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リアル・ストーリーの光と影

STAGE 1 「出会いは、唐突に」 SCENE#7
 UNO学園は、広い敷地内の中心に学部棟、研究棟、資料棟が中央の本部棟を取り囲むように正三角形に建っており、それぞれが幾つかの空中回廊で結ばれている。棟の高さは本部棟が一番高く、次いで学部棟、研究棟、資料棟の順となる。学部棟は14階建てで、2階から13階に各学年の教室があり、最下層は受け付け、最上階は各種会議室となっている。因みに、どのクラスがどの階の教室を割り当てられるかは、体育祭と文化祭の総合点で決まる仕組みになっている。葵のクラスは昨年度総合2位で、一番見晴らしの良い13階の教室をこの一年間確保していた。

 葵と翔は、学部棟の屋上から階段で二階下り、2-Aの教室に来た。既に下校時間も大分過ぎており、教室内には誰も残っていない。葵は、窓際の自分の席に行くと、鞄から大き目のハードカバーを取り出した。

「これ。」
「これはなんですか?」
「マニュアル。」

 そのA4変形サイズのハードカバーは背表紙がオレンジ色で、表紙に上から『Advanced Dungeons & Dragons』、その下に『Player's Handbook』と英語でかかれており、真ん中には眼光鋭い白髪の老人が、手から花火(?)を吹き出させているイラストが描かれていた。見方によっては、ファンタシィの原書と思えなくもない。しかし、葵はこれを“マニュアル”と表現した。ファンタシィの原書・・・のはずがない。

「これ・・・なんの本なんですか?」
「AD&D」
「えぃ、でぃ、あんど、でぃ??」
「そう。」

 差し出されたハードカバーを手に取る翔。パラパラと中を見てみる。二段組でびっしり細かい文字で英語が書かれており、時折イラストや何かの表が入っている。英語が苦手な翔は、見ているだけで頭がくらくらする思いだった。

「これは・・・」

 翔の問いには答えず、葵は静かに言った。

「100ページまで読んで、内容を説明して。期限は来週の今日の放課後。場所は屋上」
「えぇ!!」

 冗談かと思って驚いて葵を見るが、いたって真剣な表情が見返してくる。

「それって・・・無理です! 僕の実力では、こんな英文100ページも読めませんよ!」
「・・・無理?」
「えぇ、無理です!」
「やってみる前から、どうして無理だって分かるの?」
「え・・・」

 まっすぐに見つめられて、翔は言いよどんだ。

「し、しかし・・・」
「・・・わかったわ」

 小さく溜息をつくと、葵は翔の手からハードカバーを取り戻すと、再び鞄にしまった。一連の動きをまるで白昼夢のようにみていた翔は、はっとわれに帰った。

「神和妃先輩っ! ちょっと待ってください!」
「・・・なに?」
「なにって、教えてくれるんじゃなかったんですか?」
「マニュアルを見せたわ」
「あれが教えてくれる内容だったって言うんですか?」
「いいえ、違うわ」
「じゃあ・・・何で」

 訳が判らないという表情の翔に、葵は冷たいとも思える口調で言う。

「あなたは、教わる内容をわたしより良く知っているというの?」
「そんな訳ないじゃないですか!」
「そう。なら、わたしに教え方を任すのね」
「はぁ・・・」
「不満?」
「いえ、そういうわけじゃ・・・」
「無理しなくてもいいわ。無理にやっても、長続きはしないから」

 椅子を机の下に押し込むと、葵は鞄をとった。

「さよなら」

 葵は静かに立ち去った。黙って見送った翔の心の中には、色々な想いが渦巻いていた。去り際の葵の瞳に浮かんだのは何の色なのだろうか? 悲しみの色? 失望の色? 軽蔑の色? 一体、僕のさっきの態度は妥当だったのか? 本当に、100ページもの英文なんて読めないのか? 

「いや・・・ちがう。」

 まだ、自信はなかった。自信なんて、持てるわけがない。けれども、今行動しないとこの先後悔するだろう・・・そんな想いが心に渦巻いた。

「よし。」

 翔は意を決すると、猛然と葵の後を追って行った。

☆☆ SCENE#8に続く ☆☆

★天査からのメッセージ
 AD&Dの単語が初めて登場しました。『Player's Handbook』、プレイヤーを志す人にとって、必須のアイテムですね。ここで、葵が翔に見せたのは、ADnDの第一版のPlayer's Handbookです。このRSMMの世界では、まだ第一版しか存在しないのですね。しかし、第二版、第三版の発売は必ず未来に起こります。それが、今後どう絡んでいくか楽しみですね(笑)。
 さて、ここで取り上げたのは普遍的な問題の一つです。「教わる」と「教える」。ニーズが合致して初めて結果が出るのですが、往々にして双方の思惑が食い違うことから、当事者双方にとって満足の行く結果に繋がらないようです。常に双方から歩み寄る姿勢が大切ですね。
 次回は、いよいよ翔が『Player's Handbook』を紐解くくだりになります。英語×の翔にとって、その帰趨や如何に? 乞う御期待!

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