穏やかな日、決意の日




  【3】



 皆のがっかり空気に苦笑しながらも、ウィアはフェゼントから受け取ったパンに上機嫌でかぶりついていた。今日は3人分という事で、パンとは別に干し肉やらピクルスやらを持ってきたフェゼントはその場で挟んでウィアとラークに渡してくれたのだ。うーんやっぱりこういうのは挟んですぐ食べる方が美味いよなーフェズ流石♪なんてウキウキで食べてはいたものの、皆笑顔でにこにこと食事という訳にもいかない理由があった。

 フェゼントも気にしないようにはしているものの、傍にいるのに一人でケルンの実を口に入れるだけのシーグルをどうしても見てしまうのは仕方ない。
 今は無理に食べさせようとしてプレッシャーを与えるのもよくないという事で、フェゼントはそこまで煩くシーグルに食べさせようとはしていなかった。屋敷にいる間は『食べる習慣をつけるため』と食べられる範囲で栄養が取れそうなスープをシーグルに作っていたフェゼントだが、さすがに外ではそこまでは出来ない。だから心配しかできない訳だが……ウィアがフェゼントをじっと見ていると、彼はそれに気づいて苦笑と共にシーグルから視線を外した。
 だからなんとなく、次にウィアはシ―グルを見てしまって……彼が苦しそうにため息をついた姿を目撃してしまった。

――うん、今シーグルが顔晒してなくて本っ気でよかった。

 まず真っ先にそう思ったくらいシーグルのため息は色気があって、思わず本人の顔を想像したらぞくっときた。もしそれをここにいる連中が見たらちょっとヤバイどころの話じゃねーと脳内で突っ込んで思わず、やれやれ、と額を拭ってしまうくらいだ。

――まぁシーグルはこのところずっと一人で静かにしてると考え事ばっかしてるからなぁ。

 恐らくそれはあの男の事を考えているんだろう、と思えばウィアにはもう言える事はない。ウィアは自分でも恋愛相談ならまかせとけ、というくらいにいろいろその手の経験は豊富なつもりだが、セイネリア・クロッセスのような愛し方は正直理解しきれない。言えそうな事は既に全部言ったから、あとはシーグルの悩みはシーグルが考えて解決する事しかないと思っている。

――あんな溜息をつくんだから嫌いではないのは確かなんだろうけどさ。

 でもその気持ちに気づくのも、それをどうしたいか決めるのも、それはシーグルが決める事だ。次期シルバスピナ卿という立場もあるシーグルの事をウィアが気楽に自分だったらどうするかなんて言えたりはしない。

 ウィアは愛する人からも自分が愛されているなら、その人と一緒にいるためなら無条件で全部を捨ててもいい、と思える。だがそれはシーグルには当てはまらない。どれを選んだ方が最終的に彼が幸せになれるかなんてわからない。――っていうか個人的な意見を言えば、シーグルがあの男を選んで幸せになれるなんて思えない。まともな身内なら、あんなの忘れて縁を切れの一択だろう……などと思ってから、この義理堅くて真面目なシーグルがそれであっさり切り捨てられるような人間ではない事も分かっているから結局ウィアに言える言葉はないのだ。

――悩むのは仕方ないさ、俺はシーグルの決めた事を応援する事しか出来ねぇし。

 今まで恋愛なんて考えた事がなかった分、とにかく今は大いに悩むしかないんだシーグル……などと考えて頷いていたら、そこへ横から突っ込みが入った。

「なぁに一人百面相して勝手に頷いてるんだよ、不気味だから」
「ぬぁんだとー」

 ラークの方を見てウィアが腕を振り上げてみせれば、わざとらしくこの末っ子の魔法使い見習いは長兄に抱き着いていく。その様がウィアとしては更に腹立たしいのだが、そこでフェゼントに睨まれれば勢いが止まるのも仕方ない。

「ウィア……今日の貴方は皆の見本にならなくてはならないんですよ」

 ちらと見れば皆が立ち上がりかけたウィアを見ている。そしてラークを見れば、にやにやと得意気な顔だったから……ウィアはこほりと咳払いをすると、ラークの額を指で弾いた。いわゆるデコピンである。

「痛っ」
「ウィアっ」

 当然フェゼントに怒られるが、ウィアは腕を組んで周りに聞こえる声で返す。

「いいか、パーティで揉め事があった時はだ、俺らリパ神官は率先して仲裁に入るんだぞー。なにせ戦闘職連中にさせると血を見る事態になるからな。基本はどっちにも付かずに喧嘩両成敗だ、どう見ても片方が正しいなーって思った時ももう片方の方を非難せずにそれなりに立ててやること」

 言ってウィアは自分の額も自分の指で弾く。周りがそれに驚く。

「ってことでこれでおあいこ、喧嘩両成敗って奴だ」

 と、ウィアが言えば、途端にどっと笑い声が起こった。

「えーなにそれ、絶対自分には手加減したよねー」
「そんな事はしないぞ、俺は公正な男だからな」
「ラーク、もうこの話はしまいにしておきなさい」

 ラークだけは不満そうではあるが、周りは勿論止めたフェゼントも笑っていたから、そこで彼も空気を読んで口を閉じた。
 ふと見ればシーグルも口を押さえて笑っていたから、ウィアはにんまりと笑って『ナイスじゃね、俺』とこっそり心の中で自画自賛した。






 昼の休憩時間と現場での心構えに関するウィアのレクチャーが終われば、いよいよ森の中へ入る事になる。
 シーグルが兜の装備を全てつけて先頭に立てば、ウィアが後ろについて後ろの連中を整列させる。

