穏やかな日、決意の日




  【2】



「はーい、んじゃとりあえず4人づつで組んでくれっかな。んで自由行動ではその4人で行動することー、同じ組みの誰かがいなくなったらすぐ知らせることー」

 はーい、と元気よく返ってくる声に大きく頷いてみせながら、ウィアは思う――うんこりゃもう完全に遠足だな、と。
 ただ彼らは子供限定という訳ではなく、子供――といってもさすがに15歳以上だが――からおっさんおばさんまで、幅広い年齢層だったりするのがちょっと寒い。なり立て神官も冒険者初心者も、年齢制限なんて神官学校入学の最低年齢くらいしかないから当然といえば当然なのだが。

「とりあえず今日の仕事は薬草集めと生態調査だ。こういうのは今までの調査で判明している敵の難易度から余裕と思われるレベルのパーティが請け負うからふつーは危険はねぇんだけど……たまーに流れの化け物が出てくる事もあっから油断はしないっ。後ろから冷静に状況を見て、術でパーティの命を守るのが俺らリパ神官の仕事だからな」

 それにもまたはーい、と元気よく返事が返ってウィアは頷く。

「そんじゃ出発するぞー、フェズ一番前行ってもらっていいか」
「はい、わかりました」

 ウィアの予定では一番前をフェゼント、それのサポートにウィア、そこから初心者一行が続いて、最後尾にラークとシーグル――自分はフェズの傍にいられるし、シーグルはラークと交流できるし、シーグルが後ろなら何があっても安心だし――の完璧な計画の筈だったのだが。

「シーグルとラークは最後尾をお願いしていいか?」

 だがシーグルのあぁ、という声はまたもや上がった黄色い声や悲鳴にかき消される。それでウィアも気づいた……シーグルが最後尾だと連中と近すぎる上に皆の意識がそっちに行って前見てくれねーと。

「あー、悪ぃ、やっぱフェズとシーグルは逆で。シーグル、一番前頼んでいいか?」
「それは構わないが……」

 その先はシーグルが小声で聞いてくる。

『何か出てきた場合、俺が倒していいのか?』
『んー、補助魔法の使い方を教えないとならねーからな、とりあえずいきなり倒さないでちょっと時間かけてくれっと嬉しいかな』
『分かった』

 今回の遠足――もとい仕事は一応一泊の野宿付きである。とはいえ基本徒歩ではあるからそこまで遠出出来る訳もなく、もちろん冒険者の適性ランクは低めの狩場だ。シーグルなら補助魔法を貰う必要もなく一瞬でカタがつくような相手ばかりだろうが、それでは初心者の勉強にはならない。

「ウィア、薬草見つけたら止めていいの?」

 さっきまでつまらなそうにしていたラークがそこでちょっとだけ機嫌よさそうに聞いてきたから、ウィアは既に後ろへ向かおうとしていたフェゼントを止めた。

「あーそうだったな、えっとフェズっ、ラークが薬草見つけて足止めたらこっちに声掛けてくれ」
「分かりました」

 フェゼントが苦笑して返事をしてから歩いていく。それを足取り軽く追うラークを見て、ちくしょうラークめフェズと一緒だから機嫌いいんだなとちょっとムカつきながらもウィアは怒鳴るのをやめて出発することにした。

――こんなんで一々騒いでたら俺の体力がもたねーわ。

「えーまずは最低限前衛役には盾の術を掛けておくのが基本だ。そうすりゃもし対応出来ないうちにいきなり襲われても最初の一発を食らわずに済むからな」

 それでウィアは一番前にいた新米神官を指さす。

「んじゃまずそこのっ」
「サポダです」
「んじゃサポダ、シーグルに盾の術掛けろっ」
「え? えぇ? 俺がシーグル様にですかっ」
「だよ、さっさとやれ」
「は、はい、では……神よ、貴方を信じる者にその加護を……」

 声は緊張で震えていたが、術はどうにか成功してシーグルには『盾』の加護が入る。

「ありがとう」
「はいっ、いえっ、こ、こ、光栄ですっ」

 ちなみにシーグルはここまで一度も兜を脱いでいない。それでこれなのだから今から兜を外したところを想像するだけで頭が痛い。

「んで、一番後ろのっ」
「え、あ、はいっ」
「お前はフェズに『盾』の術掛けろっ、いいかっ、基本前と後ろに立つ戦闘職連中には常に『盾』の術を掛けとくこと。切れそうになったら掛けなおしな。んで敵が出る地域にきたら全員に掛けるんだが、そんでもやっぱ優先は前衛連中な。でもいきなり後衛が襲われたら一たまりもないから、できるだけ余裕を見て後衛連中も『盾』の術を維持しとく。リパ神官のパーティでの役割で一番の基礎はそれだからなっ」
「はいっ」
「ついでに言うと、今日は騎士二人がどっちもリパ信徒だから何も考えず術使っていいけど、他教徒の奴に掛ける時はちゃんと掛けるぞって声掛けてからな。別教徒の奴が術使う瞬間に掛けたら失敗する事もあるし、別の術の上に術掛けても効果でないこともあるからな。そういうのの確認もあるから、狩場に入る前に必ず全員に『盾』の術入れるってのもあんだぞっ」
「はいっ」

