愚痴という名の本音
将軍様と側近時代のお話



  【2】



 エルはちょっと後悔していた。
 レイリース……つまりシーグルが愚痴を吐きにエルところへやってくるのは別に珍しい事ではないのだが、今回はやけに言いづらそうだったからつい……酒の力を借りれば言えるだろ、なんて思って酒を勧めてしまった。
 勿論、騙して飲ませた訳ではないし、弱いというのは知っていたから細心の注意を払って出来るだけ軽いものを出した。計算外だったのはエルが思った以上にレイリースが弱かった事と、レイリースが勢いで飲み過ぎたことである。エルは知らなかったが、実は前よりレイリースは飲めるようにはなっていて、逆にそのせいですぐに眠らなくて困った事になったのだったが。

 ともかく、真面目一辺倒の青年がトロンとちょっと瞼が重くなったような目でこちらをじっと睨んでいて、ちょっと拗ねたように頬を染めて唇を尖らせている顔は……なんというか幼くて可愛い。ここで『可愛いなぁ』が先行するところがエルが弟としてレイリースを見ているからでセイネリアが信頼してくれる所以なのだが、エルだってこの状態のレイリースがとんでもなく色っぽくて自分で部屋に帰れるといってもじゃあおやすみなんて送り出したらマズイというくらいは分かる。とりあえずすんなり返して、ベッドに連れて行ってやれと今部屋の外で待機してるレイリースの部下である男とかを呼んだら(役割的には問題ないどころかその為にいる筈だが)セイネリアに殺される事は確定だろう。(本気で殺されるとは思っていないが恐ろしい目にあう)っていうか、こうなると後はソフィアにセイネリアを呼んで来てもらって部屋に運んでやれと言うしかないというのが分かっているのだが、それでもここまで飲ませた責任を問われて相当睨まれるんだろうなぁとか考えるともう気分が重い。

「あー……レイリース大丈夫か、眠いならちょっと寝るか?」

 僅かな望みではあるがここでレイリースが軽く寝て、それで酔いが冷めてくれないかなーなんて思ってみたが、この青年が根は頑固で負けず嫌いである事をエルは思い出す事になる。

「大丈夫だ、最近はこれくらいなら飲めるようになった」

 へーそうなんだー……と思いつつも、エルとしては一言『どうしよっかなー』と困るしかない。
 そうこう悩んでいる間に、完全に目が据わった綺麗な青年は聞いてもいないのに話し始めた。

「少しは強くならないと、あいつが酒飲んだ後にキスしてきて……気づいたら終わった後だったとか……いつまでも防げないからな」

 その言葉の意味をエルは正確に理解した。あーつまり酒飲んだマスターのキスだけで酔っ払って気づいたらヤられた後だった訳だ、と。うわマスター最低だなと思いつつも、酔っていたとはいってもレイリースも嫌がらなかったんだろうし、そもそも二人の関係的にヤっても問題ない訳だし、何よりも溺愛してる相手がこんな顔でいたら……とレイリースをちらっと見て、男としてセイネリアを責める気にもなれないエルだったりする。

「いやまぁほら、嫌がってたらしないって約束してるから嫌がってはいなかったんだろ?」
「当たり前だっ、嫌がっても手を出して来たら二度と部屋に入れてやらないっ」

 二度となんて言ってても結局許すからマスターは調子に乗る訳で――なぁんて事を言える訳もなく、エルはちょっと興奮しているレイリースのために水を取りに行った。

「ただあいつは……嫌がっててもいざとなれば無理矢理その気にさせにくるからな……」

 だよなー、マスターそっち方面は経験値が化け物だしこの初心な坊やじゃなし崩し的にベッドで脱がされて気付いたら喘いでたって事になるんだろうなぁと想像出来るところが我ながら嫌だ、とエルは思う。