「さって、それじゃ森に入ってくぞー。各自ペア相手に『盾』の術をかけろよー。んで切らさないように随時掛けなおすことー。フェズとラークの術担当にした奴は自分と受け持った相手の術だからな、いいかー」

 それにもはーいという元気な返事が返って、皆一斉に指定された相手に術を掛け合う。とりあえずは術を維持するための訓練という事らしく、シーグルは感心する。ウィアは一見いい加減そうに見えて細かい事も結構よく考えているし責任感は強い。真面目一辺倒だったシーグルと違って機転が利くし、コミュニケーション能力が高いから冗談めかして場を和ませつつ指示を出せる。そういうところは羨ましいくらいで、シーグルとしては尊敬の念さえ抱いている。きっとウィアのような人間は、責任があればあるだけ実力を発揮するタイプではないかと思っていた。

「よーし、皆術掛け終わったな。周囲に注意しながらも術の維持を忘れないような、んじゃいくぞー」

 それにも帰ってきた皆の返事にうんうんと頷きながら、ウィアは前を向くとこちらの背中を軽く叩いてくる。

「んじゃ行こう、頼むぜシーグル」
「あぁ」

 こういうパーティの前衛を任せられる仕事は久しぶりすぎたから、思わずシーグルは兜の下で笑ってしまった。この森はシーグルが苦戦するレベルの敵は出ない筈だから危険はまずないと言えるが、それでも前を任されているという気持ちに心が引き締まる。自分の身だけではなく後ろにいる皆を守らなければという気持ちは、シーグルにとっては気力を沸き立たせてくれるだけではなくなんだか妙に嬉しかった。

――楽しかったな。

 頭の中に浮かぶのは、まだ冒険者としてはなり立てだった頃の自分。最初の頃は大抵一番前はグリューがやってシーグルは彼の後ろか最後尾が定位置だった。けれどパーティ人数が増えてくると、グリューの隣でシーグルも一番前を歩くようになった。その後ろにはいつもクルスがいて――シーグルは『盾』の術なら自分で掛けられるからいいと言っていたのだが、『前衛は余分な事をして集中を切らさないでください』と怒られて却下されてるのがお約束のやりとりだった。シーグルとしては人数が多いと一人で『盾』の術を掛け直していくクルスの負担が大きそうだから言っていたのだが、何度目かに『これは私の仕事です、私の仕事を取りたいんですか?』と言われてからは言わなくなった。

 ずっと一人で戦う事ばかり考えて鍛錬していたから人に任せるというのがどうにもやり難かった。けれど運よく出会えた最初のパーティーメンバーはそんな自分の性格を分かった上でちゃんと怒ってくれて、こちらが安心して任せられるくらいに信用できる人達だった。

――本当に、楽しかった。

 一人だけの世界が急に広がって、他人と協力する事を覚えて。彼らとはもう別れてしまったけれど、それは幼い頃の兄弟たちとの記憶と共に大切な思い出の一つとして胸に大切にしまってある。

「シーグル、次になんか出てきたら、ヤバイ奴じゃなかったらちょっと足止めだけ頼む」
「了解」

 そこでウィアが後ろに聞こえないようにこそっと言ってきた言葉にシーグルが返事を返せば、ウィアは少し意地悪く笑ってみせてから言葉を付け足してきた。

「ちっと『光』の術の方の使い方を見せようと思うからさ」
「成程」

 リパ神官のパーティにおける役割について一番重要なのは治癒ではあるが、その次に『盾』の術の維持、そしていざという時の『光』の術がある。基本戦闘自体には直接かかわれないリパ神官だが、戦況的にマズイと判断した時は『光』の術を使って敵を怯ませる事ができる。使いどころは難しいが、文字通りパーティを救える手段として優秀なこの術の使い方が上手い神官のパーティはまず生還できると言われるくらいだ。対人ならともかく、知能が低い動物や魔物に対しては光による目つぶし効果は絶大だった。

――クルスは上手かったからな。

 こちらの状況が手一杯な時に後衛に別の敵が来た時や、敵が増えて危ないと感じる前に、クルスが『光』の術を使って一旦退いた事は何度もあった。彼がいろいろ使うのを見て、自分も『光』の術の使い方を勉強した。一人で仕事をするようになった時にそれで随分助かったのを思い出す。

――だめだな、どうしても昔の事ばかり思い出してしまって。

 大勢でのパーティ行動、なり立て冒険者達の反応、どれここれも以前の事を思い出してしまう。立場上油断をしてはいないが、懐かしい思い出ばかりがよみがえってつい余計な事を考えてしまうのは少し困る。

 だが、そう考えている内に前方に生き物の気配を感じてシーグルは足を止める。少し離れて後ろにいるウィアが足を止めて後ろを振り返ったのが気配で分かる。その後すぐに、後続の全員が足を止めたからウィアが止まれの合図をしたのだろう。
 慎重にシーグルが一歩づつまた歩き出せば、後ろは先ほどよりも距離をあけてからついてくる。少し歩けば道の先に犬らしいシルエットが見えて、シーグルはそれが何かを理解する。

「ザクダンか」

 ぱっと見野犬にみえるそれは犬よりも後ろ脚が発達していてジャンプ力がすごい。この系の動物は集団でいる場合が多いから周囲の気配を探るが、どうやらこいつは群れから離れて単独行動をしている個体らしい。
 しかも獲物を取った後なのかこちらを睨んで唸っていた。



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 モンスター系の名前はかなりテキトウ。
 



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