 えーとえーと後説明することあっかな――考えながらウィアが悩んでいると、シーグルが苦笑してウィアの肩を叩いてきた。

「ウィア、出だしで一気に説明しても皆頭に入らないと思う。後はその都度でいいだろ」
「お、おう、そうだよな」

 シーグルの言う事はもっともだからそこでやっと歩き出したのだが……シーグルのその発言さえ、後ろから声が上がっていたのはちょっと顔が引きつるウィアだった。

――てかシーグルあれだけキャーキャー言われててもまったく動じてない辺りやっぱ慣れてるのか? 慣れてんだよな? そら普通に仕事してたわけだしなぁ……そういう連中いたんだろうなやっぱ。

 シーグルの後ろを歩くと前が全く見えなくなるため、斜め後ろから彼の背中を見てウィアはいろいろ想像してしまった。






 午前中の空気は澄んでいて、陽射しは暖かく、今日はいい天気で良かったとシーグルは思う。こんなに大勢と出かけるのは本当に久しぶりだから賑やかさが素直に楽しい。とはいえ勿論、一番前を歩いているのだからきちんと辺りを警戒して、気を抜いてなどいなかった。ただ動物の死骸や糞など、見つけた時に足を止めて注意喚起で説明をしたら、その度にキャーキャー言われるのにはちょっとシーグルでさえ気が抜けてしまいそうになったが。

 早朝に首都から出発しただけあって、一行は無事昼過ぎにどうにか目的地に到着することが出来た。とはいえ予定では昼には着くつもりだったから少々遅い。おかげで昼食も遅れてしまって、着いた途端あちこちでへたり込む姿が見えた。

「んじゃ各自飯にしていいぞー。飯食って休憩ついでに説明してからいよいよ森に入るからなー」

 ウィアの声を聞きつつ、シーグルも近くの岩の上に座った。最初の昼食は皆で持ってきた携帯食で済ます事になっている。シーグルとしては皆に気を使う必要なく、ケルンの実を食べればいいだけだから気が楽だ――と思っていたのだが。

 なぜか、やたらと視線を感じる。

 周囲を見れば、やはり皆食事を取りながらもちらちらとこちらを見ている。微妙に居心地が悪いが悪意はなく、彼らに注目されるの自体はここへ来るまででさんざん慣れているので気にせず袋から取り出したケルンの実を食べれば――今度はあちこちから落胆のため息のような声が上がった。

 ここで説明しておくと、シーグルの兜は顔の下半分、口以降の顎までの部分と首を守る部分がそれぞれ外せるようになっている。これから戦闘というような時はもちろんすべて装備しているのだが、軽い狩場や街中、声でのやりとりが必要な場面では外している事も多かった。
 今回は最初から口の装備を外していたから当然そのまま食事をしたのだが……それが皆の溜息の理由だったらしい。

『皆さ、お前が兜外すんじゃないかって期待してみてたんだよ』

 ウィアにこそっと言われてシーグルはそれに気づいた。
 言われれば確かに、普通は食事の時くらいは兜を取ると思うだろう。ただシーグルは素顔でいていろいろと面倒を起こした事があるので、極力兜をかぶったままで仕事をするようにしていた。そのために兜の口部分を外せるようにしてもらったというのもある。今回は事前にウィアから『できるだけ顔晒すなよ』と言われていたから兜を取る事なんて考えていなかったが――ふと考えれば、このところ仕事でここまで徹底して兜をつけっぱなしにしていなかったと思い出す。

 理由は簡単だ、ここのところずっと仕事は一人か、その前はセイネリアとの仕事が多かったから、意識して顔を隠す必要がなかった。
 少なくともセイネリアはシーグルが素顔でもそうでなくても態度を変えてくることはなかったから安心してシーグルは必要な時以外は兜を外していた。セイネリアがいる事でまず大抵の事には対処できるから、言われるまま寝る時に一部体の装備を外す事もよくあった。それくらいシーグルはセイネリアの事を信用していたし、その強さに絶対の信頼があった。

『愛してる』

 その彼が切実な声で言ったその言葉を思い出して、シーグルは急に苦しさを覚えて胸を押さえた。
 無条件で憎んでいいだけの事をした男なのに、今は彼の傷ついた顔しか思い出せないのだから困る。最初にこちらを弄んだのは確実なのに、あの男にあんな顔をされたらシーグルには憎めない。しかも彼が実際、自分の為に注いでくれた労力と心の傷を考えたら……彼には感謝しかできない。いや、すべてを許した訳ではない筈なのに、彼に対する憎しみを持続することができない。
 代わりに思い出すのが、切実な声とキス、彼のぬくもりと匂いで、それに嫌悪感を感じないどころか何故か泣きたくなってしまうのだから感情の持っていき場がない。

――俺は、あいつの事をどう思っているのだろう。

 その答えを出して、今よりもっと強くなったら彼に会いにいかなくてはならない。せめて今の自分の気持ちを整理してからでなければ、彼に親書を送る事も出来ない。

 軽くため息をついたシーグルは、顔を上げて空を見た。

――強く、ならないと。今度は家族の為だけではなく、自分で自分を守っていけるように。



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 本当に遠足ですね(==; まぁ深刻なのはシーグルの心情の話だけで、ストーリーは平和な話なのでのんびりお楽しみください。
 



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