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エピローグ２と３の間、シーグルの体調が多少戻って傭兵団へ行った後のお話。 【１】 体に痛いところはない。 ただ寝て過ごした時間が多い分体がなまったのは仕方なく、前より明らかに疲れやすいし体が重い。 とはいえそれくらいなら動かせば戻せると思うのだが……一番の問題は食べられないことで。いつものことといえばそうなのだが、理由が理由だけに匂いの強いものやどろっとしたものを口に入れると生臭いアレを思い出してしまって吐き気がしてしまうのだ。だから現在、料理として食べているものといえばフェゼントが作ってくれたスープ――それも、麦を入れず、ミルクを入れず、具も肉なし――とパンを少々くらいの栄養自体は栄養剤やケルンの実任せの生活をシーグルは屋敷に戻ってからずっと続けていた。おそらくフェゼントがいなかったらケルンの実と薬以外口にしていなかっただろう。 そこで『そんな状態ではいくら体を動かしても体力が戻りはしません』と言われてしまえばシーグルに反論出来る訳がない。 シーグルは自分の体調を考えてため息をつく。なら一体どうすればいいのだ、と。 という事で、一応外出許可は出たのものの普通に仕事を取ることは禁止されているシーグルは、早い話が暇を持て余していた。 とりあえず、やれることといえばひたすら落ちた体力を戻す鍛錬くらいで、仕方なく庭や首都南の森へ行って剣を振ったり等の基礎トレーニングを続けていたのだが、それも好きなだけやれない理由があった。 『いいですかシーグル、せめて前くらいに食事が出来るようになるまでは仕事はだめです。一人で街外や危険な場所へ行くのもだめです。鍛錬も無茶はし過ぎてはだめです』 なんてフェゼントに言われてしまってシーグルが逆らえる訳がない。外へ行く場合は当然行先は言わなくてはならなくて、ついてくるか、適度に迎えを寄こすから無茶は出来ない。 これくらいの体調なら今までは外へ行って仕事をしまくっていたから大丈夫だ――なんて事をフェゼントに言える訳もなく、自分を心配する兄に嘘も付けない、反発など出来る訳もないシーグルは、大人しく無茶をせずにほどほどの訓練程度で暇を持て余すしかなかった。 それでも最初はまだ、和解した兄弟達とおしゃべりをしたり、兄に世話を焼いてもらえるのを満喫もしていられたのだが、もともと体を動かすのが通常生活のシーグルがいつまでもそんなのんびり生活をしていられはしない。 ただ、そんなシーグルを実は結構分かっている人物がいて――ある日彼がそれで助け船に出してくれた。 「シーグルっ、まだ仕事の許可は出ないんだろ？ まぁそりゃシーグルは上級冒険者だからさっ、仕事をとるっていったら基本結構危険だったり大変な仕事になるから仕方ないよなーって思うんだけどさ」 勿論そんな話をしてくるのはウィアだ。 「……まぁ、本調子に戻ってからと言われれば仕方ない」 「んでもさ、そういう上級冒険者用の仕事じゃなく、例えば非戦闘職の初級冒険者が初級冒険者用のところへ行くのの護衛としてついていく……とかなら危険じゃないしリハビルとしてなら丁度いいんじゃねーかと思うんだよな」 それでシーグルはピンときた。わざわざそんな具体的な話をしてくるということは、ウィアが『そういう仕事』に誘ってくれているのだと。 「それなら兄さんも許してくれると思う。……ウィア、ありがとう」 小柄な神官はにかっと笑いながら親指を立ててみせた。 「礼なんていらねーよ。逆にこっちとしては助かるだけだし。……ただまぁ、報酬は出せないけどなっ」 「勿論もらう気はないさ」 「んじゃ決まりな、フェズの方は俺が説得しといてやるからまかせとけ！」 「ウィア、本当にありがとう」 シーグルはウィアの好意に素直に頭を下げた。 ――いやー本気であんなに感謝されっと罪悪感感じるんだけどな。 それでもシーグルは喜んでいるし、こっちは勿論助かるし、誰も損してないから問題なしっ――とは思っても実はちょっとウィアには後ろめたい事情があった。 ウィアはリパ神官である。準神官だから神殿勤めをしなくてもいいが、それでもリパ神官にはいろいろ義務があるのだった。礼拝に出来るだけ出る、というのもそうだが、定期的にある大神殿の掃除だったり、子供達に菓子を配ったり、生活が苦しい人たちへの炊き出しをやったり……等々慈悲の神様の僕はいろいろご奉仕の仕事が多い。 で、今回の仕事な訳だが――一言でいえば準神官になり立ての連中のお守りというか勉強会の講師役みたいなものである。なにせ戦闘能力のない神官は冒険者になってすぐは稼ぐのが難しい。パーティ募集すれば一応すぐ声は掛けられるものの、初仕事ですと言われたら断られる事が殆どだ。