「蹴ったり殴ったりしてもびくともしないし、キスしてる内に気が遠くなってくるし、気付けば嬉しそうな顔でこっちの足を抱えてるあいつがいるんだ。止めようすればまたキスしてきてまた気が遠くなって……次に気づけば突っ込まれてて文句をいう余裕なんかある訳がない。あいつがしつこいくらいキスしてくるのはきっと全部こっちの文句をうやむやにするためなんだ……腰上げられたり後ろからの時やどんな苦しい体勢でも無理矢理キスをしてきてこっちはいつも苦しいのにお構いなしだし……」

 うわーうわーうわーそんなキス魔なのかマスターって〜俺あんま最中にキスされた覚えはないからそれ絶対こいつ限定だぞーうやむやにする為だけじゃなく愛おしくて仕方ないって奴なんじゃないかな〜――なんて内心で茶化してはいても、先ほどからずっと顔に張り付かせていた苦笑からちょっと冷や汗が出たりする。いや、セイネリアは多分二人のそういうのの話を聞かれても一切気にしないのだろうが、レイリースが自分でそんな事を暴露した、というのをもし少しでも覚えていたら後で大変だろうなーとちょっと怖い。
 そもそも最初から愚痴を聞いてやるつもりだから目的通りではあるのだが、これはセイネリアに睨まれるどころかレイリースにも恨まれるんじゃないだろうか。だからこのまま言わせておくとまずいかなーという事で、ちょっと話を変える事にした。

「ま、まぁマスターそれでもお前の体の負担も考えて我慢してるんだぞあれでも。なにせお前がいない傭兵団時代はそれこそ夜の相手はほぼ毎日誰かしらいたからな」

 毎晩どころか朝・昼・晩違う相手ってのあるけど、というつっこみは心の中だけにしておく。

「……知ってる」

 そりゃ有名だよなと心で返しつつ、エルはレイリースに笑顔でそっと水を渡してやる。
 レイリースは一気に水を飲……もうとしてむせたから、エルは急いで背中をさすってやった。暫くして落ち着いたらしいレイリースが改めて水を飲んで、それからほぅと一息つく。

「……すまない」
「いやいやいーって、飲ませたの俺だし」
「……いつも……すまない、甘えてしまって」

 その声の可愛らしさ(エルにとっては)に、思わずきゅんとしてしまいつつエルの顔はにへらっと緩む。

「いんだよ、言ったろ俺はお前のにーちゃんなんだからさっ♪」

 (セイネリアにとって)恋人としては意地っぱりで頑固なこの青年だが、根は馬鹿がつくほど真面目で素直であるから一度身内と思った人間に対しては素直で可愛い事この上ない。どーだ羨ましいだろとセイネリアに向かっていいたいくらいだが、エルが上機嫌でいられたのはそこまでだった。

「エルに会うと……口を開けばあいつの愚痴ばかりで……本当に、申し訳ない……自分が情けない……」

 言いながら泣き出したところでエルの笑みが固まる。いやこいつって酔うと泣き上戸だったのか、と驚きつつも、彼を泣かしたなんてマスターに知られたら殺される(いや本気で殺されないのは分かってるが怖いことに違いはない)とやはり焦るしかない。

「いやーほら、情けないとかねーよ。あんな面倒なののお守りをこっちは押し付けてるし、そらー愚痴くらいいいたくなるよな。だからいくらでも俺には愚痴ってくれていいし、可愛い弟に甘えられて嬉しいくらいだからな俺は、遠慮なんかすんなよっ」

 ははは、とそれで笑って見せてレイリースの嗚咽は止まらない。
 しかも下を向いて泣いている内はまだよかったのだが、言われて顔を上げてこちらを向いた顔は……ちょっとヤバ過ぎた。

「ありがとう、エル……いつも、感謝してる」

 さっきはまだきゅんとくる程度で済んだが、これはエルでもちょっとマズイと思わずにはいられない。白い容貌の中、くっきり目立つ濃い青の瞳が涙に濡れるとそらもう破壊力がハンパない。それが上目遣いでこちらに向けられるんだから――いやーこれ俺じゃなかったらヤバイだろ、そらセイネリアもキス魔になるわーとか、ちょっと頭が混乱しながらエルはとりあえずその場で深呼吸した。

