愛しい我が子を見てそのやさしさに微笑む。ちゃんと部下を大切に思って謝れる幼い王の姿に、目に映る光景がにじんでいく。

「ほらほらっ泣くなっ、こンくらいの怪我ならこの俺でもささっと治せるから心配すんなよっ」

 ウィアがやってきてシグネットの頭をごしごしと乱暴に撫でる。王に対してあり得ない扱いだが、シグネットは鼻を鳴らしてウィアを見上げると心配そうに尋ねた。

「ほんと? すぐなおせる?」
「あぁ、だから心配すんな。お前が悪いって思ったんなら次はちゃんと気をつけるんだぞ、分かったか?」

 シグネットは真剣な顔でこくこくとウィアに頷く。そうしてウィアがメルセンの治療を始めると心配そうにそれをじっと眺めている。

「そういえばエルが前に言っていたな、ちゃんと礼を言えて謝れる奴は信用出来る、と。……シグネットはいい王になれるだろ、間違いなく」

 ウィアの治療が終わると、シグネットはメルセンに何度も痛くないか聞いていた。メルセンはその場で跪いてシグネットに礼を言う。そんな中、立ち上がって背伸びをしたウィアがこちらを見つけて視線を向けてきた。

 シーグルは将来重い責任を背負うだろう息子に、ウィアのようになってもらいたかった。自分のように一人でなんでも抱え込んでしまうのではなく、ウィアのように責任感はあっても無理せず人を頼って甘え上手で、なんでも前向きに考えて周りまで前向きにさせてしまう――そんな人物に。だから幼い息子を彼に任せたいと思ったのだ。

 こちらに向けて手を振ってきたウィアに、シーグルは自然とその場で深く頭を下げていた。



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 あと一話。ウィアサイドとセイネリアサイドのお話で終わり。
 



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