回復役が複数人いるような大仕事ならまだしも、普通の規模のパーティでは回復役は一人だけであるから唯一の回復役が現場経験なしと言われたらそら普通はちょっと怖い。 だから先輩の冒険者神官が軽い仕事に連れて行って、現場で仕事を見せてやったり解説してやったりという『リパ神官用の初心者冒険者講座』的なものを神殿側で行ってやるのである。そりゃもう冒険者になったばかりの新人神官には有難いが、教える側の先輩神官からすればとてつもなく面倒くさい上に報酬なし（いや当然見せるために受けた仕事分の報酬は入るけど）というやりたくなさナンバーワンなご奉仕のお仕事である。 ただ神官のご奉仕の中でもこれは義務というほど強制されるモノではない……のだが、面倒な分これをやると掃除やら炊き出しやらの義務の仕事がかなーり免除されるという特典があった。 ちなみにこの仕事は、冒険者として仕事をしていれば先輩神官なら誰でもやれる訳ではなかった。 後輩たちを引き連れていくのであるからその安全を完全に確保できなければならないのは当然で、ウイアとフェゼントの二人だけだとちょっとその基準に満たない可能性があったのだが――上級冒険者のシーグルが行くとなれば即ＯＫが出る、という訳だ。 ただし広報役の神官と話して、参加者の募集はウィアの名前だけでする事にした。なにせシーグルの名前なんて入れた日にはどんだけ参加者が来るか考えただけで恐ろしい。だからとりあえず名前はウィアだけで残りのメンバーは騎士２人と魔法使い見習い一人、とパーティ構成だけを公表した、のであるが……。 当日集まった人数を見て、ウィアはパーティ構成もへたに書かなければよかったと後悔した。 『募集張り出して一瞬で最大人数に達した上に、その後も問い合わせ殺到だったとさ』 前日に参加者のリストを貰いにいったらそう言われて、ウィアは驚いた……だけではなく、参加者の一人にたまたま『明日はよろしくお願いします』と声を掛けられたから聞いたのだが――。 『そりゃぁウィアさんは最近ずっとリシェのシルバスピナの屋敷に入り浸ってるっていうのは有名な話ですし、それで騎士二人に魔法使い見習いっていったらウィアさんとパーティ組んでるフェゼントさんとその弟のラークさんは確定として、となればもう一人の騎士はもしかしてシーグル様って皆思うにきまってるじゃないですか！』 ――あぁうん、名前隠した意味ねー。 と、いう訳でウィア達は最大人数の１２人を引き連れて遠足……もとい、初心者冒険者のお仕事見学ツアーに出かける事になったのだった。いや、募集時に神殿の広報役が最大人数を設定してくれたのだけには感謝せずにはいられない。 が……まぁ、予想通りといえば予想通り、大神殿から初心者一行を引き連れて外にいる皆のところへ向かったウィアは、外で待っているシルバスピナの姉弟達の姿が見えた途端、背後から上がった歓声というか悲鳴というかなんかもうとんでもなくただ事ではない声に冷や汗をかくことになった。 「きゃー、やっぱりシーグル様よっ」 「本物っ、本物のシーグル様っ」 「立っているだけでまるで絵画のようっ、夢かしら」 言葉になってるのはマシな方で、キャーしか言えない者多数、祈り出すのやら泣き出す者も多数。これでシーグルはまだしっかり兜を被った状態なのだから恐ろしい。兜を取ったら何が起こるか考えただけで恐ろしい、マジ怖い。まぁ倒れた者がいたとしても治癒かけてやれる奴は一杯いるから……いや治癒で気が付くものなのか、と自分ツッコミをしつつ思考が逃避モードに入るくらいウィアは前途多難な予感がしていた。 「とりあえず落ち着け、落ち着けお前ら。今からその調子だと最後まで持たないぞ。まずはあっちと合流する前に深呼吸だ。はい、すー……はー……」 足を止めて振り返ってそう声を掛ければ、皆一斉に声に合わせて深呼吸をする。どうやら彼らもこのままのテンションでシーグルに直であったらマズイという自覚はあるらしい。 「よし、落ち着いたかー、落ち着いたら心の準備だ、心臓のバクバクが止まったら向こうと合流するからなー」 なんだ俺はどっかのファンクラブ誘導員か？！とか思ったものの、今回のこの仕事の責任者でありパーティリーダーはウィアである。今日一日皆で無事に仕事へ行って一人も怪我なく連れて帰る責任があるのだ。 それから何度か深呼吸をやり直して、どうにか他のメンツに合流したのだが――シーグルの挨拶だけで数人が倒れて、ウィアは早くも全員無事なままこの仕事を仕切り切る自信がなくなった。 --------------------------------------------- 旧貴族の若様が冒険者やってて自力で上級冒険者になったってんですからシーグル有名人です。雲の上の存在ですからそらもう魔法鍛冶の鎧姿見れただけでヤバイですよ。 |