幸せぽい日常―弟子取り編―




  【3】



「ごほがへぼへっ、うおをっ、何をするっ?! がほげほげほ」
「へっ、へっぽこにーさん、じゃぁな、詫びは貰ったぜっ」

 そんな声が聞こえたと同時に、さっと靄の外へと向かった小柄な影をフユは追う。勿論フユはプロであるから少年に付けられている事など気付かせる筈はなく、走る少年を建物の上から見下ろして追っていく。
 外から何かが投げられた段階で共犯者がいるのだろうと思ったのは正解で、少年が警戒しながら裏路地へと入っていくとそこにもう一人の少年がいて、彼らは更に走って逃げて細い裏道へと入っていく。

――なかなか用心深いっスね。

 子供なら合流して人目のないところへくればすぐ安心するのがお約束なのだが、彼らはきっちり現場から十分離れた。それだけでもなかなか感心であるし、そこまで走り続けた体力もなかなか大したものだ。

――ただまぁ、狙った得物を見る目はなかったスかね。

 気の毒に、と思いながらやっと逃げ切って座り込んで息を整えている少年達のもとへ、フユは建物から降りると音を立てずに近づいていった。

「さって、お子様共、いくら子供は法律で保護されてもスリは捕まるんスよ」

 当然、少年達は急いで立ち上がると唐突に現れた怪しい男を見て身構えた。

「貴様、ど、どうやって」
「さぁて、どうやってでしょうねぇ」

 いつも通り、笑顔ではあるが冷ややかな目で少年達を見れば、彼らもフユが『本職』である事は察したらしい。明らかに青ざめた顔ながらこちらを見て緊張する少年達を見て、フユの口元の笑みに僅かに本当の笑みが混じる。

「まぁお前達が狙った相手はちょぉっと俺の知り合いだったんスよ。なんでこのままコケにされっぱなしは困るかなってとこでしてね。少しばかりオトシマエをつけさせて貰いに来たってとこっスね」

 身構える少年達は、フユのその言葉が終わるかどうかというところで行動に出た。共犯者の少年がまずフユに何かを投げる。それが何かを判別する前に、それはフユの投げたナイフに弾かれて少年達の傍で破裂する。どうやら予想してはいたが、投げたのはあの時レイに向けて投げた煙玉らしく、少年達の周りが靄に包まれて彼らの咳が聞こえてくる。だが少年達はそこから逃げ出そうとはせず、続けて連続でその煙玉を投げてきた。当然フユはそれを悉くナイフで撃ち落としていたが。

――おや。

 一度に2発の弾が投げられると同時に、レイに因縁をつけてきた少年の方が飛び出してくる。
 そこで迷いなくまずは落ち着いて煙玉の方を処理し、その上で対処する余裕があったのはフユだったからで、少年達の狙いは悪くはなかった。だからちょっと興味が湧いて、わざとフユは反応が遅れたようにその場で突っ込んでくる少年を待っていた。

 走ってきた少年は、フユの近くまでくるとわざと足から滑り込んでこちらの足を狙ってくる。成程低い子供の身長を最大限利用したというところで感心し、それを簡単に避けられた後、砂のような何かを投げつけてきた事でまた感心する。更にはそれを援護するようにもう一人の子供が投げて来た煙玉を見て、フユは少し楽しくなってきた。
 マントで少年の投げた砂を防ぎ、その後体毎突進してきた少年をくるりと身を捩って避けると同時にナイフを投げ、煙玉をまた叩き落とす。

「くそぉっ」

 それでも少年達は諦めない。再び突っ込んできた少年を今度はフユが蹴れば、少年の体は吹っ飛んで行く。

「エリっ」

 その声は煙玉を投げている少年の方の声だった。つまりエリというのはこちらに突っ込んできた少年の名だろう。
 かなり加減はしたが蹴られた少年にダメージがない訳はなく、少年はその場で蹲る。そこへもう一人の少年がやってくるのを、フユは黙って見ているだけにした。

「エリっ、エリっ、大丈夫」
「馬鹿、お前はさっさと逃げろって……」

 お約束の展開だと思いながらも、それだけの信頼がある仲だというのは悪くない。
 フユは少年達の前に立つと、笑顔を浮かべたまま聞いてみる事にした。

「大人しく質問に答えればこれ以上何もしないんで答えてくれないっスかね」

 少年達はその場でフユを見上げてつばを飲み込み、こくりと頷いた。

「まず、両親はどうしたんスか? まだ親の傍にいる歳でしょ」
「……親なんかいたかどうかも覚えてない。俺の身内はこのノーマだけだ」

 どうやら年上らしいエリという少年の方が引っ張り役らしく、蹴られた腹を抑えながらも、少年はフユを真っすぐ見つめて言ってくる。

「ふむ、孤児っスか。それじゃもしかしてこの国の生まれじゃないってとこスかね?」
「生まれはエルナンドだ。ここへは……ノーマと二人でやってきた」
「それでとりあえず生きる為にスリをしてる、というとこスかね?」
「そうだ、冒険者になるにも金がいる。ガキの仕事なんてロクにない。だったらこういうのをするしかないじゃないか」