 ただ幸い、レイリースの気合い(?)はそこで力尽きたようで。

「……あいつにも感謝はしてるん、だ……あいつがいつでも俺の事を第一に……考えてくれてるのも分かって……る。でも、性急に体で繋がるより……俺はもっと……ゆっく、り、理解、して……あいつ、の心、を……感じ、……た、い」

 レイリース瞼がゆっくり下がっていくと同時にこっくりこっくりと頭が揺れる。たまに目を見開いて背を伸ばすも……やはりすぐに目が泳いで瞼が閉じていく。
 そのままじっと見ていれば、やがて言葉がなくなって――そのままこてんと彼の頭はテーブルの上に落ちた。
 念のため一応そっと耳を近づけてみれば、すーすーと静かで可愛らしい寝息が聞こえる。そこでほっと一息をついたエルは椅子から立ち上がった。

――おし、寝たな。まぁ寝たなら寝たで取る行動決まってるけどさ。

 このままベッドを貸してやってもエルとしては勿論構わないし間違って手を出すなんてことも誓ってないと言えるのだが、ただでさえ酔わせた上に寝顔を眺めてましたなんていったらやっぱりセイネリアは脅されるに違いない。
 この場合こちらの被害を最小限に止めるには、あいつの機嫌をとってプラマイゼロにするしかないだろう。

「おーい、ソフィア、ソフィアさーん、セイネリアを連れて来てくれっかー」

 エルは言いながら少し大げさな動きで手招きをした。レイリースの事はほぼ常にソフィアが見ている、そしてこの状況が見えていれば彼女はすぐ気づいて察してくれるだろう。
 だから、そこまで待つ事なく――。

「状況云々は後にしても、真っ先に俺を呼んだのは褒めてやる」

 どこまでも偉そうな男が偉そうな態度と声で姿を現すなりそう言ってきて、エルは疲れたようにぐったり椅子に体重を預けた。

「飲むっていうから軽く飲ませただけで下心とかないからなっ」
「分かってる。お前にとってこいつはあくまで可愛い弟だからな」

 言ってセイネリアは眠っているレイリースの顔を覗き込んで確かめると、慎重に……本当に大切なものを扱うようにそっと体に腕を入れて抱き上げた。その間彼の目はじっと愛しい青年の顔を見ていて……いやもう他の人間がみたら絶対別人かと思うだろ、というくらいの優しい笑みを浮かべていた。

「ソフィア自身はこなかったのかよ。転送で帰るんじゃねーのか?」

 なんつー幸せそうな顔だよ、なんて思いながらエルがテーブルに肘をついて聞けば、セイネリアはやはり嬉しそうに腕の中のレイリースを見つめたまま声だけで返してきた。

「あぁ、起きて暴れそうにないなら、すぐに着くほうが勿体ない」

 つまり抱き上げて運ぶ事自体が楽しいという事か。エルはやっぱりちょっと呆れながらも軽々と(いやいくら細いっていっても背はあるし鍛えてるからンな軽くないだろーに)レイリースを運ぶセイネリアを見送って……手を振ろうとしたところでちょっと思い出した。

「マスター」
「なんだ?」

 セイネリアがこちらを振り向きはしないものの足を止める。

「あの坊やの愚痴だ。すぐセックスってぇより、もっとゆっくりお前を理解してお前の心を感じたい……だとさ」

 セイネリアの肩がくくっと笑うように軽く揺れる。

「そうか……分かった」

 そうして楽しそうな気配そのままで彼は部屋を出て行く。……いや、ドアを蹴って開けれると困ると気づいて急いでエルはドアを開けに行く事になったのだが。




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 この話はこれで終わり。2はエルの突っ込み劇場だった気がしなくもないですが。
 



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