 そこまで聞くと、フユはにんまりと張り付けていた笑顔から口元を大きく吊り上げる。

「お前達に選択肢をやりましょうかね。三食昼寝はつきませんがおやつ付きで夜はベッドで寝れて、表に出て皆に称賛される事はなくても堂々と胸を張れる地位が手に入ってえっらーい人から褒めて貰える。そういう仕事をする気はないっスかね?」

 少年達の顔の中、大きな瞳が面食らったように更に大きく広げられる。何が起こっているのは分からないだろう少年達に、エルは今度は笑みを消して更に問いかける。

「ただしそうなるまでの訓練は相当の覚悟が必要で、一度やると決めたら逃げる事は許さない。痛い目も苦しい目もたくさん合う事になる。ただ二人でいられる事は約束するし、訓練を耐えたら俺くらい強くなれるかもしれない……いや、俺くらいは無理でも二人足して俺くらいにはなって貰わないと困る」

 灰色の髪の男は灰色の瞳を開いて昏いまなざしで少年達を見据える。

「これをチャンスと見るか、罠と見るかはお前達に任せる。さて、どうする?」








 人でごった返す大通りを抜けた道で、微妙に目立つ黙ってればそこそこに顔だけはいいが口を開けば台無しになる男が手を振っていた。

「おーいフユ、どこ行ってたんだお前はっ」
「いやいや、ちょっと一旦将軍府に置いてこなくちゃならないものが出来ましてね。ついでに先に買ったモノも置いてきたっスよ」
「そうか、なかなか帰ってこないからどこかで誰かに絡まれてるのかと思ったぞ」

 いやそれはレイの方じゃないスか――とはいつもの事過ぎて言わなかったが、それが彼の自分を心配しての言葉である事は知っているから悪い気分でもない。的外れ過ぎて笑えるのはおいておいて、ではあるが。

「とりあえずまだ買い物は残ってるんスかね?」
「いや、もう終わりだ。他は大物ばかりだったからな、届けるように頼んできたぞ」
「おー、レイもそれくらいの頭は回るようになったんスねぇ」
「お前は俺をいくつだと思ってるんだ」
「んー精神年齢10歳、というとこっスかねぇ」
「まて、この俺のほとばしる知性溢れる顔を見て10歳はないだろ」
「あー……顔ですかぁ、顔だけならまぁ………………まったく残念な事スけどねぇ」

 たっぷり時間を空けてからため息をついてみせれば、レイは怒って謎のポーズをとる。

「どういう事だ、フユっ」

 本人としてはビシッと決めたつもりなのだろうが、どうみてもただのへんな人がへんなポーズを決めていてやだこの人おかしーと周りからどん引きされる姿なのだが、ちょっとばかり機嫌が良かったフユはそれに嫌味の一つも言わずに歩きだした。まだ遊び足りない子供よろしく途中寄り道をしたがるレイの首根っこをひっつかみ、文字通りひきずる勢いで帰り路につく。


 なにせ、折角の休みなのだから、時間は有意義に使いたいのは当然の事で。
 ついでに言えば、フユにとってはレイには拒否権もないし、当然彼が実力行使で逃げる術もない訳で――将軍府の裏門をくぐったところでレイは地面とオトモダチになる事になってしまった。
 そして。

「フ、フユ、これはどーゆー事だぁっ」

 ベッドの上で縛られた状態でレイが叫ぶ。
 実はレイはよく大声で騒いで煩い為、フユとレイに割り当てられたこの部屋は特別に魔法で声が外に漏れないようになってたりする。だから遠慮なく楽しめるという事で、フユもこの部屋では好きなように出来るのだった。

「そーっスねぇ、いや単に今日は時間が勿体ないンで、レイの抵抗を楽しまずに反応だけを楽しむ事にしただけっスよ。さーて、今日はどれでいきましょうかね」

 言いながらコレクションとも言える夜のお道具、いわゆる大人のおもちゃを並べてフユはレイに笑いかける。

「邪悪だ、貴様邪悪だぞフユっ」
「いやっスねー、元暗殺者が邪悪じゃなくて何なんですか」
「いやそういう事じゃなく、俺に対してだけ邪悪だと言ってるんだー」
「そりゃー、レイなら何してもいいと思ってるっスからねー」
「ぎゃーひゃひゃひゃぁはぉうん」

 といういつも通りのお約束のやりとりから始まって、フユがまず鳥の羽でレイの胸から腹をくすぐれば、レイの悲鳴と笑いが一緒になったような間抜けな声が上がった。



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 次回はエロ。多分恐らくやっぱり絶対エロくはならない……だろうなぁ。
 



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